第18話 不動の騎兵という矛盾、或いは黒の請負人
――『大地は、“
かつての【
あまりにも傲慢な、そして決意的な宣言。
そしてそれは、地上の人々の総意だった。
衛星を利用した通信網は壊滅。
高精度の監視衛星による地上を睨む“神の眼”と、二十四時間地上の全地点への迎撃不能のステルス爆撃を可能とする“神の杖”。
人は折れてもいい。祈ってもいい。その筈だった。
だが、人々は反抗を選んだ。
それはある種、天に座す神の摂理――秩序――への反逆であったのかもしれない。
結果的に全ての人々の克己心と、兵士たちの献身はそれを成り立たせた。
勝利というものを。
己たちの肉親や同胞を奪った“神の杖”を鋳溶かして作られたアーセナル・コマンド。
その脚部は様々な地形の踏破を可能とし、その手部は重機や運搬機の役割を果たさせた。
基地には寄らぬ、発射台には寄らぬ、“神の眼”と“杖”を振り切る単騎型決戦兵器。
勝利の目は見えない。
しかし反抗の火を絶やさない。
地上に訪れた“
それが作り出した狂気とも言うべき時代。
彼らは、その生き残りであった。
天に座す主へと反逆の翼を広げた、全てを黒く焼き尽くす象徴たる七羽の死を告げる鳥――――。
互いに異なる戦場で戦い、或いは共同し、或いは一度も生身で顔を合わせることはなくとも常に揃えの赤刺繍と漆黒の軍用コートを纏った
撃墜数ランキング上位十名の内の
ヘイゼル・ホーリーホックは、その生き残りだ。
ハンス・グリム・グッドフェロー、ロビン・ダンスフィードらと同様に最初期の狂気的な特攻たる単騎による海上マスドライバー破壊作戦に従事した、歴戦の兵士だった。
銘を――
その本質は、狙撃ではない。
◇ ◆ ◇
騎兵槍めいて前方に突き出した超大型レールガンを右の逆手に持った赤き四脚のアーセナル・コマンド。
第二世代型:
かつての時代の、エースパイロット用改修機――そのヘイゼル・ホーリーホック専用機。銘を【アーヴァンク】。
古き伝承マビノギオンに曰く――水辺に潜み、不可視のままに毒槍で人を貫く怪物である。
「合わせろ、ハインツ! 狙う先は決まっている! 無力化を試みろ!」
灰色の機体の呼びかけに合わせて、展開される背部の大型レールガン。
計四門――彼らの言葉通り狙う先など決まっているだろう。
「大尉――っ!」
「大尉ッ!」
だが、《
しかし、大型の砲門から発砲炎が四つ――
「必要ない。――その釘は、全ての馬の足を止める」
結果、生まれたのは、中空での火花が四つ。
既に【アーヴァンク】の騎士めいた長槍たる超大型レールガンは魔弾を放っていた。
最適の機運で横合いから飛翔した極超音速の鉄槌。
弾丸で弾丸を撃墜し、その跳弾で更に弾丸を撃墜し――その挙げ句、
「ぐ……っ」
「ハインツ!? 馬鹿な……撃たれてなど……」
空色の機体がよろめいた。
一見すれば、彼はただ撃った側の加害者であり、被害者にはなりえないというのに。
理由は、単純だった。
「破片を跳弾させたな……そして、音響攻撃だ」
「音響攻撃……だと……!?」
呟き、同時に機体の状態をスキャニング――……。
【
灰色の敵機は空色の敵機を。
ヘンリーの黒き
それぞれ、庇い合う形となった。
ヘンリーの驚愕に合わせるように解説を入れる。
「如何に力場と言っても、対衝撃波用の展開や高密度の展開をしない限り、質量が小さいもの――空気に関してまで発動しない」
「そ、それがどうしたんだ大尉……」
「音だ。弾丸の撃墜音と、跳弾による撃墜音……そして破片の衝突音……その五つにして同一の周波数が、重なるその一点において破壊力となって発露する。装甲では防げない三半規管への間接的な直接攻撃」
彼はその理論をガンマナイフに例えていたか。
人体の深くに入り込んだガン細胞への手術手段。
それぞれ一つだけでは人体に悪影響を及ぼさぬガンマ線を多角的に照射し、そして、狙いの一点でだけ重なるそれがガン細胞を焼き切る熱として発現する。
理屈はそんなようなものだと言われたが……あれから三年と少し。
改めて見れば、ただ震えるしかない神業である。
「不可視の死。衝撃波ですら人を殺す男。特に音の速度が増す水中戦においては無類の強さを誇る――それが、ヘイゼル・ホーリーホックだ」
彼は狙撃手ではない。
正しく言うなら、ヘイゼルは狙撃それ自体の技術についてはなんら強みにする気はないのだ。
あくまでもそれは、彼の、自由なる指にすぎない前提だ。
「彼にとって、その狙撃などなんら美点ではない。……それ以上の物を考えて観て行えてしまうその才能こそが、驚異だ。銃撃と卓越した計算により、海流や渦すらも作り出して敵を沈める」
「なっ……そ、そんなことが……そんなこと……人にできる訳なんて……!」
「あ……あ……馬鹿な……か、勝てる訳がないじゃねえか……そんなの……!」
「……俺が非才と言ったことを理解して貰えたか?」
まさしく――超人なのだ。自分を除く
超能力的、神憑り的な戦闘勘のメイジー・“ザ・レッドフード”・ブランシェットを皮切りに――。
あらゆる兵装と機体を乗り熟すもの、全くの無手の高機動重装甲にて敵を屠るもの、熱力学的兵装で一人も殺すことなく無力化するもの、周囲一帯を更地にしながらも花一輪だけ狙って避けるもの――――。
自分より上は、全てがそんな超人の集団だった。
そして、そんな超人の内の――自分を除く――六人有するのが、
戦場で死すらも跳ね除ける才能と鍛錬。
超局地的にして、超局地的な故に汎用的に至ってしまう全ての条件を塗り潰す戦闘才能。
自分はただ、人間に可能なことを常に実現可能にするように研鑽を積んだだけの非才にすぎない。強いて言うなら意思力か――……いや、彼らも図抜けた意思力の持ち主なのでそれも相応しくない。
まさしく
「……俺が唯一彼らに利することとしては、才能によらず伝達可能な技術を持つということだ。スペード小隊――遅くなったが、完全だな。我々の連携を見せよう」
【
機体に損害はあるが――……つまりは問題ない、ということだ。
「アイアンリング中尉。貴官は、その弾幕による牽制と衝撃による足止めを。グレイマン准尉。君はその主砲の火力による敵への圧力を。……回避や防御の心配は無用だが、彼の隠密の助けになる。最低限の機動は行え」
「スペード2――了解だ!」
「わかりました、やりますよ! あと……グレイマンじゃなくって、シンデレラって呼んでください!」
モニター越しに見る彼らは、一端の戦士の顔になったと――そう思う。
それを言祝ぐべきか。
それとも厭うべきか。
いずれにせよ――
「墜とすか。アレを」
悩むことも悔いることも、喜ぶことも悲しむことも。
全ては戦いが終わり、生きて帰ったその時だけだと――推力を全開。砕けた破片を繋ぎ合わせた銀色の継ぎ接ぎのブレードを構え、加速度に身を任せた。
◇ ◆ ◇
牽制射撃を掻い潜りながら、右に左に、機体は徐々に間合いを詰める。
熱暴走の影響で背部の画面が黒く落ち、ところどころのブロックが歯抜けになった全周モニター。
それでも敵を、目で追えている。問題はない。
「無理をするなよ、死神ィ。お前さんの状態は随分と悪いだろう? ここは大人しく、お兄さんに看病を任せな。ほっぺにキスマークをつけてやるぜ?」
「魅力的な提案だが、それは後ほどにしておこう。……俺に問題はない。いつだって、何も、問題はない」
「流石は
飛来する極超音速の弾丸――戦場の一人遠く、護衛もスポッターもつけぬ赤の四脚機体から放たれる直接火力支援。
「この砲撃……冗談などでは……!」
さしもの灰色の機体も、苦渋を声に表していた。
シンデレラの【ホワイトスワン】有する携行型レールガンと背部大型レールガンの射撃。
ヘンリーのコマンド・レイヴンの残る右手の連装ライフルによる牽制。
そして、近付けば確実に死を与える当機の近接ブレードと、着弾すれば装甲値の大幅減を免れぬヘイゼルの超大型携行レールガン。
その圧力は、確実に二機の敵機を追い詰める――――否、
「おいおい、周波数ってことは電気に切れ目があるってことだぜ? 直流と交流の違いはわかるかい? 理科のお勉強は大事だぜ、青年?」
ただの一撃。
それが、水色の機体の両膝から下を完全に吹き飛ばした。
かの《
果たして、人にそれは可能なのだろうか。
二百メガヘルツの交流電流ならば、それはつまり一秒間に
二億回電流の強さと方向が切り替わるということだ。
そのゼロを狙い撃つのが、果たしてどれだけの尋常ならざる神の御業なのかは想像もつかず――ましてやそれよりも上の周波数の交流であるのだ――最早、深遠なる宇宙の空虚めいて途方も無いも絶技としか呼べぬ。
だが――驚愕とは別に身体は、胸部上郭の嘴を突き出した大鴉は、呼応して動き出していた。
最早、反射とも呼べぬ速度。即ちがその交流の周波数めいて――思考なく自動的に応ずるまで至った手慣れた連携。
バトルブースト、一点加速。
物理ブレードを抜き放ち、狙うは一閃。
物理ブレード――否、自機のそれから迸るのは紫炎の刃。
「くっ……流体を、プラズマに変えるなんて……! だとしても――――ッ」
敵の、その左腕が迎え撃つ。発せられるプラズマとプラズマのぶつかり合い。ヘルメットの対閃光シャッターが下りる――鍔迫り合い。
実体剣自身に与えた内向きの力場により圧縮した流体ガンジリウムの、プラズマ。
砕けた刀身の穂先から吹き出させたそれに、更に通電――プラズマ化させたガンジリウムに更に通電して押し込む力場の刃。
「くっ、こんなところで――こんな、ところで……私は……! オレは……オレが……!」
敵のそれが、軋む。
ひしゃげる。
押し込められる。
だが、せめてもの抵抗か。敵は鍔迫り合いのその最中に背部大型レールガンを強制稼働させ、あたかも鉄槌めいて上部から振り下ろさんとしていた。
その瞬間――鳴り響く銃声。
「……ま、ロビンの馬鹿野郎ほどじゃないがね。お兄さんも大抵の武器で狙撃できるんだ。精密射撃はお手のもんさ」
いつの間にこちらの真後ろに寄ったか。いや、分かりきっている。
彼の本質は隠密。
戦場での敵の視線を把握し、そこから消える――そして
こちらの機体を目隠しに、その背後に重なり隠れた赤の【アーヴァンク】の左手で硝煙を上げるのは――……ショットガン。
金属部品が宙を舞う。その一発で、敵の抵抗は、文字通り空中に瓦解した。
「な……ぁ、分解――……? 味方越しに、後ろから狙撃――……? ビスを、ビスを撃って外した……?」
「チェンソーで自由の女神が作れるんだ。銃で勝利の女神のキスを頼んでもいいだろう?」
「こんな……こんな――――私が……オレが――――――」
空色となった【ホワイトスワン】の、その最後の抵抗も虚しく。
超神憑り的に敵の大型レールガン可動部のビスを衝撃で分解し、コマンド・レイヴンの身体越しに叩き込まれた【アーヴァンク】の超精密ショットガン狙撃。
発射の瞬間に機体を僅かに捻り、銃身を傾け、或いは粒弾と粒弾をぶつけ合わせることで起こる神技。
障害の喪失を確認――ならば、
「一機撃墜。残骸は後ほど回収する」
――横一閃。
融解した右腕のその実体剣――先端からの紫炎の急増プラズマブレードにより、機体を上下に分断した。
「貴様は……いつもいつも……! 何故だ、死神……ッ! ハンス・グリム・グッドフェロぉぉぉぉ――――――――ッ!」
「大声でなくとも聞こえている」
僚機を撃墜された灰色の白鳥――【アグリグレイ】とその主が叫ぶ。
だが彼は、抑えられていた。
ヘンリーとシンデレラの連携射撃によって。
眼の前で僚機の撃墜を指を咥えて見るしかない、その心境は如何ばかりか。
「ええい、退けッ! 用があるのは……君たちではないのだよ!」
「だから、部下を守るって言ってるだろうが! 何度も! 何度でも! オレも、オレの部下を!」
「大尉を殺させませんよ! 大事な人なんです……誰にとっても……わたしにとっても!」
よく喰い下がっている。よく食い縛っている。
ヘイゼルの圧倒的狙撃による火力支援――という有形無形のプレッシャーを加味してもなお、彼らはエースパイロット相手に喰い下がっていた。
「……よぉ、どうするグリム?」
「可能ならば投降を促し、それもできないなら無力化――…叶わぬなら撃墜する」
「無理だと思うぜ、ありゃあ……」
「
「煽ってやるなよ、気の毒に。……いや、素か? まあそっくりさんかもしれんが――」
機体状況を確認――戦闘続行は可能。
ならば、
「“
「ああ、思えば貴官とは実に長い」
残る灰色の機体に向かおうとする。
まさに、その時だった――――鳴り響くアラート。
【
【
【
【……
◇ ◆ ◇
結局の所、敵機にはまんまと逃げ切られた。
全弾が時期外れの花火に変わった敵の援護射撃を空に眺めつつ、母艦の付近を滞空する。
着弾までの時間を差し引いても、実に的確なタイミングとしか呼べなかった。よほどの戦術眼か――……。
戦いつつ、一体どの時点でこの絵図を読んでいたのか聞きたいくらいだ。
例の敵機が本当にあの
「ったく、逃がしちまったなぁ……」
「一機は墜とした。彼らの初陣として問題あるまい。……司令官も面目は立つはずだ」
「そうかねえ……後ろから撃たれる手合だぜ、ありゃあ」
コックピットの向こうでヘイゼルが肩を竦めた気配が伝わってくる。
相変わらずだ。
相変わらずだ……自分と、ヘイゼルと、ロビン。かの
その時からの付き合いだ。
その時からの、付き合いだった。
「ったく、積もる話も色々あるってのに騒がしくなっちまったなあ?」
「そうか。話など俺にはない」
「オイィィィィィィ!? 流石のお兄さんでも傷付くぜ、それはさあ!?」
激しく手振りで表しているのは、やはり、想像がつく。
だから……
「……貴官とこうして再会できただけで、不思議と何も言葉が出ないんだ。俺に話せることは……何もない……」
こんな世の中でも、その息遣いを再び感じる機会を得られたことに――ただ、郷愁にも似た感謝しかなかった。
「はあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜……ほんっとコイツ、コイツは……タチが悪いぜ……女じゃなくてよかった」
「どうした?」
「何でもねえよ。それ、絶対に他の奴に……特にリーゼとレッドフードのお嬢ちゃんにはやるんじゃねえぞ、いいな?」
「……? 了解した」
なんだろうな、と首を傾げながら母艦の着艦甲板を見る。
シンデレラとヘンリーは先に降ろさせた。彼らは今日、初陣ながら実によく戦ったと言っていいだろう。
初陣――……自分はそれから、どれだけ遠くに来ただろうか。
だとしても、
「――答えは見付かったか、相棒?」
そう問いかける彼はまた――彼はまだ、隣にいてくれた。
そうだ。
……今は、まだ。
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