第34話 英国面、或いは究極的な二枚舌

 マグダレナ・ブレンネッセル――第七位の千両役者ダブルオーセブンと戦う際の鉄則は三点。

 まず、複数で彼女との戦闘に入らないこと。

 巧みな歩法と挙動で相手に攻撃を促す彼女は――いわば被虐的嗜虐性とも呼べるその戦闘機動は、対する相手全てを自分にとっての銃口として利用するもの。

 複数で彼女に挑みかかること自体が、即ち、彼女に扱える武器を増やして死を招く行為となる。


 そして二点目であるが――彼女と一対一を演出できたとして、忘れてはならない点。

 彼女の撃墜スコアには、言うまでもなく、という点だ。

 つまり、優れた駆動者リンカーであるという点。そのことを絶対に忘れてはならない。

 おまけに彼女は汚れ仕事に従事していて――――その分の撃墜数は全く撃墜スコアに含まれていない。


 三点目は彼女への勝ち筋。

 単純に――――彼女を超える練度を以て兵器を運用すること。そして、彼女が利用したことのない機体を使用すること。

 後者は、要するに新型機であったり――或いは、完全に個人向けに改修しきった専用機。そればかりは、流石のマグダレナも搭乗不可能で経験値を積むことができない。

 とはいえそんな専用機も既存品を流用する関係から、戦闘中に彼女に対応されてしまうのだが――……だとしても、彼女と戦うにはその用意は必須だ。

 ……そして、訂正。

 これらは正しくは勝ち筋ではなく、だ。

 それがない場合、彼女とは


 総合しよう。

 マグダレナ・ブレンネッセルがどのような駆動者リンカーかと言えば――――だが。


 

 

 

 


 ……そんな神話的な怪物なのだ。彼女は。


「ノーフェイス2、3! 退避命令! 戦場を脱しろ!」


 二人へ呼びかけつつ、全周モニター上の映像として一直線に大きくなっていく敵の緑色の機体に照準する。


(相性は――互いに悪い筈だが。利するとしたら、一点)


 継続戦闘能力がおそらく一番の長所のハンス・グリム・グッドフェローと、戦闘時間が延びるに従って相手への対応力を増やすマグダレナ・ブレンネッセルの相性は悪い。

 しかしながら、この世に二人しかいなかった二刀ブレード使いという点において、ハンス・グリム・グッドフェローの練度はマグダレナ・ブレンネッセルのそれへの有利。

 そして、今自分が駆るのはコマンド・レイヴン。

 最新鋭の第三世代型の量産機。

 いくら傭兵として練度を積んだ彼女と言えども、正規軍ではない以上はこの兵器の経験は持たぬはずで――


「な、――」


 発砲への回避機動から、彼女の持つ拳銃を両断せんと斬りかかり――驚愕した。

 それは紙一重のまま――、振り付けたブレードが緑の装甲の手前で空を切った。

 そこから、直角に退避する緑色の人狼。

 こちらの銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴンもまた、逆側へと直角に逃げた。


 ……きっと、今のも、やろうと思えば合わせられた筈だ。

 おそらく、こちらへの同航戦に移行できたというのに――そこから一方的に至近距離で発砲できたというのに、あえて

 彼我の実力の差を理解させるような行為。

 先ほども、見せ付けるように神業を行ったのだ。

 彼女は――マイナスGの関係で速度が乗り切らない後ろ向きのバトルブーストで、こちらは――前方へのバトルブーストで。それも、こちらよりも劣った機体で。


 ……おそらくは。

 こちらのブーストとブーストの継ぎ目、その僅かな動作指令から実行の間に合わせて――つまりこちらの速度が乗り切る前に、丁度良くあちらが最高速になるように見極め、神業的なタイミングで前もって機動の指令を出したのだろう。

 完全に。

 完全にこちらの機体の挙動を把握されている。

 それは決定的な示威行動であり――そしてメッセージだった。


「何が狙いだ、マグダレナ」

「あら。ふふ、そうお呼びいただけるのですね。……でもそれは二人っきりのときだけですよと、申しましたのに……もう、女を惑わすのが得意な得意な酷い御主人様ですわ」


 廃墟のビル。舞う土埃。互いに離れて、向かい合う緑色の人狼と銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴン

 だというのにこちらの腕の中に収まりながら腰と腰を押し付け、あたかも首筋に舌を這わせてくるような――そんなマグダレナの声色。

 先ほどは事情を聞かずに斬りかかろうとしたことを彼女は喜び、今度はこちらが彼女の意図を汲んだことを喜んでいる。そんなようだった。


「例の命令書の偽造を考えた。だが――……おそらく君はこの機体にすらもう既に乗っている。……ようやく様々な部隊への配備が決まったこの機体に」

「……」

「単なる敵対とは――思えなくなった。理由がおわかりと言われても判らないが……改めて、貴官の狙いを問いたい」


 言いながら、機体のホログラムコンソールに触れた。

 ……正直なところ、五分だ。彼女がこの機体に触れる機会が、正当なる機会によるものだけとは限らない。

 返答を待ちながら空中を機動し、操作を行う。

 機体の推力と装甲値を――通常では行わないレベルに割り振りを変えて、彼女の想定を超えるべきだろうか。

 ……いや、或いはそれも彼女の想像の範疇かもしれない。その程度の鍛錬は、きっと積んでいる。

 何とか仕切り直しも兼ねての質問であったが、或いは、これも悪手であったろうか――……。


「ええと、まぁ、狙い……というほどのものでもありませんわ。私は傭兵で――ただ、今の貴方様の実力を図ろうとしているだけ」

「それが、依頼か」

「ええ、半分は。――……もう半分は、貴方様にケダモノみたいに攻められるのがどうにも癖になってしまったので。どうか、哀れと思うならお情けを注いでくださいませ。ふふっ、こんなはしたない従者を躾けてくださいますか?」

「……」


 実力を図るなどと悠長なことを行う――当機の撃滅が目的ではないと、彼女はそう言った。

 だが、問いかけたのはこちらだが……果たしてどこまで信用していいものか。

 彼女は、目線で、仕草で、言葉で敵を惑わす千両役者。そも、聞いたのはこちらではあるが戦場で敵の言葉を素直に聞く道理などは――ない。


(……いや、こんな質問することを、誘導させられたか?)


 ……今になって。

 あの神業的な動作も、或いは、この質問を導き出すための彼女一流の賭けと人心操作にも思えた。

 本当はコマンド・レイヴンに乗ったことなどなく、これまで同社が制作した機体から――挙動を類推。

 そのままこちらと交戦することが実は不利であったことを隠しながら、こうして、自分へと逡巡を押し付け刃を鈍らせることが目的。


 ……交戦経験は一度だ。


 暗夜の戦闘。夜通しの会合。

 自軍に秘して敵軍で秘密裏の破壊活動を行う彼女との邂逅し、そのまま、一度――敵味方として戦うことになった。

 その時は朝まで決着が付かず――その後に、宇宙そらで改めて友軍として共闘することとなった。そこから仕切り直しで交流が生まれた。

 故に、若干測りかねてしまう。こと戦場においては。


(……本当に彼女の目的はそんな依頼の通りか。そう思わせて刃を鈍らせようとしてるのか。どちらだ)


 狙われるとしたら心当たりはどれか。

 あの大戦時の残党――恨みは買った。懸賞金もつけられた。暗殺未遂も何度もある。

 それか、例の【フィッチャーの鳥】の指揮官か。恨まれるには、まあ、納得はいく。そして彼は酷く短絡的なので消しにかかるとも思える。

 あとは――例の【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】か。自分のあの投降勧告のせいで虐殺者の汚名を着せられた彼らは、こちらを恨んでいてもおかしくはない。

 それに彼らの仲間を随分と殺した。

 他には――


「駄目ですわ、御主人様。女に恥をかかせては」


 思考を裂くように迫り来る弾丸。

 バトルブースト。こちらも急速な回避機動で躱しながら――と、思った。

 もし、彼女がこちらの機体を完全に把握していたら今の弾丸は命中していた筈だ。つまりは一度目のアレは、ブラフだった。あのまま戦闘になってしまえば、彼女が不利だからこそ行われたブラフ。

 大した役者で、笑顔のポーカーフェイス。

 こちらの挙動の情報を十分に集約するための、欺瞞。


「流石に簡単に墜とさせてはくれませんね。ふふ、それとも――堕とさせてはくれない、でしょうか?」

「……君の言葉に従うなら、当機の撃墜や殺害を目的としていないと思えるが」

「あら。ふふ、そうでしたね。でも――……昂ぶってしまいましたので。それに、この程度で墜ちる御主人様ではないでしょう?」


 また、連射。こちらも躱すも、徐々に着弾点と機体の距離は縮まっていく――確実なる情報収集と修整。

 何を信じたらいいのだろうか。

 あの問いかけですら――彼女に導かれたと疑ってしまって。

 出された答えですら――こちらを倒すためのものと思ってしまって。

 或いは心の底では、争わず素直に彼女の言葉を信じたいのだが――しかし、何故か、今までの彼女との交流と戦闘からという奇妙な確信がある。


「……ふふ、ああ、信じてくださらないのですね。悲しいですわ。私は身も心も貴方様に捧げたというのに、そんな……ええ――……本当に油断のない方」

「……」

「だから――……ふふ、やはり貴方は私の御主人様なのです。疑わせようとしている私のことをちゃんと疑ってくれる御主人様。信じてほしいときはちゃんと信じてくれる素直な御主人様……なのに殺されはだけはしてくれない。ええ、全く、貴方は女心に的確すぎますわ」


 なんの評価か。

 彼女はそのまま続けた。


「ああ――……もう。今ので信じてくださったら、苦痛を感じさせずに殺してあげましたのに……。私にはあんなに一晩中ずっと嗜虐的に振る舞ったのに、今度はそんな被虐的な道を選ぶなんて……それとも、貴方様は貴方様自身にも嗜虐的なのでしょうか?」

「……」

「もう……。私に寝首を掻かれることもなく、私を御しきれる最高の主。必要ならば戦友でさえも斬り捨てられる純粋なる暴力の化身にして、無毀の剣。私の主人は、やはり、貴方しかおりませんわ」


 恍惚と蕩けた声だが――それが急激に硬質と化す。


「さて。今のは今ので合格としましょう。殺す気ではおりましたが、流石にここで殺される程度に鈍ってはいないご様子。……ええ、三顧の礼のようなものでしょうか?」


 結局は、話は元に戻るのだ――と彼女は笑う。


「ここからは話を先に進めたいので……ええ、ですので――こう言いましょうか。

「――」

「嘘偽りなく。あの騎士なる少女、星の乙女……地上全ての人間のために宇宙へと向かった彼女を前には、私も決して嘘を申しません。どうか、それを信じてはいただけませんか?」


 銃口はこちらに向いている。

 だが、


「承知した。これからの君の言葉に嘘はないと判断する」


 こちらはブレードの構えを緩めた。

 彼女の言葉を信じたいという感情――それもある。やはり、味方や戦友と刃を向け合うこと自体は、心に障りになるのだ。

 それとは別に――理性での計算。

 いや、或いはそれすらも感情なのだろうか。そんな己の感情も計算に入れる理性。


「ただし念の為に付け加えるなら……俺の前で彼女を語り、その約束を破るというなら、


 もしもそれすらも欺瞞であるというなら――もうどちらにも構わず、何にも構わず、それでいて言葉は聞きながら、動揺や驚嘆なく感情に基づかず

 おそらくを履行できる状態に近付いていくのだ、と。


「素敵な殺気……と言いたいですが、逆ですね。頭は冷え切っていて……ああ、お控えくださいませ御主人様。これから真面目な話をするというのに、私を誘惑するのは」


 口調では男の誘惑を誘うものながら、そう言う彼女の声もまた冷え切っていた。

 同じタイプと言ったが――似ているのだろう。自分と彼女とは。

 彼女は喜劇家を気取りながら本質が厭世的で。

 己は理性的と振る舞いながらそうせざるを得ない激情家。

 互いに、表に出しているのとは真逆の面が内に存在している――或いはそれすらも複雑に絡み合っている戦場の獣。

 そんな彼女が、言った。

 衝撃的な言葉だった。


「ロビン・ダンスフィードが失踪しました」

「……!」

「そして、メイジー・ブランシェットもまたその姿を消しました。おそらくは、脱走かと」

「待て、メイジーだと……!? 彼女はどこに――」


 問いかけるこちらを頑と断つように、彼女は続ける。


「この状況を憂いている方がいますわ。第二位は星となり、残る黒衣の七人ブラックパレードは六人。そのうちの二人――第一位のメイジーと、第四位のロビンが失踪。おそらくは【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】への合流」


 いいですか――と、策謀家としてのマグダレナの声。


「第三位は使い物になりませんし、第六位も心的外傷後ストレス障害にて再起不能も同然。となると残る黒の駒は二つで――それは第八位と第九位の下位二名」


 聴き逃がせない言葉を言われながら、こちらもまた、理性と感情を切り離して軍人としての面で彼女の言葉を受け止めていた。


「おまけに黒衣の七人ブラックパレードではありませんが、第五位のグライフもメイジーと行動を共にしているようでして――……この状況を憂う方がいても、おかしくはないとは思いませんか?」


 弾切れなどがあるため、実際には不可能だとしても――世界を焼き尽くせると称されるだけはある単機戦力。

 そして、それを効果的に――即ち午前中あったあの武装勢力の襲撃や前大戦での海上遊弋都市フロート襲撃のように、それを戦力や暴力の効果的な利用として――本当に突出した個人による決定的な破壊を可能とさせてしまう世界。

 最早、各人が各人に銃口を向け合うも同然だ。

 SNSの発達によりあらゆる個人が発信者と変わっていったように、アーセナル・コマンドという暴力は誰かの思い一つで世界を焼き尽くすことが可能となった。

 それは万人の、万人による、万人のための、万人に対する闘争――……この世は既に歪んだ暴力の秩序が蔓延る世界であり、何よりも、そんな世界においても自分たちはなのだ。


 ……だが、それでも。

 そんな人間たちを取り纏めて、軍隊を、或いは秩序を成り立たせようとしている人間はいる。

 個人の想いだけで皆が生きる世界が沈まないように、その薄氷と天秤を保とうとしている人間がいる――――どれほど虚しい御題目だろうとも。その安寧の微睡みを呼ぶ幻想を。この先の人類と、今を生きる市民のために。

 故に自分は常に秩序の側に立つ。

 秩序の木と、その法と理念の旗の元に立つ。それが庇護すべき民の前に立つ。そんな努力と献身は美しく、からだ。


「承知した。俺に異存はない。……貴官が、俺の試金石となるということか」

「ええ、まあ、平たく言うならば。……私は必要ないと思うのですが。だって一度近付いてしまえば、貴方様は対一億機――対一〇〇〇〇機ロビン・ダンスフィードと、対一〇〇〇〇〇機メイジー・ブランシェットでは話にならないでしょう? ……私の御主人様を甘く見積もり過ぎで、正直なところ……若干不愉快なくらいで」

「……貴官も先ほど試そうとしていなかったか」

「え、私は別ではないですか。だって私と御主人様の仲なのですよ? 少しぐらい味見をしても良いのでは? あんなに私のことを求めたのだから、私から御主人様を求めてもよいのではないでしょうか。ふふ、……でしょう?」


 彼女の言葉はいちいちが蠱惑的で、そして結果は極めて物騒だ。


「ということで、私が。――私なら、彼らのでありますので」


 おそらくは、向こうのコックピットで彼女は獰猛な笑みを浮かべているのだろう。

 第七位の千両役者ダブルオーセブン――敵へと破滅を齎すその特徴たるといわれる幻惑を、しかし全く撃墜数に含めることなくただの個人技能で第七位に至った女。

 おそらく彼女が今まで真実、撃墜した数を含めて比するならば――その数は第二位や第三位に相当すると、そう読んでいる。


「……一つ、いいだろうか」

「ええ、どういたしましたか? まさか私のことを斬りたくないと言うなら、少し失望を――」

「シミュレーターでどうにかならないのか?」

「――」

「貴官と、俺とで。実機を使用する必要は薄いと思うが」


 別に怪我のリスクはなくていいと思う。


「ふふっ、本当に御主人様は愉快な方ですわね。……その無粋なまでの合理性、あらゆることに対して断絶的な朴念仁、さすがは鋼鉄製の理性クロームヘッドと呼ばれた男」


 褒められているのに、どうにも貶されている気がする――いや、こと彼女においては褒めているのだろう。

 かつてのコールサインがGB。

 一度は世界の覇権的存在となった海洋国家にして二枚舌の連合王国。その文化や在り方をまさしく我が身に反映させているというのが、きっと彼女なのだ。


「ですが、シミュレーターも完全ではない。……ご理解はいただけるでしょう? データ上不可能な戦いを幾度と行った貴方様であれば」

「……了解した。なら、武装を訓練モードに設定してもいいだろか?」

「………………あの、あまり興を冷めさせられても困りますが」


 多分、心底の呆れ声。

 珍しく本音が出ているな――と思いつつ、


「口ぶりから言えば、貴官は味方だ。それに実弾を用いて万が一が予期される戦闘を行うのは、憚りがある。万全を期すなら避けるべきだ」

「もう。頑固な御主人様。らしいと言えばらしくもありますが、あまり続けられると――」


 こちらも頑として、確かな口調で言い放つ。


「そして、。戦友を、ただそうですか――と斬れるほど俺は愉快な男ではない。貴官は俺を誤解しているところがある。……これでは理由として不足だろうか」


 どうにも誤解を受けるのだが、別に自分は好き好んで他人を殺傷する殺戮者ではない。

 必要性と合理性に基づいており――そして何故、必要性と合理性に基づく行動をするかと言えば、それは己の原初の感情が導き出した道を歩むのに最も相応しい術だから。

 痛みも苦しみも持たないサイコパスでもなければ、かと言ってただ感情だけは理由にならない――が、感情も要素に入る人間。

 そんな、努めて一般的な――――感情を理性で操縦できるだけの、極めて規範的であり続けようとする人間なだけだ。


 確かにこれまで、規範を犯した友軍を斬ることもあった。

 それに全く何も感じていないただの冷血漢と言われてしまうと――若干、気にするところではある。

 どうにも不本意なことに、自分はそんな人間だと誤解を受けてしまうようだが。


「………………女に恥をかかせるのが得意な方ですわ」

「? ……今何か――」

「ええ、理由はあると申しました。あの二名――あの二人の機体に爆弾仕掛けている、としたら?」

「脱出を呼びかける」

「……コックピットの開閉に呼応して、力場を暴走させる電子爆弾でも?」


 それが真実か、嘘か。

 いずれにしても彼女ならばやりかねないと――そう思わせるだけの力があり、そして、疑うことも信じることもいずれにせよ彼女に利する結果を呼ぶだろう。

 彼女は、そういう女だ。


「もう一つ、いいだろうか」

「あら、なんでしょう?」

「先ほど論じた戦力の勘案に、貴官は含まれてはいなかったが――……それは肩入れする気はないということか? それとも、ということか?」


 つまり、


……という」


 そう伺えば、彼女は底冷えのするような歓喜の声で応えた。


「ふふ、ああ――……本当に、


 緑色のワーウルフの光学バイザーが開き、漏れ出る血の如き赤き光――人狼の獰猛な笑み。

 やはりこれはなどではない、ということだ。

 先程までと結果は変わらない。結論はまるで違いなく、行うことはまるで同じ。この会話があってもなくても、行動そのものには違いが出ない。

 だが、彼女ならば言うだろうか。

 ?――と。


 存在そのものが一夜の夢のようなもの。

 真っ直ぐな道を複雑に迷わせる妖精の粉。

 生粋の厭世的な楽観主義者にして、生来の野性的な悲観主義者――その矛盾。相反する二つを混ぜ合わせた無貌の闇。

 究極の二枚舌。

 劇場的に交わされる会話も娯楽的に見える行動も、実は全てが彼女の利となるのみの実利主義者。

 自ら主へと首輪の鎖を差し出す従順な従者でありながら、常に主人の主人となろうとする血と暴力と硝煙と蠱惑の獣。

 まさしく――大英帝国的な千両役者グレートブリテン


「さて、ではどうにも少々前置きが長くなってしまいましたが、今までのはほんの小手調べ――――さあさあ、どうか堪能なさいませ。千両役者アーティースト処刑演技の時間ショータイムです」

「そうか。俺は破壊者ブレイカーだ」


 向かい合う二丁拳銃の緑色のワーウルフと、二刀ブレードの銃鉄色ガンメタルのコマンド・レイヴン。

 胸に抱くは金の王冠と、赤の首輪。

 エンブレムなき無貌の王と、個人を殺した斬られた墓石のエンブレム。

 在り方は同一にしてどこまでも対照的。


 第七位の千両役者ダブルオーセブンと、第九位の破壊者ダブルオーナインの戦闘である――。



 



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