【180万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜
第13話 修羅場、或いは感傷の置き場。またの名を死神グリム
第13話 修羅場、或いは感傷の置き場。またの名を死神グリム
「な……」
「おおっ……」
男性陣二人は黙り込んだ。
それはまあ、そうだろう。マーシュ・ペルシネットは美貌のピアニストだ。
幻想的な長く豊かな薄い栗色の髪と、折れそうなほど細い腰。そして色気のある穏やかで涼し気な声と、憂いの強そうな睫毛の長い橙色の瞳。
一言でいえば、憂いのある美人なのだ。
彼女目当ての客がいると聞くくらいに。言っているのは彼女本人だったが。胸元の空いたドレスから覗く白い谷間――その胸部も豊満だ。
「あら、グリム。……この子かしら、例の子」
「貴女は? 誰ですか、いきなり。馴れ馴れしそうに……」
「そうね……ふふ、おもちゃかしら。グリムの専用おもちゃ。いつも玩ばれているわ。私の気も知らないで」
目を細めて、彼女はしなだれかかってきた。
ドレスに包まれたあまりに豊かなその胸が当たる。異性に対してそういうのはよくないと思う。誤解を呼ぶ。
「ぬ゛っ」
「ぐ゛っ」
男性陣二人は鼻を押さえてどこかへ駆け出した。
……トイレだろうか。
「感心しませんよ。女性がそんな……今、この街は非常事態ですよね? 危ないですよ、そんな格好」
「あら、心配してくれるのね。なら――守ってもらえる? 軍人さん?」
「なっ、ボクがですか……!?」
同性であるはずのシンデレラがうろたえている。
彼女は、やはりそれほどの美貌の持ち主だ。
「ええ。グリムが、褒めてたわ。腕がいいって――違う? 貴女でしょう、それ」
「それは……そう、なんですけど……」
「いつも貴女の話ばかりしてるわ。あの彼も……どちらの彼かわからないけど、アイアンリング特務中尉という方のことも、オネスト少尉という方のことも。一番は貴女だけど」
「そうですか……そう……ふふ……一番……わたしを……。………………ん? ……いつも聞いてるって言いたいんですか、それは」
「あら。……ええと、そうね。何か問題?」
どうやら二人とも仲が良さそうに談笑を始めるらしい。安心した。
「エルゼ。プリンアラモードをもう一つ頼みたいんだがどう思う?」
「はーい、先輩はあっちでプリン食べてましょうねー。おいしいですねー。よかったよかったですねー。おいしいですねー。よかったよかったー」
「……なにか、馬鹿にされてないだろうか、俺は」
「馬鹿にされるも何も馬鹿ですよ先輩は」
なんで?
◇ ◆ ◇
結局席を遠ざけられた。
彼女たちは三人で話があるらしい。
げっそりと、まるで最悪の厄介ごとを――具体的に言うならば
……そんな顔をするほど性格が合わないならば、社交辞令の会話だけで別の席に座ればいいと思うのだが。まあ、他人が職務に入らない範囲で行うことにはとやかく言えない。
フェレナンドもヘンリーもまだトイレから返ってこない。
それほどにマーシュの色気というのはすさまじかったのだろうか。
確かに……それは自分もそう思うが、彼女のからかいをいちいち真に受けていたら身が持たない。あれは美貌の、モテる女の振る舞いだ。
そこで熱を入れこんでしまう男をすげなくあしらうための試練のようなものなのだろう。
それが習慣になってしまったのだ。きっと。自分が枕元に常に銃とナイフを忍ばせているのと同様だ。
人気者は辛そうだ。
連盟高官だった両親が死んでからあの店に来るまで彼女もいろいろと苦労をした――と聞いている。
それが戦時下であり、彼女が女性である以上は詳しくは聞かないが。
……彼女も聞かれたくないだろう。
唯一の親類である――彼女の父親の妹を娶ったいわば――義理の叔父との関係が特に悪かったらしい。
父と母との幼馴染の三人組。そして父の親友ながらも歪んだ劣等感を蓄えてしまった男だったと、いつか酒に酔った彼女はこちらへ頭を預けながら言っていた。
だからその家に引き取られながらも最終的にそこを飛び出し、年若い身でありながらあの店で働くことになったのだ。
そして自分のような死体を積み重ねるしか能がない男と交流することになった――彼女も数奇な人生を送っている。
(……どこも、戦争というのはそうだ。どこも)
コーヒーを啜り、そんなマーシュが淹れてくれたものにはどこか及ばないな……と思った。
この街に来て出会ってから一年半、好みを話した覚えはないのだが――何故だか彼女は最初から自分に合ったものを出してくれた。
彼女の親が自衛のためにアーセナル・コマンドの操縦も可能なように
そう問うてみても、溜め息で返される。謎の多い少女だ。
そんな彼女も、今、三人で談笑していた。
なんの話題なのか、エルゼも表情明るく話しており……打ち解けたらしい。
男性陣二人は帰ってこない。
自分は、元の席に一人残された形となる。
(……まあ、ちょうどいいか)
一人になりたかったというのも、ある。
天井から吊るされたテレビを見れば、丁度、その特集を行っていた。
追悼式――おそらくはあの【
「……ヘイゼル・ホーリーホック、メイジー・ブランシェット、アシュレイ・アイアンストーブ、ロビン・ダンスフィード、リーゼ・バーウッド、そして勇敢なるマーガレット・ワイズマン」
七人――あの戦闘の生き残り。
今でも覚えている。忘れた日は一度もない。一つ一つ、消えていく命の光。そんな中で互いの生身の顔を見ることもなく、鋼の甲殻の中で肩を並べて戦った戦友。
生き残った鋼鉄の七人の亡霊――そして生き残り、再び死地に赴いた一人の生者。
暗黒と見まごうほどの夜の海と爆炎。
無数に生まれた鋼の足場。鋼鉄の死骸。
俺たちは、あの日、戦友だった。
今日と同じ日、戦場だった。
再び地上に落とされんとする神の杖――それを打破するための、
マスドライバーを奪取し、軌道上の敵攻撃衛星への攻撃を行う帰り道もない決死作戦。
一昼夜、終わりなく続いた大激戦。
「貴官らに、感謝を。……そして、共に戦った全ての献身に敬意と哀悼を」
その、最終的な生き残りは六人。
全ての兵が死んだ。全ての勇者が死んだ。敵も味方もすべて。
そして自分は、死神の名を冠した。戦場で傷を受けぬ、死を拒んだ――死に愛され、その鎌を振るう死神と呼ばれた。
そこから、
様々な名で呼ばれることになった。
そういう戦いだった。
目を閉じれば、浮かぶ。
絶え間ない砲撃音。夜海を彩る照明弾。尾を引く曳光弾。
混戦する無線。消えていく声。失われた仲間。
明け上る血色の空。黒煙と大火が灯る海原。両腕に輝く月光の魔剣。
「貴官らのおかげで、俺はまだここにいる。――まだ生きてここにいる」
五体満足でこうして日常に興じられることの、なんと幸運なことか。
「俺は、誰でもない俺として、貴官らの献身に応える。……貴官らの分までも兵士として、努めよう。この先も、誰でもない俺のままに」
その死は――背負わない。
生者が死者の橋を架ける。道を作る。死者の行動に意味を与える。死者は何も背負わせることなく、気負わせることなく、ただ意味を与えられるまで眠るだけだ。
死者は、生者への楔にならない。大鎌にならない。
死者のために死を喚ぶ生者など、意味はない。
ハンス・グリム・グッドフェローも、他の五人も、そんなに柔な心は持っていない。
間違いなく自分は自分を保ったまま、ただ自分の意思一つで己に首輪を付けている。彼らのその死を、無責任に背負うなどという真似はすまい。
誰に言われたこともない。誰に言われるまでもない。
己を御すのは、己を刃足らしめるのは、ただ己自身の意思一つだ。
それは変わらない。この先も、きっと、変わらない。
だとしても、
「死者は生者の道にはならない。ただ生者だけが死者の道を作る。死者の墓標に花束を。生者の道行きに祝福を。交わす唇に血の酒を。俺たちはあの日、橋を架けた」
今日一日、この時間は。
彼らを悼まぬ理由にはならない。
「俺はここにいる。俺は揺るがずに、ここにいる。……貴官らは安らかに。安らかに、ただ眠れ」
ハンス――その愛称をヘンゼル。
マーガレット――その愛称をグレーテル。
あの日、君は行った。全てを止めるために、この地を守るために行った。この大地を守るために、皆の代わりに行った。君は一人、行った。星の外へと旅立った。
ワイズマン。
ああ、聡明なる知の者よ。賢明なる少女よ。
君に惜しみない賞賛と限りない感謝を。
本を愛し、人を愛し、世を愛した愛深き者よ。
すべてが狂っていく戦場においても己を律し、そして知なるものであり続けたオーディンの両翼よ。いと慈悲深く高潔なるベーオウルフの心を持つものよ。
ゴルゴダの丘へ向かう十字架を背負う救世主よ。
カムランの丘に果て理想郷に眠るアーサー王よ。
ああ、輝ける聖剣の担い手よ。
この世で最も気高き献身、その信奉者にして体現者よ。全ての善なる民の庇護者にして、真なる騎士の王よ。
死を呼ぶ神の杖を挫き、
ああ――清らかなる星の乙女よ。
貴官のその、こうあるべき命を体現した輝きを忘れることなどついぞあるまい。
いと気高き、
だから、
「受け取ったものとして、繋いでいくと俺も誓う。――最期まで」
彼女が好いていた菓子を前に、小さく笑う。
それだけが、手向けだろう。残された自分にできる唯一の。
プリンは美味い。
子供のように頬張りながらそれを教えてくれた彼女に、哀悼を――。
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