第43話 英雄の帰還、或いは妖刀の気配

 ――空中浮游都市ステーション、ストロンバーグ。

 既に十一月も終わりに近付いた肌寒いその石畳の都市で、空を半円ドームに包まれた空中庭園めいた都市で、その夜の路上で。

 叫ぶ白いフードの乙女がいた。


「お・か・ね・が・な・い!」


 お金がない。


「お・か・ね・が・な・い!」


 お金がない。


「ホントのことですよ」


 口座が凍結されてた。

 カードももちろん駄目だ。ははは、笑いが出てくる。


「随分と懸賞金ついたエースパイロットを撃墜したから、お金はある筈だったんですけどねー……そうかぁ、口座凍結かぁ……」

「ハッハッハ! いやあ、前金で全額払って貰っていて良かったと思ったことはこれほどまでにありませんな!」

「そっかー……口座凍結かぁー……口座凍結ですかぁー……ハンスさんとの結婚資金がー……結納金がー……結婚後のへそくりがー……」


 多分小国の国家予算ぐらいあるんじゃないですかね。わからないですけど。

 まあもう小国なんてもの、存在しないんですけどね。本で読んだから例えに使ってみましたけど。

 人殺して貰ったお金を結納金にするのはちょっと嫌だけど、まあ、そこも含めて自分という個性として愛してくれたらなーとか思うことにしよう。そうしよう。というか、そう考えてないと色々とやってらんない。


「まあ、お金がないのもそうですけど……とにかく旅立ちませんか?」

「というと? ここで彼を待つという話だったと思いますが……」

「よくぞ聞いてくれました!」


 皆が寝静まった夜半に、ホテルの窓から空を見上げてたらとても凄いものを見たんですよね。

 そんな時間に飛ぶはずのない飛行機。なんかのトラブルで遅れたのか、特別に輸送を決定したのか、何にしても急に飛んだ飛行機。この空中浮游都市ステーションに入港する飛行機。

 その客席――……多分、ハッキリは見えなかったけど、こう、ハンスさんがいたと思う。いやハンスさんに違いない。きっと。おそらく。


「はっはっは、いや写真やテレビの見すぎなのでは? 脳内フィクションホログラムでは?」

「私は絶対に、絶対に嘘なんか言ってないですからね。常識という眼鏡のレンズで私たちの愛の世界は覗けやしないですよ」

「……はっはっは」


 何その乾いた笑い。失礼だなあ。

 これだからこう、夢を忘れた古い地上人は。

 で、まあ、ハンスさん帰ってきたんだーしゅき結婚しよっしゅきデートしよ……と思ったが、大変なことに気付いた。


「お・か・ね・が・な・い!」


 お金がない。


「お・か・ね・が・な・い!」


 お金がない。


「現実なんですよね」

「ええまあ、それは先ほど見させていただきましたので……で、まあ、お金がないのならなおさら彼の助けを待つべきでは?」

「え、何を言ってるんですか。駄目ですよそんなの。いいですか、時代は女性の自立ですよ。ハンスさんに養ってもらってそれでいいとかナシですよ。対等じゃないと」

「なるほど素晴らしい心がけですね、ミス・ブランシェット」

「あと……」

「はい」

「ハンスさんにプレゼントが買えないじゃないですか。あと一ヶ月で聖誕祭クリスマスですよ。プレゼントが必要じゃないですか。マンションとか。そのままハンスさんをヒモにできないじゃないですか」

「……はい?」


 なんでそんな信じられないものを見るような目で見てくるのか。失礼だなあ……。

 というか、お金の使いみちとかわからないんですよね。それぐらいしか。

 お父さんは死んじゃったし、いきなり大金渡されても困るんですよね。どう管理したらいいか判らないし。それでなんか適当に株とかに突っ込んだら増えるし。別に増やすつもりはなかったんだけど……。

 なんか匿名で寄付とかしてみたけど、それにも限度はあるし……こうなったらもうハンスさんを養うしかないんですよね。多分。わからないけど。

 そう思ってたのに……。

 

「で……まあハンスさんを養うのは別に今はいいとしても、お金がない訳じゃないですか。宿とか追い出されちゃうじゃないですか。こうなったらお金を稼ぐ必要がありますね」

「はい」

「傭兵になりましょう!」

「……はい?」


 なんでそんな得体のしれない何かを見るような目で見るんですかね。

 失礼だなあ。弾バカことロビン・ダンスフィードを思い出すぞ。

 そんなに大量に弾を背負って歩かなくても、弾が切れたら倒した敵の武器を拾って使えばいいじゃないですかって言ったらこんな顔をされたのを覚えてる。

 トリガーロック? そんなの勘で突破するか、撃墜した敵を殺さずにおいて聞けばいいだけなんですよね。皆素直に話してくれたんだけどな……。

 まあ、今はそういう話はいいや。あんまり思い出したくないから。って言ってももう記憶の大半は戦争で占められちゃってるからどうしたって何かにつけて出てきちゃうんですが。ははは。

 ともかく、


「いや……だって私に他に何ができるんですか? 家事炊事洗濯は人並みですけど、別にお金を稼げるほどじゃないし……多分一番得意なのは、自慢じゃないけど人殺しですよ。こう見えても撃墜数は多いですからね」

「……」


 いや、我ながらブラックジョークが過ぎたかな。申し訳ないな。すごい悲しそうな顔をさせてしまった。

 でも――……ハイスクールの途中から、戦争ですからね。

 そのまま大学とかにも通ってないし、そうなると中卒労働者もしくは人殺し専門学生の二択になるから……まあそれなら後者じゃないですかね。お金稼ぐなら。


「というわけで……海上遊弋都市フロートに行きましょう! 今や傭兵輸出の本場なので!」

「ええ、はい。それはまあ本職なので知っておりますとも」

「あ、グライフさん傭兵だった。てっきりボディビルダーかと思ってました」

「はっはっは、それを言うならボディガードですよ。ミス・ブランシェット」


 いやあ、どう見てもボディビルダーだと思いますよ。

 軟禁中のこっちをほっぽってデッドリフトとかバーベルスクワットとかしてるのを見ちゃいましたからね、散々。いや別にいいんですが。

 どうなんだろ。ハンスさんもトレーニングとかするのかな。してたら腹筋触らせて欲しいなぐへへいい身体してますよねきっとしばらく見ない間にいい身体になったじゃないですかふへへ……おっと欲望が漏れた。

 ともかく、まあ、こう……。

 今は雌伏のときだ。ハンスさんのことを考えるのは至福のときだが、流石に……一文無しなので貴方に早く会いたかったんです! なんて言ったらまあ幻滅されかねないですからね。最低限お金は持っとかないと。


「……ところで、旅費がないのにどうやって移動を?」

「それは勿論――――密航です!」

「密航」

「まあ、なんだかんだ私が軟禁されてるなんて知られてないから、ちょっと秘密の任務ですーって言えば乗せてくれるんじゃないですか?」

「おおう、意外に頭が回る……」

「そりゃもう! この通り文学少女ですから!」


 ぐ、と鍛え上げた拳を握る。恋する乙女は無敵なのだ。

 法律? 常識? 知りませんねそんなもの。恋は戦争って言うじゃないですか。

 戦争ですよ、戦争。

 そう、戦争で――自分たちで民間人巻き込む殺しをさせておいて今更法律とか常識とか言われてもちゃんちゃらおかしいですよ。

 そのツケを払う日が来たってことですね。あはは。……はあ。なんなんだろう世界。まあ私は別にそこまで世界に絶望とかしてませんけど。


 ともかく――十二年越しの初恋の成就のため!

 ここまでに散っていった無数の片想いのため!

 戦場よ、メイジー・ブランシェットは帰ってきたのだ!


 そんな気持ちでお金を稼ごうと思う。

 正直、それぐらいテンションをあげないとやってられない。そんな感じだ。



 ◇ ◆ ◇

 


 アーセナル・コマンドの運用にはいくつかの注意点がある。

 戦闘ごとに整備を行わなければならないというのは戦闘機と同じだろうが、一番の問題はその装甲システムの主眼である《仮想装甲ゴーテル》並びにその基盤たる流体ガンジリウムだ。

 重金属が故の人体に有害な中毒性は、適切な保護具さえあれば問題がないのでこの際はおいておくとして……。

 何よりも、それがということに注意が必要なのだ。


 それ故に、流体を保つために熱して置かねばならない。


 勿論、常に機体を起動してその状態を保つこともできなくはないが……そうなると排熱系統や冷却系統、或いは内部の配線への影響も懸念される。

 それ故に基本的には、戦闘時以外は流体のガンジリウムを別の容器に保管し、戦闘準備に従って機体に注入するようになっている。


 だから、格納庫というのはそんな装置なども並んでいて、戦闘が近付くと――或いは戦闘が終わると、手狭になる。

 整備班はやることが多いのだ。

 ちなみに軍隊においては、整備班の他に弾薬班もいる。文字通り、武器の管理を行ってくれる人たちだ。

 そして整備班も、機体そのものをざっくりと眺める――つまり細かな傷などを直したり、深刻な修理の必要性を判別したり――する係。

 他に、それぞれ専門的な修理整備を行う係。

 そんなふうに別れていた。


 だから一機を運用するにあたっても、多くの人材が求められる。

 結局のところ、軍以外がその機能を十全に利用するのも難しく、モッド・トルーパーなどが用いられるのはこれが理由だ。


 そして自分のような駆動者リンカーは、脊椎接続アーセナルリンクを利用した機体の把握や管制AIと共同した機体問題の確認。

 或いはそれらシステム系統でも――例えば何かバクなどで――把握できない細かな欠損クラックや問題などの目視確認も行うように努めていた。



 民間軍事会社である一〇〇〇機当サウザンドカスタマーは、どうも軍ほどに高度な専門性で区分けされているようではないらしい。

 そんなこともあって、自分も多少は整備班を手伝っている。

 というか、出撃以外ではこれ幸いと手伝わされている。

 そんなふうに格納庫にいるときだった。


「ふふふふふ! はははははは! あーっはっはっは! あの憎っくきハンス・グリム・グッドフェローをこき使ってやれる日が来るなんて! な!」

「そうか。楽しそうで何よりだ」

「うわあああああああん! クソッ! なんでだよう悔しがれよう! 悔しがりなさいよお! くそうくそう!」

「嬉しそうな人の顔を見ると、俺も嬉しい」

「うわああああああああああああん! こいつ聖人みたいなことを言ってるぅぅぅぅぅう! ジニーなんか言ったげてよぉぉぉぉぉぉーーーーーーーー!」


 と、カタリナが自分の隣に立つ水色髪の少女に目線を向ける。

 驚くほどの無表情にして低身長で、それなのに女性的な起伏に激しい体のその少女はこちらを見上げ、


「よく働く。偉い」


 どうにも無感情そうにそう言った。


「感謝する。過分な評価だ」

「うわああああああああああああん!? 部下がこいつに絆されてるぅぅぅぅぅぅぅううううう!?」


 大仰に両手で頭を抱えて、彼女はその蛍光ピンク混じりの髪を振り乱していた。

 なんというか……まだ数日の会話しかないが……やはり、随分と愉快そうな少女だ。愉快そうというか、完全に愉快だ。動作も大きいし声も大きいし表情の変化も大きい。

 やっぱり芸人さんなのかな、と思う。


「逆に隊長は当たりが強すぎ。騒がしい馬鹿なのは今に始まったことじゃないけど。うるさい。いつもうるさい。いつもよりうるさい」

「うあああああああああああああああああああん!? 言葉! 言葉の刃! 下剋上の暴力! リンチ! リンチは犯罪なんだぞ!?」

「うるさい。存在が迷惑」

「うわああああああーーーーーーーーん!? あたし社長! この会社の社長! そんで隊長!」

「なんでそんなにうるさいのか、疑問」

「うわあああああああああああああああああん!?」


 隣の少女は無表情ながら辛辣だった。

 正直、そこまで言うこともないと思った。……いや所詮部外者である彼女の日々の苦労が判らないために、何とも言えないが。

 ……まあ。

 言いたくなるだけの何かが、積み重なっているのだろう。わからないが。

 そう思っていると彼女はこちらを指差し、


「だ、だって――撃墜数は第九位かもしれないけど、!?」

「……」

「えっ、あっ、ごめんそんな顔をさせるつもりじゃ――ってなんで謝ってるんだあたし!? こいつが人殺しであることに間違いはないのでは!?」

「……そうだ。君の言葉は正しい」

「うああああああああああああん!? なんか虐めたみたいになってるぅぅぅぅう!?」


 事実を言われてしまえば、返す言葉はない。

 正直なところ、そんな言葉の叱責でさえ自分には生ぬるいことだと思えた。

 私刑や復讐の礼賛はしないし制止もするが、もし彼女たちのような海上遊弋都市フロートの住人からそれを行われたとしても、自分は何一つ文句が言えない人間だろうと思う。

 撃墜数とは、つまり、対アーセナル・コマンドが想定されるようになってから作られた指標だ。

 自分、ヘイゼル、ロビンの三人は海上遊弋都市フロート襲撃の戦争最初期からの参戦。

 アシュレイは対アーセナル・コマンドが確立された中期からの参戦。

 リーゼ、マーガレット、メイジーは同じく中期からの参戦だが――……彼女らはいずれも民間人からの出身だ。


 故に。

 ヘイゼルのような的確な狙撃性もなければ、ロビンのような精密な破壊性もない――そして戦争の最初期からの参戦である自分は。

 撃墜数ランク第九位ながら……間違いなく、である、ということだ。

 ……正直なところ、この場で彼女たちに嬲り殺されても文句など言えるはずが無い。

 ハンス・グリム・グッドフェローは、史上稀に見る最悪の殺人者であり、この身そのものが非人道的な大量破壊兵器であるのだから。


 だが、


「そうだそうだーグリム大尉に謝れー」

「大尉に謝れー! あと給料増やせー!」

「そうだそうだー。社長は退陣しろー。隊長もやめろー」

「大尉を隊長に変えろー! あとボーナス増やせー!」

「イケメンを雇えー! フェレナンドくんを雇えー! あと大尉を共有財産にしろー!」

「うああああああああああああああああん人望!? 人望! 部隊が寝取られたぁぁぁぁぁぁあ!?」


 他の一〇〇〇機当サウザンドカスタマーは口々に彼女らの社長兼隊長を批難していた。酷い。

 これは間違いなく紛れもなく、自分の人望というよりは――もうなんかそういうノリ、というやつだ。社員のサンドバッグの社長なのだ。ここに来た初日からそうだった。

 間違いなく慕われてはいるのだろうが……なんかもう、そういうキャラとしか言えない。

 そんな女子校のようにかしましい声に苛まれる彼女の下へ、心底うっとおしそうに顔を出した眼帯の少年。


「……騒がしいぞ、三流半パイロット」

「あっ、ハル少年! ハルくんはあたしの味方だろう!? だよな!? だよね!? ね!?」

「ハァ……」

「美少年からの冷たい視線!? かわいそうだけど明日の昼には粗大ごみとして回収されちゃうんだよねみたいに見られたぁぁぁぁぁぁ!?」


 もぎゃあと、頭を抱えて彼女はまたのたうつ。それを見て、社員たちは楽しそうに笑う。

 軍隊とは違って、何とも明るい雰囲気の職場である。

 ここに囲まれていると奇妙な気持ちになる。

 戦災孤児や若年労働者――――身寄りのない女性ばかりで構成された傭兵集団、一〇〇〇機当サウザンドカスタマー

 フェレナンドは早々に馴染んでいたし、年頃がそう離れていないエルゼもまた輪に加わっていた。

 だが、自分は……。


 口を噤むこちらへ、ブルーランプ特務大尉が顎で促した。

 彼がここに来たのは、どうも、自分を探してらしい。

 余人に聞かせる話ではないのだろうと目配せし、二人で格納庫外の休憩所まで足を運ぶ。

 ベンチと自動販売機の、お馴染みの休憩所。ただ、灰皿はない。


「おい、グッドフェロー。任務はどうだ?」


 顔を顰めながらブラックコーヒーを啜る彼が、そう見上げてくる。

 こちらもまたブラックコーヒーを片手に――海上遊弋都市フロートの所属だけあって良質なコーヒー豆だ――昨日の戦闘を振り返りながら頷き返す。


「順調だ。昨日も一つ、拠点を壊滅させた」

「そ、そうか。……そうか、いや、量産型の第三世代機で……そうか……」

「敵がモッド・トルーパーや、第一・五世代型というのもある。難しいことではない」


 自分でなくとも、誰でもそれぐらいはできる。誇ることではない。

 それを尻目にカタリナは悔しそうに指を咥えていた。第三世代型を羨ましがっていたが、残念ながら傭兵の彼女らがそれを手にできるのは当分あとのことだろう。

 ……まあ、海底をサベージすれば手に入るかもしれない。

 あの【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】との戦いで自分も少なくない数を撃墜したし、自軍も撃墜された。

 そう呟けば彼女は今すぐにでも探しにいく――と盛り上がっていたが、その仲間から却下されていた。まあ、資源衛星B7Rの影響で勢いを増した海流とあってはサベージも難しいだろう。


 それこそ、ヘイゼルでもなければアーセナル・コマンドで海の中には入ろうとなどしない。

 というかできない。

 機体の温度管理が――ガンジリウムを流体に保つことが――非常に難しく、間違えば機体を流れるガンジリウムが硬化して動けなくなってしまうか、それとも上げた温度でコックピットが茹だって死ぬか。

 事実、自分も幾度となくそういう殺し方をした。

 機体の《仮想装甲ゴーテル》管理――流体管理を第一にしていた初期の機体管制AIでは、とにかく流体を保とうと必要以上に機体を熱し、そのパイロットの安全を置き去りにしていることも多かったのだ。

 海に落とせば、沈んだまま浮かび上がれずに茹だって死ぬ。

 バトル・ブーストもない初期の戦闘では、海上の戦闘では、実に有効な手立てだった。


 ……その頃から海中に潜伏できていたヘイゼルはやっぱり何かおかしい。流石の才能としか言えない。

 そんなふうに振り返っていると、咳払いを返された。

 眼帯の隣の空色の瞳で、ジトッとこちらを見上げてくるハリー・フレデリック・ブルーランプ特務大尉。

 また考え込んでしまったか。

 どうにも自分の悪い癖だと、自戒する。


「もうじきに、アトム・ハート・マザーが寄港する。オマエが前に乗っていた艦だが……理由はわかるな?」

「ああ、そうか……。ヘイゼルが言っていた、あの敵の活動拠点予測――……この辺りに【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】の……」

「そういうことだ。だから僕らは、まあ、先遣隊のようなものだったんだよ。……正直、またあの艦長を刺激して余計なことをやらかさないか、露払いをする必要があった」


 どうやら、あの艦長の行いは【フィッチャーの鳥】の中でも相当悩ましいものではあったのだろう。

 結局、彼も自分もあの戦闘に関しての処分は行われなかった。

 選民意識の高い上級部隊特有の揉み消しが行われたのだろうが――そうは言っても、その全ての行動への肯定感だけではないらしい。

 そう考えていれば、彼は何度か声を発そうとしながら、やがて躊躇いがちに口を開いた。


「元々ハンターの訓練課程にいたヤツが、その落伍者が……今はあの船に乗ってる」

「ハンターの?」

「オマエの代わり、ということだ。……その専用機も一緒にな。落伍者でも、対一〇〇〇〇機程度ならできるだろうと期待されてはいる」


 なるほど、と頷いた。

 聞くに――というか、以前あのラッド・マウス大佐の船を訪れたときに、その帰りに会話したパイロットたちから言われていた。

 どうもシミュレーター上で、自分たち敵機撃墜数上位陣ダブルオーナンバーズに勝利したのだ――と。

 本当ならば、大した話だと思った。その研鑽は称賛に値すると。

 そう返すと、どうにも彼ら彼女らの期待していた答えではなかったようだが……まあそれは今はいい。


 完全に一から駆動者リンカーに合わせて作った専用機と、その管制AI。

 それがこれほどまでの力を発揮するというのは、驚愕と共に感嘆するしかない。

 あのラッド・マウス大佐は駆動者リンカーとしての素質が極端に低くパイロットにはなれないと言うのだが――それでも、こうも的確に戦闘部隊を企画し運用できるのは称賛の念しか浮かばない。

 今度出会ったら、改めてそう伝えようと勘案する中、


「ハンス・グリム・グッドフェロー……オマエは、味方殺しもできるか?」


 ブルーランプ特務大尉は、眼帯に残る左目でこちらを見上げて、そう言った。



 ◇ ◆ ◇



 その人物の脳の中に焼き付いているのは、ある、一つの光景だ。

 崩れる瓦礫の街並みで。

 耳をつんざくような弾が上げる風切り音と、爆音。

 規則的なリズムで巻き起こる爆発的な銃声と、建物が崩れ落ちる音。悲鳴。

 そんな中で――――それは、来た。

 無線傍受のために改造されたラジオが、その声を拾った。


『ハッ、バカらしい。いいぜ、好きなだけ撃ちな……楽しいパーティにしようぜ。ただしよォ……通す、と思ってんのか? このオレ様がよぉぉぉ――――……! パーティはお開きだ!』

『ったく……こういうときは弾バカ連れてきてて良かったと素直に思うぜ、お兄さんも。あとは――おい、グリム! いけるな!』

『問題ない。……暇がないため、通告は一度だ。撤退か、降伏か、死か――――選べ。俺は、その全ての答えにする』


 飛来した――三機の輝く鋼の巨人。

 

 一機。

 銃身が槍衾のように飛び出した城のエンブレム――青を基調にしながら、端々が赤い重装甲の騎士。火薬庫じみた重武装。

 二機。

 馬の蹄を貫く釘のエンブレム――それ自体が馬と一体化したような四足の、赤で塗られた長槍を持つ騎士。

 三機。

 首元の赤い棘付き首輪のペイントと、刻まれた墓石のエンブレム――両腕の外に剣だけを携えた銃鉄色ガンメタルの騎士。


 風が吹いた。

 光が射した。

 その三機のアーセナル・コマンドは、まさに、硝煙も黒煙もを晴らす嵐のような星だった。


 瞬く間に、駆逐されていく。蹴散らされていく。

 争いが――死が。

 塗り潰されていく。より強き光に。より眩き力に。


 天に星なく。

 地に星墜ちる。


 空に星なく。

 地に星満ちる。


 ああ、あの日――空から落ちてきた星というのは、きっと、彼らのことであるのだろう――――……。


「お前さんが、例の……?」


 そんな白昼夢が、掻き消される。

 訝しむような水色の瞳。癖のある黒髪の男が目線を送ってくるのを前に――彼か、彼女かは辺りを見回した。

 鉄の棺桶めいた格納庫。

 眠っていたのだ、と頭を起こす。

 その人物はもう、ほぼ、眠りを必要としていなかった。だから時たま、起きながらに夢を見る。

 そして、


「フィア――……フィア・ムラマサ」


 そう呟き、踵を返した。

 四番目フィアーであり、恐怖フィアー

 その人物に冠される名は、そう呼ばせるに足るだけのその機体は、今、格納庫には収まりきらずに牽引されていた。




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