第49話 襲撃、或いは急転、またの名を聖者の行進

 波間を漂う少年の死体。

 打ち捨てられた老人の死骸。

 踏み躙られた赤子の遺体。


 白い枝のように水面に浮かんだどれもは、現実感なく、きっと先程まで生きていた筈だというのに、蝋でできた作り物のようだった。


 それがいくつも。

 無数に。


 或いは、原型を留めることなく。

 腕と腕、足と足が。身体と身体が。人間と人間が。

 落下の衝撃で、着弾の衝撃で。

 混ざり合い、撹拌され、新たに整形されてしまった異様な死骸。


 それが、浮かんでいる。海面に。漂っている。無数に。


 それでも、生きている――生きている人間もいた。

 頭から血を流し、助けを求め、生きている人間もいた。

 助けを願う人間がいた。


 ……自分たちは。

 海上遊弋都市フロートに向ける筈だった翼を――増設ブースターを――捨て、その手に握る小銃を捨て、彼らの救助に向かっていた。

 空から降り注ぐ【星の銀貨シュテルンターラー】による中立勢力――空中浮游都市ステーションへの

 宙を漂う都市部の至近距離を通過した神の杖の余波は、直撃せずともそれでも都市の基板部を砕き、制御を奪い、洋上への墜落という形で現れた。


 発せられた救難信号。

 何故、それに、応じたのだろうか。


 人道法に従ったのか。それとも人道に従ったのか。

 神の杖に抉られた大地を、故郷を、己たちの父母を想ったのか。

 或いは、数々の都市を焼き尽くして来たことへの贖罪を行いたかったのか。

 指揮官の、そして従う兵たちのその真意は判らない。


 ただ一つ言えるとしたら、自分たちは海上遊弋都市フロートに攻め込むための装備を捨て、着水した空中浮游都市ステーションのその救難信号に応じたということだ。


 徐々に日が傾きつつある夕焼けの空の下、無数の鋼の巨人による救助が行われる。

 半ば沈みながらも海面に浮いた空中浮游都市ステーションの瓦礫を掻き分け、或いはせめて高台へと避難した人々へのための動く橋となり、避難船を牽引し、人々を収容する。

 おそらくは――。

 おそらくはどのような地獄の内にあっても、人の心の内にある灯りを、灯火を、絶やすべきではないと思ったのか。


 それとも皆、ただ壊し続けることに限界を迎えていたのかもしれない。


 今となっては、真意は聞けない。

 皆が果てたのだ。洋上に、或いは地上に。

 彼らは、戦没者名簿に記されるただの文字列となった。


 そこへ、襲いかかった。


 鹵獲されたアーセナル・コマンド有する海上遊弋都市フロートと、新規設計開発したアーセナル・コマンドを抱えた衛星軌道都市サテライトの連合が。

 碌な装備も持たない自分たちへ。

 或いは、救助に安堵し肩を抱き合う空中浮游都市ステーションの人々へ。


 鋼の咆哮が、鉄の飛翔が、弾丸が、暮れ初めの薄暗がりを裂いて襲いかかる。



 ……皆、殺した。


 全て殺した。

 全て死んだ。


 漂う遺体の中で、漂う残骸の中で、漂う廃墟の中で。

 全てが闇に呑まれ――全てが海に呑まれ。

 推進炎を灯しながら、闇夜に動く影は、自分一人しかいなかった。


 それが、きっと――。


 世から求められた祈りであり、与えられた答えだった。



 ◇ ◆ ◇



 時刻――一二:〇五。


 機体に流体ガンジリウムを循環させたながら、脊椎接続アーセナルリンクを保ったままコックピット内で待機する。

 近くには、装備を整え揚陸艇に乗り込む【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】の面々。

 女子校のような制服の上に防弾チョッキを纏ったり、或いは腕部にホログラムマップ投射デバイスを装着したりと、或いはそれはサバイバルゲームに興ずる女学生にも見える。

 無論であるが、これは、軍隊以外が戦闘服を纏ってはならないという国際法規に従ったが故の姿だ。


(……二人は、今頃、会談できているだろうか)


 立ち入りへの呼び出しに関しては、ブルーランプ特務大尉とカタリナが応じることで手打ちとなった。

 確かに――陸戦隊で立ち入りを行うにあたっては、いくつかの問題があるのだ。

 まず軍という側面においてこれを臨検――民間の船舶他への立ち入り調査――と位置付けるのであれば、それは原則、交戦している相手国のものでなければ法的に是とならない。

 今回に関しては、言うまでもなく、海上遊弋都市フロートと交戦状態にはなっていないために無理筋だ。


 そしてもう一つ、憲兵――つまり警察力を持つ軍隊――として語るのであれば、立ち入り捜査には令状が必要となる。

 逮捕に関しては原則として令状を必要としない現行犯逮捕が多く、或いはその拘束のための建造物侵入なども無令状で行われることが多い。

 保護高地都市ハイランド連盟においては、現行犯と言いながら、実際は五日や一週間が経とうとも重犯罪と疑うに足る相応の理由があればその捜査が可能であり、より正しく言うなら現行犯というよりも無令状逮捕であるのだが……今は細かくは語るまい。


 立ち入り捜査に話を戻すならば……。

 無令状で行うために必要なことは二つ。それは、建物の外から、誰の目から見ても明らかな不法行為が認められ得るか――つまり許可された自衛の範囲を超えた武装やそれを有している人間の立ち入り、或いは現に使用されたと思しき凶器やその他違法物品の匂いや音など――が存在しているかという点。

 或いは、誰か一人でも、その建物の居住者や管理者や権利者から立ち入りの許可を得られるかである。

 勿論、あくまでもこれは原則であり、これを建前としながら違反気味に立ち入りを行う事例というのは現場では往々にしてあり得るものだが……それはそれだ。


(彼ら民衆にああ約束してしまった手前、ブルーランプ特務大尉もいたずらにそのような行動もできないだろう)


 カタリナが喚いていたが、まさしく外交問題という話になる。

 或いはガイナス・コーポレーションという食品産業界の覇者――超巨大企業と事を荒立てることについての危惧か。

 それを気にする【フィッチャーの鳥】ではないし、国家の管理下にないマスドライバーが何を引き起こすかという被害を前にしては、大方の人間あまりにも拘るべきではない小さなことと言うだろう――ものであるのかもしれないが。

 例の空中浮游都市ステーションの一件に端を発した、そしてそれ以後もアトム・ハート・マザーが引き起こしている軋轢に歯止めをかけるという意味では必要なことであるのだろう。


(……大丈夫、だろうか。呼び出して殺害、ということも最悪はありえなくはないが……)


 その点でも自分の同行が必要かと申し出たが、却下された。そして、捜査権限を持つ【フィッチャーの鳥】としてはブルーランプ特務大尉が出向かざるを得ない。

 そうなれば自分としては、いつでも出撃できるように待機するだけだ。

 準備が完了したと告げる揚陸艇へ向かい、外洋への牽引を行う。

 ガイナス・コーポレーションの呼び出しに応じ、彼らからの立ち入りの許可を求めるか――或いは軍として見逃せない喫緊の問題を認知したために、か。

 ブルーランプ特務大尉の描いている絵図はそれだ。

 自分は、どちらの場合に備えても即座に指令と同時に突入可能な場所へと待機する。それが与えられた役割だった。


 首筋を伝うような、緊張感。

 手のひらに汗を掻いているのを感じた。


 あの日の――あのマウント・ゴッケールリが焼け落ちてしまった日のような、這い寄る緊迫。

 歴史の重大な転換点にいるような、何かの岐路に立つかの如き、言いしれぬ首を締め上げる焦燥感。

 それを認識する。

 無論――戦闘機動においてはなんの影響も出ないことであるが……。

 なんにしても、と――そう考えているときだった。


『大尉! 海賊に――いや、海賊じゃねえ! 例の第三世代型機体っス! ハートの兵士ハーツソルジャーが!』


 管理AIのクラウドリンクを通して伝えられた敵襲。

 共有される情報――モッド・トルーパー十機、第一・五世代型火吹き竜フュルドラカ七機、第三世代型ハートの兵士ハーツソルジャー二機。

 あちらの対処を行っているのは、【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】の第二世代型三個小隊――九機と、エルゼとフェレナンドの第三世代型コマンド・レイヴン二機。

 伝えられるコンバットクラウドリンクの情報に従うなら、敵の第三世代型は第一・五世代型との連携はあまり行えてはおらず、おそらくは別部隊とのこと。


(【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】が急遽合流、或いは協力した形か――つまり)


 推論でしかないが、あの廃棄された海上遊弋都市フロートが彼らにとってよほどの重要施設であったということ。

 そのための陽動だろう。

 ならば、自分がフェレナンドたちへの救援ではない――歯を食い縛る――拳に力が入る――


「フェレナンド! エルゼ! 敵機を無理に深追いして撃破する必要はない! 陽動だ! あくまでも自分と友軍の損耗を防ぐことを第一に考え、迎撃に努めろ!」


 呼びかけ、ホログラムコンソールを操作。

 携帯用の通信デバイスを放り、フィーカに無線的な接続を任せた。ブルーランプ特務大尉への呼び出し。彼も織り込み済みだろうが、ガイナス・コーポレーションがその協力者である可能性は高い。

 直接攻撃に及ぶか、足止め程度かは知らないが――彼が今、戦地を離れているならば指揮官は次席である自分だ。

 士官として、相応しいだけの軍事的な行動を、己が軍事的合理性に基づく判断により企図して実施する必要がある。


「揚陸艇――【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】へ。すまない。自力で港に戻って、待機を――――いや、ブルーランプ特務大尉たちへの迎えを頼む。行動は二班。彼の専用機体を運搬し洋上に待機させることと、彼らの迎えを二個小隊で」


 ホログラムコンソールに振れる。

 自身の機体推力、装甲値などの制御を変更。高速飛行が可能なバランスへの調整。

 フィーカのメッセージ――ブルーランプ特務大尉の応答はなし。移動中か、会談中か、電波が届かないか、それとも別のことか。

 閃きが脳内でいくつも瞬き、それが口をついて出る。反射的かつ軍事的合理的思考。士官の訓練において養われたそれ。自分は十全に動く――教育の通り十全に。


「街中への移動になるため、外部からは決して武装が見えないように備えてくれ」


 並行して、定型文でのメッセージを。

 陸上の【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】本社への準備命令。兵員輸送トラックと、機体輸送艇の準備。残るスタッフたちへの戦闘準備命令。

 ホログラムウインドウ――自機の調整完了の文字。


「こちらからの指示、或いはブルーランプ特務大尉やバウアー隊長からの要請がない限りは発砲及び武装の露出を禁ずる。ただし、到着したガイナス・コーポレーションで銃声または貴官らが銃撃された際の応戦についてはこの限りではない」


 彼女らへの指示も続ける。


「移動中に警察などから呼び止められた際は、従った上で書類の提示を。大事には発展しないだろうが、エスカレーションしそうならばこちらに連絡を。俺が説明する」


 連盟軍及び【フィッチャーの鳥】からの業務委託を受けている旨、作戦行動中である旨、それらの電子証明書付きの証明文画像を各員のデバイスへと改めて送信。

 杞憂で終わった場合を含め、万一海上遊弋都市フロートの警察組織からの職務質問を受けた際の対抗にはなるだろう。

 可能な限り、法的に瑕疵がないように整えつつ、同時に頭を回す――――交戦中の【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】所属機が一機被撃墜の報告/パイロット存命。


 その救助も行わなくては――フィーカに指示し、味方の被撃墜と交戦中のポイントを【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】の本社に提示。救助作戦の立案を養成。可能な情報の共有。

 いや……彼ら同士で自社の機体に対してはオペレーターがついているか。不要な情報であったか。いや、民間軍事会社であり衛星を介した軍事クラウドリンクがないために、見通し距離以上においては必要か。


「フェレナンド、エルゼ! 可能ならば撃墜されたパイロットと機体から距離をとって戦闘を! 駆動者リンカーが巻き込まれないように留意してやってくれ!」


 軍事クラウドリンクを介した通信指示。

 一方、機体を――コマンド・レイヴンをカーキ色の揚陸艇から離し、機体の出力を変更する。

 これが敵の陽動だとするなら、最早、猶予はなし。


 ――


「当機単独にて、廃棄都市のマスドライバーへの接近を敢行。状況により破壊を実行する――貴官らは、指示の全うを頼む」


 推進力を全開――――銃鉄色ガンメタルのコマンド・レイヴンは、瞬く間に音を置き去りに巡航飛行を開始した。



 ◇ ◆ ◇



 居場所が欲しかったのか――作りたかったのか。


 ここにいていいよと、言われたかったのか。


 彼の心には、きっと、そんな風が吹いていた。



 ◇ ◆ ◇




 時刻――一一:五二。


 スモークガラスで覆われた黒塗りの高級車の後部座席は、車というにはあまりにも広すぎる。

 そこで会談を行うことも可能なのか。

 白い革のソファが半円を描き、車体の中心には木目が浮かんだマホガニーの長テーブルが置かれ、足元には長毛の絨毯が敷かれていた。

 趣味の悪い金持ちの見本かもしれないな――などと感想を抱くハロルド・フレデリック・ブルーランプの思考にあるのは腰のポーチに差した小型拳銃のことだった。

 その体格故に、大口径の武器は取り扱えない。

 今あるこれが唯一の護身道具であった。……擬似的な汎拡張的人間イグゼンプトである彼にとっては、十分すぎる武器かもしれないが。


「そういえばハル少年って、どうしてその歳で特務大尉なんてなってるの?」


 隣でソファで寛ぐバカマヌケから、そんな声がかかった。

 チラリと、テーブルを挟んだ真反対に座すスーツ姿の眼鏡の女を見る。

 暫定グレーであるだけの相手を近くに己の素性を明かすことが憚られた。そんな内心も知らずに、彼女はオレンジ色の瞳を向けてくる。

 しばし考えて、吐息を漏らす――……どうせ聞かれても問題ない話だろう。


「ぼくは前大戦から軍に属している。その時は技術士官のようなものだったが……それだけ時間が経てば、大尉にも昇進する」

「えー……何歳から軍にいたのよお……」

「十歳か。……親が技術士官をしていたからな。僕と弟は、その流れで属した。……それから五年だ。昇進もする」


 そう答えれば、オレンジ髪を半端に蛍光ピンク塗れにしたバカマヌケは医療用マスク越しに口に手を当てていた。

 だが、


「えっ、うそ、年上……?」


 発せられたのは聞き捨てならない言葉だった。


「……なに?」

「え、言わなかったっけ。あたし、十四歳なんだけど」

「…………………………は?」


 ハロルドは、思わず停止した。

 年下――だと? これが? この女が?

 てっきり、年上だと思っていた。外見年齢は、おおよそ十七歳ほどか。そう思ったので、許しはしないが――少年呼びもするだろう――とは考えていた。

 だが、年下だと?


「待て。その年齢で民間軍事会社の社長だと? 資格はどうしてる?」

「資格って言われても……んー……その辺は共同経営者が持ってればオッケーだし、元はと言えばママが社長だったから、スタッフは残ってるからなー」

「……母親は? 事故か? 病気か?」


 踏み込んだ質問だったろうか。

 問いかけてから、少しよろしくなかったか――と思うが、凄まじい表情で応じられた。

 凄まじい表情だ。

 なんと言ったものか。苦虫を思いっきり噛み潰した上にそこにパクチーやコリアンダーを詰め込まれるだけ詰め込まれてからジョロキアをブチこまれたという、そんな表情であった。


「……アーネスト・ヒルデブランド・ギャスコニーってわかる?」

「ああ。衛星軌道都市サテライト側で唯一あの大戦の撃墜数上位に名を連ねた男か。第十位の破戒者オー・スラッシュ・オー……今は傭兵をしているんだったな。まさか……」


 あちらの都市の追撃や国際指名手配を躱し【黒の法曹家ブラックローヤー】という少数精鋭の傭兵をしている、とも聞いた。

 【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】と同じく、民間軍事会社だ。

 ならば、その競合も考えられるべきで――


「寝取られたのよ! 母親を! あのクソ男に! なんなのよう! 畜生! 娘を捨てて男に走りやがってえええええええ――――――――――!」

「…………………………なんて?」

「あのクソ男にまるまる殆どのスタッフを引き抜かれましたーーーーーっ! 母親ごとーーーー!」

「……」

「もう会長として隠居で、殆どあたしに権限は譲られてたけどね!? けどね!? 普通さあ、娘を捨てて男に走る!? ねえ!?」

「あ、ああ……」


 そのまま彼女は怒りを口にした。

 持ち株がどうしたとか設備がどうしたとか機体がどうしたとか取引先がどうしたとか顧客リストがどうしたとか、色々と苦労があったらしい。

 カタリナ以外のスタッフの母親も、その男に誑し込まれたとか……或いは成人のスタッフも連れて行かれたとか。

 だからあれほどまでに【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】は若いスタッフが目立つのだろう。ただでさえ戦争被害を受けた女性たちが、更に別の被害も受けていた……ということだ。

 だからなおさら、【フィッチャーの鳥】からの依頼を――かつて己たちの住処を焼いた保護高地都市ハイランド連盟に属する組織の依頼を受けたのだろう。


「もうどこでどう野垂れ死んでようと構わないんだけど!? 構わないんですけど!? 構わないけどさあ!? よりにもよって商売敵のところに行く!? 普通行く!? 我が母親ながらちょっと意味判らないじゃない!?」

「あ、ああ……大変だったな……。……いや、その、大変だったな」

「もう多分死んでるかなーとか思うけど……いやその程度じゃ収まらないわよ!? 収まらないじゃないこの気持ち! いや渡された会社をハリボテ同然にされたあたしの苦労! 苦労よ! 本当! ハル少年、わかる!?」

「あ、ああ……」


 ヒートアップするカタリナの愚痴に言い返せずに、それを宥めさせられることになった。

 母親を奪われた少女の怒りと悲しみというより、純度百パーセントの勝手な前任者に対する現社長の怒りだった。

 なんというか……聞きながら、強いなと思った。

 どこまで文明が進んでも、日常の内に死の危険がある洋上での仕事。

 それを行ってきた風土と――或いは商人国家であるが故の打算。

 どこかドライというか、或いは現実的というか……彼女たちはそういうとの折り合い方を、当たり前に身に着けているらしい。


「……家族だなんだで悩むのが、バカバカしくなってくるな。オマエと話してると」

「あーーーーー! またバカって言ったーーーーー!?」

「うるさい。褒め言葉だ。このバカマヌケが」


 そして移動する車は、地下道を通り、ガイナス・コーポレーションの地下駐車場に降りる。

 いくつもの円筒型の柱が支えるその駐車場の、来客用エレベーターの前に立つ複数の影。

 そこで待ち構えていたのは、恰幅の良い髭の男性――ガイナス・コーポレーションの海上遊弋都市フロート支社の責任者だろうか。


 わざわざ、地下駐車場での面会。一企業のトップが。

 

 最早、ハロルドの心中はその時点で覚悟を決めていたと言っていい。

 腕に装着させたデバイスに触れるが――電波表示はオフ。地下ゆえの通信障害か、それとも妨害電波か。

 車から降りたカタリナとハロルドへ歩み寄る彼が足を止めると同時に、停車されていた黒いバンから有機的な動きで一斉に現れた迷彩服に目出し帽の男たち。

 周囲を取り囲んで、構えられるアサルトライフル。

 見やったガイナス・コーポレーションの責任者の男性の表情には、ただ、冷や汗が浮かんでいた。


「フン。もう少し文明的な応対をするかと思えば、随分と直上気質だな。商人らしくもない」


 片目を眼帯に包まれたまま、ハロルドは周囲を一瞥する。

 数は――二十人ほど。

 携帯している護身用の拳銃では、どう足掻いても一度はリロードを挟まねばならないだろうか。

 計算をしながら、心中で彼は笑いを零していた。


 もしここにあのハンス・グリム・グッドフェローを連れてきていたらどうなっていただろうか。


 おそらくもう今頃、とっくに敵部隊を射殺しているだろう。

 あれはそういう手合いだ。

 暴力を忌避しながら、抜くとなれば一切の容赦がない。忌避するが故に、その最終手段の行使においてはそうと決めたら最小最短での徹底的な武力行動を容認する。

 必要性さえあれば、仲間も殺せる――――。

 自分の上官であるラッド・マウス大佐は、ハンス・グリム・グッドフェローをそう評していた。

 必要ならば、求められるならば、世界さえ焼けるだと。


 さて、と目出し帽の男たちを見回す。


「……【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】か。いや、まさかオマエたちは――」


 続くハロルドの言葉を、銃声が掻き消した。



 ◇ ◆ ◇



 時刻――一二:〇七。


 空も、海も、雲も、その全てが矢の如く流れ行く。

 機体が自壊しない程度に――しかし単騎で、かつての大型増設ブースターを装備した第一世代型の海上遊弋都市フロート強襲を思わせながら、空を裂く銃鉄色ガンメタルのコマンド・レイヴン。

 ブルーランプ特務大尉は未だに応答しない。

 エルゼとフェレナンドの側の戦闘も劇的な推移を見せない。


 機体と意識を極超音速に埋没させながら、ホログラムコンソールで陸上の【一〇〇〇機当サウザンドカスタマー】への指示を入力するその瞬間にコックピット内に鳴り響いた警報音。

 ミサイルロック――――。


(――――)


 すぐさまに機体の《仮想装甲ゴーテル》バランスを操作。

 この速度域での敵弾との衝突は、深刻な被害を引き起こす。かつてのマーガレット・ワイズマンが、最終的な機体の損壊を伴ったのはそれが理由だ。

 前方から襲いかかったのは、一発の弾頭から複数に子機が改めて放たれる拡散ミサイル。

 白い尾を引きながらも数多に喰らいかかる鉄と死の蛇が、しかし空中にて爆発し――その破片の散弾が、強烈な雨として降り注いだ。


 奥歯を噛み締め、バトル・ブースト。


 だが、避けるその方向すらも読まれていたのか、まさしく逃げ場がない。

 銃鉄色ガンメタルの装甲を、鋼の雨が貫いていく。

 もし仮に機体の《仮想装甲ゴーテル》を戻していなければ、この一撃で大破していただろう。

 あまりにも――あまりにも覚えがある、そんな攻撃だった。


『よう、首輪付きチャーチグリム。覚悟は決まったのか?』


 声の主――全周モニターの前方で、拡大された画像で映し出された青きアーセナル・コマンド。

 鋭角的なシルエットの機体に過積載された数多の火器。

 まさしく弾薬庫の如き、強襲殲滅力の化身たるその姿。

 肩には、無数の銃身があたかも槍衾のように飛び出した古城のエンブレム――《不壊の城塞ヘッジホッグ》。その城主。


 彼が駆るのは、やはりと言うべきか――近代的な軍事合理性で改めて形作られた騎士甲冑を、しかし要所が鋭角的で強襲兵器に相応しい威容を持つその鎧を、肉厚にしたその機体。

 第二世代型:黒騎士霊ダークソウルの重装甲改修型――魔械騎士デモンズソウル

 青を基調としながらも、その身体の端々が赤く彩られた専用のカラーリング――【メタルウルフ】。

 かつての衛星軌道都市サテライトが開発したアーセナル・コマンド――ウルフの名を冠する機体と駆動者リンカーに対し、と告げるためにその名を付けたロビン・ダンスフィード流の諧謔かいぎゃく


 改めて向かい合えば、その威容に圧倒される。


 右腕――携行型レールガン/左腕――プラズマライフル。

 両腕の外甲――大型のガトリングガンが計四門。

 両肩部――――円形の近接迎撃機関砲が二門。

 腰部――――携行型ハンドグレネード八個。

 両大腿部――片側四門・計八門のミサイルポッド。

 両脛部外装――予備携行大型ショットガンとグレネードランチャー。


 背後で機体の左右へと二門ずつ背負った大型のミサイルベイは然ることながら、何よりも恐るべきはその機体の背から後ろへと飛び出した増設ブースターだ。

 スペースシャトルの打ち上げ機のような複数のプロペラントタンクが組み合わさったその増設ブースターにも、多くのミサイルベイが装着されている。

 頭上から見るなら、例えばそれはヤドカリや或いは女王蟻の大きな腹に見えたかもしれない。

 一歩間違えば諸共に吹き飛ばされてしまうだろうそんな強襲用の火力増設ブースターを用いれるのは、ミサイルのその破片ですら敵弾を迎撃できるロビン・ダンスフィードの自信の現れだ。

 

 あの鉄の鉄槌作戦スレッジハンマーでも目にしたロビン専用の強襲火力増設ブースター。

 彼は――本気だった。

 本気で敵対者を殲滅すると、そう決めた武装だった。


 そして、


『……君にこちらに来られると、困るのだがな。作戦の要だというのに』

『ハッ、止められねえだろ。オレ以外でコイツは。……ま、いなくなれって言うなら従ってやってもいいぜ? だろう? なあ、灰色狼グレイウルフ


 戦場に降臨する死の天使の如く――翼を広げた灰色の第四世代型アーセナル・コマンド【アグリグレイ】。

 自力で直立可能かも怪しいその細身の両足と、反面、豊かすぎる上半身。

 機体肩部で翼じみて広げられた増設装甲兼用ブースターと、背後に背負った槍めいた大型レールガン。

 右腕に携行したレールガンの銃身は閉じたまま、その機体は、こちらへと呼びかけた。


『……我が友ハンス。こう言えば、伝わるか? 私の声が、聞こえるか?』


 その呼びかけに――不意に、記憶の扉が抉じ開けられる。

 全身が総毛立ち、神経が寒気にも似た電撃を伝えてきた。

 覚えている。

 自分は――その語りかける口調を、声を、友情を覚えている。


「……まさか、マクシミリアン――……君か? 君、なのか……? 生きていたのか……? いや、君が……君がどうして【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】に……?」


 知らず、刃を向けた。

 知らず、撃墜しようとした。

 知らず、彼を、友を、殺そうとしていた――自分は。


『ああ。……語りたいことは、山ほどあるが時間がない。だから端的に言おう』


 慈しむような、懐かしむような声。

 何も変わらぬような――……そんな、声。

 そのまま彼は、こちらへ銃口を向けることもなく、


『我が友ハンス――――私と協力して、【フィッチャーの鳥】と戦わないか?』


 そう、呼びかけてきた。



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