第2話 エピローグ/最終決戦 その2

 無線越しにも表情が浮かぶようなシンデレラの声色に、僅かに思案する。

 意図が正しく伝わればいいと思うが、コミュニケーションは余り得意でない。苦手意識があるが故に、どうしても無駄に細かく話し過ぎてしまうきらいがあった。

 ともあれ、


「投降の意思があれば武装を解除してくれ。でなければ、実力行使により無力化する他ない」

「何を……言ってるんですか……?」


 改めて勧告を繰り返す。

 返ってきたのは、より困惑が深まった声だった。


「……何とは。俺は、職責に基づいて行動している」

「職責って……わたしと今戦うことが、貴方の職責なんですか……?」

「武装解除をされれば、戦闘には移行しない。……貴官の判断次第だが、如何か?」


 問いかけても、シンデレラと【グラス・レオーネ】に戦闘行動の兆候は見られなかった。

 まだ、言葉での問答が通じるのか。

 彼女に語った言葉は偽りのない本心だ。年若い少女が戦闘に巻き込まれ、その手を汚し、挙げ句こんな緑一つもない宇宙空間で死するなど――そんなことがあっていいはずがないのだと、そう思っていた。


「どうして……どうしてそんなことをするんですか……? せっかくあの男を墜としたのに……! アレを止めなければ……貴方が退かなければ、人が大勢死ぬんですよ!?」


 頭上には、地球の二つ目の衛星となった巨大隕石――B7R。

 本来、月という巨大な衛星を有する地球には二つ目の衛星は存在できないとされていた。月の引力影響によりそれぞれが衝突するか、それとも地球の重力圏を脱してしまうか。

 だが、実際にある。

 故に起きたのだ。人類の生息圏の減少と、それに伴う強制的な生息圏の拡大が。そして、戦争も起きた。


 ラッド・マウス大佐は狂った力場という時代と称したが、確かにそれには頷ける。あの隕石一つが、それまでの人類の生活を一変させたのだから。

 そして彼はそんな隕石を砕け散らせる、そのために行動していた。巨大な隕石としての形を保てなくなればそれは、地球または月へと降り注ぎ、二つ目の衛星としての引力を発揮できなくなる。

 その是非を問う権限は、彼の言うような一兵士である自分にはない。

 わかることは、一つだけだ。


「まあ、そうだろうな。あれだけの大きさで、大勢死なないことはないと思う」

「だったら……! それに今、貴方は協力してくれたでしょう……!?」

「ああ。彼は部隊の予算を定められた用途以外に使用し、出頭を要求した憲兵を殺害した。軍内部に私派閥を作り、私的な武装集団を形成した。大佐は重大な軍事規律違反を犯した。そして出頭命令に反抗し実力を用いて抵抗したため、やむを得ず撃墜するしかなかった」


 軍人が中核となり、国家権力以外が有する私設軍事組織。

 それは一般に民主主義及び文民統制への反逆に他ならない。

 そうだ。

 ――【フィッチャーの鳥】。

 直接的な戦争の切っ掛けにして敗戦国である衛星軌道都市サテライト海上遊弋都市フロートへの治安活動のみならず、中立であった空中浮游都市ステーションでまで辣腕を振るった悪しき部隊だ。

 人民の感情として、そのレジスタンスとて作られるだろう。連盟軍内部にも、その義勇兵として参加したものもいると聞く。

 【ハシバミの枝ヘーゼルアスト】――シンデレラが参加したその組織が最たる例だろう。

 とはいえ、彼女とて、一度は連盟軍に席を置いたのだ。


「何をっ……わたしのことを助けてくれたじゃないですか……!?」

「君にも出頭命令が出ている。敵前逃亡及び、装備の不正利用。……だからといって裁判も行われていない今、君が殺されることを見過ごす理由にはならない」


 本心を言うなら、年若い彼女に殺されて欲しくなかったというものだが――今、


「何を……言ってるんですか……? ねえ……シンデレラって、呼んだじゃないですか……わたしのことを……。呼んでくださいって……それで、呼んでくれたじゃないですか……」


 軍務に基づく。それが軍服を纏う以上、最低限の対価だ。

 それを見誤れば、ラッド・マウス大佐と変わらない。己の襟を正さねば、彼の過ちを糺す権利すらないのだから。


「先ほど俺は、職責に基づいた行動をする……と言った」

「まさか……」

「アレの停止は求められていないし、通達もない。アレは軍事行動の一貫なんだろう。そして同じく俺には、私的な武装集団の捕縛または撃墜が命令されている。投降に応じられなければ、已む無く撃墜する他ない」

「この期に及んで争うんですか……!? 貴方は……!」

「投降してもらえないと、そうなる。法廷のために、可能な限り無力化を心がけたいが……やむを得ないなら撃墜するしかない」


 自分の未熟だ。

 非殺傷型の兵器は搭載していない。残弾の関係上、継続戦闘が予期される戦場での運用は極めて難しいのだ。


「法廷とか職責とか……そんなことを話す場面ではないでしょう……!?」

「……規律が守られないことの方が問題だと思うが。一度規律が破られれば常態化する。そうなった軍隊は悲惨だ。ラッド・マウス大佐や、【フィッチャーの鳥】を見れば明らかだろう」

「それは……ッ!」

「独断専行、規律無視……現場の判断で戦争の口火を切ることにすら繋がる……何事にも前例を作るべきではない。特にこの状況、いくつも前例を積み上げるべきではない。ましてや俺は士官だ」

「今更、そんなことを! この場で!」

「どの場でも、と思うが……契約に関しては」


 シビリアンコントロールの原則を破ることが常態化した軍隊が齎すのは、死と破壊だ。

 国家の法制や指針に従わず、あまつさえ自己弁護と自己判断で戦端を開く。その尻拭いをするのは何も知らない市民と、大勢の兵士たちだ。

 人が大勢死ぬ。不幸を呼ぶ。

 その一点に関して、決して契約と規律は破られるべきではないのだ。


「法律家気取りなんですか、貴方は……!」

「気取るつもりはないが、規律と規範は必要だろう。俺たちは、暴力を取り扱ってる。近現代において暴力は、規律と規範の名のもとにおいてのみ許容される」

「その暴力が、人にめがけて使われようって言うんですよ!? 大勢の人に! 何も知らない人に向けて! 恐ろしい暴力が! 心が痛まないんですか……!? おかしい筈なんですよ、こんなことは……!」


 黒い空と、青い海――破壊された中継宇宙ステーションの残骸や機体の破片など以外に遮るものがない宙空。

 その向こうには資源衛星:B7R。

 かつてのスペースウォーズ計画に基づき地球からの迎撃行動が行われ、奇跡的な重力均衡の下に停止し月に続いて二つ目の衛星となった飛来隕石。世界の在り方を変えたもの。今まさに爆発し、地球目掛けて振り下ろされんとする金槌の頭。

 アレが地表や月面に到達すればその衝突の破片で大勢の人間が死ぬだろう。……罪もない人間が。いや、罪があるとしても決して不当に奪われるべきではない人命というものが。


「……痛む」

「……! だったら――!」

「痛むが……それと俺の職務に、何か関わりがあるのか? 民間人への被害は、これまでの作戦でも是認されていたが……」

「な――――」


 少女が――金髪のシンデレラが絶句する。

 灰被りシンデレラの頭部だけが灰色の機体もまた、操縦者の当惑を受け取ったかの如き反応を見せた。

 今のうちに斬りかかれば無力化できるだろうか。

 いや、それも五分だ。そして信頼と会話に付け込むなど、どうにも人道に反する。機体の状態画面を呼び出しながら、言葉を続けた。


「……命令で人を一人殺した。二人目も殺したな。何人も殺した。その時、心が痛んだ。だが俺は行った」

「それが一体、なんの……!」

「十人なら痛みの大きさが変わるのか? 一人なら痛まないが、十人なら痛むと? その殺された一人と十人の違いは? 命の価値はどれも同じの筈だ」

「だから――百人殺そうと、百万人殺そうと、一億人殺そうと変わらないんですか!? アナタは!?」

「どれも同じ殺人だ。忌まわしい殺人という行為だ。そして俺は、職務においてそれを是として雇用された、金で人殺しを受ける人間だ。全て同じだ。……残念ながら、この世界に非戦闘員への作戦上での正当なる被害を取り締まる条約も法令もない」


 調べてみたが、どうやら、拷問や尋問に関する規定はあれ戦闘中のにおいて民間人への被害を制限する条約は存在していなかった。

 ……敗戦してしまった側が戦時における虐殺について戦争犯罪人として裁かれることはあれ、戦勝側が処分されているというのは聞いていない。

 それがでないなら――……都市部への絨毯爆撃でさえ是認されている。

 そして何を以って不当、何を以って正当とするかの一定の基準はあるが……今回の件が本当に不当な行為なのか、残念ながら十分な判断材料がなかった。

 いずれ裁かれるだろう。……ただ、今ではない。それを決めるのは法廷であり、法曹家であり、文民であり……自分ではない。


「おかしいって思ってくださいよ……貴方がそんな人間だなんて、貴方に助けられた人間はどう思うんですか……! あのときも! 今も! なんで助けたんですか、わたしを……!」

「俺が、人道的にそうすべきだと思ったからだ」

「ッ――なら、今回も……!」


 彼女は必死に呼びかけている。

 このまま会話を続けて、言葉だけで戦闘を止められるだろうか。……戦わないことが一番いい。そう思いながら、ホログラムコンソールを叩いて機体の状態をスキャニングする。


「君のときは職務に反しなかった。今回は反している。……同じではないのでは?」

「同じですよ……! 人が人を助けようと思った優しい心があるなら、それを押し殺すべきではないんだって何故わからないんですか!?」

「そう言われても……任務だからな」


 医者が殺人犯の蘇生をしないことがあるだろうか。

 消防が、放火魔の家に点いた炎を消さないことがあるだろうか。

 軍人が、戦火に巻き込まれた刑務所の警護を行わないだろうか。

 職務は個人的な好悪や或いは職務内容と対立する相手であっても、果たすべきものだ。果たされるべきものだ。。この先たとえ人類が滅ぶとしても、その最後の日まで厳然と守られるべき定理なのだ。犯してはならないものなのだ。


「俺は、公私の別はつけるようにしている」

「機械と話しているんじゃないんですよ、機械と……! 人間の会話をしているんです……! 貴方という人間と! わたしが! 話を!」

「俺は元より人間なんだが……。そういう話ではないのか……?」

「違いますよ……! 何故そう、いつもと同じなんですか……! いつもと同じ腑抜けた様子で……! 人を殺すとも、争うとも思わせない……腑抜けたままで! いつもしてくれていたみたいに! こんなときなのに!」

「どんなときでも、俺は、任務には一律の成果を出せるように務めている」

「だから……っ! わたしが聞きたいのはそんな言葉なんかじゃない……! 信じられないことを、これ以上信じさせようとしないでくださいよ……!」


 通信越しに涙混じりでされる絶叫は、とても見ていられるものではなかった。

 志願したとはいえ、実態は戦時の特別規定による徴兵のようなものだ。本来なら戦うべきでない少女が、戦いの場に駆り出されている。歪で異常な有り様だ――それが法的に是認されているにしても、だ。

 その辺りの心神耗弱は減刑の理由にはならないか。

 そう思案しつつ、宙に青く投射されるような投影型コンソールに触れる。予め導入されている四肢破損時のバランサーパターンの変更を適用――自動で推力を調整。戦闘の続行は可能だ。


「……もう話はいいか? 後で十分な面会はする。投降するなら規定に基づいて――」

「よくわかりました。わかりましたよ……わかってしまったんだ……!」

「……何をだ?」

「貴方という人間が、この世の歪みなんだ……! おかしさなんだ……! それが形になったような人間なんですよ、貴方は……!」


 泣き出しながら、彼女の白銀の機体の腕部が稼働する。レールガンライフル。専用設計機のためにデータはない。

 左手でホログラフィックコンソールパネルに入力――――残弾は不明。消費弾は二十三発。


「極めて平均的な人間モブのつもりなんだが……。流石にそう言われると、傷付く」

「一番傷付いているのは貴方じゃないんですよ……! ここでは! 物理的にも! 精神的にも!」

「……そうか。その、何か相談に乗れることはあるか? 会話やセラピーが必要なら、投降後に……」

「まだ投降すると思うんですか!? わたしが! こんなところで! こんなときに! それがおかしいって言ってるんです! どうして判らないんだ! なんで判ってくれないんですか……他ならない貴方が! どうして……!」


 嗚咽混じりで、啜り泣く声が聞こえた。

 ストレス値の限界か。

 思えば長く前線で戦わされてきた。そして反抗勢力への合流だ。十分な軍事組織と呼べないそれらではメンタルケアも不足していたであろうし、何より、追われる立場とあっては心も休まらなかっただろう。

 ……こちらにも、己のバイタルサインと脳波パターン――高ストレス状況。

 問題ない、と言い聞かせる。いつもどおりなのだ。

 問題ない。あらゆる状況において、十分に機体性能を発揮できるだけの訓練は積んだ。問題ない。


「どの状態でも投降は受け付けられると思うが……了解した。残念だ」

「残念なのは……残念なのはわたしなんですよ……! わたしの方なんですよ……!」

「そうか。……それは悪かった」


 言うなり飛来した棚引く金色の光線。高出力のプラズマ砲が、拒絶と排除の意思の下に襲いかかる。

 息をつかせぬ弾幕に、それでも無理矢理に呼吸をする――――呼吸の停止は視界の狭窄を生む。どれだけ集中したくとも、息を止めるべきではない。

 戦闘機動を先読みしたような射撃――所謂射撃だ。

 膝を曲げ、脚部の実体シールドで受け反らす。力場が削られ、警告を伝える赤いメッセージが視界に浮かび上がる――無視。気を逸したら死ぬ。そういう場面だ。

 やはり彼女の機体制御は図抜けている。

 若年だというのに、才能があるのだ。操縦の才能が――殺人の才能が。


(加減はできそうにないな。……仕方ない。全力で斬るか)


 先の戦いで、こちらの機体の右足は吹き飛んでいる。

 安定性が失われているが――逆に言うならば、機動性は増したということだ。コウモリやかつての戦闘機と同じだ。飛行的な安定性を欠かせることが、機動性に繋がる。

 この場合は、機体の回旋や旋回性か。その辺りも念頭において操縦しなければならない。

 ――ああ。

 冷静を保つように自身に言い聞かせても、どうしようもない怖気と臨死の恍惚感が襲い来る。

 それは不要だと、己に言い含める。理性ある人間が戦いに高揚を感じるなど、あっていいはずがないのだ。


「こんな形になるなら……何故助けたんですか……! わたしの心を掻き乱して! 土足で踏み入って! どうして……どうして味方してくれないんですか!」

「……弁護人の選定は保証する」

「だから! そんな言葉が聞きたいんじゃないんですよ! そんな言葉をかけてほしいと……わたしがそう思ってると! 貴方は思ってるんですか! 貴方の中のわたしは!」

「……。君と争いたくない。傷付けたくない。まだ若いんだ。君は、十分なケアを受ける権利がある。投降してくれ……まだ間に合う」

「間に合わなくなってしまうと! 何度も言ってるのはこっちなんですよ……! アレを! あのままにしておくと!」


 激高する少女の放つ弾丸は、本命と牽制を兼ねていて的確にこちらの逃げ道を制限していく。

 やはり彼女はこの世界の頂点なのだ。選ばれた者。暴力の山嶺。戦士の中の戦士。最高の操縦者――――主人公。

 それは知っている。前世の知識で、理解している。

 問題があるとすれば、


(それにしても……俺は一兵士モブだった筈なのに、一体)


 その一点だ。

 この場に立つに相応しい相手は多くいた筈だ。何故、さしたる強い主張も持たない自分がここにいるのか。

 どうして主人公との最後の戦いが自分になっているのか問いかけたい気持ちながら、スラスターを全開にエネルギーブレードを抜き放った。



 ◇ ◆ ◇

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