第41話 贈り物と、新たな出会い
予約の店に向かったときは、彼女は席で、ウェイターと談笑していた。
約束の時間にはまだ少し有るはずだったが……。
いつものものよりも僅かに黒色が濃く飾り気のないネックストラップドレスと、その肩を隠すような白いレースカーディガン。
色素の薄い豊かな栗色の髪を首裏で結いた彼女の、その物憂げな――だがどこか楽しそうな――橙色の瞳が、こちらを見付ける。
そして、
「……ごめんなさい、せっかくだけどまたの機会に」
彼女はこちらを見るなり、席を立った。
どうやら……食事の予定は、取りやめのようだった。
コツコツと黒いハイヒールを鳴らして歩み寄った彼女が、頭一つ以上下からこちらを見上げてきて、顔を合わせるなり言った。
「グリム。今日はやめましょう」
「……いいのか? 確か、去年もこの日だったから合わせたが……君にとって何か意味合いがあるのでは……」
「別に。意味なんてないわ。……どうせ、食欲ないんじゃないの、貴方。そんな男と食事をしても意味なんてないでしょう?」
睫毛の長い目を細めての、言葉。
咎めているのか。違うのか。
逡巡し――……口を開く。
「いや……お腹は減ってる」
「……」
「お腹はすごい減ってる。そして仮にお腹が減ってなくても食べられるのが、俺の数少ない長所だ。今回はどちらかと言えば、お腹はすごい減ってる方なので問題はない」
「……そ。バカ男」
なんで?
「その顔を見てたらこれ以上一緒にいる気になんてなれないわ。……一人で行きなさいな。飲みにでも」
「……冷たい」
「優しくしない、って決めてるのよ。こういうときには。だってそれ、貴方には必要ないもの。……バカ男」
腰の辺りで腕を組んだマーシュが、鼻から長い息を吐く。
なんだか判らないが、どうも、機嫌を損ねてしまったらしい。しばしばこういうときがある。
それでも一人でツカツカと先に歩いていってしまうこともなく、店の入口でこちらを促すようにじっと見上げてくる彼女を前に思案する。
頬を打つ風。身体はそれほどでもないが、どうにも肌寒いなと思う。
それもそうか。十一月だ。日付は十三日。
「いや、送っていこう」
「……そ。好きにしたら? 家にまではあげないけど」
「ああ。年頃の婦女子の部屋にそうも毎回毎回頻繁に上がり込むほど、俺はデリカシーやハラスメントに理解のない男ではない。安心してくれ」
「…………………………」
「何故そんな冷たい目で見るんだ、マーシュ。こわいぞ」
「……無茶苦茶にしてやろうかと思っただけよ。貴方を」
「こわいぞ。それにハラスメントだ」
先程までとはまた違う感じに、その目が細まっている。
怒り、だろうか。
そうなると、先程までのは何だったのだろうとなるが……あまり考えても答えが出そうにないので置いておくことにする。
リムジンタクシーを待ち、それから車内でも無言だった。陽気そうに笑っていた運転手も黙ってしまう。行き先を告げて、彼女のマンションまで――……同乗する。
彼女一人で帰しても良かったが、付き合った。
近付くに連れ、最中、押し黙っていた彼女は手持ち無沙汰だったのかこちらを伺ってきた。
「……いいの、グリム?」
「ああ。……実を言うと、今は、あまり一人ではいたくなかったんだ」
「そ。……やっぱり、コーヒー一杯だけでも飲んで行きなさい。淹れてあげるから、そのジャケットを脱いでソファーにでも――……」
その瞬間に、デバイスに着信。
昨夜からの引き続きだ。どうやらあれほど夜通し尋問していたというのに、まだ話があるらしい。
例の件だ。
ハイジャックと、それに対する処理と、そしてロビン・ダンスフィードの【
聞かれても、答えられることなどもうあまりないというのに……。
そもそも、あのロビンは自分の中のロビンとのイメージの一致がない。彼ならば――……彼ならば、敵対するとなったその時点でその仲間の流血を厭いこちらを確実にその手で叩き潰す筈だ。だというのに、それもなかった。
ヘイゼル同様、或いは自分同様、開戦の初期からのあの狂気的な行軍に従事して生き延びた“生き残り”たちにそんな容赦はない。誰も皆、その血は鉄と硝煙と重油に替わった生粋の兵士だ。
ヘイゼルがシンデレラを撃墜したと聞いたときにも、悲しみはあっても不思議はなかった……それほどまでに自分たちは、多く、殺しすぎた。
かつての
女神ディアナによって鹿に変えられた主アクタイオンを、それが主であるにも関わらず喰い殺した猟犬たち。
転じて、猟犬の本分を全うせよと――。
たとえその主を喰い殺すことになろうとも、どんな流血を強いることになろうとも、ただ己が猟犬としての本分を全うせよと名付けられたその名。
アーセナル・コマンドを増設ブースターにて射出すると同時、報復行動のように降り注ぐ【
仲間の血を背に受けた。敵の血を身に浴びた。
解き放たれた鎖のそのまま牙を剥き、そして、或いは敵地の防御に阻まれて炎に身を包まれ、或いは辿り着くことなく不良品により爆散し、或いは役目を無事に果たしたとて帰りの暗い海上で弾に引き裂かれて藻屑となり、或いは敵を振り切ろうとも道を失い帰還できずに没していった。
それか――……生きて帰ったところで、幾度と繰り返される、そんな勝ち目の見えない命懸けの戦いに狂い果てるか。
そんな、古い猟犬の生き残り。
仲間の、敵の、流血を身に浴びて毛皮が黒ずんで行こうとも――……海上に墜落させられた中立都市のドレステリアを救おうと動き、そして、そんな義心が故に呼応して飛来した敵の第一・五世代型のアーセナル・コマンドによって命を刈り取られた猟犬たち。
自分も、ヘイゼルも、ロビンも。
そんな猟犬たちの数少ない生き残りであったと――いうのに。
(いくら聞かれても、俺にはもう、彼は判らない。……こちらが教えてほしいぐらいだ)
一体何を見出して――どんな信念の下で、ロビン・ダンスフィードが【
彼がマーガレットの出題に――汝為すべきを為せ――どんな
それすらも判らないというのに……。
そう思案していたら、リムジンタクシーから降りてしまっていた。何度も足を運んだマーシュの部屋のドアの前。
彼女は鍵を開けながら、ドアから振り返ってこちらを見上げていた。
「帰りにでも寄ったら? ……起きててあげてても、構わないわ」
「いや――……時間がかかってしまうだろうから、そこまでは悪い。すまない。……君の厚意をありがたく思う」
「そ。……精々励むことね、その、兵士とやらに。それは別に貴方に福音を齎してなどくれないでしょうけど」
ふい、と彼女は顔を背けてしまった。
優しいな――と思う。優しい人ばかりだ。世の中には。あれほどのことがあったというのに。まだ優しさを持てる人たちばかりだ。
だから――立とうと決めた。
立つのだ、と。
そんな人々の想いが、心が、絶望の内で終わってなどいいはずがない。そんなことが許されていい筈がない。
そうだ。怒りだ。これもきっと、怒りの根であり首輪だ。
己に首輪をつけている――故に、全うせよ。義務を果たせ。兵士であるということの義務を。
「……グリム」
向けた背に、声がかけられた。
何かと思えば、投じられた包み紙に覆われた箱――プレゼントだろうか。
開けてみれば、靴下と時計が入っていた。
黒と青を貴重とした厳しい時計――高価そうだ。武骨でありながらも瀟洒。耐久性の高い軍用モデル。気圧計などもある。ホログラム発生装置が組み込まれていないのは、やはり、耐久性のためか。
靴下も……詳しくはないが、まあ、多分、高給なのだろう。判らないが。まさか二つも貰えるとは。
それで、ああ――……と思い出した。
彼女へのプレゼント。それを探していたから、待ち合わせの時間にギリギリの到着となった。無論ながら、例の件の事情聴取もあるが。
正直、こんな高価なものが贈られると想っておらず……何とも心苦しいところではあるのだが。
「……櫛?」
「いや……なるべく日常使いができて無駄にならない物で、かつ、その……俺のセンスが外れても問題ない物を……と思ったのだが……その……」
「そ。……いいわ。用意されるとは思ってなかったから。で、意味は?」
「意味?」
「プレゼントには意味があるのよ、王子様。時計と櫛なんて、皮肉的だけど。……次があるなら、調べておいた方がいいわ。そうでしょ、
そう言って、彼女は目を細める。
なんだか気を使わせてしまったなら悪かったな、と思う。お腹が減っているのは本当だったのだが……本当だったし、結構楽しみにしてたんだが。美味しいってエルゼが言ってたし。しきりに勧めてたし。気になってたんだが。
むう、と思いながら早速腕時計をつける。
思った以上に自分にしっくり来て――……エレベーターホールの鏡を前に、そういえば昨夜からの取り調べで軍用のパイロット・ジャケットを着たままだったな、と思った。
これでは、どのみち、あの店には入れなかったのだ。
◇ ◆ ◇
事情聴取は、結局、一週間近く続いた。
未だ【
一方の【フィッチャーの鳥】はといえば、どうも、治安維持活動を強化しているらしい。例のヘイゼルが示した敵艦或いは敵拠点の予想地域において、その調査と取り調べを苛烈化させていた。
自分たち特務もつかぬ通常の
……いや、というよりは、あえてそうしていると言うべきか。
話によれば、【
それに、加わりたがらない日和見。
或いは、加わることの意味合いを慎重に受け止めた軍であることの意義を重んじるもの。
さて――と、勘案する。
こういうときに自分の持つ前世の知識が何かの役に立てばいいのだがと思い――そもそも以前の戦いで役立てもできなかったではないかとか、主人公たるシンデレラが撃墜されるなんて時点でなおさら役に立たないのでは――という思いが飛来するのを頭から打ち消す。
情報は、情報。
役には……立つかは判らないが、ある結末に至るシミュレートということは、つまり、その結末に至るだけの素材が撒かれているという風に落ち着ける。
(……そもそも、たかが一軍人である俺がシンデレラに関わっている時点で、メイジーに関わっている時点で、何もかもが変わってしまっている――とは思うが)
確か、大筋では……こうだった。
シンデレラが【
なんか母親が人質にされたり、父親が寝返り帰ろうとしたりする。
色々と戦う。
前作主人公のメイジー・ブランシェットもそれに加わる。なんかそのライバルだったっぽい男とも共闘する。
なんか宇宙にも行く。
なんか第三勢力も出てくる。
なんか戦う。なんかすごい消耗戦。だいぶ死ぬ。
なんかシンデレラが心身ともに凄まじく消耗して心をやってしまう。
戦いはなんか続く。
(……)
……参考になるか、これ。ならないのでは。
というか、こちらに来てからの経験がとっくにあちらを追い越してしまった上に、あまりにも濃密な経験をしてしまったせいではっきり言えば数年前より以前の記憶はだいぶピンポイントにしか思い返せない。
そんな中で、余計に前世の知識に頼ったところで――というか――前世で画面に映ってない自分になど、何の参考にもならない。
加えるならシンデレラが撃ち落とされた時点で、おそらく全ての絵図は狂った。
いや――……言うとしたら、一つだろうか。
メイジー・ブランシェットの離脱。
マグダレナが告げてきたそれは、前世の知識に従うならば、確実に【
何故、彼女がそちらに加わってしまったのか。
それはおそらく、何らかの妥当性があった上で――つまりは【
ならば、【
……ただ。
以前聞いたところによれば、シンデレラは別に常にどこかの勢力に属していた訳ではない。立ち位置を変えていた。
つまり、いずれにも正当性はある、という訳だ――――
(……正当性? こんなものに、正当性も何もない)
自分の見たところでは、結局、【
あのマウント・ゴッケールリでの燃える街並みを思い出せ。
正当性の名の下に行われる虐殺も。
正当性の名の下に行われる応報も。
いずれも、どちらも、あの街を焼いた。誰も手を止めなかった。誰一人として、都市の保護を行おうとしなかった。
理性では理解している。撃つのをやめたら、自分が撃たれてしまう。その心情も理解している。その苦しさも。仕方ないことなのだと。
だが――俺も、お前たちも、あの都市の市民を殺した。奪ったのだ。かけがえのない命を。貴様らも、俺も。
数の多寡ではない。
論の正しさではない。
失われた命は取り戻せない。自分のような幸運な例外を除いて、踏み躙られた花を植え直すことなど叶わない。
死者は蘇らない。
その一個の命は、彼らが抱いた恐怖や苦痛は、誰であろうとも拭うこともできず取り返すこともできない。
人の命を、なんだと思っている。
あの悲劇は、【
無論ながら中でもより悪いのはあの、頭抜けたクソの、吐き捨てるべき惰弱と醜悪の艦長だ。さっさと殺しておけばよかった。いいや、今からでも殺すべきだ。
どうしようもないそれが、獣が、腹の中で笑う。
何が正しいか、何が間違っているか――ああ、笑わせる。
そんなこと自体が笑わせる。
所詮は、結局は、人を殺すなどという行為の礼賛自体が――。
全て、ただの、忌まわしい暴力などというものそのものが、あまりにも――――……。
「あ、あの〜……大尉? 大尉サン? あの、そのぉ〜」
「ああ、すまないフェレナンド。考え事をしていた……なんだろうか?」
意識を切り替える。
あまり自分の中を深堀りしようとすると、どうにも余計なものまで出てきてしまう。怒りが漏れ出てしまう。
注意が必要だ。
机に向かうこちらを伺ってくる赤髪のフェレナンドも、心配げに見上げてくる桃色髪のエルゼも、気のいい部下だ。善良な人間たちだ。
だから――……ああ、こんな怒りなど間違っているのだ。
そして、こんな怒りのままに本当に世界を焼き尽くせるようになってしまった自分という力も――何ともままならないな、と腹から息を出す。
「え、えっとですね……はは、そのぉ〜……あの、雑談とかしないッスか?」
「職務中だ。……心遣いはありがたいが、貴官らも職務を」
優しい部下に恵まれたな、と思う。幸福な人間だと。
だから、自分は道を踏み外してはならない。
己が悪を演じ――或いは悪そのものと化し――彼ら正しい者に討たせるなどという馬鹿げた発想などあってはならない。
今の自分がそれを行ったところで、ただの、逃避にしかすぎない。
それは単なる無責任になろう。
背負わされる彼らの気持ちを置き去りにした、あまりにも惨たらしいものだ。
故に――ハンス・グリム・グッドフェローは過去も未来もそんな選択肢は取らない。自分はただ、自分の理性においてのみ立つのだ。彼岸の木の真横に。
たとえ、この世が明日終わるとしても――。
ただ正気で在り続けろ。目を閉ざさず、耳を塞がず、膝を折らず、屈することなく正気で在り続けろ。
それのみが、唯一――――
「あ、あのですね! あのですね、先輩?」
「……どうした、ローズレッド少尉」
「えーっと、いい時計だなーって……ははは、いい時計だなーって……えっとぉ……あのー、聞きたいんですけどー」
「課業外に頼む。……いや、すまない。もしかすると、貴官たちに余計な気を使わせたか?」
ホログラムデバイスを触る手を止めた。
優秀な部下たちが――少なくとも職務に忠実な部下たちがこうして自分に話しかけて来るということは、余計な感情が目に見えて漏れ出ていたということか。
マーシュのその時は隠しきれていたかと思うが、あれから一週間も続けば随分と蓄積するのだろう。
よろしくないな、と自戒する。
人間が不機嫌さを露わにすると、その周囲の人間たちの仕事の効率などが低下する――という研究結果が出ているのだ。
つまり、良識ある社会人としてはすべきではない。
(……というか、そんな心配を向けられないために備えているのだ。俺は。なのに不甲斐ないことだな)
人を助けるならば、少なくとも相応に自分の側も整えなければ難しい。
というより、相手が気にしてしまう。
全身包帯巻きの医師に手当てをされたら、むしろそれが気になってしまうだろう。
そういうこともあって、自己のパフォーマンスを十全に保つべし――と定めていたというのに、何という体たらくか。
……というか、まあ、確かに辛いことは辛いのだが、もう戦争に関わっていい年なのである程度の諦めはついている。
ロビンはああ言ったからには退かないだろうし――……彼もまた、何某かの答えによってああなったのだ。そこに自分は介入できないしする権利もない。
敵味方に分かれるのは心底心苦しいが――。
何も、必ずどちらかが死ぬと決まった訳ではない。
こちらは死なず、彼を殺すことなく終わらせる――そんな道だってあるだろう。
その為には、
「そうだな。……鍛錬だな」
「……へ、大尉?」
「……え、先輩?」
「少し汗を流して来ようかと思う。そうだな、貴官らもどうだろうか?」
問いかけて見れば、彼らは顔を見合わせた。
やる気は……どうなのだろう。判らない。
ただまあ、激しくなそうなのでちょっと無理強いはできない。
「すっげ……なんつーか完全に自己解決した……つーか自己再生……?」
「だから言ったんですよー……徹底的に自己完結した人間だって……心配するだけ損ですーって……」
なんか後ろで言われてる。
……というか、人間とは大体そんなものではないのか。
ああいや、だからこそ、余計な内心を他人に悟らせて心配をかけさせない方がいい。
そういう話か。精進しよう。
◇ ◆ ◇
……で。いい汗流してきて。
そうしたらやけに慌てた様子のエルゼとフェレナンドに隊長室に行けと言われて。
せめてシャワーぐらい浴びさせてほしいなあ、と思ったけどそれも許されず。
お腹空いたなあ、栄養補給したいなあ……と思ってもプロテインしか飲ませてくれず。
そんな状態で入室した、その時だった。
木目の浮かぶ重厚な長机に向かった隊長の前に立つ、二つの人影。
その内の、一つ――眼帯をつけた軍服の少年。
「なるほど……彼が、ですか? ふむ」
遥か下からこちらを値踏みするような視線――片方を眼帯に遮られ、残る空色の左目でこちらを見てくる濃い紫髪の少年。
燃えるような、と形容すべきか。
首の後ろで束ねられた深い紫色のその髪は方方でグラデーションを作り、それが、どこか炎めいた濃淡を作っている。
軍服は、あの【フィッチャーの鳥】のものだ。
ダブルのスーツのように金ボタンが腹のあたりについた黒い上衣。白き胸骨や肋骨のようにその制服に施された刺繍。そして白いズボン。
その肩の憲章を見やり、
「ハンス・グリム・グッドフェロー大尉です、特務大尉」
背筋を伸ばして敬礼を行えば、少年は目を丸くした。
しばし意外そうに目を見開き――そして、何とも不敵な鼻笑いを零す。
そのまま彼は答礼で応じ、それからゆっくりと口を――
「キミが例の大尉か。僕は――」
「ぎにゃぁぁぁぁあああああああ!? 喋ったァァァァァァァアアア!?」
「……喋るが」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ、ハ、ハンス・グリム・グッドフェローだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「……何か問題が?」
「ひぃぃぃぃい、ひぃぃぃぃい、殺さないでください殺さないでください殺さないでください」
「……俺は殺戮者ではない」
なんかその隣が騒がしかった。
誰だろう。軍服を着ていないが。
淡いオレンジ色の髪の裏側――つまりこちら側を、目が痛くなるほどの蛍光ピンク色に染めた長髪の少女。
軍隊風のジャケット――タンカースジャケットに近い――をブラウスの上に纏い、下は黒のタイトスカート。あと何か口元は白いマスク。
威厳を出そうと仁王立ちをしていたようだが、出されるのは威厳でなく悲鳴だった。
……正直、恨まれる覚えは多々あるが怯えられた覚えはあまりない。面と向かって、と付くが。大抵怯えられるその時には、その数瞬後に相手は機体越しに死んでいるからだ。
そのまま、じっと待つ。
しばらくして、だった。
「ああ……ええと、僕はハリー……いや、ハロルド・フレデリック・ブルーランプ特務大尉だ。それとこっちが民間軍事会社の――」
「うおっほん、【
「必要ない。初耳の名前だ」
そう答えれば、少女は露骨に衝撃を受けていた。勢いで壁に頭を打ちそうなほどに。
民間……民間の芸人さんなのだろうか。
そのまま突っ伏した少女は、遥かに背丈の小さい少年の足に縋り付いていた。
「ハル少年、ハル少年、ハル少年! 酷くないこの人、ねえ酷いと思わない!? やっぱり血も涙もない冷血鬼じゃない!? 何なのよ、あたしにこの扱い!? 酷くない!?」
「ええい、ハル少年などと僕を呼ぶな! 離せ民間人! 離せ! 子供扱いするな! 馴れ馴れしいんだ、キミは! 離せ! ええと……ええい、この! 僕から離れろ!」
……コンビの芸人さんなのかな。
すごいな、【フィッチャーの鳥】は。福利厚生サービスにも力を入れているらしい。まさか自社で芸人の育成を行うとは。
ゲシゲシと少女を蹴っていた少年が、肩を上下させながらまた不敵な笑みを送ってきた。
「失礼したね、グッドフェロー大尉。……いや、ほんの少し前に顔を合わせる機会があっただけなんだが、この女は……クソっ、なんてザマだ。特務部隊たる【フィッチャーの鳥】の――いや、さらなるエリートたるこの僕がこんな……」
「俺は気にはしていない。貴官の能力とは、関わりがないところだろう」
「――。……ハッ、聞いていたとおりだ。いい心がけじゃないか、グッドフェロー大尉」
そして居丈高な眼帯の少年は腕を組み、
「いわば僕は監督官、という訳だ。ハンス・グリム・グッドフェロー大尉。職務に従い――キミが
「そうか。よろしく頼む、ブルーランプ特務大尉」
「ちょっとあたしによろしくはないの!? ねえ!? あの、ナチュラルにあたしのこと無視してない!?」
気が削がれた――とまた少女を怒鳴りつけていた。仲はまあ、悪くはなさそうだ。おそらく。
おそらくはラッド大佐の部下であろう【フィッチャーの鳥】の少年と、そして、民間軍事会社である少女。
どういう組み合わせなのかは――……些か測りかねるところではあるが。
なんにせよ、任務ということには違いなかった。
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