【180万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜
第27話 ゼロへと至る炎の呼び声、或いはいずれ焼き捨てられる写真
第27話 ゼロへと至る炎の呼び声、或いはいずれ焼き捨てられる写真
決して折れず、曲がらず、毀れぬ剣。
そういうものでありたいと思った。
そういうものであるべきだと――思う。
ハンス・グリム・グッドフェローという男の生涯は、きっと、そんな剣を鍛え上げるためにある。
その点においてのみ語るならば。
きっと全ての行動について、己に恥ずべきところはなかったのだろう。
故に――
◇ ◆ ◇
流石にこの足止めも四日目に突入すると、多少の息抜きと喜んでいた兵たちもにわかな不安感を覚え始めてくる。
このまま追撃が叶うのか――と心配する者。
敵の作戦目標は達成され間に合わぬのではないか――と懸念する者。
自分たちは軍から見捨てられたのではないか――と孤独を感じる者。
戦闘の激しさからも判っていただろうが、実感としてこれがまるで簡単な任務などではないのではないか……そう艦内に明確に伝わりつつあった。
あの艦長も追い詰められているのか、若干様子がおかしいと聞く。確かに顔を合わせて見ればどうやら洗顔も十分にされていないようで焦燥が見られた。
彼は上官としてあまり好ましい人間ではないが、それとこれとはまた別の話だ。
なんにしても、心労を抱えるべきでないと――それとなく言葉をかけてみたが、強い拒絶を含んだ嫌味とともに撃ち落とされた。
どうやら、あの箴言から相当に嫌われたらしい。無理もないが話であるが。
戦場に憔悴した上官と、そんな彼を追い落とすべくパワーゲームに興ずる上層部と、一度緊張の糸を解かれてしまったために浮足立った兵たち。
シンデレラの父親も見付からず、その捜索の手にも有効打を打てていない。
あまり――良い状況とは言えないだろう。
だが、そんな中でも自分のやることは変わりない。鍛錬だ。
……と行きたいのだが、正直なところ、あのヘンリーの追い詰めようを見るに自分は悪影響を与えているのではないかと思うようになった。
すっかり広くなったブリーフィングルームの白い長机に向かい、コーヒーを前に腕を組んで思案する。
あくまでも、そうあれと定めたのは己であり、それは己自身にのみ適用されるものだ。
断じて部下をその苦労に巻き込むつもりはない。人は一人一人適正が違う。向き不向きがある。
自分はやってみたらそれができただけで、耐えようと思ったら耐えられた。耐えると決めていた。ただそれだけの人間だ。大それたものではないが、向いてはいたのだろう。
(上司が休めないと部下は休めない、か。確かにそんな話も聞くな)
一応、自分なりに妥当性のある理屈で行っていることなのだが……ヘンリーにそれが伝わっているかは疑問だ。
彼の成長は嬉しい。
だが、流石にオーバーワークに近い。
非才の身故に敢えて限界を想定したオーバーワークを繰り返してそれに備える自分と異なり、彼は、おそらくそこまでする必要がない。
……死なぬための訓練が、戦闘での死を呼ぶ。
そんな事態だけは避けたかった。
そう、眉間に皺を寄せて考えているときのことだ。
ズズズ、とコーヒーを啜る。安い豆か、コーヒーミルの刃の金物臭さが移ってか、薄い割に苦くて臭くて不味い。
斜め向かいで机に向かい、機体のマニュアルを閲覧しながら何某かの設計図のようなものを端末に打ち込むシンデレラが、ふと、口を開いた。
「大尉は……その、えっと……お付き合いしている人とかいるんですか?」
「いや――……まあ、特にはいないが」
「そう、ですか。……そっか。ふふ、そっか」
まあ、婚約者はいる――……いたというか。
きっとあちらはもう、忘れているだろう。メイジー・ブランシェット――前大戦の英雄“ザ・レッドフード”。
事実、幾度かの戦いで機体越しに通信したときもその件については言及がなく、故にもう破棄されたと見るのが妥当だ。
おそらく彼女としては不本意極まりないことだろう。幼少のみぎりに親同士が勝手に決めた――そうとしか思えない婚約など。
彼女と、顔を合わせて会話はしたことはない。
ただ一度、かつて父に連れられて行ったパーティで彼女を見かけ、その後に父からその名前を聞いた。そのまま自分が彼女と結婚したい――と願い出たところ、父は彼女の父に返答して本当に婚約を成立した。
そんな経緯だ。
あまり我儘を言わない自分がそう言ったので、父も真剣に汲み取ってくれたのだろう。自分なりにこの世界を――戦争を何とかできないか、そう勘案してのことだった。
メイジーに……主人公に近ければ、何か、できることはないか。
そんなふうに考えてのことだったが……今思うと正直どう考えても事案だ。彼女と自分の年齢差は大戦時の際で十五歳と二十三歳。八歳差だ。ましてやパーティの時期など、本当に事案でしかない。
まず一般に二次性徴を迎えて生殖可能な年齢になった息子から八歳も年下の少女へ、そう言い出された父の心労はどれだけだっただろう。
酷いロリコンだ。それも深刻な。
正直心中を図られないだけマシだったと思う。結構びっくりしたんじゃないだろうか。
元々、かつて、お互いの娘と息子を――という言葉を交わしていた関係だったそうで、自分もそれを勘案しての言葉だったが、よく父もブランシェット博士もそんな突飛な言葉に乗ってくれたと思う。
結局、そんな努力も無意味に終わった。
自分がまだ何かを変えられるだけの人間であると勘違いしていた頃の、ささやかな抵抗。
それが僅かでも一人の少女の人生の余計な重荷になったと思うと、どうにも慚愧の念に耐えない。
「あのですね、大尉」
「なんだろうか?」
「大尉って、自分のやってることを考えたことはありますか?」
やっていることなど、一つしかない。
「……兵士だが」
何故今更そう言われるのか。
若干疑問ではあるが……それとも何か軍人としての深刻な疑義が生じる事態でもあったというのか。
常に気を付けてはいたのだが……何か間違えたか。
「そういう話をしてませんよ! そういう――……ああ、でも、そっか……そういう、こと……そういう……」
「なにか?」
「別にっ。大尉はいい兵士だなって思っただけです! それだけですっ!」
腕を組んで、シンデレラは顔を背けてしまった。褒められているというのに、全く褒められた気がしない応対だ。
口を噤んだ彼女との間に、気まずい沈黙が訪れる。
またやってしまった。理由は判らないが、自分は対応を間違えたようだ。こうなってしまっては、本当に申し訳ないとしか言えない。
そんな相手と同じ空間にいるのも困るだろうと、席から腰を上げる。ヘンリーについてどうするかは、新しいコーヒーでも飲みながら考えるべきだろう。
そう思えば、ぽつりとシンデレラが口を開いた。
「大尉。……その、ですね。わたし、その、誰かと
「ああ」
「……だから、本当に楽しみなんです。大尉との約束。本当に……人生で一番楽しみ、だと思います。こんな大変なときなのに」
「……光栄だ」
プレゼントの件から察してはいたが、まさか、そんな酷い扱いを受けていたなど――……。
内心で歯噛みする。ましてやそして今まさに彼女が重責を背負わされているなどと……己に言い聞かせねば、コーヒーごとカップを握り潰していただろう。
だが、己が彼女のメンタルケアに繋がっているというなら、それほどまでに喜ぶべきこともない。
どうか、生者よ。
少しでもその優しい心が抱いてしまう苦痛や愛惜を止められるならば、それはハンス・グリム・グッドフェローにとっても本意でしかない。
どうやらこれから死を迎えんとする人間以外にも自分が役立つことがあるなど、こんなにも心から嬉しいことはそうはあるまい。
「だから――」
大きく息を吸った彼女は、何かの意を決したように、
「だから――いっぱいいっぱいおめかししていくから、ちゃんとエスコートしてくださいね! わたしのこと、小さな子供なんかじゃないって思わせてあげますから!」
「――」
こちらに向けられた眩い琥珀色の瞳と、ふわふわとした金色の髪。得意げで――そして意気込んでいて、頬を染めながら、それでも真っ直ぐな笑顔。
……生者の笑みだ。
輝く生者の――美しい、笑みだ。
「そうか。……俺も楽しみにしておこう。期待している、リトルレディ」
「リトルは余計ですよ、リトルはっ! もうっ!」
◇ ◆ ◇
目指した先の格納庫では、近代的で瀟洒な騎士鎧を仕立て直したかの如き上体を持つ赤い四脚の機体の前――。
肩の、馬の蹄を貫く釘のエンブレム。
その主が女性の整備兵たちに声をかけているところだった。
相変わらずというか、なんというか……だがそれがむしろ今の自分にとっては最高に頼もしく映った。
「ヘイゼル、ヘイゼル……相談したい。助けてくれ」
「あん? どうした? 機体がバグったか? それとも共同訓練でもしたいか?」
またな、とウィンクを飛ばすヘイゼル。黄色い声が上がる。
……いや頼もしいのはいいが、こう、なんていうか少し腹立たしい気もする。本当に多少は羨ましいというか。いや別に構わないが。そういうの求めていないので。
ともあれ――今の己にとっては頼もしい他この上ない。
砂糖四つにミルクのコーヒーを差し出し、こちらもブラックコーヒーを啜る。
あまり美味いものではない。マーシュのそれが恋しい。
「実は相談があってな……」
「ん? ヘンリー坊やのことか? アイツは見込みがあるぜ。お兄さんからも色々と仕込んでやってもいいなぁ。素直で熱心で良く出来てる。好みだぜ、ああいう後輩は」
「ああ、彼にもどうにか生き抜いて欲しいから是非頼みたい。ただ、話というのは――」
着々と整えられている赤き鋼の機体を見上げながら、嘆息。
そして、こちらも口を開いた。
「ひょっとしたらなんだが――……もしかしてシンデレラは、俺のことを、異性として意識し始めてはいないか?」
「………………」
「何故そんな信じられない馬鹿を見るような目をする」
「信じられない馬鹿がいるからだよ。目の前に」
周囲を見回す。
整備兵はいるが、ヘイゼルの目の前に立つのは自分だけだった。……残念ながら。不本意にも。
まさか、だ。
彼からああも茶化されるのは前の大戦からしばしばあったために軽口かと思っていたが――今回ばかりは本気でそれが真実であったとは。
「で? そうだとして……お前さんはどう思ったんだ?」
「嬉しくはある。ただ……」
「困るか?」
「戸惑っている、という感じだ。こんな状況だ。できる限り彼女の想いには応えてやりたいが――……」
一度口を噤み、
「同情や義務感で接するのは、不誠実であると思う」
「よく言えました。そこを間違えてたらマジで後ろから撃ってたぜ」
「……だからこそ、困っている。そんなつもりだった訳ではないんだ……ただ、少しでも心穏やかに過ごしてほしかっただけで……」
二心なく彼女を人として、兵士として、一人の大人として支えているつもりであった。苦難の内にある背負わされた少女へ――そうすべきとも、そうしたいとも思っていた。
だが――……。
あくまでもそれは、人としてすべきであったことの――こうあってほしい、或いはこうであるべき人の姿の実践でしかない。
良き上官であり、信頼できる大人であり、理想的な兵士であり、そして家族愛の代替を果たす兄のような存在。
自惚れが過ぎようか。
多少なりとも、彼女の信頼を獲得して――これからの戦いで苛まれてしまう心を、守ろうと思っていたのだ。
「いや、無理だろ。お兄さんだって、こう、仕事熱心だった看護士さんにガチ惚れして口説きにいったりしたぜ? 他人の面倒を見るって、そういうとこもあるだろ?」
「……そうか」
「ま、その娘だって仕事だったから熱心だっただけだけどな。……普通は普段の人間関係にまでその意識でやらねえよ。ただ、お前さんの場合――」
「人はいつ死ぬかわからないからな。できる限り、全ての日々において平穏でいてほしい。特に戦地においては」
「……生粋のマジモンの博愛主義者だもんなぁ。本物の。恋愛経験ない女の子には毒だぜ、それは」
毒なのか、自分は。
どちらかというと薬側を自認していたが、実態は毒か。
何ともそれは、救えない罪深い人間であるだろう。
剣を標榜する男が剣以外の役割を担おうとした――或いは剣を目指すと決めたその大元の願望を果たそうとした。まだ剣としてすら完成も迎えていないのに。
その、代償か。
「相棒。別に何も、お前さんのことを追い詰めたい訳じゃあないんだよ」
思案していれば、ヘイゼルがこちらの肩に手を置いた。
「ま、そういう公人としてじゃない……お前さんなりの、お前さん私人としてなりの答えを渡してやれ。ああ、くれぐれも――勘違いさせたならゴメンとかは言うなよ? それ一番傷付くからな? あの娘、変な方向に走りかねないぜ?」
「変な方向とは?」
「極端な男性不審か、その逆」
「……」
「……そんなこと気にすんなとは言いてえが、あんまりにも年下相手なら別だ。惑わせたお前さんにも責任がある。ちゃんとフォローもしてこそ大人の男だ。やれよ、相棒?」
いいな、と背中を叩かれた。
やはり流石はヘイゼルといったところか。そのあたり、弁えているのだ。
だが……。
「戦地でなんとなく一晩の共に選ばれたり、死人の代わりとして求められたりしただけの男に無茶を要求するな……」
「あー……まともな女性経験ないの、お前さん」
「軍に入る前に何件か。全て『思っていたのと違った』とか『期待している感じじゃなかった』とか言われた」
「あーーーーーー……あーーーーーーーーーーー、うん、そうね……うん」
すごい納得、というその顔が少し腹立たしい。
色々と――言われた。
あなたは誰にでも優しいだけであって私のことを好きでいてくれる訳じゃないだとか、クールで格好いい先輩だと思ったのに全然違くて他人に話せない天然ボケとか。
自分のことを計算に入れてないし私のこともそうしてくれないとか、告白されでもしなかったら付き合いもしなかったろうとか、根暗とか、重いとか、真面目すぎて息苦しいとか、受けかと思ったらバリ立ちで解釈違いとか――。
もう半ば誹謗中傷である。本当に。
思い出すと気分が憂鬱になってくる。殆ど長続きした覚えがない。乏しい脆弱性であり、おそらく自分の凄惨な人生体験だ。
まあ、
「……よし、結論を出した」
「相変わらず早いな。……んで?」
「俺の勘違いかもしれないのでこのままもう少し様子を見ようと思う。違ったら恥ずかしい。すごく。きっとハラスメントにもあたる」
「………………………」
「何故そんな信じられない馬鹿を見るような目をする」
「信じられない馬鹿がいるからだよ。目の前に」
心外な。
これでも知能指数は高く、そして成績もよかったというのに。
大学の専門的な学習をしながらも訓練をやり通したのだ。そこは多分誇ってもいいことだろう。知能指数はきっと高い。頭がいいのだ。
「それもまあいいけどよ。……お前さん、そういう駆け引きとかできんの?」
ボソリとヘイゼルが言葉を漏らした。
「俺は全ての状況において一定のパフォーマンスを保証する。そういう風に備えている。俺は常に十全だ」
「できんの?」
「………………しらない」
わかんない。
「言っとくが助けねーぞ。俺もほら――それがお前さんの勘違いだったら恥ずかしいし……」
「俺が一番恥ずかしいんだが?」
「それにほら、真心ってのは大事だぜ? テクニックを活かすのは、まあ、なんにしても最終的には真心だ」
「……」
真心。
それを込めるのは得意の筈だ――ならば問題ない。流石はヘイゼルの言葉だと頷こうとしたが、
「あと、見てて面白いからな」
「だいぶクズだな、貴官も」
「そりゃあお前さんと一緒で大量殺人犯だからな。なあ、相棒?」
「違いない。俺たち七人、皆そうだ。アシュレイ以外はな」
笑い合って、肩を組み合う。
こんな関係でいられるのも、もう、彼ぐらいだろうか。
ヘイゼル・ホーリーホック。
元は幼少期から由緒ある音楽大学に通うコンクールの常連であったヴァイオリン演奏家で、そこから戦争前の都市国家間の緊張の高まりに合わせて半年間の促成予備士官候補育成過程で士官した男。
戦場中、まだ
あの戦争は悲惨だった。
だが、彼らとの出会いは――己の人生でもかけがえのないものであった。そう、心から思う。
「どうしたんですか、大尉……また男同士でそうして。距離が近いんですよ、二人共」
「あ、大尉! こんなところにいたのか! ちょっと戦闘機動で聞きたいことがあるんだけどいいか?」
そんなところに、ヘンリーとシンデレラの金髪二人組みもやってくる。
……ああ、そうだと頷く。
「なあ、ヘイゼル。……写真を取りたいのだがいいだろうか。彼らと――君と」
「おう、いいぜ相棒。思えばお前さんと一緒に映った写真はねえな、そういえば」
それから十代の少女たちがそうするように、シンデレラを中心に自撮りの延長のような一枚を撮った。
携帯型デバイスに保存されたそれは全員の元に届き、そして、皆が印刷して持ち歩くことになるだろう。
……最後の。
四人で集まれた、最後の写真になった。
◇ ◆ ◇
決して折れず、曲がらず、毀れぬ剣。
そういうものでありたいと思った。
そういうものであるべきだと――思う。
思っていた。
そして剣とは――所詮、ただ斬ることしかできない道具にすぎない。
◇ ◆ ◇
首の後ろへの接続と、腰へのそれ。
不足の事態に備えた二重のケーブルの感触は重い。
全周コックピットに映される石造りの街並みは既に夜の帳が包み、だが、種々様々な蛍光ネオンの看板ホログラムやサーチライトの眩い光に彩られる。
遠雷めいて、唸り声のような大勢の人間の声が聞こえてくる。
その辺り――大きな噴水のある広場のあたりか。そこが一際明るく光源が闇を押し退けている。
そこを守護するかのように、両腕外部にブレード発振装置を装備した
シミュレーターなどの際にはホログラムで呼び出すようにはしているフィーカも、静かに索敵情報を伝えていた。
無理もない。彼女とて緊張――あるのかは知らないが――しているのだろう。
「……なあ、治安出動って」
ヘンリーが呟く。
各員が完全武装を命ぜられた状態で、アーセナル・コマンドに乗り込んだ全中隊員は石畳の街中への出動を命ぜられていた。
理由は、【フィッチャーの鳥】への集団デモ活動だ。
任務中という戦闘の緊張感と野生の昂揚感を刺激されている状態か、或いは不安感か、安堵感か。
それから半ば解き放たれてしまった隊員のグループが、街中で――或いは普段の他の駐留地の如く――諍いを起こした。
暴行傷害。被害者は数名ながら、私刑同然に集団で加害に及んだのだろう。一名が意識不明に陥っていた。
「馬鹿なことをするからですよ。だから嫌なんです、軍人って……おまけにこんな暴力まで使うなんて」
「おい、シンデレラ……!」
「何が間違っているって言うんですか! こんな鋼の巨人を人に向けて! 暴力は嫌いなんですよ! それをすぐに使おうとする連中だって! 誰が巻き込まれるか、考えてなんかいないんですよ! こんなに恐ろしいのに!」
「……ああ、クソ、その、悪い。あのときのことは、本当に――……」
この
そんな自負心のある人間たちのいる街での蛮行。
例の六番艦の撃墜から始まった【フィッチャーの鳥】の権威の低下に合わせたそんな事態に、更には当艦の補給のための寄港による――しかも長引いたことによる住民との軋轢。
それが、このような事態を招いた。
……とは言っても住民全てがそうである訳でなく、おそらく、自分たちも遠からず街を出ることになる。
そんなものであるのに示威行為のためにアーセナル・コマンドまで持ち出すのは、些か不可解であった。
……自分は
そのままに、僚機たちへと通信を行った。
「二人共、武装トリガーには指をかけるな。……治安出動とはいえ現状は待機に近い。本当にやむを得ずして以外は――つまり明確にアーセナル・コマンドの破壊が予期される攻撃以外へは、武器の使用を固く禁ずる」
「りょ、了解です……」
「ああ、大丈夫だ大尉。大丈夫……オレは、そう簡単には撃たない……大丈夫、わかっている」
「あくまでも公共の治安を守るのは、それを行わないことで、より多く人の血が流れる事態を防ぐためだ。決してその理念を忘れないように――」
伝える、その瞬間だった。
銃声。いや、砲声と読んでいいだろう。アーセナル・コマンドの用いるその大口径のライフルは、かつての戦車や砲兵の主砲めいている。
それが発砲された。
「馬鹿な……! 撃ったのはどの隊だ……戦闘管制――」
ホログラムコンソールに触れ、展開中の部隊を確認する。
艦の直掩に一個小隊。自分たちの小隊は港へのゲートの防衛。直接広場に向かったのは残る一個小隊と、海兵隊上がりの武装した陸戦隊。
他に遊撃として都市部を飛行するのがもう一個小隊。
高層空域の気圧差に対する備えのために、その天球を半円ドームで覆った
最悪、友軍であろうとも撃墜の必要があるかと思案したその瞬間だった。
「見つけた……死神……おとうさんの、仇――――!」
建物の影から飛び出したプラズマブレードを構えたモッド・トルーパー。
それが胴からのみバトルブーストで――手足がそれなだけに十分な速度となる――紫炎を滾らせて、一直線に襲いかかる。
年若い少女の――あのとき助けた少女の声。
「――大尉ィィィィィィイ!」
咄嗟にヘンリーが、こちらと敵機の間に身を晒した。
反射的だったのだろう。
我が身の盾。兵士として最大の献身。己が命と引き換えにでもハンス・グリム・グッドフェローの生存を願う祈り。
その胴目掛けて、ブレードの切っ先が吸い込まれる。
そして、気化した銀血が噴出した。
「暇がなかった。……すまない」
三段階バトルブースト。
前のヘンリー機を躱しながらその軌道を切り返して疾駆した
コックピットは完全に貫通。
ブレードの高温により、その
ブレードを解除すれば、胴には大穴が――……どこまでも空虚な、黒い虚。
維持の力場を失ったその機体は、か細い手足を投げ出すように崩れ落ちた。
各所から、散発的な銃声がする。
最悪の事態だ――そしてすぐに、これはまだ、最悪の中でもマシであったことに気付いた。
『やはり! やはり私の読み通りだったようだな! 奴らが増設ブースターを使用しなかった時点で怪しいと思っていたのだ! ここが【
市街地での、それも流れ弾が大きく市民の死を呼ぶことになる戦いの――その実行を告げる艦長からの通達が響いた。
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