第36話 黒の処刑人VS飛翔たる千両役者、或いは巡る鉄輪
マーガレット・ワイズマン。
第二世代型アーセナル・コマンド:
騎士の末裔であるためか、自分が騎士であることを己に科した風変わりな十代半ばの貴族出身の少女。義勇兵。
一言で言うなら――ハンス・グリム・グッドフェローのかけがえのない恩人だ。
ボリュームある銀髪の一部を頭の片側で括った、アメジストめいた美しい紫瞳の少女。特徴的なのは左目の下の泣きぼくろ。あと、一房だけ金髪の前髪。
『鉄のハンス、優しいヘンゼル……いいですか? 人が人を助けようと思った優しい心があるなら、それを押し殺すべきではありませんわ』
その光輝く言葉を、覚えている。
彼女が差し出した手を覚えている。
『そして、生者が死者の橋を架ける――今日に帰るその橋を、道を、生きた意味を作る。決して、生者は死者の恨みや憎しみや悲しみや人生を勝手に背負うためにいるのではありませんわ!』
……恩人だった。
その、全てにおいて。
◇ ◆ ◇
飛来音が聞こえる。
言うまでもなく――彼女と、そして己の。
空中で幾度となく衝突する。互いのブレードとブレードを。機体と機体を。武力と武力を。
多くの爆炎によって崩壊した廃ビル群。
既に無事な建物は僅かばかりで、残りは全てが鉄筋を剥き出しに崩れ落ちている。
その超音速の嘶きは、疾風は、衝突し合う紫炎と蒼炎は、その余波は――立ち込めていた砂埃を消し飛ばし、嵐じみて疾走する。
激突――幾度目か。
全周モニターの内。目まぐるしく去っていく道路標識と速度表示。全てを無視する極超音速の邂逅。咬合。
第二世代型アーセナル・コマンド:
私財を投じて作られたその銀騎士の両肩部から外へと飛び出した幾枚もの銀翅――左右加速への増設ブースター。
同じくその背にて、背後へと扇の如く広げられて光を宿す増設ブースター。
右腕外甲に備えられた長く細身の顎を持つプラズマブレード発振器と、その左腕外甲の鋭い盾型の力学的実体ブレード。
まさしく、騎士だ。
翅の装飾をされた銀騎士。
左手の盾で受け、右手の剣で仕留める騎士。
その後背部で、放射状に背後へ飛び出した銀翅の増設加速装置が蒼き光を放ち――――来た。
音を置き去りにする極超音速の斬撃。
地表物表を無視し、ミサイルよりも早く襲い来る蒼炎のブレード。
十字に交わした紫炎のブレードで受け止める。
力場と力場の激突に――即座に敵機の実体剣が発振。こちらの力場を殴りつけると同時にその反動で飛翔し、コンマ数瞬の邂逅を終えると共に空の向こうへと飛び去っていく。
第三世代型に比する第二世代型――いや、ともすれば凌駕するだろう。おおよそ通常の兵が耐えきれない加速度。人体に有害そのものでしかない狂気じみた疾風。
それが
己のように、敵機を活かしたままでしかその力場を利用する飛翔を行えない訳ではない。彼女は敵機を撃墜しながら、その力場が途切れる一瞬でその力を利用して飛翔する。
一度、一機でも撃墜してしまえば決して止まることのない死の嵐。
敵機を切り刻みながら狂気的な速度で吹き荒れ、そして、それ以外の万物が止まるまで飛び続ける飛翔の王。
地球の重力圏をも離脱できる宇宙速度で飛ぶ機体を、それを超える速度で奔る機体を、果たして撃墜できるものなどこの世にいるのだろうか。
速度が乗り切った彼女は、メイジー・ブランシェットですら及ばないであろう。
それが――“
自分が決して及ばなかった、この世に二人だけの完全近接特化型のその片割れ。
万物を両断する聖剣の王にして、極超音速の銀騎士。
それとの凌ぎ合いは、全てが致死であり必殺である。
視界の遥かを旋回して――曇天に消え、潜り、現れ、また潜る蒼き流星。
高度は上。遥か上空。
つまり、空戦力学的エネルギーは、あちらが上位。
こちらの
初めから、遮るものなき空で彼女と戦闘するのは諦めた。
そうとなったら、単に実力の差が浮き彫りにされるだけだ。一切偽りの効かない正面勝負で彼女と戦えるのは、それこそ、その親友であったメイジー・ブランシェットしかいない。
さしものマグダレナですら、その完全再現は叶わない。
故にこうして、空戦力学を加算しようとしているのだろう。
ただ極限まで突き詰めた武と速度の極光。
それが、マーガレット・ワイズマンだ。
マスドライバーを利用して半壊の機体で単身宇宙に上がり、そのまま【
そんな御業は、彼女を除いて不可能だろう。
(機体の差はある……だが、果たして……)
マグダレナの再現は、単に、
無論、マグダレナ当人の固有の技量も上乗せされる。
つまり、あらゆる既存兵器に対する経験と熟練によるその把握と――未知の相手に対しても時間と共に十全に応対する把握力。
元がメソッド演技法の使い手であったという彼女が、役者志願だった彼女が、その能力がこんな形で花開いたのはなんの皮肉か。
――〈や、キミはどんな女が好みかな? 私はどんな女としても応えられるよ。弱い娘、強い娘、優しい娘、厳しい娘……さあ、どれがいい?〉〈壊すのも、壊されるのも得意〉〈ほら、お気に召すまま――……〉。
彼女の言葉が思い出される。
千の貌を持つ女王。悲劇的喜劇家。劇場的厭世家。獣的芸術家、或いは文化的な破滅の獣。
既に幾合に及ぶかという死合の末、あちらはこちらの能力を把握しきっているだろう。
だから――丁度いいのだ。
曇天で巻き起こる超新星的な爆発。その誕生。
最早衝撃波のエネルギーそのものが空を裂き、触れずとも敵兵を絶命させるほどの移動する破壊の嵐。
星の聖剣――その模造品が、振り下ろされる。
だが、備えている。
仕掛けている。済ませている。
こちらも無策で待ち受けていた訳では、ない。
奥歯を噛み締め、推力全開。機体の装甲値を一時的に全て加速力に割り振った極限の加速。
天から振り下ろされる聖剣に目掛けて、地から斬り上げる無銘の剣。
それは空気との摩擦により、瞬く間に白熱し――――そして爆発を巻き起こす。
比喩ではなく、真実その戦場を焼き尽くすだけの爆発を。
彼女が乗り捨てていた
例え機体が破棄されようと、そのコックピットが破壊されていようと、その武装ばかりは破棄の暇がなかったか。
それを全て、こちらは罠として利用した。
気化させていた燃料爆弾が周囲一体を爆光に包み込むと同時、その――爆炎に呼応する数多の爆炎。
埋めた
廃ビルを、その破片を、その粉塵を以って地から天へと弾き飛ばした散弾――天地を埋め尽くす瓦礫の雨。
マーガレット・ワイズマンの弱点はそこだ。
あまりにも図抜けた速度では、その正面衝突では――もう最早、ただの瓦礫でもその機体を破壊するには十分な質量弾となる。
故にあの戦いでも、偶発的に飛び散った敵機の僅かな残骸により、最後のその最後で集中力が衰えた彼女は機体を半壊させた。
その結末を知っている己には、あまりにも容易い用意。
そして自身の機体の完全制御にて、一転、推進力を全て装甲値に割り振った当機は未だに戦闘可能。
接近するレーダー上の光点目掛け、追撃の斬撃を加えるべく――
――〈ヘンゼル……少々生易しくはありませんこと?〉。
記憶の中のマーガレットの言葉の反響。彼女の声を借りた、沈降した己の内なる警鐘=経験則的危機察知。
咄嗟、機体内部の流体ガンジリウムを循環させた。
無理矢理に狂わされた重心に従った回避機動――の直後、一つ翳ることなく己のすぐ真横を通り抜けた閃光。
衝撃波。無傷の白銀の騎士とその蒼き炎――――なるほど、空戦力を稼いでいたのはそのためか。
即ち空戦力の貯金によって己自身の力場で発生させる推進力を削減し、彼女もまた電力全てを装甲値に回した上で、こちらの大規模爆発に備えていたのだ。決して、無意味に時間を稼ぐように空を翔けていた訳ではない。
思えば当然だ。
数々の機体をそのまま乗り捨てていったのはマグダレナ・ブレンネッセル自身であり、そして、マーガレット・ワイズマンを最後の関門として選んだのは彼女だ。
それは或いはこちらへの、何か格別の慮りもあったのかもしれないが――マグダレナとて、それとこれとを切り離して考えられる女だ。
故にただ、殺す気ではいる。
彼女は、こちらへの殺意を止めてはいない。この場でこちらに使える札は、全て、彼女の想定の内なのだろう。
ああ――だが、と思う。
だがこちらとて、備えているのだ。
機体を無事に保ちながら、分不相応に専用改修などを行ったせいでジェネレーターの不具合によって彼女を宇宙に見送ってしまったその日から。
己では、彼女の代わりに宇宙に向かっても任務を達成できなかったのではと悩んだその日から。
或いは、兵士になると志したその日から。
この世界で、ハンス・グリム・グッドフェローとして生を受けたその日から。
備えて――――いるのだ。
万物に。
ありとあらゆることに。
ただ、全てのことに――何もかもに。
宙に数多の瓦礫が舞う。
崩壊する塔から、或いは崩落する天空島から。
あたかもその瓦礫の落下に巻き込まれたかの如き状況のまま、破片舞い散る中で、白銀たる傭兵の女王と
敵機と当機の機動を封じる檻。
その速度の有利を殺し、十分な回避も加速もさせないための――石の檻。
だが、
「――――」
あえてその内においても、
そんな障害物に触れると同時――高速で移動する機体に対しては質量弾として襲いかかる破片との接触と同時――当然、力場は削られる。
それは加速のための電力の低下を意味し、或いは衝突による慣性力の変更を意味し、若しくは機体装甲の破損を意味する――だが。
――――十全たる機体それ自身の制御。
単に手動、或いは無意識かつ意識的な操作。
己の鋼の肉体の内を循環する流体ガンジリウムを制御し、或いは通電を制御し、衝突する破片に対してのピンポイント的な力場の発生による防御――有機的な《
そして重心の変動による慣性調整によって、空戦機動は一切の影響を受けない。
自機にのみの有利を演出し、敵機の不利を押し付ける戦場の構築。状況の構成。
通常通りの最高速の回避や旋回を行えない銀騎士目掛けて、紫炎迸る右ブレードを――
「興醒めです、御主人様。私を誰だとお思いで?」
しかし、彼女もまた同様の戦闘機動を行った。
そうだ――
故に――曇らない。陰らない。
その白銀の機体もまた、複雑に連なる力場調整や慣性制御を活かしたままに、鋭角的な直線機動を以って空間を蹂躪する。
そして、互いに角度をとって――――衝突、或いは幾度目にもなる邂逅。
飛び散る紫炎。吹き出す紫電。
その力学的エネルギーブレード――白銀の盾が、その力場が、こちらの十字に構えたブレードを正面から受け止めていた。
出力は、同じ。
第二世代型ながらも、ジェネレーターの出力は第三世代に比する改修型の機体である【マシナリー・クイーン】。
コックピット内の全周モニターを塗り潰す極光に、ヘルメットの対閃光バイザーが下りる――鍔迫り合い。
力場と力場の押し付け合い。双剣と鋭盾の衝突。
その最中、沈痛そうな通信が響いた。
「……貴方なら、私が世の全てに復讐しようとしたその日に――或いは破滅の快楽に呑まれたその日に、私のことを止めてくれると思っていたのに」
静かに独白するマグダレナ。
その状態で、更に敵機の出力が増す。
力場と盾で押さえつけられたこちらの
「決して私に惑わされず、私を憐れみつつ尊重し、私を穢さず、貶めず、恨まず、憎まず、しかし正当なる怒りと法の下に断じてくれる唯一無二の秩序の剣――――こんな怪物すらも法の下の平等で取り扱う理性の化身」
正面からの鍔迫り合い。
ここから脱する術はない。
後ろに引いたところで敵機からの正面へ向かってのバトルブーストには及ばず、左右に逃げたところでブレード展開のために消耗した機体では逃げ切れず、言うまでもなく押し合いを続ければその盾でこちらの剣を弾かれ貫かれる。
最早、絶体絶命。
故に彼女は――――心底から噛み締めるように、その心の内を吐露していた。
「私が身を委ねたいと思ったただ一人の、しかし私の誘惑に乗らなかったただ一人の男性なのに……私の御主人様であるというのに。それが、この程度などと――」
おそらく、数瞬の後に。
他への動力を絞って、一時的に出力を増させた盾によってブレードを弾き飛ばし、そして右手の蒼き光によってこちらを貫くだろう。
故に当機も、ハンス・グリム・グッドフェローも、機体の十全なる操作に基づいて出力を操作し、調整するしかない。
そう。
「――――な、」
まずはブレードの出力から落とした。
敵機が僅かにつんのめる。そして、その尖盾たる実体ブレードの力場と機体の力場が衝突する。甲高い音を立て、力場と力場の反発が衝撃波として吹き荒れる。
だが――ああ、こんなものは何の障害にもならないだろう。
彼女がその実体剣へと僅かにでも出力を供給すれば、当機はコックピットを貫かれて死亡する――それは確実だ。
だが、
「貴官に敬意を。――俺は既に完了した」
宙を舞うのは瓦礫のみならず――散る、銀の霧。降り注ぐ銀の雨。
廃ビルの破壊と爆発においては、言うまでもなく破棄された彼女の使用した機体たちと――それまでに破壊された数多のモッド・トルーパーとアーセナル・コマンドが含まれる。
ならば。
その巨大な兵士たちを、兵器たちを突き動かす銀の血もまた――十分にある。
これまでの全ての手段を彼女は凌いだ。凌ぎ切った。上回った。
その技能と技量は素晴らしいものであり、まさしく自分のような非才では及ばない果てなる研鑽と献身のもとに成り立たされた一つの奇跡。
だが、その力が故に。
――――その必殺は相成った。
「しまっ――」
――――《
◇ ◆ ◇
第二世代型と第三世代型の違いは、ある。
重ね重ねになるが……あの大戦のかつての一部の専用改修機は、その能力が現在の第三世代型に匹敵するものもある。
ただ……だとしたら、新型の開発を行わずに全ての機体を改修して利用した方が安上がりだ。
つまりは、いずれかの部分で世代によって当然ながら優劣は出る。
この場合は――機体そのものの装甲の差、だろうか。
空間全てを力場の暴走に変える攻撃の中において、大破したのは【マシナリー・クイーン】であり、生き残ったのはコマンド・レイヴンだ。
こちらも無事とはいかないが……しかしながら、戦闘継続は可能だ。
流石の信頼性というべきか。
素晴らしい量産型の機体だった。ここまで壊してもまだ動くというのは、最高の傑作機だろう。
「やられましたわ。……昔の御主人様は、こんな自分で戦力を損ねる自損攻撃などしなかったというのに」
そして、こちらのコクピット内で――真横で靡く白き髪。
破棄された機体に代わって……当然ながらあの程度で死にはしなかったマグダレナを、こちらの機体へと回収していた。
あの瞬間で敵機に、防御かこちらへの攻撃かの択を迫った――だが。
その機体の防御に――装甲への電力供給に向かえば、通電を取りやめて一転させたブレードの最大出力の攻撃により撃破。
こちらへの攻撃に向かえば、僅か数瞬保てばいいだけの装甲への電力供給と共に、空間ごと圧殺攻撃を仕掛けてこちらは敵よりも優れた素の装甲で受け止める。
それだけで決着しないとしても――そもそもの機体の装甲の差で、被害が上なのはあちらの方。
あとは単純にその差により、制圧するというそれだけだ。
「貴官がこの場所を選んだ時点で、勝敗は決していた。……そうとしか俺には言えない。幸い、俺は死者の扱いが上手いらしい」
「ええ、そうでした。貴方のその長所は、継続戦闘力と対応力。戦い方の定まってしまった他のメンバーではできない、どんな状況からでも勝利を掴めるという絶対的な剣の実力……ふふ、忘れた訳ではありませんでしたが――……」
満足げに目を細めたマグダレナの顔が、変わる。
静かに落ち着いて、慈しむような微笑へと――変わる。
「合格、ですね。優しい御主人様……あの星の日の悔いは果たせましたか?」
「……」
「貴方様が行っても、彼女と同じことはできた。彼女にしかできなかったことを押し付けたわけではなく、貴方様が及ばなかった訳でもない――……残酷ですが、公平な、ただ巡り合わせの順番でしかなかった」
こちらの痛みを量るようなマグダレナの声。
優しい――と思っているのは、自分がマグダレナに対してもそうだ。
彼女の身に起きた不幸。悪辣かつ醜悪な所業。それも自国の同じ市民によるもの。
或いは、その能力を利用した敵への破壊工作や欺瞞工作。いわゆる、汚れ役。
そんなものを受けながらも、彼女は敵に与することなく――同じ兵士として、誇り高く崇高な精神の元で、裏切ることなく戦っていた。
そして、今日まで戦い抜いている。
全く非合理な、感情的な、個人的な虐殺や破壊に手を染めることなく――――だ。
「……」
一体、どうしたらそう強く優しく在れるのだろう。
自分のような、必死に身の内の感情を――怒りの獣へと怒りの首輪を付けて置かねばならないような小さき人間には想像もつかない。
その一点において、マグダレナ・ブレンネッセルはあまりにも敬意に値する人物だ。
そんな意図を込めて目線をやるも、彼女は小首を傾げるだけだ。
口に出して伝えようかと思ったが――……なんだかそれは彼女のなけなしの矜持を踏みにじるようで憚られた。
主になることはできないし、彼女のそれはおそらく戯れだろうが……。
ある程度は黙って付き合ってもいいのではないかと、そう思う。
自分が彼女のその気高き献身に返せるとしたらきっとその程度だ。……いや正直、あんまり困ったらやめてほしいところだが。
「それにしても、貴官はあの場にはいなかった筈だが……」
「ええ。まあ。……情報を後から集めて推察するのも、優れた役者には造作もないことですわ。随分と調べましたので」
なるほどな、と頷く。
彼女ならそれも可能だろうが……。
「しかし、何故そうも調べた?」
「………………今夜、お供してもよろしいでしょうか。無論、寝所の中まで。明日の昼――いえ、夜まで。可愛がってくださいませ」
「何故そうなる」
……形だけとは言え婚約者がいるから、そういうのはやめてくれと以前にも伝えた。
こちらも男であり、正直なところマグダレナの肢体を見て何も思わないところがない訳でもない。特にその、マーシュよりも豊満な――……いや、止そう。これを口に出したら色々な意味で最後だと思う。何故か。なんか。
そんな気を知ってか知らずか、彼女はコックピットの座席の隣から身体を押し付けてくる。
……義務を果たさなきゃ。兵士としての義務とか。なんかそういうの。
形骸化してて多分意味ないとはいえ一応婚約中なので、浮気ダメ絶対。
そういうの良くない。
そんな気も知らず、二の腕の外になんか押し付けられてる。やわらかいのが。なんか。
やめて。えっちなのだめ。たすけて。
「そういえば、死者を蘇らせる方法――とは?」
打ち切るように――言われたきり、何の捕捉もされなかった言葉を問いかけてみる。
彼女は僅かに思案したのち、神妙な口調で答え始めた。
「もしも――ですが。人格を完全に電脳化させられるとしたら、それは、死者を蘇らせると言っても過言ではないのでは? と思いまして――……」
「……何か、心当たりが?」
「ええ。ですがその前に、もしもそんな技術が確立してしまったら――御主人様は如何されますか?」
白き長髪の間から。
こちらを真っ直ぐに見据える、血の如き赤き瞳――。
◇ ◆ ◇
そして、ホログラムによって覆われたその空間の中で。
選択した敵機と戦っていた――幾度も幾度も挑戦していたヘンリー・アイアンリングは、シートを殴り付けながら毒づいた。
「……クソッ。勝てる訳がない、こんなの」
何たる無法なのだ。
勝負の土台にすら上がれない。
放つ弾は一発も当たらず、一方的に削り殺される。
或いは一撃の下に叩き伏せられ、ときには何が起きたかも気付くことなく死亡する。
めちゃくちゃだ。
第七位を選択した筈なのにそこにいたのが
他者の恣意的な
それが、第七位の能力の本質だ。
これで第七位などと――――悪夢としか思えない。彼女でこれなら、他の上位陣は一体なんだと言うのか。
「ふふ、ははは……ははははははは!」
そんなヘンリーの内心を知ってか知らずか、突然隣で高笑いを上げたラッド・マウス。
だがそれは、決してヘンリーへの嘲笑ではない。
むしろ、限りない自負と自尊を込めた笑い。
己が決定的な使い手であり支配者であると――そう言いたげな声であった。
そして、
「見給えよ、そこを。……あるはずだ、君の希望が」
改めて彼が指差すシミュレータのホログラムの、敵機選択画面。
その各撃墜上位陣の真横に並んだ数字――
「撃墜達成者……七、名……? もう……七名も、これを……?」
このシミュレーターにおいて、彼ら
第一位から第十位までに対して、その撃墜を可能とした人間が七名も存在するということを、彼は示していた。
つまり、
「
そして君はその八人目となれるのだと――そう囁かれたときに。
最早ヘンリー・アイアンリングの中に、拒否するという選択肢は失われていた。
ラッド・マウス大佐が主導する
その【
その一員であり被験体となることへ、ヘンリー・アイアンリングは同意していた。
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