第48話 炸裂に至る上昇よ、或いは下降する二段目、またの名を聖者の行進

 時刻――一一:一三。


 清涼感のある青き海の上を翔ける、三機の形違いのアーセナル・コマンド。

 一機――そのベースは第二世代型【カエルの王子フロッグプリンス】。平たい頭と、表面積を多くするために肥大化した胴。廉価さ故に大量生産された保護高地都市ハイランドの大戦時の低価格量産機ローエンド

 特異なのは、その腕部から頭部にかけて増設装甲を纏っているところだろうか。熊の革ベアコート――白熊の毛皮をまとった青いカエル、のような外見だ。

 駆動者リンカーはカタリナ・バウアー。

 背部のウェポンラックには多弾頭ミサイルベイ。肩部にはチャフとフレアの投射装置。右腕部にはペリカンの嘴の如く銃身が飛び出した携行型レールガンと、とにかく傭兵らしく損耗と消費を抑えようとしているのが見て取れる。


 もう一機は、言うまでもなくコマンド・レイヴン。


 第三世代型の最新鋭量産機。

 胸部上殻が嘴めいて前へと突き出て、同様に前後に流線型に伸びた肩の装甲。機体のその高い推力重量比を表すかの如き瀟洒にしてやや大型の大腿部。

 シルエットは如何にも量産機という簡潔さでありながら、その無駄なき雄弁な機能美は最新鋭機というに十分な威容を放っている。


 そして、最後の一機――青銀色の機影。


(これが……狩人同盟ハンターリメインズの専用設計機か……確かに、見たことのない姿だ。個人に合わせて設計するとは、にわかに信じがたかったが……)


 ある種、奇跡かそれとも神秘的というべきだろうか。

 量産機であるコマンド・レイヴンより、そしてあの高性能試作機であるホワイトスワンよりも、かつてのウルフハンターよりも細身のその姿。

 ……いや、最早、細身という修飾も愚かしい。

 それは、あまりに――あまりにもの機体なのだ。

 

 手足に鋭角の鬼火を纏った鋼鉄の骨組み、とでも言うべきか。

 胴と手足を繋ぐ関節は、完全に金属フレームを剥き出しにしている。その小さな胴部――コックピットにすら外装らしい外装もなく、まるで機体の分解途中で放り出したように、飾り気のない鈍色の金属部位を晒している。

 機体を彩るその青銀色の鋭い大型の装甲は――両肩部と前腕、腰部と両脛部という四肢に集中。他には、前に尖ったその頭部にのみ。

 そのほか一切――――装甲なし。


 まさしく、高機動小型新鋭機。


 青銀色の、剣じみて鋭角な鬼火の装甲を持つ骨組みの鳥。

 その銘を――【ブルーランプ】。

 使い手と、そして、その機体を修飾する唯一にして無二の名前であった。


(おそらく、機体重量は極限まで削られている……これでは、胴体には流体ガンジリウムさえも流れていないだろう……)


 被弾すれば、おそらく助かるまい。

 いや――その鋭い鋭角な手足の装甲を、その力場を指向させれば防御は叶うかもしれないが……かなりの有機的な運用をしなければ、致命になるだろう。

 その自信か。明確なる勝算か。

 それだけの何かが、あるのだ。そう設計されたからには。


 見るに手足そのものが、プラズマライフルを内蔵し、同時にプラズマブレードの発生機にもなっている。

 装甲を削っている分、機影は他のアーセナル・コマンドよりも小型に見える。

 超高速戦闘を想定した機体、なのだろう。


 そして、先導するように飛行する彼の機体が開けた洋上――そこに浮かぶ、灰色の蓮の葉のような建設中のまま廃棄された海上遊弋都市フロートに降り立った。

 こちらも周囲を索敵しながら、機体のバイザーから地上部へのスキャンを行う。

 一見して、人の活動の痕跡はない。

 全てが廃棄されたその日のままに、時が止まったかのようであるが――……


「……どう思う、グッドフェロー」

「あっ! あたしには聞かないの!? なんで徹底的にスルー!? 酷くない!? ねえ!? ……無視は! 心に! 堪えるんだぞう!?」


 カタリナの叫びも、彼は黙殺していた。

 道中の雑談でもそういうのがしばしばあったために気の毒に思うが、こちらも地上部に降り立ち端的に返答する。


「機体から降りて探索した方がいいかと、思う。細かな痕跡までは――」


 埃だとか、足跡だとか。

 その辺りを確かめるには、実際に生身で廃棄された施設に足を踏み入れる他ないだろう。

 こちらの武装は二丁のリボルバー。

 銃鉄色ガンメタルの機械的に角張った五十口径――12.7×55mm弾・五連装――と、銀色シルバーの三十八口径――9x29.5mm弾・六連装――。

 機体を降りての破壊工作の経験や被撃墜時の近接戦闘射撃訓練、或いは生身での襲撃の対処などの経験はあるが、仮に完全武装の敵が居た場合には手を焼くことになるだろう。


「となると、陸戦隊か。アトム・ハート・マザーのそれを待ち、協力を要請するか――……」


 言いながら、ハリーの心中は決まっていたのだろう。

 自分も同意だった。

 そこでアトム・ハート・マザーの協力を得てしまったならば、『ここは自分たちの管轄だ』と彼らを遠ざける理由がなくなる。正当性がなくなる。借りを作るべきではなく、戦力はこちらで用意する必要がある。

 彼の機体はおもむろにカタリナの駆る熊の革ベアコートを纏ったカエルの王子様フロッグプリンスへと鋭い頭部を向け、


「勿論! その分、お代は貰うわよ! ちゃあんとね!」


 応じたカタリナが、コックピットの中で胸を叩いた。

 むせてた。

 つらそう。

 芸人さんってどんなときでも芸を絶やさないのだろうか。すごいことだ。


「では、特務大尉。母艦と合流を?」

「フン、向こうは向こうで使うだろう。会社に揚陸艇を牽引しに行った方が早い。おい、バウアー」

「カタリナって呼びなさいよぉ!」

「……チッ。……おい、揚陸艇は持っているんだろうな?」

「そりゃあ勿論! ふっふっふっ、うちは陸上戦力だって豊富だからね!」

「……あるか、ないかだけでいい。このマヌケ」

「またマヌケって言った――――――!?」


 二人の賑やかな会話を尻目に、ホログラムコンソールに振れる。

 見通し距離を離れてしまっているために、直接的な機体間での通信はできないが……衛星を介した管理AIのクラウドリンクは可能だ。

 執事めいた美男子のホログラムにちやほやされてるエルゼと、単に管理機能のみのフェレナンドのAI。両者からそれぞれ送られてきたメッセージを眺め、頷く。


「ブルーランプ特務大尉。どうやら、オネスト少尉たちの掃討も順調のようだが――……気になることが、一つ」


 撃破したのそのコックピット内に貼ってあったという、何かのスローガンめいた旗の画像。


「『紅蓮たる大翼の凱旋』とは、何を指すと思う?」


 どこか――どこか不吉な予感を感じずには、いられなかった。



 ◇ ◆ ◇



 時刻――一一:四三。


 帰還した先のプライベート・ドッグ――フェンスで囲われた港の前には、多くの人影が溢れていた。

 作業服の者もいれば、婦人服の者もいる。

 様々な年齢の女性たちと、老齢或いは若年の男性が少数。

 フェンスで囲われた【一〇〇〇機当サウンドカスタマー】の敷地内に通じる大型ゲートの前に、あたかもデモめいて彼女らは詰めかけていた。


「まーまー、おばあちゃん落ち着きなよー。ほらさー、大丈夫だってー」


 その戦闘の老婦人へと呼びかけるのは、会社で指定のタンカースジャケットめいた上着を羽織った長髪をハーフアップにした少女。

 医療用眼帯をつけた彼女は、普段とあまり変わらない緩やかな口調で語りかけている。

 だが、


「やかましい! この淫売の小娘が! あんな男たちにも股を開いてどういうつもりだい!」


 老婦人の剣幕は、彼女のそんな態度を意にも介さず――或いは余計に燃え上がっているようだった。


「奴ら保護高地都市ハイランドの連中が何をしたか、もう忘れたってのかい!」

「えー? 輸送船の護衛やってくれたよー? アタシ助けて貰ったんだよねー、あの首輪付きに」

「それは……そんなん一握りじゃないか! 一体アイツらが何人殺したと思ってるんだ! たったそれだけで、金で、奴らに尻尾を振って情けないと思わないのかね!」


 海上遊弋都市フロート市民としての、その自責や自負を問うような言葉。

 だが、返されたのは簡単な言葉と飄々とした笑顔だった。


「いや、全然? 別にアタシが殺された訳じゃないしねー」


 どこ吹く風と言ったように彼女は肩を竦めて、笑いを零す。


「別に殺されたからってそれでお金貰える訳じゃないしさ。そこって、そんなに気にしなきゃ駄目なこと?」

「この……この、人殺しの淫売が!」

「えー。相手は選ぶんだよねー、それなりにはさー」

「そういうことを言ってるんじゃないんだよ!」


 余計に怒りを煽っているのか。

 老婆が叫ぶたびに、或いは彼女が口を開くたびに、群衆は熱を帯びていっている。

 戦前世代と、戦後世代の差か。

 それとも傭兵と、民衆の差か。

 その断絶は、ある種、決定的とも言うように――つまり一触即発の空気のようなものを高めつつあった。

 ともすればこのまま暴動が起こり、或いは彼女は私刑の被害に合うかもしれない。

 まさに、そんなタイミングであった。


「ハッハッハ! あたしが! 来た!」


 両腕を組んで、コックピットから身を乗り出したカタリナ。

 止める暇もなく、当然のように彼女は降下ワイヤーを使って地上に降りた。ゲートの外の、民衆たち側の路上に降りた。

 こちらとハロルドは、機体を空中に滞空させたままだ。

 今降りていくことは、余計な火種になりかねない。そう考えてのことだったが――だが、彼女は違った。


「……オホン、オホンオホン。ええと、社長のカタリナ・バウアーです。どしたの? ラオ商店のところのおばあちゃんでしょ! そっちは青果店の! あなたはノートン工務店さんだったかな?」


 そうして次々に群衆の一人一人を名指ししていくカタリナ。

 ――と、思った。群衆から匿名性を剥奪した。数の利を、集団の仮面を剥がし、一個の個人であると意識をさせた。

 これでは、熱狂のままの暴走はそう簡単にはできなくなる。――と、一人一人に突きつけたのだから。

 そしてそんなこちらの内心の称賛に構わず、彼女は続けた。


「それで、皆してどうしたのよ? 仕事とかへーき? ……あ、いや、仕事をほっぽらなきゃ駄目なくらいってことね。よし、あたしも仕事をほっぽるわ! で、何かしら!」


 毒気を抜かれた、と言うべきか。

 ラオ商会――とやらに属している老婆は、まるで孫にでも語りかけるかの如くカタリナの手を両手で包んで語りかけていた。


「あたしゃ心配なんだよ。今日この街に来る奴らは、別のところで散々に暴れまわったって聞いたよ。そんな奴らを街に入れて大丈夫なのかい? ここに男連中はほとんどいないんだよ?」

「あー……」

「あんたたちが、稼いでくれてるってのはわかるんだよ。若いのに。でも、あたしゃ不安なんだ。そうやってアイツらに尻尾を振ってしまうと、余計に何か言い出されやしないかって――……」

「……うん。そーね。おばあちゃんの心配も、わかるよ。不安だよね。怖いよね。本当は、あたしたちみたいに傭兵してるのが街にいるのもさ、余計に怖いことだよね。……うん。ごめんね、ずっと、心配とかさせちゃってさ」


 腰の曲がった老婆に合わせて、カタリナも目線を下げた。

 彼女はただ、老婆から語られる言葉へ相槌を打っている。何度もそうして、互いの距離感を離さぬように努めている。

 やがて不安そうな老婆の言葉へ――そこへ咳払いで割り込んだのは、自分の隣を漂う青銀色の機体からの通信だった。


『案ずるな。その点は僕が保証する。僕は、ハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉……【フィッチャーの鳥】、いや、それよりも上級の部隊だ』


 一度言葉を区切り、彼は自負ある声で言い切った。


『何かあったら僕の名前を出すといい。奴らに文句などは言わせない。この街の安全は保証する……僕が、カタリナ社長に約束するとしよう』


 それが決定打となったのか、それともカタリナの強い頷きと笑顔が力になったのか。

 民衆たちは、緩やかに解散していく。

 ひとまずの危難とやらは、去ったらしい。

 自分のような男ではこうは行かなかっただろうな――と、改めて機体の内でそう思った。


 そして、去っていく彼らへ手を振るカタリナを見上げながら、彼女と同様に機体から降りたハリーは、


「……少し、見直したぞ。オマエを」

「へ? え、ごめん、なんて?」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、もういいッ! このバカ女が! オマエはやっぱりマヌケ女だ! このバカマヌケ!」

「ひっ、酷くない!?」


 なんか言い争っていた。

 賑やかだな――と思う。賑やかで、そして、温かい光景だった。

 まるで娼婦目掛けて石を擲つ民衆たちへ、正しく清廉たる言葉で諭した救世主の如く――……。

 彼も彼女も、ただ、敬意に値する光であった。

 だが……


「どうした、グッドフェロー。オマエが喋ったらややこしくなるとはいえ……さっきから、やけに何も言わないじゃないか」

「……ああ」


 思案を打ち切り、おもむろに口を開く。

 彼らの尊き行いも、その微笑ましいやり取りでも拭えない己のうちにある懸念――……。


「……いや、何故、彼らはこの場所を目指したのかと思って」

「どういうことだ?」

「自分たちの機体の出入りは、少なからず見られてはいるだろう。だが……果たして俺はともかく、貴官のその機体を見て――果たして保護高地都市ハイランド連盟軍のものかと思うのか、と」


 少し考えてから、機体のスピーカー越しにカタリナへと呼びかけた。


「貴官は、取り引き相手について周囲に触れ回ったりはしているのか?」

「あたしィ? いや……まあ、今回は事情が事情だから多少は話を通したけど……」

「そうか。いや、それならばいいのだが……」


 人の口に戸は立てられない。

 そう考えれば、先程のものも不思議ではないのだが――。


「グッドフェロー、オマエ、誰かが絵図を描いているって言いたいのか?」

「ああ。やけにタイミングがいい。良すぎる、と言っても過言ではない。彼ら『アトム・ハート・マザー』の到着予定時刻は一三:〇〇を想定されている。……先程の陳情が、朝でもなく、特にこの時間というのが気がかりだ」

「……まさか、例の空中浮游都市ステーションのような事案でも起こさせようとしている、ということか? 何者かが?」

「ああ。例の件があり、そしてそれで処分がされなかった以上――……同じようなことになれば、同じことも起きる可能性がある。彼らとて二度目ならば引き金も軽いだろう」


 そう考えてしまえば、あの一件も、何者かがそう仕向けたとさえ思えてくる。

 今回のそれと、同じ相手によるものなのかは定かではないが――……。

 同様のことを模倣する、というのは十分にありえる話だろう。そして、


 【お話し中に申し訳ありませんが接近警報を伝達。不明車両を確認見知らぬお客様ですこちらへ接近中】――フィーカが告げる警告。


 全周モニター上で拡大される画像。

 フェンス横をなめるように、一台の黒塗りの高級車がこちらへと近付いて来ていた。

 そして、そんな車から降りたスーツ姿の眼鏡の女性は、


「申し訳ありませんが、当社所有の建設中の洋上区域への立ち入りについてお聞かせ願えますでしょうか?」


 ガイナス・コーポレーションという大型企業のエージェントだと、そう名乗った。

 その事務所への呼び出し。

 改めて自分とハロルドは、機体越しに視線を交わし合った。



 ◇ ◆ ◇



 四分三十三秒。


 とある空白を冠する曲のその時間と、そして題名のように。

 その都市においての決定的な事項は、そんな時間に巻き起こり――そして上昇を終え、投下される。

 おお、炸裂し――燃え落ちるのだ。


 全てが。

 人が。

 心が。

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