第42話 海の島、或いは星の杖


『少尉。どうか、ご武運を――――』


 それが、彼女からの最後の言葉になった。

 耳をつんざくような壮絶な爆発音と共に、途絶した通信。年下のオペレーターの少女。

 機体に乗り込み、任務開始を待つまで様々な話をした。

 ピアノを習っているということ。妹と弟がいるということ。神話や伝承なども好きだということ。実は貴族の生まれであるということ――……。

 生きていた。

 つい、先程までは。


 彼女も含めて、失われた。

 整備班も、気象観測班も、作戦立案班も。

 空から降り注いだ赤熱する報復たる銀の槍は、彼らが待機していた地点を――先程まで己がいた地点を、地形を、ただの空虚な風穴と噴煙に変えた。

 その流血を背に、爆雲を背に、機体は飛ぶ。

 第一世代型アーセナル・コマンド――屠鬼騎士デーモンスレイヤー

 実に体高の八倍――背に大掛かりなスペースシャトルの打ち上げ装置めいた幾本ものプロペラントタンクを装着し、噴射される銀の流体ガンジリウムで大地と木々を重金属汚染しながら、銃鉄色ガンメタルの甲冑騎士は飛ぶ。

 無駄のなく。それでいて所々が角張り、或いは威容のために尖り、それでも近代的軍事合理性に基づいたシルエットの武骨な機体。

 そして両腕に下げた大剣型のプラズマブレード発振装置。

 超大型の増設ブースターを背負うその機体は、さながら長柄の槍じみた姿である。


 天地が過ぎる。

 そして、燃える。


 機体のホログラムコンソールにて速度を確認。

 マッハ三、五、七、十、十二、十四、十五――――十八。

 断熱圧縮により発生した空力熱が、超音速の飛翔体により圧縮された進行方向の空気が、尖衝角の力場によって押し退けられるそれらが、赤熱して前方モニターを塗り潰す。

 騎士兜めいてヘルメットから展開した対閃光シャッターの内で息を潜める。

 極超音速の巡航飛行。足元は大地ではなく、既に、曇天の下の海原に切り替わった。

 あとは到着までの僅かな時間を待つだけだ。

 一直線の矢のように。一本の槍のように。

 機体の肩部、∪の字の鹿の角に襲いかかる無数の瞳ある稲妻のエンブレム――鹿となった主人に喰らいかかる猟犬――【アクタイオンの猟犬ハウンズ・オブ・エークティオン】は任務を果たす。


 学習型の管制AIからのメッセージ。即ちは接敵警報。

 敵迎撃装置に備えた極低空飛行。

 海面スレスレを、しかし、隕石めいた速度で飛行するその機体は――ただ飛ぶそれだけで爆発を引き起こし海を割く。

 跡に残る膨大な蒸気と、白煙と、だがそれすらも追いつけない鮮明なる橙黄熱。

 このまま敵物標に直撃しても、マスドライバーの破壊は可能であろう。

 そんな攻撃者の我が身を変えた運動エネルギー弾――皮肉的な/深い怨念を感じさせる/と求める死者の声――死者の幻聴を背負った生者の慟哭。


 それを、切り離す。

 推力を失い速度を緩めつつも、慣性力に従い空へと撃ち出される銃鉄色ガンメタルの機体と――推進剤として気化したガンジリウムの銀煙を撒きつつ、未だに進んでいく超大型増設ブースター。

 赤熱化した視界の、モニター映像の、その熱の隙間に映った目指す先の、天を衝く大いなる塔――幾重に連なった蓮の葉の如き海上遊弋都市フロートの、その中心で天へと伸びた世界樹めいた砂時計型の円筒=マスドライバー。


 指令コード――遠隔起爆ドミネーション


 主を失いながらも疾走する翼なき翼が、マスドライバーのその手前で、迎撃に出た地対空ミサイルの触れるその間際で、大いに弾け飛び銀煙を散らす――合わせて海上遊弋都市フロートに吹き荒れる衝撃波の嵐。

 天を支える巨木の如きマスドライバーが揺らぎ、その表面板が剥がれ飛ぶ。

 その足元の都市部の窓ガラスという窓ガラスが弾け飛び、街を行き交う車すらもが地から浮く。


 放射線を放つわけではないが、重金属であるガンジリウムのその粒子は生体には有害だ。

 これで己が仕損じたとしても、少なくともこの都市の機能は暫くは麻痺させられるだろうと勘案し――首を振る。

 仮想装甲ゴーテル――オフ。

 ジェネレーター安全装置――オフ。

 全エネルギーライン――集中/出力最大。

 そして、両構えにしたブレード――


「こういう使い方も、できる」


 ――《指令コード》:《最大通電オーバーロード》。



 巨木が折れる。

 朽ちるように、砕けるように。

 モニターの視線の先――都市の中心に位置していた大いなる建造物は破砕され、両断され、なんら現実感のない映像のごとく崩落する。

 降り注ぐその質量と衝撃で、おそらく、この海上遊弋都市フロートそのものが甚大な被害を蒙るだろう。ともすれば、都市の基底を破壊されて丸ごと沈没することまでありえる。

 いずれにせよ、敵の被害は甚大だ。

 こちらへの追撃の余裕はあるのか――それとも、報復を叫ぶのか。


「目標の破壊を確認。次いで、離脱する」


 なんにしても、作戦目的は完了した。

 銃鉄色ガンメタルの機体の眼下に漂う、破壊に包まれた白色の街。

 もうもうと立ち込める黒煙と、方方に飛び散った赤炎と、隕石の衝突めいて円周形に破砕された近未来的建造物たち。

 第一撃となった衝撃波と、巨大構造物を質量弾に変えた攻撃には――如何なる救助も、防衛も、反撃も不可能だろう。

 圧倒的な破壊。

 徹底的な破壊。

 十全に運用されたれば、単身で都市部一つを壊滅させる兵器が――アーセナル・コマンドという兵器だ。


 街が燃える。

 道が燃える。

 人が燃える。


 直撃で絶命できたのならば幸せで、今後生き残ったとしても、基盤が砕かれた都市ごと海に沈むか――それとも飛散するガンジリウムの重金属中毒に蝕まれるか。

 いずれにせよ、その都市の命脈は尽きた。

 個人で、世界すらも焼けるのではないかと――そう確信させるだけの終焉の力。絶滅の剣。

 それが、己の有用性。


 しばらく上空を漂いながら、己の手をじっと見た。


 送られてきた写真の中の、記憶の中の、笑うメイジー・ブランシェット。

 癖のある長い茶髪と、明るいスカイブルーの瞳。爛漫な少女。己の乾いたアイスブルーのそれとは、同じ色でも異なる輝きを持った瞳。

 時が経つに連れ、年が経つに連れ、徐々にハッキリと向けられるようになったその笑顔。

 きっと、この都市の人々にもあった筈のその笑顔。


 改めて、モニターを見る。

 炎に包まれる海上遊弋都市フロート

 その円盤めいた都市は砕けて、氾濫したように海水を溢れさせている。

 同時に浮かび上がる赤い警告ホログラム――地対空迎撃ミサイルの接近警報。


 吐息を一つ。


 待ち構え、プラズマブレードで薙ぎ払う。

 白煙を吐き出し迫りきたそれは、力場にひしゃげて、機体に辿り着くことなく爆風を散らした。

 滞空するも、次弾は来ない。

 機体を旋回させ、砕けゆく都市を尻目に飛ぶ。


 ここは地獄だ。

 あとは、帰るだけだ。進むだけだ。

 やがて漆黒になる海を。

 果てがなく、大いなる闇の如き海原を。暗闇の荒野を。蠢く水の砂漠を。星明かりすら遮られた暗夜を。


 行進するだけだ。


 全てを均すように――……行進する、それだけだ。


「……グリント-09オーナイン、帰投する」


 言葉に応えるものは、いない。

 あとはただ、戻る。全てを斬り捨てて。斬り拓いて。

 戻り、また繰り返す。

 幾度と。繰り返す。宇宙そらの敵を地に堕とすまで。

 天を支える世界樹を斬る。斬り尽くす。


 ただ、それだけだ。



 ◇ ◆ ◇



 一〇〇〇機当サウザンドカスタマーという、サーカステントと道化帽子の猫のエンブレムが入った輸送機の機内で、その格納庫で。

 代替品も含めた五機のコマンド・レイヴンが懸架されているその中で、改めて延長脊椎付きのパイロットスーツの上にカーキ色のフライトジャケットを纏った自分は――ハンス・グリム・グッドフェローは、紫髪の少年へと頭を下げていた。

 視線の向こうには、腕を組んだ眼帯のハリー・F・ブルーランプ特務大尉。


「……部下が失礼した、特務大尉」


 フェレナンドがやらかした。

 一時的に彼の指揮下に入り、一〇〇〇機当サウザンドカスタマーに協力する形で海上遊弋都市フロートに向かう。

 そんな作戦を知らされたフェレナンドは、特務大尉を思いっきり子供呼ばわりしていた。

 彼の素直さが完全に悪い形で発揮されたのだ。

 特にこの脊椎接続アーセナルリンクや操縦神経の発達に伴った外見の低身長化や若年化の中にあっては、見た目だけで相手を軽んじるのは本当に愚かしい行為なのだが……。

 前線や総力戦の経験が浅い彼は、そのタブーを踏み抜いて一般人な感性のまま感想を口にしたのだ。

 当然、口頭にて特務大尉の前にて注意は行ったものの――……だからといって、その気が晴れるかと言われたら別の問題だろう。

 だが、


「……フン。別に構わないさ。僕としても、ああいうのは慣れっこだからな。いちいち気にしてたら世話がない」

「そうか。……貴官のその度量に改めて感謝と謝意を」


 腕を組んだブルーランプ特務大尉は、それでも寛容を示してくれた。

 見上げた人間だ、と思う。

 外見年齢は十二歳ほど――実年齢はそれでも十五歳だというのでなお驚いたが――というのに、できた人間だった。

 なるほど、特務大尉というのも頷ける。よほど心得た人間なのだろう。


「……なあ、オマエこそ、文句はないのか?」

「文句、とは?」

「どうせ、本音は同じだろ? あんなガキなんかに――って。口ではどうとでも言えるし、腹の中ではどうとでも思えるもんな?」


 首を振り返す。


「貴官の行いを見ていないのに、そんな評価を下す理由があるかのだろうか。それにむしろ年齢を、と言うなら――年齢が年若い方が、より、勇敢と言えるのではないか?」

「――!」


 遊びたい盛りだとか、そういうものもあるだろう。あとは、合理性というのが理屈でわかっても、心がそれに伴わないとか。

 自分とて――……まあ、肉体の若さに引きずられてしまい、常に己を律せていたとは言い切れなかった。

 初めからと定めた己でこれなのだから、ましてやそうでない少年にとってはそれはよほどの困難を伴うだろう。

 その一点だけでも、目の前のハリー・フレデリック・ブルーランプ特務大尉は敬意を払うに値した。


「ハッ、口ではなんとでも言えるだろ? そういうおべっかとか、お世辞を使うやつだって十分に見てきてるんでね。こっちは」

「そうか。だが生憎と、俺は率直な言葉を心がけている」

「……どういうことだよ?」

「俺は心底から、現時点で貴官に敬意を払いたいと思っている。そして、俺はそのような侮蔑や世辞とは無縁の直線的かつ実に端的な人間だ……ということだ」


 彼は眼帯の横の目を見開き――だがすぐに、それも、懐疑的な色に染まる。

 出会ったばかりのシンデレラと同じような、拒絶の態度。

 彼が上官となるなら、ある程度のコミュニケーションの統一は図りたいし、友好的な関係を築きたいのだが――……と勘案し、


「そうだな、証拠もある。こんな話があった……気に食わない能無しの上官をちょっと強めに可愛がってやったら、骨を折って小便を漏らしていた。その後、円形脱毛症になったそうだ。俺は素直で、どうも、そういう人間らしい」

「……おい。笑えない冗談だぞ、グッドフェロー大尉」

「そうか。笑ってほしかったのだが……。……まあ冗談ではなく全て事実なのだが」

「いッ、――」


 顔を強張らせたハリーが、それから肩の力が抜けたような、何とも呆れた目を向けてきた。


「……危ない奴なんだな、オマエ。それと……ヤンチャ自慢は、こう、ダサいぞ」

「了解だ。……言われてみたら確かに。そうも聞こえるな。気を付けよう」


 どうせなら取り返せぬ失敗をせめてコミュニケーションに役立てようという前向きな気持ちだったのだが、言われてみたら駄目な人間の語る武勇伝にも聞こえる。

 それは本意ではないし、むしろ軽蔑しているくらいなのだが――……何とも難しいものだな、と腕を組む。

 もう少し、距離の詰め方を勉強すべきか。

 これでも部下が喜ぶ規範的な兵士や、民衆が喜ぶ規範的な兵士については勉強をしてはいるのだが……


「おい、グッドフェロー。……言っておくけど、別に、オマエへの採点は甘くしないからな。勘違いするなよ」

「ああ。貴官が公正な人物だと信じている」

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ、うっ、うるさい! さっきからなんだその顔は! クソッ、オ、オマエに言われなくてもわかってるんだからな!」


 なんか指さされて怒鳴られた。

 なんで?

 怒鳴られる理由も判らないし、内容もちょっと良くわからない。怒らせてしまったのか嫌われてしまったのか……いや、なんで、なんかこういう年頃の子に嫌われてしまうのだろうか。

 接し方をもう少し考えるべきだろうか。


 それから、艦内を移動するにあたり、そしてこの民間軍事会社のスタッフと会話するにあたり、部下として彼に帯同していたのだが……何かにつけて指差されて怒鳴られた。

 少し悲しかった。

 面と向かってそんなに嫌われると、やはり傷付くものがある。シンデレラのときもそうだったが。

 こちらは部下というより、むしろ従者さながらというくらいに従順に振る舞っていたというのに……。


 何とも悲しくて、残念な気持ちになった。

 そうエルゼに話したら、凄まじく呆れたようなものすごい半眼で見られた。そして、なんか、マーシュに言いつけるとか言われた。


 そういうのはやめて欲しい。良くないと思う。

 傷心の上官を追い詰めるような部下に育てた覚えはないと思う。駄目だと思う。


 そう告げると、本当に手を付けられない何かを見るような目で見られて盛大な溜め息を吐かれた。

 わかんない。部下からの扱いが酷い。

 とても悲しかった。



 ◇ ◆ ◇



「いいか、くれぐれもあたしの言うことに従うんだぞ! あたしは社長で隊長だからな! 部隊長だからな! 一番偉いんだからな! 特にハル少年!」

「偉いのは僕だ。……この三流パイロットが」

「あーーーー! 三流って言ったぁぁぁーーーーー!?」

「……やかましい、三流半以下」

「格下げされたーーーーーー!? うわぁぁぁああん!? ねえちょっと酷くないコイツら!? 処して! 処してよジニー!?」


 とてつもなく冷めた眼差しを向ける眼帯のハリーと、もぎゃあと叫ぶ蛍光ピンク混じりのオレンジ髪のマスクのカタリナと、彼女のフォローを一切行わないその仲間の少女たち。

 チームメンバーというか。

 自分たちはこれから、彼女の一時的な部下という形で作戦行動を行う。

 保護高地都市ハイランド連盟軍としてというよりも、その民間軍事会社の協力者としてという形の方が作戦がスムーズに進む――ということ、らしい。


 少女たちは、全員、海上遊弋都市フロート出身か。


 なるほど、道理で――と頷く。

 初対面時の反応も理解できた。あの凄惨な鉄の鉄鎚作戦スレッジハンマーで最も被害を被ったのは、おそらく、紛れもなく海上遊弋都市フロートだろう。

 それ以前のマスドライバー破壊の時点からしても、彼らの都市は繰り返し保護高地都市ハイランド連盟の攻撃に晒された。

 衛星軌道都市サテライトからしてみれば体のいい地上侵攻の尖兵であり、保護高地都市ハイランド連盟からしてみれば憎き敵の橋頭堡だ。

 利によって参戦を決意したのは無論ながら彼らであったが、それにしても、流血が多すぎた。


 ――海上遊弋都市フロート


 元々は企業が実験的に開発した個人の資産家向けのゲーテッド・コミュニティの延長線であった海上遊弋都市フロートは、やがて、温暖化に伴う海面上昇においてその脅威に晒された地域の代替的な農地となった。

 そして、温暖化の亢進により深刻化した居住可能地域の減少は、人に、人工の浮き島への移住を決意させるに足るものだった。

 巨大な樹のような中心部のタワーの天頂には太陽光パネルが敷き詰められ、また、苛烈化した潮流は波力発電の助けとなる。

 タワーの外周の大部分を覆う蔦上の植物によるエコロジーを意識した酸素排出。

 同時に大型の電波塔ともなるタワーは、海上での電波通信に一役買った。

 台風などの影響を受けづらく、太陽光による発電も十分な赤道直下に属する海上遊弋都市フロートは、自給自足に加えて温室効果ガス削減にも繋がり、まさに理想的な近未来都市であっただろう。

 ……増え過ぎなければ、だ。


 条件に合致した地域の奪い合い。

 海上遊弋都市フロート先進国と後進国での争い。

 無論、公海と領海の問題も発生した。必然的に、海底資源の問題も。


 いつしか海上遊弋都市フロートも自給自足のその理念を失い、近未来的なクリーンエネルギーの象徴であった筈のそのタワーはマスドライバーへと形を変える。

 いや、或いは幻想だったのだろう。人がそこだけで、完結して生きていくことなど。

 そのトドメとなったのが、二つ目の衛星だ。

 言うまでもなく、地下のマグマの対流は地球のその遠心力が最も働く赤道直下において最も苛烈な形で現れた。

 相次ぐ海底火山の噴火と、それに伴う日照の問題。

 そうして、完全に海上遊弋都市フロートの理念は損なわれた。輸出入において生計を建てねば、成り立たなくなったのだ。


 果たして、どちらが先だったか。


 最も宇宙への射出に向いた赤道直下は一部によって独占され、必然、地球の自転エネルギーを活かすことができなくなってくる。

 その加速の為のエネルギーとして必要とされたのが、ガンジリウムによる力場だ。

 かくして彼らと衛星軌道都市サテライトの密接な結びつきは、完成を迎えることとなる。

 その結果があの戦争での、彼らの立ち振舞いにであった。



 そして今、


「……海賊対処、か」


 新たに命ぜられたのは、そんな任務だった。

 終戦から三年、海上遊弋都市フロートは再び輸送の拠点としての色を取り戻しつつある。

 しかしながらその軍事力は大戦以前を取り戻すこともなく、また、再軍備については保護高地都市ハイランド連盟からの著しい制限を受けている。

 そんな中での、輸送船を狙う海賊行動。


 おそらくは――……とブルーランプ特務大尉は前置きをした。


 そうして、保護高地都市ハイランド連盟軍の地球上の軍事プレゼンスの低下を見込み、そして、実際に都市間での物資の輸送に影響を与えて消耗を図る。

 さらに自己の軍事力の必要性を海賊遊弋都市フロート市民へと痛感させることで、その反感を軍事力を制限させる保護高地都市ハイランドへと向かわせる。

 待っているのは、最大で再びの反保護高地都市ハイランド連盟の機運。

 最小でも物資流通への影響。

 敵にとっては、打つだけで有効すぎる一手となる――――。


 その、対応。


 【フィッチャーの鳥】とは距離を保とうとしている通常の連盟軍にとっては、お誂え向きの任務だろう。

 疑問があるとしたら……【フィッチャーの鳥】である彼がこの任務に派遣されていることだ。

 いや――……高級将校をその任務や治安維持の監督として派遣するというのは、まだ、理解できる。

 より強い疑問になるのは、彼が【フィッチャーの鳥】どころか、ある意味でそれよりも上位の選抜部隊である狩人連盟ハンターリメインズであるということ。

 そして何より、自分に対して――と言ったところだ。


(言い方は悪いが、海賊だ。無論、任務であることには変わりはないが……上級部隊への選抜の監察に足るようなことになるかと言われると、疑問が出る。正直なところ、今の自分程度ですら若干過剰な戦力である気もしてくるが)


 敵戦力はモッド・トルーパーか、有していても第二世代型のアーセナル・コマンドまでだろう。

 その性能差が顕著となる第二世代型と第三世代型を比すれば――……おそらく、ハンターのコンセプトを満たすような事態にはなりにくい。そう思えた。

 或いは三日ぐらい休まずに警戒から索敵から戦闘からをやれ、一人で全てを斬り払って防衛しろ――とでも言う気なのだろうか。ハンターにはそれだけの能力が求められる、と。

 行なえと言われたら実行するだけだが……。


「……フン。そうは言っても、だ。もし謳い文句の通りに使用されたら海上遊弋都市フロートは甚大な被害を被るだろう。その懸念の分だと考えろ。……もっとも、海賊程度の物資的にそこまでの破壊は不可能だとしてもな」

「承知した」

「まあ……そもそも、通常のアーセナル・コマンド程度に単騎で都市部を滅ぼせるなどは尾ひれのついた噂にしか過ぎないんだけどな。そんなの、戦場の御伽噺だ。……通常のアーセナル・コマンド程度ではな」


 と、腕を組んだブルーランプ特務大尉。

 頷きながら、なおも思った。

 彼自身が口にしたそれに従うなら――アーセナル・コマンドはその程度の戦力に過ぎないというなら、やはり自分は必要ないふうに考えられるが……。


「それは……その……」


 問えば彼は歯切れを悪そうにし、


「いいから、言われた通りにやるんだ。オマエは、得意なんだろう? そういうのが……そう聞いてるぞ」


 確かに。

 法令に反しない程度に職責を全うするだけだ。

 つまりは、まあ、いつも通りだ。

 兵士たれと己が規範し、そして、規範されたそれに従って行動するのみ。いつもと何も変わらない、そんな事態だ。



 そう。

 ……その、筈だった。




 ◇ ◆ ◇



 冒涜的な黒山羊の卵か、はたまた、近未来的幻想に似た軍事的な合理性と必然性の産物か。

 漆黒の卵型の飛行要塞艦アーク・フォートレスの中、無機質で寒々しいまでに白きシミュレータールームの中で。

 頭部に包帯を巻き、癖のある金髪を片側のもみあげでだけ三つ編みに結いた青年――ヘンリー・アイアンリング特務中尉は、改めて白スーツのラッド・マウス大佐と向かい合っていた。


「どうかね、ヘンリー・アイアンリング特務中尉。君はその脳の中に、新たな瞳を宿したのだよ。……今までの君では見れなかった景色を見るための、その瞳を」

「おれ、は……」


 手術は、無事に終了した。

 ヘンリーの脳の中には、へその緒めいた特殊な機材が移植されていた。

 それが内には特殊調整された学習型のAIが潜み、常日頃からヘンリー・アイアンリングという男のデータを収集し、学習する。

 そう聞いていたし、納得していたし、理解していたが――……体験するそれは、ヘンリーの想像を超えていた。


 脳内で鳴り響く、赤子の鳴き声めいた何かの音。声。

 もう一人の自分。新しい自分。

 その、言葉にならない文字――音にならない声。或いはそれは耳をつんざく金切り音にも似ており、もしくは、何か強い光の明滅にも似ている。

 言い表せない、得体のしれない、不快感とも多幸感ともそのどちらでもあるような電気刺激。


「いずれ学習型のAIも君に十分に適応し、設計された通りの仮想人格を表すだろう。新たに生まれる訳ではない。元々あったそれが、君の脳での最適な出力を調整するだけだ。……ピントを合わせる、と言ったところかな」

「ピン、ト…………仮想人格…………」

「そうとも。四六時中、繋がるというわけだ。自分ではない他者との繋がり――……そういう意味でも汎拡張的人間イグゼンプトめいているな。まあ、実際、これが開花の助けにもなる場合もあるようだがね」

「あ、ああ……そうか、オレは……汎拡張的人間イグゼンプトに……」


 ぼんやりとした頭で、頷いたヘンリーは思い返す。

 今はまだ、何か脳の中を蛇や寄生虫が這い回っているような――奇妙な透明の怖気というべきそれだが。

 時間が進めば、やがて適合して、ヘンリーが機体に乗った際にその機体を管制するための学習型管理AIになる。

 その学習により、AIは特段の入力や調整などを必要とせず――常に使用者に合った最適の状態に、機体を導く。

 そうすれば、汎拡張的人間イグゼンプトの利点は失われて、努力と機体性能において汎拡張的人間イグゼンプトを凌駕することができる――それがハンターだ。


 そうだ。


 ちゃんと、憶えている。

 そういう目的で、そういう理屈で、ヘンリー・アイアンリングはその身を捧げたのだ。


「さて、特務中尉。君に合わせた専用のハイエンド機体のお披露目と行きたいところだが……あらかじめ言っておこう。くれぐれも、精進したまえよ。でなければ君は廃棄処分となってしまうからね」


 廃棄処分――まるで人でなく、何か部品や、備品に向けられたような言葉。


「……ふ、ふ。冗談だとも。ただ、投資に見合うだけの努力を求めるというだけだ。この際、緊張は不要だがね」


 愕然としたヘンリーを読んだのか、ラッド・マウス大佐は薄笑いで返してきた。

 そしてホログラムのウインドウが無数にヘンリーの前に浮かび上がり、それはハンター部隊が有する様々な専用機体やその諸元を知らせていた。

 無論、ヘンリー・アイアンリング専用機についてもだ。


 その出来栄えとコンセプトに、その理合いと理論に、いつしかヘンリーも――――と確信に近いほどの希望を抱いていた。

 まさしく、一騎当千ならぬ対一〇〇〇〇〇機ハンドレッドサウザンド・オーバー

 エースでありながら、エースを殺すエースキラー。

 そんな者たちが、ヘンリーを含めて八人もいるのだ。


 だが……ふとヘンリーが気になったのは、別のものだった。

 それは、アーセナル・コマンドというよりは――


「ああ、それかね。……ふっ、それがいわゆる廃棄――というものかな。ああ、無論処分などはされていない。ただ……ハンター部隊には相応しくないので、去っていただいただけだ。軍人は、続けているがね」


 そんな、肩を竦めたラッド・マウス大佐の視線の先。ヘンリーの視線の先。

 それは、アーセナル・コマンドというよりむしろ、かつての大戦で猛威を奮ったとされるアーク・フォートレスにも似た機体であった。

 それが――離脱済みの記載と共に浮かび、脳を離れなかった。


 まさしく、単騎で都市を破壊せしめるだろう――そんな、アーセナル・コマンドが。

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