第33話 無貌なる女、或いは対一〇〇〇〇機

 アーセナル・コマンドはその元来の運用からして、機動力による浸透突破性能に優れている。

 かつて、海上遊弋都市フロートを焼き尽くしたその力。

 或いは衛星軌道都市サテライトが逆に使用してきたその力は、戦いの舞台を地上に移してからはさらなる進化を遂げた。

 その浸透突破性能を利用した縦深戦術――つまり前線と後方で、同時多発的に戦闘を起こすということだ。


 増設ブースターにより、アーセナル・コマンドを敵後方へと浸透。合わせて、支援火力運用に特化させた飛行能力に優れたアーセナル・コマンドにより有機的な航空支援を行い、そして、火力特化のアーセナル・コマンドとモッド・トルーパーによって前線を押し上げる。

 電撃戦を、航空支援も含めて単身で行う兵器。

 弾道ミサイルなどとは異なり、《仮想装甲ゴーテル》を持つアーセナル・コマンドの迎撃は困難だ。

 元々、都市部への拠点襲撃や施設破壊を旨として設計されていたアーセナル・コマンドの本領発揮とも言えるそれは、存分に敵の後方にて火力を解き放つ。

 弾道ミサイルは一発打ち切りなのに対し、アーセナル・コマンドは継続的にその破壊力を発揮するのだ。極めて悪魔的な兵器と呼ぶしかないだろう。

 戦車と、戦闘機と、戦闘ヘリと、弾道ミサイルと、重機を兼ね備えた機械――……戦場の覇権となるのも必然だ。


 自分がいたあの世界になくて本当によかったと、ハンス・グリム・グッドフェローは考える。ある意味では核攻撃よりも殲滅能力があるロボットだ。


 であるが故に、アーク・フォートレスなどと呼ばれる強力な火砲と重装甲及び厚い《仮想装甲ゴーテル》で武装したいわば移動型の要塞拠点が製作されるのも無理はないだろう。

 あの突破能力相手では、気付いたときには襲撃が完了している――ということになりかねない。司令部や都市部をそのまま要塞の中に入れるのは合理的なのだ。

 破壊や迎撃……或いは遅滞を考えるなら、アーセナル・コマンドの相手は同じく四種の装甲を有するアーセナル・コマンド以外では極めて困難であった。


 さて、何が言いたいかと言えば……だ。


 そんなアーセナル・コマンドを反政府抵抗組織や武装組織が所持したらどうなるか、ということだ。

 前大戦により破壊され破棄されたアーセナル・コマンドを補修し再利用したアーセナル・コマンドやモッド・トルーパー。

 或いは、かつての衛星軌道都市サテライト連合軍の残党による横流し品。

 もしくは、脱走した正規兵がそのまま転じた傭兵。

 今や、世界を焼く火種は――その個人はあらゆる場所に点在していた。


 そしてこれは、そんな戦場の一つだ。

 不愉快になる音速突破の金切り音と、心底不快な砲声と爆発音。腹の底に淀みのように嫌気が溜まっていく。

 三年の後にようやく復興の兆しを見せていたその緑少ない街は、雲も少ない晴れの空の下で黒煙を上げている。


「ノーフェイス2、ノーフェイス3。敵機と遭遇後は射撃戦による遅滞戦闘に切り換えろ。くれぐれも、撃破を試みるな。市民に向かう銃口を引き付け、兵士としての本分を全うしろ。貴官たちならば可能だ」

『ノーフェイス3、了解っス!』

『ノーフェイス2、判りました!』


 攻撃側には防御側の三倍の兵力が必要とされる――というのはよく聞く話であるが。

 こと弾道ミサイルやアーセナル・コマンドにおいては、防御側が攻撃側よりも多くの兵力と労力を必要とさせるというのは近代戦の常識だろう。

 防御側は、一発でもそれを通してはならない前提。

 一方の攻撃側は、反政府勢力は、必要ないずれかの施設や拠点への可能な範囲での破壊を行うことが任務達成目標。

 そして、優れた駆動者リンカーと限定しなければ脊椎接続アーセナルリンクによって戦力の確保は容易だ。

 かつて、自分たちがやったことだ――それをやり返されるのは何とも皮肉的であるが。


(アーセナル・コマンドの制限ではなく、増設ブースターの制限によってそれを防いでいた筈だが……この間の戦闘から見ても、それも形骸化しているな。よほどのスポンサーがついているのか……)


 固形ロケット燃料や、或いは液体ロケット燃料による増設ブースターではない。

 流体化したガンジリウムとその力場を推進力に変えた増設ブースター――……原理は単純で、そして、探せば材料は地球上の至るところに転がっている。

 或いは宇宙からの横流し資源かもしれないが……何にせよ、集めるだけの手間を払えば集められるということだ。

 監視衛星も碌に働かなくなったこの状況でそれを防ぐには、必要なのは、流通や集積に対する防諜や公安活動というのは間違いないだろう。【フィッチャーの鳥】の設立の理念に誤りはなかった。

 ただ――


『ノーフェイス2、交戦開始エンゲージ!』

『ノーフェイス3、交戦開始エンゲージ!』


 部下からの通信に思考を打ち切る。

 煮え切らない思索家シンカー。放っておけばどんどんと思考の深海目掛けて沈降してしまう自分を切り替える。

 思ったよりも大規模な攻勢だ。

 装備量を調整して継続的な飛行能力を確保させたアーセナル・コマンドと、火力に特化させたモッド・トルーパー。そして、遊撃的な対アーセナル・コマンド用のアーセナル・コマンド。

 運用には、相応の資金は必要としそうな軍隊的な行動。

 誰がこんな反政府運動の絵図を描いているのか、気にはなるところではあるが――


『ノーフェイス1、


 通信を一つ。

 轟音と共に振り下ろされる銃鉄色ガンメタル大鴉レイヴン――超高高度からの破砕的な急襲。

 航空支援を為していた敵アーセナル・コマンドが、ブレードの赤熱に両断され――奥歯を噛み締め、バトル・ブースト。強烈な加速圧。慣性を無視する横向きの直角軌道。

 更に空中の一機を上下に分かつ。


「残る敵機に告ぐ。投降は随時受け付ける。必要ならば伝えろ。法規に基づき、人道的な取り扱いを保証する」


 路上。ビルに目掛けて分散ミサイルを放っていたモッド・トルーパーの頭部へ、頭上から力学的実体ブレードを突き入れ――通電。発する力場により内部から爆発四散させた。

 その護衛らしき二機がこちらに銃口を向ける――遅い。右のプラズマブレードで逆袈裟に薙ぎ、その融解した断面目掛けて力学ブレードの刺突。

 両断され崩れ落ちる機体の、その向こうの機影――モッド・トルーパーのコックピットを貫き、沈黙させた。

 無論、通電による内部からの爆発破砕。

 その四肢が路上に降り注ぎ、道路を砕いた。

 申し訳なく思うが――……必要な措置だ。可能な限り、敵機の再利用の可能性を破壊していく。


「ノーフェイス各機。待たせたな。残る敵を殲滅した後、すぐにそちらへの支援を――」


 通信を行いながら、気付いた。

 レーダーが映し出す光点がおかしい。

 上空から電波を投射して一度確認したものを、ビル群に遮られてしまってレーダーの投影が難しくなったあとはフィーカが予測で補っている。

 或いは頭上のレーダードローンが、こちらにその情報を伝えている――そのはずなのに。

 確認したあの時と、明らかに数が合わない。

 いや、減っている。減っているのだ――まるで何か、見えない怪物にでも捕食されているように。


「ノーフェイス2、ノーフェイス3……可能な限り視界を確保した上で、壁を背にしろ。何か――」


 いる――と、そう告げようとしたときだった。

 ビルの影から飛び出した敵機。

 王冠らしき特別な装飾ペイントが胸に施された緑色を基調とした【狩人狼ワーウルフ】。指揮官機か、状態も良さそうだ。

 それが当機の前に姿を表すのは自信か、それとも投降か。

 宣告を開始しようかという、そんなときだった。


『ハイ、キミの役目はここまでだね。あたしに気付かなかった時点で、もう、終わりだったんだよねぇ。部隊は全て壊滅、ご苦労さま』


 こちらにも聴かせるようにか。

 オープンチャンネルの通信。

 見れば――影から歩み来るそのしなやかさを持つ二足歩行の人狼の後ろに、案山子めいた手足の細いモッド・トルーパー。

 その手の連装ライフルと紫炎を放つブレードが、機械の人狼の背に突きつけられている。

 これは、仲間割れか。

 いや――このやり口には覚えがある。


 戦場で弾丸を躱す喜劇の演者にして、風刺的な笑みを浮かべる千の顔の女。

 あらゆる武装、あらゆる機体を十全に操り――かつ生身での破壊工作や間諜にすら通じる無貌の女優。

 第七位の千両役者ダブルオーセブン

 名を――


『ごきげんよう、グリム様。マレーン、貴方のマレーン・ブレンネッセルですわ。――お元気でしたか、我が主マイマスター


 マグダレナ・ブレンネッセル。

 女給服は纏ってはいないだろうというのに、腰を曲げるその機体の仕草からは、まさに完璧なる従者を連想させた。

 コックピットの敵味方識別が強烈に警戒音。

 視界一面が埋め尽くされる――……いやちょっと過剰では。なんか凄いことになってる。


『え、ちょ、大尉!? そっちに向かうって言ってたその援軍の人……我が主マイマスターってどういう関係っスか!? えっ!?』

『それは……たっぷりと躾けられた、ということですわ。寝所で。はしたないメイドを……

『ぬ゛っ』


 鈍い音が響く。

 フェレナンドがシートに後頭部を打ち付けているらしい。


「……部下をからかうのはやめていただきたいのだが」

『あら? でも我が主マイマスターには違いありませんでしょう? それとも躾けられますか、――』

「………………部下をからかうのは本当にやめていただきたいのだが」


 なんかもうフェレナンドからの無線音声が凄いことになってる。

 あと機体の管制AIがハチャメチャに警告音と警報音を鳴らしまくってる。内向きに力場が暴走してもこうはいかないぐらいに。


『大尉っ……大尉は、オレの……オレの……! オレの……オレの、敵だ――――――ッ! お前なんかは愛する系じゃねえッ! 人類の! 男の! 女の敵だ――――――ッ!』

『…………マーシュさんに言いつけますね。マジなやつで』

「やめて」


 なんか部下からの尊敬度とか諸々が凄まじく下がった気がする。

 ともあれ、


「貴官との共同任務、嬉しく思う」

『あら、御主人様。マレーン、もしくはマーリンと。どうぞ、貴方様のをそうお呼びくださいませ』

「…………貴官との共同任務、嬉しく思う」


 【は?確認】【ちょっとどういうことですか現在状況の把握を要求】――【は?要請】【ご説明を求めますが敵味方識別再確認】。

 【は?要請】【なんで生身のメイドなんて当機の管制AIコードを再表示? は?要請】――警告と疑義のメッセージ。

 【は?要請】【御主人様?確認を要請】【説明を求めます駆動者に要請】【ねえ?エラー】――【貴方にはその義務があります貴官のデータ入力を強く要請】。

 【は?要請】【ちょっとどういうことですか本当データの更新を要請】【は?要請】【誰ですかアレ敵機と推測】【は?敵機】【はあ?認識】。



 ◇ ◆ ◇



 世の中には、恐ろしいことが沢山ある。

 腹いっぱいおまんじゅうを食べたあとのプリンとか――いやこれは恐ろしくないな――……とにかく、恐ろしいことは沢山ある。

 その内の一つは、


「オレ、大尉、コロス……大尉、オレ、敵」


 市街地に設けられた仮設テントの下、血涙を流しながら椅子の背に顎を載せてこちらを睨む部下であり、


「ふう。やはり喋り方も、服も、こちらの方が落ち着きますわね」


 何故か戦場にヴィクトリア朝のクラシカルなロングスカートのメイド服を持ってきて、パイロットスーツの上からそれを着る援軍である。

 竜の角――鹵獲しただろう衛星軌道都市サテライト特有の索敵情報補助装置の先端をその豊かな白髪の隙間から伸ばし、ロングスカートの下からパイロットスーツ由来の延長脊椎的な延長接続ケーブルを垂らして、深い血色の瞳でこちらへ微笑みかけるドラゴンメイド。

 ……いやドラゴンメイドとはそういう意味だったろうか。

 その印象をあえて語るならば――蠱惑的に微笑む白髪赤目の首刈り兎のメイドと言ったところだろうか。ドラゴンめいた角とか尻尾とか生えてるが。

 うさぎなのかドラゴンなのか、バニーなのかメイドなのかハッキリしない比喩だ。


「貴官の援護には感謝する。だが……」

「あら、どうしましたか? ああ、夜のお供が必要でしょうか。なら、そう申し付けを。いつ如何なるときも貴方様のお役に立ちますわ」

「いや……」


 変わらずに豊かな胸部で白いメイドエプロンを押し上げて、彼女は意味深な流し目を向けてくる。

 こちらは、フェレナンドへと目をやる。


「部下が廃人になったのだが……」

「あら。御主人様には私というメイドがいるので、夜も昼も十分ではありませんか?」

「部下が廃人になっていくのだが……」


 すごい形相でこっちを見てる。呪いとか放ちそう。


「……というかその件は、丁重にお断りしたと思うのだが」

「ええ、そうでしたね。ですが――ここでこうして巡り合うとは、乙女座の私としては運命を感じざるを得ませんので」

「………………蠍座と言っていなかったか?」

「あら。そうでしたか? ふふ、御主人様は私のことをよく覚えておいでなのですね。そんなに私がお気に召しましたか? だとしたらご奉仕の甲斐があったというものですが」

「部下が銃口をこちらに向けているのだが……」


 呪い(物理)。

 当たると痛いと思う。何回かあるが。

 防弾性の装備をしていても骨とか折れたりすることもある。結構痛いと思う。トレーニングも少しメニューが限られるからやめて欲しい。銃で撃たれると痛い。


「それで、貴官ほどの人間がどうしてここへ?」

「それは――また御主人様の元へ馳せ参じようと、メイドとして存分に腕を磨いておりました故に。随分と傭兵稼業も長くやっておりまして、その流れで……。ええ、今度は退などさせませんわ」

「俺は戦闘狂ではないのだが……」


 彼女は戦闘狂だ。結構すごいタイプの。超獰猛に笑う。

 今はそれとは打って変わったような楚々とした微笑を浮かべている。

 それが彼女の恐るべきところだ。

 千の顔と、一定しない印象。一定させない印象。

 染めやすいから――とあえて脱色した白い髪と、多機能付きの赤いカラーコンタクトで彩ったその涼やかな美貌と女性的な魅力の溢れる肢体。

 だが、それすらも忘れさせるほど――或いは薄れさせるほどに彼女は姿を変える。物理的な整形など伴わず、それでも印象を変えさせるほどの驚異的な演技力の持ち主だ。

 それが、


「傭兵と言うなら……なおさら貴官が何故ここに? そのような多面作戦が予期されているのだろうか。それとも、別口で民衆に傭われたか?」

「ええ、まあ。そうですね――……」

「話せないことならば、構わないが……貴官にも事情があるというのは理解できる」

「相変わらずお優しいのですね、御主人様。ですが――私は包み隠さず貴方様に全て見せると申したではありませんか。――この胸から足の先まで、

「……部下が引き金に指をかけているのだが」


 彼女の悪魔的な魅了能力か。どうもフェレナンドは一種の自制心を喪失しているらしい。

 まあ、無理もないとは思う。彼女とてメイジーとは異なり――そして一方では汎拡張的人間イグゼンプトと噂された女性なのだから。

 まあ、別に何も洗脳能力がある訳ではないのだ。

 単なる親しさ故のギャグの一種だろうと声をかけようとして――


「あら。その時は盾になりますわ。……こんなふうに」


 こちらの手をとった彼女が、くるりと回って腕の内に収まった。社交ダンスのように。

 色々と柔らかいところが密着させられる。甘い匂いもするし、髪がとても近い。彼女は上目遣いだ。

 流石にこちらも表に出さずとも、ぎょっとする。動揺や僅かな動悸を伴うものではあるが――……。


「オレ、アイツ、コロス」

「マーシュさんに写真送りますねー」

「やめろ。本当に。やめてくれ。……――というか、また、こんなふうに煙に巻くつもりだろうか?」


 それすらも彼女の術中だろうと、内心で分析する。

 腕を取られて、まるで背後から抱き締めさせるように腰へと回させられた。

 息遣いも感じられるほどの服越しの肌と肌の密着。

 意図的に行使される絶世の美貌による破滅的な誘惑。

 だが、腕の内の彼女は――獰猛に片方の歯を剥き出しにしていた。心底満足そうに。


「あら。ふふっ……それでこそ、私の御主人様ですね。昂ぶってしまいますわ」

「ハラスメントだ。……いやハラスメントだが。それは。ハラスメントだ。太腿を撫でないでくれ。ハラスメントだ」

「ふふ、あの夜の御主人様には負けますわ」

「オレ、アイツ、キライ。オレ、コロス、アイツ」

「……話が進まないんだが」


 敵への欺瞞や撹乱を得意とする力を、何もこんなところで使わなくても良いと思う。

 どうしよう。かなり困った。

 そう思えば彼女はこちらの腕の中から、また社交ダンスのように脱した。

 ふう、とそのエプロンドレスに脇から手を入れて、胸の横から引き抜かれた封筒入りの命令書――……いやどこから出してるんだ。

 それを――正当なる許可を受けたこちらへの命令書に見える――ウインクと共に差し出すマグダレナ。


 各地で頻発し始めた反統一政府運動。その対処に、連盟軍は多くの戦力を割かれている。

 或いはそれは、【フィッチャーの鳥】と【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】のある種の軍閥的、内紛的な側面も持ってしまう戦いへの消極的な中立としても都合がいいのか。

 この現状であれば、傭兵――民間軍事会社である彼女との協働も、それほどおかしくはないと思えるが……。


「御主人様、を――ご存知でしょうか?」

「なに?」


 聞き飛ばせないことを、彼女は口にした。



 ◇ ◆ ◇



 ヘンリー・アイアンリングが、その無機質な生物のような船内を歩かされて、導かれた先はどこまでも悪夢的に白い部屋だった。

 そこに二つ、コックピットのシートのような座席が遠く向かい合う形で置かれている。

 シミュレーション・ルームだろうか。

 だが、通常のそれとは大きく違う。通常のものは、床から三本の足によって支えられた卵型のものだ。

 どんな予算があれば、こんなものを作れると言うのか。


「……そうだな。証拠というものを見せようじゃないか」


 椅子に向かい、そして、ラッド・マウス大佐が指を鳴らすと同時に圧倒的に展開するホログラムの奔流。

 暗黒に包まれた天も地も判らぬ空間を、発光色の文字列が飛び去り――そして椅子の周囲に展開したコックピットの内壁。

 映画の特撮めいていた。

 眼の前のホログラムが、コックピットの内壁が本物にしか見えず――触れようとしたヘンリーへ、ラッド・マウスが促した。


「シミュレーターを起動したまえ。彼らのデータは存分に集まっている。……再現性は完全とはいかないが、あのハンス・グリム・グッドフェローのものもな」


 ヘンリーが手を翳せば、浮かび上がるコックピット内ホログラム。

 撃墜数ランキング――第二位を除いて、その全ての人物の戦闘データを有しているらしい。

 脊椎接続アーセナルリンクを済ませたヘンリーは、彼らの内の誰かとの戦闘を行うように申し付けられていた。

 第九位に手を伸ばし――首を振る。

 自分にあれほどまでに良くしてくれた上官に、たとえシミュレーションと言えども銃口を向けることはできない。

 そして第八位も同様に選ぶことはできなかった。

 そうなれば、ヘンリーに選べるのは――

 

「……ほう。彼女のものかね。まあ、実にシミュレーター向きというものだろう。楽しみがいはあるよ」


 耳元でそう囁いて、ラッド・マウスは肩に手を置いた。

 シミュレーションとはいえ無謀とは判っている――撃墜数ランキング上位との戦闘。

 一切の顔写真なく、名前を除く一切の情報がない駆動者リンカー


 戦闘想定シミュレート――――第七位の千両役者ダブルオーセブン



 ◇ ◆ ◇



 この地を根拠としている武装勢力の拠点は、敵の指揮官を捕獲したことにより速やかに特定された。

 使用しているオフライン化させた学習型AI。

 その内部データをクラッキングすることで、航跡を割り出した。


 割り出したといっても、容易いことではない。

 位置情報発信は切られているのだから。


 単純で、酷く地道な作業だ。

 駆動者リンカーの接続から戦闘までの――バイタルサインの解析による――時間。

 そしてあの戦闘での敵の飛来方向と、これまでの複数の襲撃場所からの三角測量的な類推。


 その果てに、敵の本拠地を割り出していた。

 午後には――――それを可能とする天才的な人間分析であるマグダレナの手によって。

 だが、


「……どういうことっスか、大尉。オレたちは待機命令って」

「えーっと、まあ、先輩と揃っちゃうとオーバーキルになっちゃうからですかねぇー……? でも大丈夫なんですか、あんな装備で」


 その廃墟ビル群。

 かつて廃棄された都市の地下の鉄道ラインなどを拠り所にしている反抗勢力の、本拠地を遠巻きに眺めるのは三機の大鴉レイヴン

 土埃っぽい荒野の中のそのビル群は、さながら砂場に置かれた岩の塊だろうか。

 いつでも突入できるように待機しながら、しかし、その拠点に赴いた友軍はマグダレナ一人だけだ。


「……彼女は俺よりも上位だ。それに――」


 言葉を一つ。


「――


 呟く視線の先で――それは起こった。



 一世一代とも言える、縦深攻撃作戦を崩されて指揮官機さえも捕獲された彼らに、おそらく組織的に高度な戦闘行動は不可能だったのだろう。

 モッド・トルーパーとアーセナル・コマンド。

 どちらも重装甲型で高火力のそれらが、なんの策すらもなく力押しに鋼の壁めいて、幾重もの列となり廃ビルの隙間を抜けて接近する。

 それを迎え撃つように立つのは、一人。

 先ほどの、王冠エンブレム付きの狩人狼ワーウルフ。敵から鹵獲したその緑色を基調とした機体の武装は二丁の拳銃。

 その内に収まるのは、白き長髪を流して赤い目で楚々と微笑む瀟洒なメイド――マグダレナ。


 完全に挑発だ。

 鹵獲した指揮官の機体を、敵がそのまま使用する。

 そんなもの、敵の怒りに火を注ぐことにしかならないだろう。間違いなく――おそらくは凄惨に。

 どこの世界でも変わらぬ最上位の殺意で、加害行動が行われる。


「ようこそ、ごきげんよう皆様方。――手を洗いましたか? 玄関のベルは? お召し物はそれだけで? 食事の用意は必要ですか? ああ――……」


 だというのに、艶やかな白兎のようなメイドは清楚にのたまい――そして、目だけが獰猛に笑う。


「勿論、


 そこから先は、一方的だった。いや、正しくは圧倒的だった。

 ただの一撃たりとも彼女の機体を捉えない――ばかりか。

 まるで打ち合わせでもしているかの如く、敵の射撃は踊る彼女の人狼を外していく。回避とは思えない。ただ、そういう示し合わせの台本の下に、そんな演目が行われているような動き。

 本当に、人狼は踊っているのだ。

 バトルブースト一つ使わない。

 軽やかな足取りで敵を翻弄し、挑発し、そして撃たせる。撃たせながら躱すばかりか、その弾丸によって敵の同士討ちを図っている。


 おどる、おどる、おどる――――嘲弄し、眩惑し、蠱惑する天才演者。


 全ての機体を使用し、全ての兵装を使用する彼女はその特性を把握している。把握しきっている。

 どこで撃ちたがるのか。

 どんな音の後に弾が出るのか。

 どう動きたがるのか。

 どう構えたがるのか。

 全てを十全に収めてしまった彼女の前では、最早、そこは目を瞑っても歩けるそよ風のような地雷原だ。


 一発、一機、一欠片。


 そのいずれも彼女の機体を掠らせることもなく、演目は終了した。

 そこに立つのは一人のみ――――ああ、血塗られた荒野で微笑む白髪赤目の美貌のメイドを幻視するほど。

 堕落への恐怖から天へと懇願の手を伸ばすかの如くに、空へと腕を突き出して息絶えた無数のアーセナル・コマンドとモッド・トルーパー。

 その死体が彩る舞踏会の中心で、彼女はただ一人目を細めていた。


 これが――――第七位の千両役者ダブルオーセブン


 味方側からの攻撃の証拠一つ残すことなく、同士討ちに見せかけて敵の部隊を幾度と壊滅させてきた隠密の舞台役者。

 観客を残さない究極の演出家にして演劇家。

 傾国の美貌と野獣の獰猛さを持ち合わせた従者。

 それが――マグダレナ・ブレンネッセルである。


「御主人様。貴方のマグダレナの勝利ですわ。ふふ――ええ、存分に。お褒めいただけますか? 誇らしい従者と。お前が欲しいと。さて――……ああ、では、改めまして」


 あたかも長いスカートの端を掴むような素振りと共に、うやうやしく機体が一礼する。

 そして曲げた上体を起こすと同時に、こちらのコックピットに鳴り響く警戒音――ロックオン警報。


「ハンス・グリム・グッドフェロー様、フェレナンド・オネスト様、エルゼ・ローズレッド様――貴方がたにはここで果てていただきます。理由はおわかりですね?」


 敵味方識別符号――【敵機認定】。

 伊達や酔狂ではない。

 明確に宣戦布告に当たる行動を、マグダレナ・ブレンネッセルは取っていた。

 僅かに曲がった機体の前腕。その仕草には、覚えがある。


「なんで、と――問うている暇はなさそうだ」


 今まで散々戦ってきた敵機たちの、その準備行動。

 エルゼ機とフェレナンド機をマニピュレータで左右に退けつつ、こちらもまた射線を切る。

 すると、通信先のマグダレナは恍惚とした――それでいて、確たる響きを持った硬質の声で返した。


「ええ。そういうところが素敵ですわ、我が主――世界を焼き尽くす純粋なる暴力の化身。私が仕えるに相応しい怒りの聖者。私が愛したただ一人の男」


 そして向けられる二丁拳銃の銃口。

 狩人狼の――前に尖った頭部の、その下部で光学センサーのシャッターが上がった。人狼の獰猛な笑み。


「――ノーフェイス1、交戦を開始する」


 奥歯を噛み締め、急速接近行動――――プラズマブレードを抜き放った。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る