第5話 空戦機動訓練、或いは部下からの扱い
装甲内部に張り巡らされた血脈状のパイプを走る流体ガンジリウムが、大型ジェネレーターから受け取った電力を力場に変える。
機体内部のコックピットのホログラムコンソールにて指向性を変化。船の
悪くない機体だ。
午前いっぱいを基本的な動作の確認に使ったが、追従性がよく、そしてジェネレーターの出力も安定している。アーセナル・コマンドにとってそれは、推進力と装甲力に直結する。T-Sterk社。社長に問題があるとは聞いているが、技術者としては一流なのだろう。
『二人とも、基礎的な機動は問題なさそうだ。よく訓練されている。……予定通り、午後からは戦闘機動を開始する。用意はいいか? 体調に問題はないだろうか? 少しでも違和感があれば申し出てくれ』
呼びかけに、やや遅れて返答が来た。
様子を見ながら飛行したが、二人はまだ実機には慣れないらしい。一昼夜休まずに戦闘を継続した程度の経験もある自分とは異なり、消耗も多いのだろう。
コンソールを叩き、これまでのデータに付け加える。
部下の能力を把握するのは、上司としての努めだ。その能力に合わせた訓練や教育をできないのは上官としての怠慢だろう。階級の星の数は、責任の数だ。育てられないのは、どうあれ全て上官側の問題となる。
(フェレナンドは覚えが早いが、基礎的な部分が疎かだ。だから戦闘機動での消耗が大きい。エルゼは戦場経験があるだけあり、やらせてみれば卒なくこなすことはできる。……ただ彼女自体は感覚派より理論派なのだろうな、どちらかというと)
今後の訓練への参考にしよう、とメモを付け加える。
フェレナンドは好奇心に溢れ、次のことをどんどんと覚えさせた方がモチベーションを保ちやすい。基礎の部分は、適宜修正していく。変に熱量を損なわない方がいいだろう。或いは応用を教えて興味を惹かせるのもいいかもしれない。
エルゼは無意味に数をこなさせるよりも、理屈立て、一つずつ積み重ねさせるほうがいい。最終的には十分な技量を手にはできるだろう。
ともあれ、成長曲線――人間は大まかにある程度の時間をかければ、ある程度の領域に到達する。一般には習熟には一万時間を要すると言われている。遠い話だが、無論個々人により差はある。
……さて、と
午前は行程通りの訓練を行った。差し込むなら、今しかない。訓練計画の変更をするには、『もうすぐ戦闘が起きそうだから』なんて意見では不十分だ。
だからこうして無理のない範囲で、促成的な体験を入れていくしかない。
『オネスト少尉、再度の確認だ。射撃武器と近接武器の連携上の特性について説明できるか?』
『ええと……連携しやすいのと、連携しやすくないの……ッスかね』
『そうだな。射撃武器は火線の集中が容易いため連携がしやすく、近接武器は同士討ちの危険が故に連携がしにくい。……つまり俺と同じ部隊の貴官たちには負担を背負わせることになる。まずそれは事実だ。――ローズレッド少尉』
画面に表示させるエルゼの表情を眺める。
小柄故に消耗が早いが、従軍経験が故に疲弊には慣れている。彼女なら大丈夫だろうと、通信を続けた。
『射撃武器の利点と、近接武器の利点を答えられるか? 各種実弾・エネルギー弾などの武器の特性については、この際はいい』
『ええと、先輩が今言ったみたいに連携上で有利なのが射撃武器で……あとは、これに関係しますけど攻撃がしやすいことです。つまり、その――遠くから狙える以上にターゲットの切り替えがやりやすい』
オペレーターを努めていた彼女には、経験からそれが十分理解できているのだろう。
近接戦闘武器では、対象に接近をしなければならない関係上、攻撃可能対象の数は限られる。
一方で火薬燃焼式の各種実弾兵器或いはレールガン、プラズマ砲、ロケット砲などに関しては射程距離に収まっていて射線が通っているならば、その全てが攻撃可能対象となる。
敵AとBとの射線が通っている際、このどちらを狙うかは遠距離武器の場合は任意に切り替え可能だが、近接戦闘武器の場合は攻撃対象を切り替える際には必然相手に近寄るという過程が必要となる。
『結構だ。流石だな。……では二人とも、連携がしにくいこと以外で近接ブレードの主な問題点は挙げられるだろうか?』
『えっとっスね……近寄らないと攻撃できないことっすか?』
『あとはそうですねー、ブレードにも力場を使うからジェネレーターの容量を使うことと、接近のための急速戦闘機動――ブーストにもエネルギーを使うこと。そのせいで装甲が薄くなりがちなこととかですか?』
『その通りだ。二人とも、よく心得ている』
そう、これらは常識であった。
ただ、
『……その上でそれが実戦でどうなるのかについて、解説しておこうと思う。実際に模擬戦闘を行って体感して貰う』
あくまでも教科書上の――という文言が加わるが。
目を瞑り、機体との接続感覚をより強く認識する。
無論、こんなルーティーンなどなくても十全な戦闘は可能だ。可能であるが、訓練での万が一は恐ろしい。戦いにすら出さず部下を失うことは避けたかった。
……準備は整った。あとは、行うだけだ。
『午後の戦闘機動訓練の前に、実際に近接戦闘での注意点をデモンストレーションする。……念の為に付け加えるが、これは、あくまでも体験だ。どんな結果になれ貴官らの能力の問題でもなく、或いは俺の腕を見せつけたいわけでもない』
念の為に付け加えた。
軍隊という組織上、命をかけることになる部下たちには上官に従うに足る理由――実力であったり面倒見であったりカリスマ性であったり――を用意してやる必要があるが、特にここでそれを果たすつもりはない。
苦手であるが、日々のコミュニケーションでそれを行う。そのつもりで言い含める。
『二対一での模擬戦闘だ。近接戦闘を仕掛ける俺を撃墜してみてくれ。……なお近接ブレードには、機体本体と装備本体に二重の安全装置が設定されている。力場に触れれば機能が停止するようになっており、万一機体の安全装置が故障してもブレード側の安全装置も作動する。そしてこれは機体側からの干渉で解除はできない。……つまり、事故はほぼ起こり得ない』
再び整備を受けない限り、この安全装置を解除することは不可能だ――というわけだ。
事故の可能性は低い。
こちらも安心して機動ができると、機体を彼らに向き合わせた。
『状況開始。……どうした?』
スタートの合図をするも、二人の
大きく突き出した嘴めいた胸部の横、火薬燃焼式のアーセナル・コマンド用の連装ライフルの銃口は射線を外されている。レーザールールを遵守したままだ。
その躾が行き届いていることに感心するが――……少し思案した。
『……すまない。説明が足りなかったか。困惑させたなら悪いが、開始の合図と共にすぐに模擬戦闘に移ってくれ。位置関係は、今のところから始める。このままだ。現実的なシチュエーションとは言えないが、これはデモンストレーションだ』
遭遇した敵味方ともが足を止めた状況というのは現実的ではない。
無論、市街戦や或いは構造物の内部での不意の遭遇戦ではそんな状況もあるが――これを今言うと彼らに余計なことになるので、伝える必要はないかと判断する。
端的に通信を入れた。
『撃っていい、オネスト少尉。開始後の判断は貴官らに一任する。これまでのシミュレーションと術科学校での基礎操縦過程に基づき、行ってくれ。――状況開始』
言うと共に、フェレナンド機――コールサイン:ノーフェイス3のライフルの銃口がこちらを捉える。
瞬間、奥歯を噛み締めた。
凄まじいマズルフラッシュと轟音。吐き出された弾丸が秒速八〇〇メートルオーバーで対象へと殺到する――何もいない中空へ。
膨大な推進炎と骨を軋ませるほどのG。
バトルブースト――強電により指向させた力場と推進剤の双利用により、機体を撃ち出すかの如く急速な回避運動を行うアーセナル・コマンド特有の
『見ての通り、至近距離でのバトルブーストに対する追従は難しい。この点で、この距離まで近寄られて回避行動をされてしまうと照準が間に合わない。遠方ならば、照準の継続は可能だが――』
言いつつ、再び歯を噛み締める。
敵機直上――――フェレナンド機の下方へと撃ち出されたこちらの
推進炎と衝撃。
狙うは、棒立ちのフェレナンド機。すり抜けるようにブレードで斬り上げた――安全装置により紫炎が消滅。
『そして機動を行えないと、脆い。だが――』
一方のエルゼ機――ノーフェイス2へと目を向ける。彼女はこちらのバトルブーストに合わせて、斜後方へのバトルブーストを行っていた。
半ば反射的だったのだろうが、よくできている。それが重要だ。
回避するにせよ、追従して射撃するにせよ、基本的には接近する相手のバトルブーストには同じくバトルブーストで合わせる必要がある。
遅れて、立ち直ったフェレナンド機もバトルブーストを行った。そして、通常ブーストへの移行。足を止めず大きく回旋しながら、斬り上げたままに上空へのブースト飛行に移ったこちらを追従してくる。
こちらもバトルブーストを用いずに右に左に躱そうとするが、フェレナンドはよくついてこれている。発射する弾丸が、機体のすぐ脇を通過した。最低限の基礎的な運動射はできているらしい。
だが、
『当たらない!?』
『機動と共に慣性力が発生する。移動し続ける対象に命中させるために、銃口の細かな向きの調整も必要になる。偏差射撃と聞いてはいるだろう。……無論、照準補正装置がその手助けをするが――』
クイックターン。
レの字を描くように、右方へと急激な転換をする。フェレナンドのライフルはそれを追おうとするも――衝突し、止まった。
『照準補正だけに頼るな。それは腕の動きだけにしかならない。人体同様に機体そのものの、構造的な可動域の限界がある』
右腕に構えたライフルの可動限界。内側へと右腕を絞っていく動作は、否応なくその機体自体の胴体が障害となってしまう。
人間と同じだ。外に開くのは十分にできても、内側の可動域には限界がある。
それを加味したエルゼ機――ノーフェイス2。フェレナンドへの支援。腕や腰、機体の姿勢を巧みに制御しながらライフルの照準をこちらへと向け、接近しようとする
狙いの正確さが増していく。向き合う彼我の接敵距離が縮まるに合わせて、彼女はこちらの撃墜への照準を固めていく。
いいぞ、と頷きながら――バトルブースト。
強烈な加速度の反動。
だが、互いに十分な距離がある。ノーフェイス2は通常のブースト飛行のみでこちらへの追従射撃が可能だ。その機体が勢いよく体勢を変えながら弾丸を吐き出し――全てが遠巻きに逸れていった。
『そして、照準補正の作動にもある程度のタイムラグがある。急に機体を向けようとした分の慣性力と遠心力は、思わぬ形で足を引っ張る。……特に冷却や装填の関係上で射撃間隔がある武器ではこれが致命的にもなる』
レールガン、或いはプラズマライフル。
断続的に発射する銃とは異なるこれらでは、一度外すとその次までの隙が生まれてしまう。
その点には注意が必要だった。
『理解できただろうか。射撃武器も決して万能ではない。当てられない――攻撃ができないという意味では距離があるときのブレードとそう変わらない。そして……』
戦闘機動を開始する。
バトルブーストに次ぐバトルブースト。さながら雷光の如く、空間を割くように跳ねる機体が二人を目指す。
多少なりとも弾丸が掠り、力場が削れる――あくまで模擬弾でありそういう設定で内部処理させている――が、直線的なジグザグ機動の
『ローズレッド少尉、ブレードを抜いて機体の関節を固定しろ。当てに行くぞ』
通告を出し、接近機動を続行。
彼女の用意が整うまでフェレナンド機の弾幕を上下左右に躱し続け――――そして、接敵を開始する。
眼前のモニターに広がる
力場と力場の鍔迫り合い。
バトルブーストを乗せた斬撃と、足を据えた機体の防御。互いの力場が干渉し――拮抗して、機体の動きが止まる。
そこで、フェレナンドへと呼びかけた。
『撃てるか、オネスト少尉。俺も、彼女も、今は装甲が薄くなっている。――その状態で撃てるか! 同士討ちの危険があるというのに!』
彼の機体へと背を晒す形であったが、フェレナンドは躊躇した。せざるを得なかった。
実際のところ、弾の種類にもよるのだが――……ともあれこれで証明はできたのだ。近接武器は援護や連携というのが難しいとの証明が。
そうだ――近接武器は援護や連携が難しい。それは、近接武器を用いる相手に対して応対した場合でも同じであった。
『このように、近接武器にはもう一つ特性がある。それは、連携が難しいという自分の不利を相手に押し付けられることだ。近ければ貫通の心配、遠ければ着弾点の心配が生まれる。この間合いまで寄れば、相手の連携は無意味となる』
押し返すエルゼ機の力場の圧に相乗りするように、ブレードに込める力を緩め後方へと跳ぶ。
更にそこから直角へと機動を行い、フェレナンドの射線を切った。二段階バトルブースト――それが近接ブレードでの鉄則だ。
再び、通常の飛行へと移行する。
『つまり、近接ブレードのみを用いてたった一人で全ての敵と戦うことも理論上は不可能ではない。そして――』
適宜バトルブーストを交えて射線を切りながら、彼らとの位置を調整して通信する。
『オネスト少尉。一時状況変更だ。次は俺の合図でローズレッド少尉を撃て。――ローズレッド少尉、再度ブレードを構えてくれ』
再び、エルゼ機へと接近。
紫炎を放つブレードが、機体の前方にて彼我を遮る盾めいて斜めに構えられる。まさしくモニター上で急接近するそれを存分に収めながら――バトルブースト/方向転換。
彼女の機体との衝突の寸前で直角に回避し、フェレナンドへと通信越しに合図を送る。
呼応したライフルのマズルフラッシュが瞬き――発射された弾丸は全て力場を超え、【撃墜】の判定表示がモニターに映し出された。
あまりにも容易い撃墜判定。いくら直撃したとしても、通常、《
『ブレードを用いるということは、その分、装甲や回避に用いる電力が減ると理解しているだろう? つまり、このように実際に斬れなくともただ応対させるだけで相手の力場を減衰させられる。格段に射撃武器による撃破がしやすくなるという訳だ』
機体の動きを止めながら、状況停止を呼びかける。
二人のバイタルサインは危険域には遠いが、息は上がり、その顔色に疲労の色は色濃く出ていた。
言うまでもなくバトルブーストの急加速は、多大なGによる消耗を伴う。ともすれば機体より先に人間に限界が訪れることもあるというほどだ。
今後、基礎的な体力錬成のプログラムを強化すべきだろう。何はなくとも、躱し続けられれば二人が死ぬことはなくなるのだから。
『相手が無防備なら斬り刻み――受け止められる、と思ったら攻撃を中断して仲間に任せればいい。判っただろうか? ブレードの方が、結果的に連携度が高まる。実戦ではそんなこともある』
二人の息が整うのを待ってから、総括を告げた。
教訓にして貰えるだろうか。多少なりとも彼らの糧になってくれれば、それほど嬉しいことはない。
『えっと……思ったんスけど、グリム大尉。それなら敵も同じことをしてくるんじゃないッスか?』
『いい質問だ。ただ、二つ問題がある。一つ、近接斬撃のための接近加速――推進にも多大な電力を消費する。エネルギー兵器――起動や維持に電力を消費する武器を搭載することは、それだけで近接戦闘の不利になる』
バトルブーストは、要するにただ普段よりも加速度を上げた推進にすぎない。
必然、力場を増大させるだけのコストはかかる。
『実弾兵器は、言うまでもなくその重量が加速性への影響となって現れる。速度を確保しようとするなら、こちらもまた電力消費が大きい。……つまり射撃武器を積載すると、その分、斬撃のための複雑な戦闘機動が取れなくなる』
二段階バトルブーストが基本と言ったが、機体に搭載した兵器如何によってはそれも難しくなる。
最低限の《
故に、
『だから射撃武器と近接武器を両方搭載している、という場合には先程の俺のような機動は極めて難しくなるということだ。……無論、状況次第だが。そういう際の技術もあることにはある』
そう結べば、フェレナンドは頷いた。
素直なだけ、素直な疑問が思い浮かぶのか。着眼点は悪くないな――と微笑ましい気持ちになる。
『えっと、グリム大尉……二つ目はなんスか?』
『誰もやりたがらない、ということだ。連続した急激な加速度で心身共に影響を受け、おまけに装甲が薄くなる危険を犯してまで敵の弾幕に突入する真似は、不思議と、どうも、恐ろしいらしい』
『それは怖いですよ先輩。不思議でもなんでもないです』
『そりゃ怖いっす。怖くない人の方が怖いっすね』
『……笑うところだったんだが』
ジョークなんだが。
『や、笑えないことを言われましてもエルゼちゃん的にもちょっと……』
『多分それで笑える人間、この世に一人もいないと思うっスよ』
『……緊張を解そうとしたのにな』
そこまで言わなくてもいいのではないか。上官に対して辛辣すぎやしないだろうか。ちょっと酷くないだろうか。
……まあ、風通しがよいということで頷いておこう。
こうしていれば、二人に何か問題があったときに素直に相談をしているかもしれない。また、あらゆる報連相は大切だ。そのための空気作りになったら、悪くない。
……悪くない。そう、悪くない。悪くないのだ。そうだ。
まあ、ともあれ、伝えたいことはそこではなかった。
言いたかったのはひとえに、
『これで理解して貰えただろうか? この小隊でも、連携上は大きな影響は出ない。そして、或いは相手以上に連携上の強みも得られる。貴官らを不安にさせるようなことは、俺は起こさない』
彼らの不安を解消してやりたい。それだけだ。
『はい、先輩!』
『了解っす、グリム大尉!』
そして、効果はあったらしい。
勢いよく返事をする二人へ、満足げな気持ちになる。十分に上官としての責務は果たせたようだ。
軍人という困難を伴う職務であるが……それでも仕事をするなら、できるだけ快適な環境で行わせてやりたい。自分はどんなところでも大丈夫であるが――……部下や後輩に対しては、特にそう強く思ってしまう。
『それでは、次からは小隊間での連携にかかる戦闘機動を実施する。アーセナル・コマンド・リンクでホログラムターゲットを共有してくれ。まずは――』
◇ ◆ ◇
午後の訓練は、行程通りに終了した。
途中、エルゼとフェレナンドで模擬戦を行わせてみたが……そのどちらの機動にも先程の内容を反映させよう、という気概が出ていて良いものになっていた。
勿論、現時点で彼らが十分に行えることは少ない。
シミュレーターの時点からできないこと、シミュレーターの時点で行えていたが実機ではできないこと……色々とあるが、確かな成長は見られる。
あとは慣れて貰うだけで、仮に本当に戦いが起きてしまったとしても――――それまで自分が彼らを死なせない。そうすればいいだけだ。完璧に実施できる、とは言えないが。
(……このようなときの為に、備えている。揺らがぬのはそのためだ。グリム・グッドフェロー――義務を果たせ)
己に言い聞かせて、帰投の飛行を続ける。
……しかし、訓練は上手く行ったというのに。
『いや、ほんと、びっくりしたっす……』
『や、エルゼちゃんもちょっと……』
二人の様子は、あまり、芳しいとは言えなかった。
『二人とも、何か問題が? 辛いなら
そう呼びかける。
軍人であるのはそのためで、上官であるのはそのためで、備えているのもそのためだ。
故に、負担を厭うことはない。負担と感じぬように己を鍛えられるようにしている。
自分という人間が、常に他人を助けられるとは限らない。それは自覚していた。だから備えるのだ。少しでも余裕を生み出すために、あらゆる物事を苦と感じぬように――。
『いや、その、言いにくいんスけど……』
『どうした?』
問い返すと、返ってきた答えは予想を外れていた。
『いやー、こう……グリム大尉ってまともに喋れるんスね。なんかこう、普段よりちゃんとコミュニケーション取れてた気がするっす。大尉、人間の言葉喋れたんスね』
『やー、今になって
『……。…………。……パイロット以外には、嫌われていたのか。俺は』
……。
『いやー嫌われるかはともかく、それで好かれようとか無理じゃないっスか? オレは先輩のこと尊敬してますけど』
『あ、ご安心くださいね。エルゼちゃんもアレですよ? 土下座して三日三晩頼み込んでくれたら恋人にするか少し考えてみなくもないかなーってくらいに高めの好感度です! おめでとーございまーす!』
『……そうか。いや……そうか。そうか……』
『あ、凹んでる。すげーっスね、やっぱ操縦中だとなんかわかりやすい』
『凹むことあるんですね、先輩。なんか可愛いと思いますよ、それ。ちょっとグッときました! エルゼちゃん的にポイント高めです!』
『……』
何なんだろう。部下からの扱いがひどい。
職場に大切なのは風通しだとか、管理職に必要な資質はコレ!みたいな本を読んで勉強したというのに。
なんかひどい。実は嘘だったんだろうか、あの本。
そうして夜にマーシュを迎えに行って相談してみたら、ただ溜め息を吐かれた。
祝いの席というハレの場に自分なぞの人間が顔を出して迷惑にならないように店の中に入らないようにしたのに、何故だかそのことへの小言も貰った。
今日はわりに頑張ったと思うのに、こう、なんだか悲しい一日だった。
観閲式まで、あと三日の日のことだった。
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