第46話 燃える世界の結末、或いはその序章、またの名を聖者の行進

 星暦〇二一三年。

 オセアニア地域、洋上。


 環太平洋エリア第七群所属、第一四ブロック。

 三八ユニット統括・中央セル――海上遊弋都市フロート『ピフ・パフ・ポルトリー』。


 十一月三十日。

 時刻――――一四:三五。


 街が、燃えていた。焼き尽くされていた。

 打ち砕かれた瓦礫と、吹き飛ばされた道路のアスファルト。砕け散る窓ガラスは融解し、有害な黒煙は街の各所から立ち昇る。

 動くものはない。

 救助も、避難も行われない。行える筈もない。

 今まさにビルが崩れ、粉塵を巻き上げながら雪崩が如く通りへ降り注いだ。


 滅ぶ。

 世界が滅ぶ。大地が滅ぶ。海が滅ぶ。焼け落ちる。

 その中で動く、黒き影。

 煉獄じみた天と地の狭間で、空と海の間で、火炎を反射する黒き装甲が照り返す。

 

 宙に足を止めた一羽の大鴉レイヴン


 死に纏う鴉の嘴の如く突き出した胸部上殻と、その両腕の外甲に備えられた大翼めいたブレード発振器。

 銃鉄色ガンメタルのその装甲アーマーに覆われた内核コアの内、洋上から燃える海上都市の街並みを映し出した全周モニターを前に。


「ああ――……」


 一度、目を閉じた。

 これほど声を震わせるのは、いつ以来だろう。こんなに吐息が震えるのはいつ以来だろう。

 内なる獣の笑いが、身体を襲う震えとなって現れていた。

 その銘は憤怒であり、恐怖――……寛容さを齎す万物への諦観を焼き尽くし、己の意識を現世へと顕現させるもの。

 自己完結した終末の炉の鋼鉄の扉を開き、それを、己という剣を打ち直す以外に使わせるもの。

 嘆いていた。

 或いは、笑いにも似ていた。

 それとも、やはり、まだ、正気だったのかもしれない。


「……そんなに焼き尽くされたいか、貴様たちは。そう望むか……それが、祈りか……」


 讃美歌が聞こえる。

 死を悦ぶ歌――破滅を言祝ぐ歌――終焉の焔を、回転する燃える剣の降臨を望む祈りの歌。

 最果ての火を。

 内なるこの獣の怒りを。

 首輪付きの獣のこの憤怒を望むというならば、それを願うというならば――是非もなし。


「ああ――……そうも死にたいというなら……死に絶えたいと言うならば……いいだろう。――


 止める理由が、なくなるのだ。

 そうあれと――と望むのであれば。

 その祈りに応えよう。

 その願いを叶えよう。

 我を阻む万物はなく、貴様らの怒りが、我が怒りの獣を呼び覚ます。


「……――望み通り、俺は貴様らの祈りに


 に――絶滅の魔剣のその極光に、祈りを見出だすと言うのであれば。

 いいだろう。

 望み通りに、応えよう。


 我が名は応報の魔剣。

 星を滅ぼす不滅の極剣。

 天地創世より続きしこの世を終わらせる、終焉の魔剣である。


『ッ、弾バカ――俺らで争ってる場合じゃねえだろ!? あっちを止めるのが先決だ!』


 洋上を飛翔する赤き機影――長槍を背に折りたたみ、二丁ショットガンで武装した四脚の鋼鉄騎士【アーヴァンク】。

 対するは重武装。

 両手の二種の小銃ライフルに、背部の大仰なミサイルコンテナ。更には両腕の外にも回転銃身ガトリングを連ね、脚部の外にもミサイルラック。腰部にすらもそれを増設し、あらん限りの爆弾を。

 まさしくハリネズミ――《不壊の城塞ヘッジホッグ》、黒の始末人ブラックルーク

 身体の随所を赤で彩った青き機影――【メタルウルフ】/の不遜。


『ハッ、よく言うぜ――後ろから撃つ気、だろ? それに止める必要はねえ。仮に、元々そうだったってモンじゃねえか。……オマエこそ、せいせいするんじゃねえのか?』

『言ってる場合か、てめえ――――ッ!』

『図星刺されて叫んでんじゃねえぞ、ボケナス――ッ!』


 この日、一つの都市がこの世界から消滅する。

 全てを黒く焼き尽くす暴力は――まさに、解き放たれた。



 ◇ ◆ ◇



 同、十一月三十日。

 時刻、〇九:一二。


 あいも変わらず見目麗しい、というか。

 完全に女子校か何かのようで若干男には居心地の悪い艦内の、格納庫へ向かう廊下にて。


「エルゼ、エルゼ、聞いてくれないかエルゼ」


 ふと見かけたピンク髪の小柄な部下へと呼びかける。

 足を止めた彼女のその後ろや真横から、


「大尉大尉ー、プリン食べるー?」

「大尉ー、チョコいるー?」

「大尉ー! 大尉ー! ほら、パンあげるよ! ほらほらー!」

「大尉ー! 大尉はこれなんて呼ぶー? あたしは大判焼――」


 黄色い歓声が送られて、通りすがる【一〇〇〇機当サウンドカスタマー】のスタッフたちからまたもやプレゼントを受け取った。

 出向――というより共同任務から十日。ある程度は打ち解けたのか。或いは元より彼女たち傭兵はコミュニケーションに長けているのか。

 本来異物であるはずの自分たち保護高地都市ハイランド連盟の軍人も、それなりに居場所というものができたらしい。

 具体的に言うと、腕いっぱいだ。

 贈り物が腕に抱えきれないほどになっている――つまり、


「モテてる」

「……はい?」

「見てくれ。俺が女性にモテてる。すごいことだと思わないか?」


 若干得意げになってしまう。

 モテるというのは嬉しい。チヤホヤされて悪い気になる男は多分いない。これまでそういう扱いをされたことがなかったので、まあ、何とも嬉しいことであろう。

 それに何より――しかも、食べ物をくれる。

 そう、食べ物をくれるのだ。すごい嬉しい。ここは楽園だったのかもしれない。


「いいですか、先輩」

「なんだろうか。分けろと言うなら………………断腸の思いで受けるが……」

「いえそれは別に。というかですね、それは、モテてるんじゃなくて――……餌付けです」

「餌付け」

「餌付けです」

「餌付けか」


 しばし考えてみたが……。


「……何か違いがあるのか?」

「もうやだ、このすっとこどっこい」

「すっとこどっこいとはなんだ」


 酷いぞ。


「俺は昔、モテるということは即ちチョコを貰うことだと学んだことがある」

「どこのお菓子の国の風習なんですかねそれは……。……まあいいですけど、それで?」

「一ヶ月は食べ物には困らない。彼らはそういう状況だった。つまり、モテれば食べ物に不自由はしない。食べ物に不自由しないというならば、モテるということだ」

「……………………」


 なんという冷静で的確な判断力なのだろうか。

 ノーベル賞があったならばノーベル賞ものではないだろうか。ノーベルご飯が美味しいで賞とかそういうあれだ。

 彼女は共に格納庫へと歩きながら、しばらくどうしようもないものを見るような半眼をこちらに向け、それから、


「……というかですね。モテるっていうのは、ああいうのを言うんですよ」


 ほら、と指さされた。

 格納庫の中、その先を追ってみれば――――二組だ。

 真剣な表情で、ホログラムデータにて機体の状態を眺めるフェレナンドと彼の横顔を眺める水色髪のジニー。

 あとフェレナンドに話しかけようとする整備兵の幾人か。

 それと、いつもの如く泣き叫ぶカタリナと腕を組んだまま彼女へ鋭い口調を飛ばす眼帯のブルーランプ特務大尉と、それを物陰から見守る十歳ぐらいの少女。


「なるほど」


 しばらく眺めてみる。

 彼らも随分と打ち解けてはいるらしい。まあ、自分のように面白みのない男ですらこうなのだから、素直なフェレナンドとある意味で素直なブルーランプ特務大尉なら当然であろう。

 この【一〇〇〇機当サウンドカスタマー】は、海上遊弋都市フロートの中でも出稼ぎ組に入る。

 かつての戦いで製造された海空両用艦を戦時国債の支払い代わりにせしめて、女性ばかりで傭兵を行う彼女たちの交友能力というのは実に評価に値するものだ。

 自分は特にそこは評価基準には入らないが、こうして彼女たちと交流をすればリピーターも生まれるだろう。そんな具合である。

 それはそうと、


「……あまり違いがわからないのだが」

「可愛がられるとモテるの違いもわからねえんですかね、この男は……」

「好意的……つまり作戦行動への良い効果が見込めるということだ。同じでは?」


 言った途端だった。

 鋭い右ローキックが左太腿に突き刺さった。


「すみません、蚊がいました。バ蚊が」


 痛くはないからいいが。体格差と筋力差が随分とある。

 いや、痛いことは痛いか。よく考えるとそれなりに痛い。でも蹴ったエルゼの方が痛そうだ。


「エルゼ。これは暴力だ。酷いぞ」

「先輩の女性に対する態度があらゆる意味で酷い暴力なのでセーフでーす♡」

「これはパワハラだぞ」

「やだなー、パワハラのパワーって別に直接暴力じゃないんですよー?」

「なるほど」


 セクシャルなハラスメントと強制わいせつは別、ということか。言われてみたら確かにそうだろう。暴行罪とパワハラは別だということだ。

 結局なんか散々に呆れられ、なんだか上司としての威厳を損なった気がする。

 まあ、元々威厳などというものは気にしていないし仕事に影響が出なければ何でもいいのだが……。

 改めて、フェレナンドとハリーを見る。

 なるほど、なんだか桃色のオーラが出ている気がする。プリティでピュアピュアな奴だ。羨ましい気がする。キャンパスライフとか実はちょっと憧れがあったが……。

 まあ、もう今さらであるし、


(……というか、別に俺はそちらは目指していないんだがな。冷静に考えてほしいが、複数の女性から好意を向けられるなど悲劇だ。大岡裁きが車裂きの刑に変わる。皆から美味しいものを貰える、それぐらいが最もいい)


 もぎゅもぎゅと口にパンを運ぶ。

 中には炙ったバターカラメルが入っていて甘塩っぱくて美味しい。

 フルーツトマトを齧った。甘くて瑞々しくて美味しい。

 海上遊弋都市フロートはご飯が美味しい。いいところだ。元々は、年中コーヒーを育てられるように移動させていた企業製の海上農園が由来だというだけある。


(そんな彼らともう争わなくて良くなった……それだけでも、俺は嬉しい)


 都市を壊すたびに、思ったものだ。

 そこで暮らしていた彼らは、育まれていた人生は、一人一人の命は、どのようなものだったのだろうかと。

 幸と不幸があったはずだ。喜びと悲しみがあった筈だ。憂いと戸惑いと、楽しみと笑いがあった筈だ。

 決して損なわれてなどならない人の生が、命があった筈だ。


 それらを全て焼き尽くして――怒りと、憎しみと、苦しみにだけ塗り変えてしまう。

 戦争は、そんな行為だ。

 有形にしろ無形にしろ暴力による加害は人の心と身体を損ね、どんな正当性や必要性があろうとも、それとは全く別の話でただ忌まわしい。

 非戦闘員だから良い、戦闘員だから良いという話でもない。

 間接的だから良い、直接的だから悪いという話でもない。

 等しく全ての暴力行動は、おぞましく忌まわしいものであるのだ――……全てが。等しく全てが。


(……まあ、俺などが言ったところでというところではあるが)


 感情で如何に考えていようとも、己の理性はそれを切り離して決して曇ることなく実行できる。

 理性のそれに歯止めを行うのは、少なくとも法と人道と合理に反してはいないかというそれだけだ。それ以外の楔はない。逆にそこで抜いた刃を鈍らせてしまっていては、そも初めに刃を手に取った意義までが損なわれてしまう。

 今更に心で歯止めなどかけはしない。

 それならば、一人目を殺す前に――止めればよかったのだ。予期などできることだ。己以外の人間の経験と、歴史からいくらでも学べただろうに。


 故に、抜いたからには鈍らせない。

 自棄になった訳ではない。凝り固まっている訳でもない。

 その原初から徹頭徹尾、己に鈍らぬ刃であることを望んで――それを作り上げるための、全ての修練としての現在と過去があるからのだから。

 

「おい、そこのハムスター男。これからブリーフィングだ。……何をどうしたらそんな状況になるんだ?」

「ブルーランプ特務大尉。聞くとこによると、俺にお供えをすると病魔が逃げていくそうだ。貴官も如何だろうか?」

「………………お前、本当に、あの鉄のハンスか?」


 そうだが。

 何か問題でもあるのだろうか。


「クソッ……調子が狂うんだよ」


 そうか。

 なんだか判らないが、気の毒に。



 ◇ ◆ ◇



 サー・ゴサニ製薬。

 オニムラ・インダストリー。

 ミタマエ・エンタープライズ。

 ガイナス・コーポレーション。

 ルイス・グース社。

 ホリゾン・イン・コンチネンタル。

 フェデラル・ホール・エレクトロニクス。

 ホワイト・ラビット・コンサルタンツ。


 他――企業共同体。



 ◇ ◆ ◇



 時刻、〇九:二五。


 格納庫の中、腕を組んだハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉の背後に、青いホログラムが浮かび上がる。

 海上遊弋都市フロートは、都市国家としてはまるで蓮の葉の如きユニットを形成している。

 各町とも言うべき一つのセルが複数集まって市を作り、その市が複数集まって州のようなブロックを作る。

 とは言っても、マスドライバー運用などを目的にしたものにおいてはこの限りではないし、それぞれの母体となった企業やその施工会社によっても異なっている。

 建設が後期になればなるほど、海上遊弋都市フロートのその葉は大きく、数少なく、頑強になっていく。これは防衛上の観点からだ。

 皮肉にも――それが理由で、一撃で纏めて命が失われることにもなったのだが。


「さて。前にも通達したと思うが、本日の一三〇〇ほどに四番艦『アトム・ハート・マーザー』が寄港する」


 ハリーの言葉に合わせて、ホログラム上に大きな矢印と共に船を表すアイコンが点灯した。


「はっきり言うなら、この艦長のジャマナー・リンクランク特務中佐は無能だ。無能な怠け者であり、そして、自己保身のときだけよく動く無能な働きものだ。つまりは、最悪に役に立たない厄介な鼻つまみ者ということだ」


 ハリーの隣で、カタリナが本当に鼻を摘んで「うへえ」という顔をした。

 そういうことではないと思うが……彼女を無視して、彼は続ける。


「あの男は、この辺りの地域に【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】の根拠地がある……と想定している。その分、他の都市での取り調べは苛烈なものだったと聞く。くれぐれも縁者には余計な動きをしないように伝えておけ。何かあれば、僕の名前を出してもいい」

「さっすがハル少年! 話がわっかるう! 流石ねホント!」

「……。バカ一人は置いといて、もう一人のバカについて話をしよう。このバカは何を考えているのか、おそらく単なる海賊と彼ら【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】の区別がついていない」


 彼が指を鳴らすと共に空に現れるいくつかのアーセナル・コマンドの機影。

 ハートの兵士ハーツソルジャーと銘打たれた第三世代型。

 コマンド・レイヴンに比べて総合的な性能は低いが、おそらくは武装積載量と弾薬運搬量、装甲値では勝る機体。

 【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】の戦闘においては必ずと言っていいほど姿を表す新型アーセナル・コマンド。


 そして、一方で浮かび上がったアーセナル・コマンドの画像。


 第一・五世代型の火吹き竜フュルドラカ

 全身に鱗じみた爆発反応装甲板を纏わせた、まさに竜そのものを思わせる頭部を持つアーセナル・コマンド。

 悪い機体ではないが、対アーセナル・コマンドを想定された機体ではない。というより第一世代型に比べて想定はされているが、バトル・ブースト他の有効な手立ては持たない機体だ。

 他に、かつての大戦で用いられた水陸両用機。

 或いはモッド・トルーパーなど――海賊たちの利用する兵器などが浮かび上がっている。


「ブルーランプ特務大尉、いいだろうか。確かに運用している機体の違いはあるが、【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】も戦力の充足具合によってはこれらを用いることもあるのではないだろうか?」

「つまり、機体で勢力の違いを決めるのは早計だと言いたいのか? ……意外だな、オマエがあの愚図の肩を持つなんて」

「俺個人の悪感情と、職務における正当な判断は別の話だ」


 言えば彼は鼻を鳴らし、それから改めてホログラムを表示した。


「他に二つ、違いの根拠はある。一つは【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】はあくまでも対【フィッチャーの鳥】とも呼べる組織で、海賊活動他には従事していない。これは海上遊弋都市フロート他との関係の悪化を嫌ってだろう。事実、海賊対処を行ったという情報もある」

「なるほど。【フィッチャーの鳥】と違って、民衆からの支持を得るためか」

「そうだ。それともう一つはその機体の特性は、全て対アーセナル・コマンドを前提としているということだ。豊富なアーセナル・コマンドを有する【フィッチャーの鳥】と戦う以上は、その能力を持たない兵器を所有する必要がそもそもない。強盗は包丁でも行えるだろうが、兵隊が包丁を主武装とする訳ないのと同じだ」


 隣のカタリナが宙に指を翳すと同時、デフォルメされた強盗のスタンプ画像が浮かび上がり、そしてバツ印がつけられた。

 ことここに至っては、その武装で敵勢力を分別するのは正しいというわけだ。


「対【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】のつもりで海賊相手に弾薬を消費しても全くの無意味というところであるし、或いは海賊を見てその根拠地を【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】のものと誤認されても困る。区別が付かないと、そんな問題が出てくる」

「あたしたちには死活問題よねー……いや海賊にはこっちも迷惑してるのに、それを理由に『この辺一帯お前らもテロリストの一味だろ!』なんて言われても」

「……このように、だ。現地住民の悪感情を煽っても困る。そういう意味でも海賊対処は必要だ」


 なるほどな、と頷く。

 それならあの艦長を左遷してまともな指揮官をつけてしまえばいいだろうに――それができないというのは、人手が少ないか人事的に簡単にはいかないのか。

 何にせよ、こんな迂遠な形で別部隊に露払いを要求するというのは思ったほどこの【フィッチャーの鳥】も万全ではないことを意味するのだろう。

 無能の尻拭いに苦心するなら、その無能の首を挿げ替えてしまえばいいと思うのだが――そうできないのは世の世知辛さだろうか。


「……それで、貴官は俺たちに何の要求を?」

「一つ。もう既に連日の対応で十分に意義は果たせてはいるが、海賊そのものを取り除くこと。つまり、図抜けたバカを刺激する刃物を持ったバカを取り押さえることだ。……これは概ね完了しているな」

「まだ残りはいるが……」

「もう一つは、この海賊対処においての対応部隊をはっきりと示すことだ。つまり――『海賊対処はうちの仕事だから首を突っ込むな』と、『そちらはただそちらの作戦でエリアに接近しただけであるから本分を果たせ』と、余計な働きをさせないことだ」


 また、アイコンが浮かぶ。

 デフォルメされた腕を組んだガードマンの画像。締め出し、ということか。

 そして――と、③と打たれたホログラムが浮かび上がる。


「最後の懸念事項がある。判るか、グッドフェロー?」

「……いや。都市が戦闘の余波に巻き込まれることぐらいしか思い浮かばないが」

「海賊でもなく【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】でもないあの大戦の残党に対する対応だ。……お前もかつて対処にあたったと聞くが、奴らは、未だにしぶとく残存している。虫を潰しても岩の下から湧いてくるように……だ」

「……」

「奴らからすれば、早々に降伏した海上遊弋都市フロートは裏切り者だろうし、保護高地都市ハイランド連盟への反抗ではなく、【フィッチャーの鳥】へのカウンターと言っているだけの【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】も鼻持ちならない相手だ。つまり、残党からしたらここで火を点けるのには格好なんだ」


 なるほどな、と頷いた。

 いずれにせよ、戦力の損耗という意味で【フィッチャーの鳥】――それを通して保護高地都市ハイランドへの嫌がらせになる。

 【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】が実際にここを根拠地にしていれば防衛として【フィッチャーの鳥】も出動せざるを得ず、戦闘で戦力を目減りさせられる。

 また、実際のところ【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】がここを根拠地としておらずとも、今度は【フィッチャーの鳥】に海上遊弋都市フロートを巻き込んだ戦闘をさせることでその支持を低下。

 そして海上遊弋都市フロートにも打撃を与えつつ、【フィッチャーの鳥】への逆境も作る。いわば、やり得な手だ。


「僕らの仕事は、粛々と残る海賊対処を行うことと……他に敵が潜める箇所の捜索を行うこと。チーム分けは前に話した通りだ。いざ敵が潜んでいた場合に備えて、未知の戦力に備えて、グッドフェローは僕と未踏破エリアの探索を行って貰う」

「あとあたし! あたしも! あたしもいるってば!」

「……僕と、グッドフェローと、バウアーで探索を実施する」

「だからカタリナでいいってば、ハル少年!」

「……………茶々を入れるな! さっきから! オマエがいると話が進まないんだ! このぽんこつ三流半以下の駆動者リンカーが! 僕に馴れ馴れしくするんじゃあない!」

「うええええええええ!? またぽんこつって言ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 なるほどな、と頷く。

 自分はコンビ芸人に混じって一時的なトリオになるということか。芸人に適性があるとは思えないが、やれるだけやってみよう。

 そしてこれまで艦からの指揮ばかりで、格納庫においても姿が明かされることのなかった彼の――ハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉の専用機とやらの、その姿をお目にかかることがようやく叶うのか。

 正直なところ、兵器など使えれば何でも構わない。

 特に機体に対しての興味もないのだが――……ラッド・マウス大佐があれほどまでに鳴り物入りで特殊部隊を作ろうとしているそのコンセプトなのだ。そういう意味で、見てみたい気持ちは多少はあった。


「クソッ、このバカ女が。……探索箇所は以下の通りだ。何事もなければ、数時間とかからずに終わるだろう」


 ふむ、と地図を眺める。

 いずれもあの大戦で廃棄された海上遊弋都市フロートだ。

 マスドライバー破壊作戦において、その崩落によって破砕されて半壊した――或いは沈没しかけた都市。戦後三年の後も撤去されず、海上に半ば浮かんだ幽霊の浮き島。

 殆どの設備は死んでいるとしても、確かに、一時的な拠り所程度にはなるだろうか。


「……この空白になっている部分は?」

「ああ、そのあたりにはかつて海上遊弋都市フロートの建設予定があったためにエリアを開けてあるらしい。結局、コアの都市の基礎を作ってそのまま……という話だがな。特徴的な金属樹タワーすらもない。いくらかの施設はできていたそうだが、建設途中のままだ」


 ホログラムに、偵察映像のようなものが映される。

 灰色の浮き島。

 確かに立派に都市部の基礎は作られてはいるが、建物というのはおおよそ少ない。錆び付いた建設用の機械が未だに放置されて朽ちたままで、遮蔽物も十分とは言えず、敵が根拠地にするには不十分に思えた。

 特徴的な、天へと伸びた大樹――タワー或いはマスドライバーもない。

 他を戦で朽ちたる死体が作った幽霊都市と言うなら、これは、生まれる前に死した幽霊都市と言うべきだろうか。


 だが――カタリナが声を上げた。


「ん、これ……というかタワーは……マスドライバーはできてない?」

「……なんだと?」

「あ、いや、死んだパパがそういう技術者だったから昔ちょっと聞いたんだけど……上へ上へ作っていくと色々と大変だから、こういうのって下に向けて作るのよね。先に筒みたいに海水を除けて、それから塔を下向きに徐々に……で、全部作ったら浮力を利用しつつ地上に上げる――みたいな?」

「……」


 彼女の言葉に、ハロルドと目配せをする。


「グッドフェロー。念の為に、そこも探索するか」

「ああ。……というか、その程度の海上遊弋都市フロートの建設知識もなく作戦をしていたことにやや驚きだ」

「しっ、仕方ないだろう! 直接的に関わりはないかと思ったし、素直に聞いても悪評のせいで話して貰えもしない! というか誰もそこは聞かない! そもそも技術者の大半が死ぬか処刑されるかしたんだ! 当時の企業は殆どが解体! 資料も散逸! それどころか、街ごと吹き飛ばしたのはオマエたちだろうが!」

「……すまない」


 確かに。

 壊すそばから作られてたら困るので、徹底的にそういう関連の技術がある都市を狙った作戦もあった。

 自分はその作戦には従事していないが……ロビンあたりがやった覚えがある、と言っていた。あれも本来なら、国際的な人道法に反していて――戦勝国でなかったら処分されるだろうと、そう思ったものだ。


(……マスドライバー、か)


 どうにも思い出される。

 散々それらを徹底的に破壊し、衛星軌道都市サテライトへの支援を干上がらせることには成功した。

 それ故に彼らの地上への進出を早め、結果――あのドレステリアの悲劇を契機として空中浮游都市ステーションの仲介もあり――戦時条約と彼ら自身の地上軍の保護のために【星の銀貨シュテルンターラー】の使用が禁ぜられた。

 その後、彼らの地上軍が追い詰められる際に運輸回収中のとして、再び【星の銀貨シュテルンターラー】は地上を焼いた。

 おそらく、一基の衛星の暴走というか形で彼らは手を打とうとしていたのだろう。

 こちら向けだけでなく――……地上へと父や夫、息子を戦争に送り出すことになった衛星軌道都市サテライトの国内に向けても。決して友軍を焼き払う意図はないのだと。


 その一基を止めるべく、保護高地都市サテライト連盟軍は残る唯一のマスドライバー目掛けて奪取作戦を敢行。


 地上物資の支援を期待している衛星軌道都市サテライト連合もそのマスドライバーを焼かれる訳には行かず、その地上軍も自分たちの帰還のためには必要であり、言うまでもなく海上遊弋都市フロートは己が住処を護ろうと奮戦した。

 誰もがだった。

 それが作った、徹底的な撃滅作戦。

 一昼夜に及ぶ凄惨な持久戦にして殲滅戦――自分たち七人しか生き残らなかった鉄の鉄鎚作戦スレッジハンマー


 その後、友軍を巻き込みかねなかったの責任を取らされる形で、民衆をそう扇動した彼らの議会の要望によって開発者であるグレイコート博士は処刑。

 いや……処刑寸前に、自殺だったか。

 その子息であるマクシミリアン・ウルヴス・グレイコートが――自分の友人である彼が――どうなったかは、知れなかった。


(君には……そういえば、メイジーとのことも相談に乗ってもらったな。さして関わりもないのに、こんなつまらない男が形だけの婚約者をどう喜ばせようかなど……)


 色々と、あった――気がする。細かくは思い出せないが。

 彼は根気よく付き合ってくれた。

 妹がいると……いたと言っていた彼は、相談に乗ってくれた。

 その本国が敵味方に別れてしまったために、不本意ながらそれぞれの立場に別れてしまったが――その後、どうしているのか。

 せめて生きていればいいと、そう願うほかなかった。

 もう、知人を死出の墓標になど刻みたくないのだ。己の頭で明瞭に思い出せるだけの――忘れることも許されない存在に。

 そうしたくなど、ないのだ。


(ああしてこんな男の悩みなどに親身になってくれた君の助けの分も、メイジーを幸せにしたいと――……そう思ったというのに)


 戦後の様々なメディア露出と、その反動のような隠棲。

 その手を汚すことを止められなかった自分には愛想をつかせたか、そもそも婚約者とは知らぬかで途切れた縁――……。

 今彼女に出会ったら、何と言おうか。

 責任感から、まだ婚約者を続けるつもりなのか。

 それとも――……。


(……いや。軍も認めないだろうな。黒衣の七人ブラックパレード同士が、そうも親密な関係になることを。最悪は暗殺まであるだろう。……それに彼女は【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】に向かってしまった。俺が言えることなど、ない)


 顔を合わせたところで、最早、立場から殺し合いになる他ない。

 心底、戦いたくなどない。

 何が嬉しくて、その幼少期から知っている少女に銃口を向けねばならないのだろう。彼女が好む神話や料理すら知っているというのに。それなのに。

 或いは彼女が――……世界を全て敵に回してでも隣にいてくれとそう言ったなら、自分は応えるだろうか。


 …………。


 ……夫婦という関係は、或いは家族という関係は、それを形作るにあたって最後まで味方することも含まれるというなら。

 いや――自分はそう思っている。と。

 きっとその関係には、そうして欲しいという祈りも込められているはずだから。それを裏切り、踏み躙り、悲しませたくないから。

 そこで相手を見捨てて、その心を傷付けたくないから。

 多分――感情ではなく理性として、自分は世界を焼く。焼いてしまえる。それもまた、契約に含まれるのだと。


(君にまた会いたい……だが、そのことを怖がる俺もいる)


 あの心優しかったメイジーならば、世をそうすることを望まないとは思うのだが……。

 万が一彼女がそれすらも内包するほどに荒み果て、それを願うなら――……。

 その時は理性の首輪をそのままに、自分は、世を焼く怪物になってしまうだろう。


 ……或いは、こう懸念するのも侮辱だろうか。


 燃える街並みのため、あの狼狩人を作り上げた父の願いのため、死にゆく人々のために果敢にも立ち上がったメイジー。

 そんな彼女に対して、こんな見当違いの危惧をしてしまうなど……。

 あまりにも侮辱がすぎる。余人に聞かれれば、その瞬間に己が頭を撃ち抜いて恥を注ぐしかない。


 メイジー・ブランシェットのその気高い献身へ、己などが何一つ入り込む余地はない。

 だからこんなことは、ただの杞憂だ。

 などとそんなくだらぬ肩書きのために――そんな運命のためにではなく、ただ己の意思で立つことを決めた彼女へ。

 こうして思い煩うことさえ、不遜だろう。


「おい、グッドフェロー。……話を聞いていたか?」

「ああ。作戦の行動については問題なく聞いている。いや、見ている。俺は考え事をしながらでも抜かりはないように備えている」

「……器用なのか不器用なのかわからないな、オマエ」


 眼帯の横で呆れたような目を向けてくる彼へ首を振る。

 カーキ色の軍用ジャケットを脱ぎ捨て、パイロットスーツになる。

 尻尾付きと称される、接続用の延長脊椎が垂れるボディスーツ。いつも通りにヘルメットを被り、懸架される鋼の巨人――静かに佇むコマンド・レイヴンへ、銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴンへと向かっていく。

 機体に複数纏わりついていた流体ガンジリウム供給車が、或いはそのタンクが離れていく。


 コックピットシートに座し、脊椎接続アーセナルリンク――全周天モニターが起動し、映し出される格納庫内。


 浮かぶメッセージ――【準備は完了ですよシステムオールグリーン御主人様マスター】。

 吐息を一つ。

 ナーバスになっていても関係ない。

 というよりもう、切り替わった。自分はいつだって自分にできることをやるしかないのだから。


「――――ノーフェイス1、作戦行動を開始する」

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