第15話 戦場の霧、或いは不滅なりし神の槍 その2
◇ ◆ ◇
晴天だ――雲一つない晴天。
終戦や、彼女が天へと打ち出されたあの空とは違う晴天。
レーダーには未だ敵の機影はなし。
だが、遠からず接敵はするだろう。母艦の広域レーダーから敵機の進行は伝えられている。
「大尉、アンタのその剣……いつものブレードじゃないんだな。どうしたんだ?」
「盾にもなる。そういう武装だ」
「それは判るが……アンタが、盾? 珍しいこともあるもんだな」
その内部にも流体のガンジリウムが満ち、そして発生した鋭い力場で敵の力場をこじ開け衝突、或いはその力場にて切断するという運動エネルギー/力場エネルギー利用型の兵装。
力場にて覆われたプラズマブレードとの打ち合いも可能とするそれは、ときに増加装甲の役割も持つ。
「……そういう気分の日もある。それに、意味はある」
そう返せば、未だヘンリーは釈然としない様子だった。
無理もあるまい。
運動エネルギー利用型の兵装は、それ自体を超高速で射出するかアーセナル・コマンド自身の加速や慣性力を利用しなければ敵の装甲を貫くことはできない。
これから向かう戦場ではまさしく不向きだと、彼は言っているのだ。
『――これ、どういうことなんだ!? おい!?』
そんなヘンリーの声が思い返される。
先遣された第一陣の戦闘映像。それを見た彼は叫び、そして絶句していた。
第三世代型コマンド・レイヴン。
その性能は量産機のためにオミットされた面もあるが、かつての
考えうる敵の第三世代型アーセナル・コマンド及び第二世代型アーセナル・コマンドをして、戦闘力想定――一:三十六を主としているものだ。
つまりそれ一機で、ランチェスターの第二法則に基づいた場合、三十六の平方根――六機=平均的な敵の二個小隊の撃滅を可能とする。
これでハイエンドモデルでないというのだから恐れ入る。
ハイエンドモデルは第四世代型アーセナル・コマンドに任せ、あくまでも量産性を追求した機体。
更に一部には高機動改修型や重装甲改修型が配備されているというのだから、その拡張性も含めて傑作機と呼ばざるを得まい。
実際、自分も今や高い信頼性を置いていた。
これまで乗ったアーセナル・コマンドでも最高――特にその安定性が信頼できる。これならば、不意のジェネレーター出力不安による機体停止もないだろう。
常に性能の変わらない戦力。
それは、グリム・グッドフェローが標榜する兵士としての理想――としてあまりにも合致しているものだ。
……話を戻そう。
そんな第三世代型の傑作機、コマンド・レイヴンが四個小隊――十二機、第一陣として出撃した。
理論上は第二世代型に比して七十二機に相当する戦力だ。
仮に四機の【ホワイトスワン】が出撃したとしても、戦力比は同等とされる。……ホワイトスワンは戦力比:一対三百二十四――十八機の想定だ。
しかし、
『全滅!? 誰一人、帰ってこなかったって言うのかよ……! ミゲルも! モンテロも! メスティンも!』
『あの……それにこれ、敵は第二世代型というか……大尉……』
『ああ。一部はモッド・トルーパーに見える』
モッド・トルーパー――
アーセナル・コマンドが戦場の主役であり、そしてその中にも
地上では希少なガンジリウムとその合金、そして精密な整備を必要とするそれだけでは戦場は成り立たない。
いずれにせよ、アーセナル・コマンドは高価だ。
比べるならかつての戦闘機や戦車だろうか。
その時の航空戦力が戦闘機や攻撃機で終わらないのと同様に、その時の地上機甲戦力が戦車で終わらないのと同様に、存在しているものがあった。
それが、モッド・トルーパー。
アーセナル・コマンドを成り立たせる流体ガンジリウムを一部制限或いはオミットしたハリボテの機体。
元はと言えば、
敵が鹵獲したそれ、或いは整備が間に合わなかった破損した自軍のそれを一時的にでも戦力として運用しようとしたものだ。
そのまま、全身に《
ガラクタ。或いは芯を持たないブリキのロボットか。
『それが……どうして、敵を一機も落とせずに全滅するんだ!?』
ランチェスターの第二法則。
一騎打ちを想定した第一法則とは異なり、一人で複数対象に攻撃できる近代的な軍隊では、彼我の戦闘能力の差は装備✕戦力の二乗とされる。
つまり装備の質が同じであれば、十機対二十機は戦闘力が一〇〇:四〇〇――差し引きが三〇〇。その平方根の十七機が生存する計算だ。
今回なら二十一機と十二機だが……使用機体はコマンド・レイヴン。
彼我の戦力比は四四一:五一八四――間違いなく、全滅するのはあちらだと言う訳だった。
『……わたし、あいつらが好きになれません。死んでしまえって思ったことも、何度もありますよ。でも、でも、だからってこんな……命がこんなに簡単に……簡単に……失われていいわけが……!』
『何が……どうなってるんだよ……』
戦闘映像――交戦したコマンド・レイヴン十二機と、第二世代型及びモッドトルーパーと第三世代型の混成部隊二十一機。
その戦いは、まさに一方的だった。
コマンド・レイヴンの放つライフル弾もレールガンも当たらない。命中しても、その殆どが撃墜に繋がらない。有効打にはならない。
業を煮やした彼らの内の一部はブレードを抜き放ち接近するも、しかし、その動きは精彩を欠き返り討ちにされていた。
密集的に振る舞う敵に対して、有機的な連携をする高機動で攻め立てにかかっている。そこだけなら練度の差は歴然だ。――そう見えたが。
『CATだな』
呟けば、シンデレラが眉をあげた。
『……
『猫ちゃ――猫ではない。クリア・エア・タービュランス――晴天乱気流だ。……こういう晴天時に吹く強い気流。かつては航空機の墜落原因を伴った。酷ければ、機体を破壊するほどの強さもあったという』
『……!』
『揚力ではなく力場を用いるアーセナル・コマンドの飛行では深刻化しないが……知っているのといないのでは大きく違う』
ましてや第二の月となった資源衛星B7Rの引力により、地球の対流の速度は変わっている。
かつてのそれに比べて、より、深刻だろう。
『乱流に力場を消費させられれば十分な戦闘機動もできず、また、電力消費の関係で《
だからこそ、判るものがあった。
『誘い込まれた、というわけだ。判ってはいたが……この艦長は後方勤めが長かったか。出世にしか興味がなかっただけか。地球圏の高高度での戦闘経験は少ないらしい』
どうもこの戦い、頼れるのはやはり自分の腕一つということだ。
部下の命を預けるにしては不十分な指揮官。艦長を、そう評さざるを得なかった。
そして今、
「大尉。……直掩に二個小隊を残してきた。オレたちだけで……その……」
「貴官は戦力の小出しは無能のやること、と言いたいか。確かにそんな面もあるが……全てはそれだけではあるまい。全力を注いで全滅しましたでは世話はない」
「あ、ああ……」
歯切れ悪いヘンリーの様子に、士気の問題が見て取れた。
どうしたものかと思案する。
晴天乱気流を見抜けなかったのは、正直なところ疑義が残る。歴戦であれば、アーセナル・コマンドの空戦にてその影響があるとも理解している。ただ、遭わなければ遭わないものだ。
その他の指揮についてはだが……。
増設ブースターにより加速してくる敵機を艦の傍で迎え撃たず、迎撃に向かったというのは教科書通りではあるだろう。
こちらの艦に惹きつけてからの防衛戦を行おうとすると、強襲の勢いそのままの慣性力を受け取った運動エネルギー兵器による損害が考えられる。
艦から離れた位置で足を止めさせる。妥当性はある判断だ。
そして敵が戦闘機動に移行し、ブースターを切り離した。
なので慣性力の心配はなくなったため、直掩としてアーセナル・コマンドを母艦の傍に置き、減ってしまった戦力を母艦との火力集中で乗り切る。妥当だ。
だが、残る四個小隊を二つに分けて敵に向かわせた――その判断に関しては、
「敵が晴天乱気流を意図的にその防御にも使っているなら、位置を動こうとすまい。そうでないなら偶然だ。それを確かめたいのかもしれん」
「それでオレたちが……クソッ、今更使い捨ての斥候かよ……! そのまま戦いになったらどうする気なんだ……!」
「機体性能の差で、シンデレラは生き残って逃げ帰れると踏んだのだろう。それは誤りではあるまい。確かに最高速度・機動性共に頭抜けた機体だ」
ホログラムコンソールを叩く。
晴天乱気流の視覚化装備は――……当然だが搭載されていなかった。
透明の死とも言える気流だが、光学的な乱流測装置を用いれば観測は可能だ。
戦時中は、どこからかそれを持ってきた者もいたが……まあ仕方あるまい。装備の常設を要する現象ではないのだ。
何にせよ、やれることをやる――いつだってそれしかない。
だから――……今すべきは指揮下の二人の士気を保つことか。
理想的な兵士としての振る舞い。それは、常に意識している。死地に赴かせるならば……彼らの不安を消してやりたい。ハンス・グリム・グッドフェローはそのためにいる。そう定義している以上、己にはその義務がある。
良き兵士たれ。
たとえ彼らが死するときがあるとしても、その最期を、安らかに迎えさせられるように。
そのあまりに尊く、容易く失われてなどならなかった生を、苦痛と悲哀の内などで終わらせぬために。
――義務を果たせ。兵士であるということの義務を。
彼女のように全てを奮い立たせ、輝ける白き正義のうちにいるのだと――間違いなくその側で戦っているのだと安心と誇りを持たせられる人間ではない己だが。
あるべきなのだ。兵士として。常に。彼らの規範で。
死する彼らの、生きとし生かんとする彼らの、尊き献身を捧げるその彼らの最期を絶望で終わらせるな。
偶像にはなれない。象徴にはなれない。
だが――――在れ。散りゆく人の悲しみを、許せぬのだと思ったなら。誓ったなら。人の生を尊び、その幸福を愛するならば。
――義務を果たせ。兵士であるということの義務を。
「……案ずるな。戦力比の話は、前にしたな」
「あ、ああ……近代的な戦いだと二乗だとか……数の差は余計に圧倒的な決定力になるとか……そんなのだったか……?」
「それがどうかしたんですか、大尉? まさか大尉が千に相当するとか……そういう話ですか?」
問い返す彼らへ、端的に返す。
「俺の戦闘力は――一億だ」
そのまま、続けた。
「司令部に計算された俺のこれまでの能力は、平均的して一つの戦場でアーセナル・コマンド対一〇〇〇〇機に比する能力――平均的な戦力比相当は、一:一億だったそうだ」
「…………………………は?」
「なっ……!?」
「そして俺の戦いは一対一を強制する原始的な戦い……ランチェスターの第一法則の側の人間だ。つまり、俺は、一人で一億人の駆動者を殺傷できる」
言い切り、改めてホログラムモニター越しにコックピットの二人を見た。
琥珀色の瞳のシンデレラと、黄緑色の瞳のヘンリー。
その視線を正面から捉え、宣言する。
「案ずるな。貴官らは俺が死なせない」
そのために鍛錬し、そのために研鑽したのだ。
他の七人の生き残りやエースパイロットに比べては見劣りする非才だろう。
事実、撃墜数のランキングも第九位。
あの七人の内では最下位にすぎない。
マーガレット・ワイズマンは第二位。あのとき十四歳であったか十五歳であったか……十歳も歳上なのにその始末。自分はきっと、才能などない。
(だが、俺の用意はできている。――いつだって。全てに。何もかも)
戦場の風を心地よいと思ったことはない。
人が死ぬ。そんな場だ。
愉しめる人間は、どこかネジが外れてしまっている。愉しんではならないし、愉しむ気もない。
だが――懐かしい。
その炎の匂いは染み付いている。女の香水が、髪に移るそのように。
その程度に慣れ親しみ、生き残った。
それだけの人間であるとは自認し、そしてかつてのあれよりも己は鍛錬を積んでいる。備えている。鍛えている。
ならば、やることは一つだ。
ホログラムモニターに敵機を知らせるレーダーの光点が出現する。
どうやら敵はその場を移動せず、こちらを待ち受ける形をとっているらしい。
「ハンス・グリム・グッドフェロー――――スペード1。コマンド・レイヴン、交戦を開始する」
何にせよ、全てを平らにおしなべて斬り崩すべし――。
決して揺るがぬ無毀なる剣。
如何なるときも折れず、曲がらず、切れ味の変わらぬ刃。
残弾という概念はない。消耗という観念もない。
ただ振り下ろされる処刑の刃にして、無窮そのものを体現する規範的な一兵士。
求められ、己が求めるその在り方――その責務を、果たすときだった。
◇ ◆ ◇
二十一の機体が、雲一つない大空に待ち受ける。
第二世代型【
第三世代型【
そして、モッド・トルーパー。かつての大戦で破棄された鋼の死骸を継ぎ接ぎにした歪な機影。
そこへ、クローバー隊とスペード隊――六機のアーセナル・コマンドが飛翔する。
方や黒き大鴉の三機。
方や白き機体を交えた三機。
嘴めいて前へと突き出した胸郭上部に陽光を反射させ、音へと迫る機体は戦場に突入した。
「ツーマンセルが基本だ。ヘンリーはシンデレラを、シンデレラはヘンリーを。お互いを助け合え。火線は常に集中しろ」
「わかりました! 訓練通りにやりますよ、こっちは!」
「了解! 大尉はどうするんだ!」
「指揮官を落とす」
飛翔するその内の一機――首元に、棘が突き出した下向きの三日月の赤きペイント。肩には斜めに刻まれた墓標のエンブレム。
死神グリム――或いは首斬判事。
『ワンマンアーミー……!』
『死神……グリム……!』
『あいつが、アストンたちを……!』
まさしく
寄り固まった複数機が、そのどれもが一斉にライフルの銃口を向けてくる。
「……人気だな。構わないが」
狙われるのは恐ろしいが、だが、それだけだ。
銃口が集まれば集まるだけ、他の機体に迫る死線がなくなる。死神に吸い寄せられる。
それは望むべくもないと考え、機体を戦闘機動に移行する。
相手の主武装は右腕のライフルと、両背部から横へと突き出したミサイルベイ。
他にどうやら誘導弾を吐き出すロケット砲を持っているものも見受けられる。先程の画像を見るに格納型で携行ブレードも有するか。
明らかに、乱気流下での戦闘を目的とした機体の武装構成だ。
脳内でこちらの艦長の評価を下方修正――……。
対峙する友軍は、スタンダードな装備。
運動エネルギー利用型の実弾を吐き出す連装ライフルと、着弾後に炸裂するグレネードランチャー。その予備弾倉。
誘導弾を振り切るための両肩部のチャフとフレア。そして近接戦闘用の格納型ブレード。
違うのは、自分とシンデレラぐらいか。
こちらの
彼女の白く鋭い【ホワイトスワン】には、右腕に携行型レールガン。左前腕の外に盾型のプラズマブレード。背部一対の槍めいた大型レールガン。
それが全装備であり、全兵力だ。
六機対二十一機――――青空はすぐに、火砲と硝煙に溢れる戦場と化した。
(……敵は急造の志願兵か。シンデレラ同様、民間人上がりか……
正規軍と正面から機動戦闘をやり合うレジスタンスなど、旧世紀では想定されなかっただろう。
だが、
いつだってそうだ。
かつては相当の訓練が必要となった槍や剣の戦いが、マスケット銃やライフルによって覆されて国民国家意識の元の兵士が生まれたように。
事実、大戦のどさくさで手にしたアーセナル・コマンドを背景とした民間軍事会社――傭兵のような者もいるのだ。戦場が、個人の想いを反映しすぎる。
友軍の射撃を受ける彼らを見れば、その練度は明らかだ。
銃を持って撃つ。それだけしか期待されていない。
中にはまともな戦闘機動を行う者もいるが――……それでも、素人同然の敵兵も多い。
前大戦の末期、
とはいえ、
「――スペード2、スペード3。こちらスペード1。どうやら敵は観測した晴天乱気流を視覚に投影しているらしい。そうとしか思えない動きをする」
「どうすればいいんだ、大尉!」
「俺が囮になる。背中を晒した敵機から狙え。火線を集中しろ。それで、見えるものもある」
回避・接近行動を取っていた自機体を改めて加速させる。
指揮官狙いを切り替え、彼らからも狙いやすい敵へ――寄り固まろうとしながらも浮いた敵を、更に浮足立たせるために。
直進、直角回避。
旋回、急加速。
迫る弾丸をくぐり抜ける。火花のように断続的に射出される対空砲火めいた牽制を、雷じみた軌道で切り払う。
敵は、攻撃を割り切っている。
連装ライフルは牽制。
本命は、乱気流を鎧とした中から撃ち出される誘導弾。
煙を吐いて追尾してくる蛇めいた殺意の弾を、引きつけては二段階の直角機動でいなしていく。
対空砲火めいて構えられた敵のライフル――そこへ、背面からシンデレラらの火砲が叩き込まれた。
機体が揺らぐほどの大出力腕部レールガンの衝撃。
だが、かの《
(四重の堅牢な装甲――……やはり、戦車を兼ねたる戦闘機、と言われるだけはあるな)
ビデオゲームのようなヒットポイントを持ったロボットと言われるには理由がある。
力場の発生源にして、外部装甲化の下を血脈型に流れさる流体ガンジリウム。
その重粒子は流体だとしても比重故に衝撃や侵入物を阻む盾となるが――一番の特徴は流体であるということだ。
外部装甲が破損してもそこから外気に触れ、或いは冷却剤を撒かれて硬化する。そして不足しても流体故に別の部位から運んで来れられる。
これが尽きぬまでは大きな破損がない限りは戦える――それを称して、端的に表した言葉だ。
(乱流が酷いな。これでは近接戦闘も碌に行えないだろう)
ミサイルの噴煙。
そして飛び散る敵機の銀色の流体や上がる煙。
それらにより視覚化を図った乱気流は、かなり複雑だ。飛び込めば煽りを受けることは必至だ。
あの戦いで、自分という人間の存在を知った筈の敵。
それが勝算を以って仕掛けてくるには足る場だろう。相応の腕の持ち主が合流したレジスタンスか。
そして戦闘は続き、友軍が敵を一機撃ち落としたかと――……そんなときだった。
「スペード2・スペード3、どうした? そちらに敵機は向いていない。マシントラブルか?」
敵を惹きつけども、援護の射撃が来ない。
見ればヘンリーの黒い機体が、シンデレラの純白の細身の機体を庇っていた。
「大尉! シンデレラの奴が……! 様子が……クソッ! どうなってるんだ、こいつ!」
「戦場に……人の死に当てられたか。……了解。一旦牽引して戦闘空域を離脱しろ。貴官がエスコートだ。できるな、王子様?」
「あ……ああ、了解だ、大尉! 果たしてみせる! すぐに戻るが――」
「勿論だ。殿は俺が引き受ける。……だが、全て倒してしまっても構わないか?」
ジョークのつもりだったが、息を飲む気配が伝わってきた。
「クローバー隊とも武装の換装に迎え。誘導弾は高価だ、などとは言っていられない。貴官たちの死の方が高く付く」
「すまねえ、大尉……必ず戻る! 行くぞ、シンデレラ!」
白きシンデレラ機を牽引して、ヘンリー機が離脱していく。
クローバー隊も、こちらに一礼してから退いていく。
艦長は今後も続く戦闘や敵本隊を予期して――と誘導弾を有する装備なしで送り出して来ていたが、これで判っただろう。
昇進に勤しんだ手合いか、或いは、補給で苦労した経験があったのかもしれない。ただ、ここでは相応しくない思想だった。
そういう自己の哲学や観念だけで現場に合わせず部隊を運用させる指揮官も多い。今回は、そんな艦長だった。
……悪い大人になったものだ。
シンデレラはきっと戦いを続行できる。一時的な不調だけで、取り戻して戦闘を再開できる。そんな根性はあるだろう。そうとは理解している。
だが――自分がそれを認めたくない。
殺人などを犯すものは一人でも少ない方がいい。それが依頼であれ、任務であれ、意思であれ、殺した重さは変わらない。そんな道に、これ以上、誰かを引き込むべきではない。
「さて――」
首を斬るのは処刑刃の仕事だ。
そしてこの環境は、これから、そんな場になるだろう――オープンチャンネルでの呼びかけ。
「貴官らに警告する。当方はグリム・グッドフェロー大尉。投降は受け付ける。或いは撤退も許可する。追撃は行わない。必要なら、即座に俺にそう通信しろ」
返信はない。
弾かれたように無数の銃口がこちらを向く。そこには強い殺意が込められている気がした。
……一応だが、別に自分は
「可能な限り無力化に務める――が、暇のない場合は貴官らを躊躇いなく撃墜する。この高度だ。確実に助からない。……貴官らの理解を求める」
返答は今まで以上に激しい銃弾だった。
それが複数。或いは無数。撃ち込まれる。降り注ぐ――雨の如く。槍の如く。
……思い当たる節はないが、どうやら死神グリムの悪名は思った以上に悪く働いたらしい。
或いは、【フィッチャーの鳥】の悪名か。
どちらだとしても――関係ない。バトルブーストの連続。左右に機体を交わし、折を見て通信を入れる。
「再度、通達する。当機は貴官らの撃墜に躊躇いはない。そして撃墜後の生存は保証できない。繰り返す――」
もしくはこの兵たち、古参か。それならば頷けるというものだ。撃墜数という嬉しくもない数字を積み重ねた自分は、相応に恨みも買っているだろう。
だが――殺されかけていようと、それが自分だけに留まる限りは勧告は行える。
身を苛む加速圧に――耐えろ、と言い聞かせる。
己程度の命一つの危うさで、敵の命を慮ることをやめてはならない。等しく尊く輝ける生を、妥協や怠惰で失わせていいはずがない。
普段からそうあるように磨いているのだから、そこで妥協してはならない。――決して。
ただ我が身可愛さだけに人倫を犯してはならない。
理念を折ってはならない。己はそのためにいるのだ。そのために備えているのだ。
「これが最後の事前通告だ。以後、適宜行うが、間に合わん場合もある。貴官らの返答は如何か」
オープンチャンネルに返る言葉はなかった。
彼らは皆、こちらの撃墜を念頭に置いているらしい。
「承知した。……残念だ」
通電。両腕の対アーセナル・コマンド用実体剣に僅かに力場が満ちる。
降伏の最終勧告を拒絶されたならば、
「スペード1――――殲滅戦に移行する」
こちらも、その有用性を発揮するだけだ。
◇ ◆ ◇
二十機の背部ミサイルベイ――各二つ。
片側に八門、計するは一機十六門。それが二十機で三百二十、二十に分かれる拡散式弾頭のために総することは六四〇〇――。
一斉に撃ち出されてしまえば、それはもう白煙を上げる蛇などとは言えない。まるで瀑布めいた白い飛沫を上げる波頭となり、こちらへと襲い掛かる。
如何に第三世代型アーセナル・コマンドのコマンド・レイヴンと言えど、如何な《
それだけの殺意だった。
どこか、
ホログラムコンソールを撫でる指を離し、武装トリガーを有する両側の操縦桿を握りしめる。
一撃でも受ければ、足が止まったそこに無数の追撃が叩き込まれる。
つまりはすべて躱す。単純な話だ。
急――――――――加速。
敢えてミサイルに迫るように、機体を前方へと撃ち出す。彼我の速度が相まって、爆発的にその距離は縮まっていく。
見れば、壁か。
我ながら恨まれたものだと思う。無理もないが。
(さて、電波誘導か熱誘導か。……レジスタンスなら、安価な赤外線式だろうが)
思い、もう一度コンソールに触れた。
腕部武装通電――オフ。《
ぐん、と肉体にかかる加速度のくびきが増した。
そのまま機首――黒い嘴を上げ、上昇を行う。機体が揺れる。骨が軋む。胃の中身が下がり、便意のような奇妙な重さとなる。
直進――どこまでも直進。
敵のミサイルもまた、こちらを追従するように鎌首をもたげた。
さながら槍衾か。
前時代で長槍兵の軍団に突撃する騎兵は、こんな気持ちだったのかもしれない。――打ち消す。戦闘には不要だ。どこまでも、自分を一つの剣と為せ。
有用性を発揮しろ。
あらゆるものを断つ剣と――己を変えろ。
互いに傾斜の違う山を登るように、
互いに、放たれた猟犬か。
ならば優秀だ。
誘導弾は彼我の距離を認識し、理解し、計算し、最短距離を進むように狙ってくる。
彼らは、グリム・グッドフェローを喰い殺すことに容赦がない。
そして、至る。込められた加速の圧力の中――至る。
互いが求める点、目指す点。衝突予測点。
その死線へ、死域へ至る。その寸前へ。間近へ。
故に、であった。
「――――ッ」
奥歯を噛み締め、コンソールに接触。
武装に通電。力場の壁だ。それを以て、頭上の圧縮された空気を――極超音速の衝撃波を殴りつける/弾き飛ばす――受ける反作用。
同時、発動。上昇する機体の慣性を無視した、切り込むような下降へのバトルブースト。
腕部武装通電――一転オフ。《
掲げられた黒曜の剣めいて、弾かれたように機体が振り落ろされた。
受け取った位置エネルギーを運動エネルギーに。
装甲出力全てを推力に。
骨が軋み、内臓が悲鳴を上げる。眼前に遠くは青深き海原。加速度により狭まっていく視界に、モニターに、それだけが映し出される。
ミサイルの接近を知らせるアラート。
人体への影響を知らせるアラート。
だが、それはただの警告――あまりにも膨大すぎる加速と急転換に、敵のミサイルは追いつけていない。
そして今度は、切り返す。空へ。
己という剣を、
左回旋。身体の前後を反転させると同時の急上昇。
ミサイルは慣性に引きずられて離脱し、或いはその飛行翼が想定を超えた速度の滑空――その遠心力と空気抵抗に敗北して乖離し、ないしは目標を喪失する=無力化。
そして追いかけ続けていた彼らは、最短距離を目指そうとするが故、いつしか広がらず――必然的にまとまりを見せている。
こうなれば、あとは容易い。
戦闘機動を繰り返すこと、幾度か。
その後、稲妻めいた直角的な戦闘機動を以って放たれたミサイルの全てを脱落させた。
「これで実力差は理解できただろうか。貴官らに当機の撃墜はできない。理性ある判断を求める」
上昇し、乱流の中に潜む彼らに向けて、機体を動かしながら呼びかける。
だが――左右、それぞれに。遠くを抜ける弾丸。
戦闘機動を行うこちらへ、ライフルを乱射する敵機が映った。
「死神ィィィィ! おまえにッ、おまえにわたしの兄さんが――――! 兄さんの仇だ――――ッ!」
「……そうか。ならば、後を追う必要もないだろう。貴官だけでも生き残ることが、兄への手向けになるのでは?」
「ッ、黙れ――――! おまえが兄さんを語るなッ! おまえが殺したんだ! 優しかった兄さんを! おまえがッ!」
「そうか。申し訳ないことをした。……それでも貴官まで死ぬ必要はない、と思うが」
「ッ――――――」
女性の
おそらく、シンデレラより年下か。まだ若い。
第二世代型を駆る少女は代表したかのように殺意を叫び、そして、残る彼らの仲間たちもそれに続いた。
「あの死神をここで殺せるんだ……! 願ってもねえ……!」
「お前だけはここで叩き落としてやるぜ……首斬判事……! 戦友の仇だ……!」
「……不可能だ、と伝える。投降や離脱の意思は――……ないらしいな。残念だ。死ぬことはないと思うが」
呟けば、
「死ぬのはお前の方だ! 死神ィィィィ――――ッ!」
少女から弾丸が返される。
回旋し、機動するこちらに対し連続的な弾を放っている。無駄弾だ。素人なのだろう。
……そう思えば、なおも心苦しい。
「否定する。このままでは、戦没者名簿に載るのは貴官らとなる。……投降を。これが本当の最終通達だ」
だが、やはり、誰も応じなかった。
「そうか。――申し訳ないが、もう貴官らに死に方は選べない」
両腕のブレードを構える。
その鋭い漆黒の刀身に――力場が、満ちた。
敵の作戦は単純だった。
引き撃ち。乱流にてこちら側の接近を阻み、放つ弾丸の勢いを殺し、彼らは推力を最小限に絞って《
有効な作戦だろう。有能な立案者なのだろう。
一度だけ相まみえたグリム・グッドフェローに対しての対策が為されている。
ならば、それを斬り崩すだけだ。
乱流がこちらの接近を阻み、加速を奪う。推力は低下し、突発的な煽りを受けた制御もままならぬ機体へ、それを織り込んだ彼らがブレードでとどめを刺す。
そうだ。
接近戦で優位を保てるだけの推力と加速が確保できない、というのがこの作戦の肝だった。
「兄さんの、仇だ――――ッ!」
上半身に増加装甲を纏った茶色の機体――
故に――右腕部ブレードより力場を発生。左腕部ブレードの力場を解除。左半身の尖衝角を完全解除。
瞬く間に乱流の影響を受ける左半身――空気抵抗により減速/失速。
結果、敵の想定を超えた小規模な回旋を見せた。
衝突会合点を見誤った敵機が、回転するこちらの左方へと抜ける。
通過の一瞬。己の遠心力へ、更にブースト回旋を上乗せする――破壊力の確保。
「後を追うなと、言ったんだがな」
瞬目――右で背部を斬り上げ、左で腰部を貫く。
鋭い菱形の切先に残る敵の機体が、さながら蟲の如く身を捩る奇妙な感触を伝えてくる――それも一瞬。
腕部の出力を全開。電力を最大供給。
力学ブレードが発した力場と、未だに存在する敵の力場が激突する反発――急加速。
そのままもう一機。
さらにもう一機。
次いでもう一機。
跳ねる、跳ねる、跳ねる、跳ねる――――飛び石めいて敵を撃墜しながら、その仲間を斬り落とす。
「こうすれば――問題ない」
乱流の影響で十分な加速を果たせないというなら、加速したところで阻まれてしまうというならば、都度別に補えばいい。
敵の力場を利用した加速。
敵を足場にした加速。
故に、パイロットは即死させない。動力も停止させない。
その飛行能力だけを喪失させる――無論、それもいずれ死を招く行為だが。
剣を伝わる鋼の感触。
刃が齎す破壊の感触。
急加速に次ぐ急加速。降り注ぐ弾幕を置き去りに、ただ一振りの死に化ける。
推力を潰し、冷却装置を貫く。
離脱し、接近し、撃滅し、また離脱する。
ただそれだけの作業だ。
これまで得手とした普段通りの仕事だ。
それを繰り返した――存在する敵の機数だけ。そのすべてが背部のメインブースターと腰から下を失い、重力の渦に飲まれて蒼き大空から青深き大海原へと沈んでいく。
墜落の衝撃で死ぬのが先か。
それとも、冷却装置を失った機体に流れる流体ガンジリウムの熱で死ぬのが先か。
投降の要請はなく、ただの一人も、残らなかった。
寒々しいほどの晴天の空域に在るのは、
「……戦闘管制、スペード1。報告――計:二十。投降勧告の受諾はなし。離脱なし。全機の撃墜を確認。殲滅を完了した。……生存者一名、当機のみだ」
『――……――……』
「戦闘管制、スペード1。応答願う」
電波障害か。或いは――……。
即座に機体を反転させる。
そんな時だった。切迫した通信が届いたのは。
『大尉――すまん! 待ち伏せだ! 敵の狙いは、こっちだった! オレも応戦する!』
「アイアンリング中尉……! 今からそちらに駆けつける! それまで何とか保たせろ! 俺が必ず貴官の救援に向かう!」
『はは、オレだってアンタの小隊なんだ……何とかはしてみせるさ。王子様ってガラじゃないが……任された以上は何とかな……!』
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