第14話 戦場の霧、或いは不滅なりし神の槍 その1
雲一つない快晴の下、半球ドームがビルの連なるその都市部を覆う
そこから船首を表したのは、空にそびえる鉄の城と言うべきか――。
かの大洪水で人々が営んだ
……かつての
今では衛星軌道において建造され、
重力化において
これは後者の有する、そのうちの一隻だった。
(いいことだが……少し釈然としないな)
不明となっていた新型機を載せた輸送機の
その他、偵察に向かっていた航空機の未帰還。
いずれも、場所は太平洋上の陸地がない地点。
地図にも乗らない島があるか――それともそのようなものが存在しないからこそ存在できる設備があるか。
かつての戦争にて神の目とも言うべき偵察衛星の大半は敵味方によって破壊されてしまっており、上空からの調査というにも限度がある。
故に、作戦に先立っての周辺の視覚的データの入手というのは困難であった。
そして【フィッチャーの鳥】は出撃する。
彼らが有している母艦のうちの一つ――
必然、一時的にそこに属することになった自分ことハンス・グリム・グッドフェロー大尉とシンデレラ・グレイマン准尉も同乗していた。
長い船出になるか、短い船出になるか。
それはどちらか判らない。だが、戦いは必至だろう。
「……実戦、か」
長椅子の隣のヘンリーが、両肘を白いデスクに突きながら重々しく呟く。
更にその隣を見れば、シンデレラもまた頬を強張らせていた。
自分にとっては特に問題なく慣れ親しんだ戦場の空気――戦闘前の高揚と不安が綯い交ぜになった空気――だが、作戦行動という意味での初陣となる彼らの緊張は計り知れないだろう。
対して、部隊の人間たちはどこか楽観的だ。
歴戦の兵士も多いからか、それとも所詮は敵が運良くたった四騎の新型機を手にしただけのテロリストにすぎないからか。
それはこの船の艦長とてそうだった。
どこまで希望的な観測をしているのか。このタイミングでの信号発信を怪しいと思っていても、真っ直ぐにそのビーコンの地点を目指している。
まあ、他に手がかりがない以上はそうするしか他ないのだが……それにしても殺し合いの感覚の欠如が見られるな、と思う。
戦場経験者ならば索敵を重んじる。
もっと早い段階でアーセナル・コマンドを持ち回りで艦の護衛につけさせるなり、増設ブースターを装備したそれらを先遣に放ったり、再度偵察機を飛ばしたりする。
それははたまた【フィッチャーの鳥】という今や生活四圏で最大の勢力になった兵力に対する自信だろうか、はたまたその部隊の一員である自負だろうか。
後者ならまだ救いはある。
自負とは、いずれ己が味わうであろう苦痛に耐えるだけの力になる。未来に向いたものだ。
自信とは、これまで積み重ねてきたものが有効に働くという観測だ。過去に根ざしたものだ。
誤っていた場合に修正が効くのは自負。ただ、それだけの話だ。
「……なあ大尉、アンタは初陣はどうだったんだ?」
「緊張はした。そして、終わってみたら力を込めて握り締めすぎたせいか、操縦席のシートの肘掛けから自分の指が外せなくなっていた」
「……アンタほどの男でも、そうなんだな」
「俺は特別ではない。ただの、どこにでもいる職務を遂行することを求められた軍人にすぎない。その職責の履行に邁進する……今の貴官と同じくな」
「大尉……!」
言えば彼の瞳に、どこか力が灯った気がした。
いいことだ。
……死なずに済めば、もっといいことだ。
こういう目の若者が死ぬのも、多く見た。あの戦争というのはそういうものだった。いや……戦争ということそのものが、そうなのだろう。
(……違うな。死なずに済めば――ではない。あの日、あの流れ星を前に俺が祈ったことは一つだ。一つでしかない)
そうだ。
全てはそのために積み上げた筈だ。
過去も、現在も、未来も――ハンス・グリム・グッドフェローという男の向かうべき先は一つしかない。
――決して折れず、曲がらず、毀れぬ剣。
それを体現するのだ。
ただ一つ、それが己という男の有用性。
(ならば、この場で彼らを死なずに済ませる……それができずしてどうする。そうするために自分がいるのだ。俺は備えている。それだけの話だ)
問題は、その機会が真っ当に――自分という札が真っ当に切られるか。
ただ、そこに尽きる。
そして程なく艦内に戦闘配備体制の伝達がされる。
敵との、遭遇であった。
【ホワイト・スノウ】戦役。
その、二戦目である――――。
◇ ◆ ◇
案の定、とでも言うべきだろうか。
レーダーが知らせた、進行中の『アトム・ハート・マザー』の航路上に現れた接近中の敵機影――二十一機。
露骨すぎる仕掛けに、それでも乗らざるを得なかったこちらを待ち受ける敵の攻撃隊。
艦内が慌ただしくなる。
敵母艦の発見は叶わないため、必然、その攻撃敵機の迎撃と敵母艦の捜索が戦闘の第一目的となった。
「……あの、大尉。普通の戦いなんですか? こういうのって……その、アーセナル・コマンドの戦いで……」
以前の戦争の開始時期はまだ幼少であったシンデレラには馴染みが薄いか。
格納庫で各々の機体への搭乗準備を整え待機する中、タイトな対Gパイロットスーツ――
「アーセナル・コマンドの特徴はその戦略的な機動性――とは貴官も知っているかとは思う。元々は、
「それは……はい」
「最大の特徴は、力場を活かした衝撃波への備えだ。超音速運動に伴う衝撃波はその速度に応じて角度を変え、それを生み出す高速の物体自身を苛むが――力場を利用すれば、この衝撃波の自機への影響を抑えられる」
俗に
「これが故に理屈上、力場の形成さえできればアーセナル・コマンドはどのような速度でも運用が適う。増設の外付け推進器を用意し、自身の推力として力場を用いず全てを耐衝撃波に備えれば――弾道ミサイルよりも早く強襲可能だ」
「だからこんなふうに、敵の機体だけ出てくるってこともある……そういうことですか? なら、だったらどうしてこんな空飛ぶ船なんて作ったんですか? 大金をかけたおもちゃじゃないですか、それじゃあ」
「基本的に外付け推進器は片道のものだからな。より汎用的な運用には、結局この手の母艦が必要になる」
実際、最初期の強襲作戦は外付け推進器を利用して敵
仮に首尾よく破壊作戦に成功したとしても、それが原因での未帰還も多い。
本格的にアーセナル・コマンド同士の戦いとなる――マスドライバー破壊により
あまり単独での行動を厭うこともない自分は特に苦痛ではなかったが……。
単騎または少数にて敵陣真っ只中のマスドライバーを強襲し、そして成功したとしても今度の帰り道に早足はなく敵からの追撃も予想される決死行。
おまけに視覚的に目印となる地表・物表のない海上を戦闘後に延々と移動して帰還するというのは、病気除隊が増えたことにも納得がいくものだろう。
全ては狂気だ。
衛星通信網と監視網を寸断され、いつ空から降るか判らぬ【
それが人々に、その決意をさせた。
それ自体が二足歩行故に地形を選ばぬ移動性を持ち、人の手ようなマニピュレーターを活かして汎用的な装備の運用や資材の運搬が可能な人型兵器。
そして宇宙からの監視に見つからぬ程度の大きさであり、《
アーセナル・コマンドという兵器の隆盛とその運用は全て、
なんとも皮肉にも、戦争当初の方が先の見えない絶望感は高かった気がする。
マスドライバー破壊作戦の数々の成功により釣り出した
その同士討ちと資源回収の失敗を厭ったが故に使用が控えられた【
その時期になってからの方が、心なしか物資も充実していた気がするし、人々の顔にも僅かながらの余裕が見えていた――と思えた。
しかしながら、あの
それに絡んだ作戦が、あの、グレーテルという尊い犠牲を生んだ
「……なあ、大尉。オレたちに出番はあると思うか?」
「俺はないことが望ましい。どうあれ、人が死なないのが一番いい」
「そうですよ。出番があるって……それは人が死んだっていうことじゃないですか。いくら手柄を立てたいからって……大尉を見習ってくださいよ。不謹慎ですよ、それは」
シンデレラの言葉にヘンリーの片眉が上がる。
不味い。
普段の二人ならこの程度のやり取りはもう日常茶飯事となっていたが、この戦闘の緊張感の中で――そしてその境遇故に――ヘンリーとて平静ではいられまい。
だが、
「ああ、そうだよな。……間違ってるんだ、こんなことは。言うとおりだ、オマエと大尉の」
「そうですよ。人が死ぬなんて、悲しいことなんです。そんなことは……。……ですよね、大尉?」
「ああ。如何なる理由があろうとも、許容しがたい。それはそれとして……」
言葉を区切り、
「あるかも知れない。出番は。もし、この作戦の指揮官がよほどの愚物か傑物ならば」
二人へとそう呟く。
彼女たちは、顔を見合わせていた。
それから、程なくしてのことであった。
迎撃に向かった味方四個小隊――実弾ライフルと背部レールガンで武装した十二機の【コマンド・レイヴン】の撃墜が知らせられたのは。
第二陣。
第五から第八小隊までの出撃が任ぜられる。
出番は、あった。
望ましくない出番が――自分たちを待っていた。
「……先遣隊の戦闘映像を確認したのち、我々も出撃しよう。気負うな。生き残ることを考えろ」
「ああ、言われるまでもねえ……!」
「了解です、大尉!」
「いい返事だ。……案ずるな、俺がいる。通いなれた道を歩き、いつもの通りに門を開くだけだ――正面から。そこはもう、俺の家だ。あの数年間暮らし続けた勝手知ったる、な」
◇ ◆ ◇
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