第44話 ハシバミの枝、或いはあの日の置き土産
それは、華美でもなければ鮮烈でもない。
ただ淡々と、逃れられないものだった。
遠き星が頭上に散りばめられた衛星軌道――宇宙の海原の中、多数の蒼き推進炎が流星さながらに飛翔する。
広がる流星。
飛ぶ光弾。
爆ぜる機体。
群対群の戦いは、それぞれの金属の巨人たちの機動を複雑に入り組ませるものだった。
そんな内にあって、一機。
その機体が齎す破壊だけは――酷く静かなものだった。
改修された第二世代型の
二足歩行のしなやかな狼めいた機体は、敵の一体へと複数へと襲いかかる――装備はプラズマライフルと大型のプラズマ・キャノン。或いはレールガンと連装ライフル。
実に、七頭――……七機。
近接ブレード同然に敵の力場を抉じ開けて撃ち込まれるプラズマ・キャノンは、まさしく必殺の牙であったろう。
だが――構えたそこで、その太い大筒の銃身が爆ぜた。
その直後、己が武器の爆発によって引き剥がされた力場めがけて――飛来し、そのコックピットを貫く紫炎。
なんと、静かであるのだろう。
最早それは、ただの作業に等しい。
静寂の主――頭部シャッターバイザーのその奥で、蒼き線香めいて光る光学センサー。敵に向ける銃口。
フードめいた頭部の装甲板を赤く塗ったその機体。
さながら狩人にして騎士であるか如き、赤きフードを被った純白の――第二世代型アーセナル・コマンド:
左腕のリボルバーショットガンと、右手の折りたたみ型ノコギリ大鉈――じみた――プラズマライフル兼プラズマブレードを両手に、緩やかに機動する。
また、一発。
敵の攻撃に差し込む牽制の銃撃と、敵の隙に撃ち込む必殺の一撃。
ただ規則正しく、ただ慈悲なく、ただ翳りなく、次々と撃ち込まれていくショットガンの制圧射撃と――続く紫炎のプラズマ弾、或いは蒼炎のプラズマブレード。
そうだ。
それは、華美でなければ鮮烈でもない。
故にそれは、ただ、死そのものだった。
しかし、ある時。
その一撃が、致死の一撃が止む。
一機の下半身だけを消し飛ばし――仕損じたのだろうか。爆発に錐揉みになり、残る上半身を立て直そうとしていた機械の人狼へとかかる通信。
『……教えてくれますか、セキュリティコード』
撃ち尽くしたのだろうか。
そのリボルバーショットガンを背に背負い直して、漂う連装ライフルを拾い上げた
酷く無感動な声を前に、そのワーウルフの
その時点で、彼の答えは決まっていた。
『あ、どうも。……はあ、やだなあ。まだいるなあ……長いなあ……次いこ、次』
彼の通信を受けた
そのワーウルフの駆動者は、歴戦だった。
何度と戦い、何度と生き残った。地上でも戦い、そして、宇宙でも戦った。
彼はこの戦闘を機に、第一線を退いた。
彼が親しい戦友のみに語ったその理由は、単に死にたくない――ああも無価値に殺されたくないと、そんな理由であった。
そんな真正の
視線の先には――
その稲妻の如き蒼きブレード使いの軌跡を眺めながら、そちらにシャッターバイザーを向けつつ両腕のプラズマライフルで敵機を交互に撃墜しながら、彼女は――……ぽつりと通信で呟いた。
『あ、居たんですねハンスさん。……ねえ、これ、私とあなたで全部殺したら……
『ッ、メイジー……』
『やだなあ、そんな顔しないでくださいよ。大丈夫ですって。へーきへーき。やだなー……私、本当に別に変なことは考えてませんよ? ……変なことというか、何も。意外に難しいこと考えなくてもできちゃいますからね、これ』
『……ッ』
息を吸うように、或いは息を吐くように。
それどころか、心臓が拍打つと同じように。
彼女の射線に入るものは、ただ淡々と死していく。淡々と果てていく。
特別な御業など必要なく。
最小限の労力で、最大限の
そしてそれを持続的に――永続的に発揮し続ける。
そんな戦いが。
飾り気のない死が、あった。
◇ ◆ ◇
幾体かのアーセナル・コマンドが懸架された格納庫にて。
整備兵たちが粛々と準備を整えるその静かなる喧騒の中で、二人の男が向かい合っていた。
その、癖のある灰色髪の男――マクシミリアン・ウルヴス・グレイコートは、奇妙な感慨と共に目の前の男を見る。
不遜さを表すように、外向きに跳ねた青髪。
硬質的な印象を抱かせる銀色フレームの眼鏡と、ハードな反骨さを表す赤いレザージャケット――ロビン・ダンスフィード。
「まさか、君ほどの男がこちらに加わってくれるとはな。正直――意外であったが」
「白々しいぜ。ルイス・グース社とズブズブのくせによ。だからオレにお鉢が回ってきたんだろうが」
「否定はしないが……まさか、君ほどの男の協力を受けられるとはな」
【
その会社にて、かの
だが、やはり――……かつての戦友と敵味方になるかもしれないというのに、その男が自陣に加わると思えるだけの材料はなかった。
そんな、僅かな心の隙。
そこに這い寄る闇の如く――二人のそばに、銀色髪の青年が現れた。
既に松葉杖はいらず。
グレイマン博士が誂えたという機械義手と義足を纏った、血に酔った破戒者――アーネスト・ヒルデブランド・ギャスコニー。
その眼帯の神父が口を開こうとするよりも先に、ロビン・ダンスフィードは彼を一瞥して、言った。
「ああ? ハッ、いらねえだろこんな三下」
「酷いねえ、旦那。おれは嬉しいんだぜ? だって、ああ、そうだろ? あんたみたいな男とお近付きに――」
「うるせえ」
容赦のない前蹴り。
嵐のように吹き荒れるそれに、マクシミリアンすらも呆気に取られた。
あまりにも直球で、飾りのない暴力。
そして、
「臭えんだよ、お前」
吐き捨てるような、断絶の一言。
それでも――だがそれでも、尻餅をついたギャスコニーは薄ら笑いを止めなかった。
立ち上がり、彼の頬が歪む。
三日月のような妖しい笑みが、浮かぶ。
「血の匂い、かい? ああ、だったらそれは旦那も――」
「いや。洒落臭え」
また、一刀両断。
「なんだ、その態度。三下の雑魚なりに健気に勝ち筋を探してだろうが――まあ、雑魚のやることだな。哀れすぎてならねえよ。できねえことをやろうとしても、そりゃあ無駄ってんだ」
そのまま追撃のように、眼鏡のフレームを押し上げてロビン・ダンスフィードは冷たく言った。
それでもう、彼我の格付けは済んだと――そう言わんばかりのあまりにも不遜。
交渉をしない。
そして、
相手の真実など構わない。ただ、彼がそう判別しただけ。
だというのにあまりにも圧倒的な――決定的に吹き荒れ、支配する爆風の如き正当さがそこにはあった。
「は、は――……酷いことを言うじゃないか。なら、あんたも良く知るハンス・グリム・グッドフェローは、どうなんだい?」
「あん? いやあいつは出来ようとしてやり続けられてる側だろ。比べるレベルにもねえし、比べる必要もねえよ。お前とは器が違う……いや、中身が違うか?」
それきり、手で払うようにギャスコニーを遠ざける。
揺らがない。
譲らない。
本当に、徹頭徹尾唯我独尊とでも言いたげな、そんな男であった。
そして、また、改めてマクシミリアンとの会話に戻る。
ギャスコニーは――……付け入る隙がないと判別したのか、それともまた別の暗躍でもするつもりなのか、もしかしたら気分を害したのか。
なんにせよ、その場から邪魔は取り除かれていた。
本当に大した――得難い人材だと、改めてマクシミリアンは頷いた。実力としても、人材としても、これでギャスコニーを取り除くことはできるのだ。
あの大戦中は散々煮え湯を飲まされたが、何とも判らないものだと内心で自嘲しながら――……彼は改めて、今後の作戦目標を開示する。
「マスドライバーで宇宙に上がり、可能なら【フィッチャーの鳥】所属の
「へえ……頭上を空けて、何を落とす気だ?」
「……」
にわかに殺気立ったロビン・ダンスフィードの前で、彼は静かに首を振る。
「……むしろ、逆だ。こちらの掴んだ情報によれば、【フィッチャーの鳥】は、極秘裏にあの【
「な、に……?」
「だからこそ、君のような戦力が――
「……地球に奴らの目を引き付けているのは、そのためか」
話が早いと、マクシミリアンは頷いた。
「ああ。……血を呼ぶ方法になったのを悔いてはいる。だが、いずれ地上の問題が手に負えなくなったときに……彼らは確実に【
「……」
「現在の位置が不明なため、このような方法にならざるを得ないが……その稼働の証拠を押さえ、そして撃墜する。然る後に地上の人々に、そんな裏切りたる行いを知らせ恒久にあの兵器を封印する――それが我ら【
防がねばならぬ分断とは――陸と、海と、空と、宇宙の分断だけではない。
絶対的な加害者と、絶対的な被害者――それを生み出しかねないあの忌まわしき星を墜とすこと。
自らが空からの杖に焼き尽くされたというのに、その杖を握り、同じ地上の人々に目掛けて使おうとする――地を這う邪なるものである【フィッチャーの鳥】を除くこと。
それこそが、【
「なるほどね、息子が父親の仇討ちってことだ。なあ、グレイコート……あの前日の責任を一人で取らされて生贄にされた父親の」
「……マーガレット・ワイズマンには謝罪しなければならない。私から言えるのは、それだけだ」
睨み合うように――狼の琥珀色の瞳と、銀色フレームの奥の視線が交錯する。
互いに、因縁はある。
だから決して、打ち解けることはできない。それほどまでに、彼我の間にはしがらみが積み重なった。
どれほど、そうしていただろう。
打ち切るように雰囲気を変え、今度はロビン・ダンスフィードが切り出した。
「で、あとは船を打ち上げるためのマスドライバーか……んなモンあるのか、都合よく」
「建設途中で戦争が始まり、そのまま廃棄された……忘れられた
「へえ。とっくにそんなもんはバレてるかと思うが……」
肩を竦めたロビンへ、
「当時を知る
今度はマクシミリアンが睨み返した。意趣返しだった。
そうしてまた無言で互いの視線を交えて――……二人の間の緊張が、全く同時に解かれる。
不意の笑みを二人同じく浮かべて、そして、交わされる右手。
「次の目標は、
「了解した。……ま、よろしく頼むぜ。
「……ここにいるのはマクシミリアン・ウルヴス・グレイコートだ。ライール・アンサン・グレイウルフではない」
「ハッ、そうかよ」
握手に込められていく強い力へ、マクシミリアンもまた強く握り返していく。
そのまま二人とも奇妙な薄ら笑いのまま睨み合い――……やはり、それがまた、奇妙に力の抜けた笑みと共に霧散する。
かつての敵と味方。
その二人の、共同戦線であった。
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