【150万PV感謝】機械仕掛けの乙女戦線 〜乙女ロボゲーのやたら強いモブパイロットなんだが、人の心がないラスボス呼ばわりされることになった〜

読図健人

エピローグ

第1話 エピローグ/最終決戦 その1

 決して折れず、曲がらず、毀れぬ剣。

 そういうものでありたいと思った。


 そういうものであるべきだと――思う。

 思っていた。


 今も、思っている。



 ◇ ◆ ◇



 一筋に駆ける黄色と黄色の閃光が衝突し、仄暗き宇宙空間に眩い大花を咲かせる。

 シンディ――シンデレラ・グレイマンの駆る白銀色の鋭い機体と、黒炎めいた大型稼働翼を持つラッド・マウスの機体。

 人体を拡充したと思しき巨大な人型機械兵器が向け合うのは銃口であり、互いを狙った殺意のプラズマ砲はコンマ一メートル・コンマ一秒以下の誤差もない照準で放たれていた。

 偶然なのか、必然なのか。

 神業と称するしかない高速のエネルギー弾同士の正面衝突は、衛星軌道上において長く続いた戦いの徒花めいて鮮烈に瞬いた。


「この……!」

「少女ながらに、やはり上手……!」


 その、二射目。

 殺意の交差。

 ジェネレーターから直結された電力が粒子を加速させ、再び発射される――――その直後、或いは間際に。

 彗星めいて尾を引いた高速の機影が、蒼い閃光が、その手に二つ掲げた紫炎の近接エネルギーブレードにて、まさしくその中間点で双方の攻撃を相殺していた。


「我ながら運がいいな。……二度はできない」


 間に合ったと、息を吐く。

 最終決戦――……と呼ぶべき場面か。どちらもが死ぬ前に、この場への介入を果たせた。そのことに強い安堵を覚えつつ、対閃光モードが起動されたヘルメットのシャッターを解除しながら改めて全周モニターを睥睨する。

 自動拡大――映る機影は二つ。


「っ、貴方は……!」


 無線で驚愕の声を発したのは、金髪のシンデレラ・グレイマン。

 かつては共に戦った民間人の少女――民間人ながら巻き込まれ、そして、エースパイロットと称されるまで腕利きになった十代も半ばの少女だ。

 彼女が保護高地都市ハイランド連盟軍を離反し、レジスタンスに合流してから戦場で相対するのはこれが初めてだろうか。

 元気にしていたか、と声をかけたい気持ちもあったが――……今はそんな場ではない。オープンチャンネルで双方に呼びかける。


「職責に基づいて行動した。双方、速やかに軍事行動を停止してくれ。……軍事裁判への出頭命令だ。投降を要求する」


 両機の中間に割り込んだ形であるために、撃とうと思われてしまえば双方からの射撃が予期される。

 そんな恐れを噛み殺して努めて冷静に呼びかけたつもりであったが、返ってきたのは嘲笑めいた男の笑い声だった。


「この期に及んで勇者気取りになったのかね。軍務の犬はお呼びでない場だと、理解できなかったか?」


 ラッド・マウス大佐。

 衛星軌道都市サテライト海上遊弋都市フロートの同盟と保護高地都市ハイランド連盟間で起きた三年前のあの戦争の終結の翌年。

 地上に降り注いだ無誘導運動エネルギー兵器――神の杖――が戦端を開いた人類史上最大の殲滅戦の、その敗戦勢力二つを監察するために作られた保護高地都市ハイランドの特務部隊の指揮官であり、自分の上官だった男だ。

 軍部の協力者と信奉者、そしてかねてより所持していた私兵を中核に決起した貴族崩れの野心家。


「申し訳ないが……俺は犬ではなく、人間だ。それに……理解しかねているのは別のことだ」

「ほう?」


 通信を続けながら、全周モニターに映る光点を拡大する。

 シンディ、ラッド共に駆るのは公式採用のリストにはないアーセナル・コマンド。

 ――専用機ワンオフ

 ラッドの機体――モニターに映る識別名【ブラック・ソーン】。燃え上がる炎めいて胴体から放射的に広がったその黒き翼は、まさに推進機であり――何よりだった。つまりアレは、重装甲と高機動の両立を果たしている機体だ。

 こちらが搭乗している高機動改修した量産機の先行配備モデルとは違う。アレは彼のために彼が設計し、そして運用している一点物の戦略級戦力なのだ。

 背筋が薄ら寒くなる気持ちだったが――


「これはこれは……君のような男に何かを疑問に思うことがあるとはな。さて、一体、何かね?」

「……貴官はいかなる法的な裏付けの下に行動している?」

「なに……?」


 プラズマライフルの銃口はこちらを捉えたままだ。だが、問いかけの意図を測りかねたのか――動こうとはしない。

 ……何にせよ、会話の機会を与えられるならば願ってもいない。無線に乗せて質問を続行する。


「近代兵士の原則だ。兵士はその職務において、与えられた命令に従い、国家の平和と独立の維持のために、その安全の保障についての軍事行動及び治安維持活動を承認されている。その一点でのみ暴力という忌むべき行動が是認される……貴官の行動はそれを大きく逸脱していると思われるが、如何か?」

「……この私に、犬であることの意義を説けと言いたいのか? 激高を誘っているのかな?」

「いや、ただ疑問に思っただけだ。……細かくは後ほど法廷でも追及されるだろう。答えにくいなら、貴官の主張は後日傍聴する」


 もう一度、笑いが来た。

 高笑いだ。彼は戦闘において機体と脊椎接続アーセナルリンクした際、アッパーに入る人間らしい。


「どこまでも犬は、犬か。実にな、君は」

「……」

「改めて見ても、随分といびつな機体だ。……君の思想が現れていると思うよ。ただ早く、ただ真っ直ぐに、曲がらず、斬り殺すだけの魔剣の如き機体。殺すことしか考えていない戦争の権化というべき形だ。心無い兵士そのものだ。醜悪ですらある」

「……俺はともかく、整備班と設計者への侮辱では? まぁ、考え方は人それぞれだが」


 アーセナル・コマンド。

 今や月の如く地球の二つ目の衛星に収まった巨大隕石B7Rに由来する金属:ガンジリウムを用いられた人型の汎用機動兵器。

 ある一定の周波数の電流を流すことで、流体として運用する際に限り、この金属はとも呼ぶべきエネルギーフィールドを放射/形成する。

 機体の装甲内部に血管めいてガンジリウムの流体を循環させ、そして電流を流し続けることで形成される《仮想装甲ゴーテル》。

 二足歩行のために軽量化させた機体を補う不可視の装甲。

 そして戦闘機には搭載不能なサイズのジェネレーターが生み出す電力によって、駆動系及び推進系すらもこの力場に任せた人型搭乗兵器がアーセナル・コマンドであった。


 早い話が、ビデオゲームのようにヒットポイントのある人型ロボット……のようなものだ。

 前方投影面積がそのまま力場の発生――装甲に直結するために、今では戦闘機や戦車に取って代わった。更にその力場の指向性を操作すれば、超音速時の空気抵抗に備える尖衝角にもなる。

 戦車には不可能な部隊展開速度を発揮する戦略的な機動性と、同時にエネルギー・実体弾に対する強力な装甲性――それらを両立する次世代兵器という訳だ。


 そんな機械の、第三世代型。

 正式採用機【コマンド・レイヴン】の高機動改修型【コマンド・リンクス】。先行配備が叶ったうちの一機。

 その銃鉄色ガンメタルの機体。通称:古狩人オールドハンターの名の通り、頭部があたかも狩人の三角帽めいているのが特徴だ。

 特にワンオフではないが――主武装は両腕腕部外側に装備された一対の顎を持つエネルギーブレード。それと脛部の増加装甲兼用の実体剣――整備班に頼み込み、他の全ての武装を取り外すことで機体の軽量化を図っていた。


「その不遜な態度……出会った当初から思っていたよ。君にはどうにも苛立つ、と」

「それは……失礼した。先に言って貰えれば対応できたかもしれないが……いや、この歳になると性格はあまり変えようがないか。不快にさせたなら申し訳ない」

「その、何にも影響を受けないという在り方……立ち振舞い……言葉を交わしても何一つ交わさない……あまりにもおぞましい生き物だ。……この先には連れていけないな。ここで墜ちて貰おうか」

「申し訳ないことに不可能だと思うが……まあいい」


 特段嫌うほどの相手でもないが、好むほどの相手でもない。

 そうは言ってもかつての上官と避けられぬ戦闘に及ぶことになるのは、正直なところ残念な気持ちだった。旧知に免じて会話で終わらせられればと願ったが――無理そうだ。

 しかし、それでも、


「……念の為に確認するが、投降の意思は?」

「あると思うのかね! ここに来てのその傲慢さ、反吐すらも通り越す!」

「そうか。……規定に基づき、戦闘に移行する。無力化を心がけるが、暇がない場合は撃墜の判断も容認されている」

「この期に及んで吠えるな! 一兵士が!」

「吠えるほどの大声を出しているつもりはないんだがな……」


 瞬間、閃光が放たれた。

 かろうじて掲げた脚部の菱型の実体剣――増加装甲及び《仮想装甲ゴーテル》を兼ねるそれによってプラズマ砲を受け逸らすも、それでも伝わる高温のエネルギーに塗装ごと装甲表面が融解する。

 高出力。直撃してしまえば、撃墜は免れまい。

 発砲を目眩ましに、ラッド大佐と【ブラック・ソーン】は戦闘機動に移行した。最早、問答の必要もないということだろうか。


「グッドフェロー大尉……来てくれたんですね」

「任務だからな。……気はあまり進まなかったが」

「ふふ、その言い方……やっぱり貴方らしいですね。……手伝ってくれるんですか?」

「……ああも抵抗されてしまうと、実力行使しかなさそうだ。幸いその許可は降りている。君の扱いは――」


 こちらが言葉を続けるより先に、静かな声の彼女の機体もまた戦闘機動に移行していた。

 白銀の、騎士鎧を幾重もの刃で組んだかの如き鋭利なシルエットの機体。複数枚で段差を作る装甲板は、機体の表面積を増やすための手立てか。不要な前方投影面積を削りつつ、力場の形成を助ける仕組みだ。

 その成立の緻密さと繊細さは、さながら硝子でできた靴のような代物だ。

 一方のラッドのそれは旧時代のステルス機の如く黒く無駄のない機影に、それを台無しにするかの如き大仰な羽めいたバックパック――機械悪魔或いは近代竜と称すべきか。

 エースパイロットとエースパイロット。

 それぞれの際立った戦闘を行うに足る機体だと分析し、こちらも――ハンス・グリム・グッドフェロー大尉も推進力を全開にする。


 降り注ぐプラズマの雨は、そのどれもが致死級だ。

 彼らは互いで殺し合いながらも、油断なくこちらへの応対をしている。かたや撃墜――かたや援護。

 弾幕を前に位置関係を調整しながら、距離は保ち続ける。

 彼らのようにワンオフの新鋭機を駆っている訳ではない。地力で劣るのは、こちらだろうか。

 とはいえ、悪い機体ではない。

 安定性のある動力であるT-Stark社のジェネレーターの改修型。そして、推力を増進した高機動型の先行量産機だ。元の機体の生産量とそれに基づくデータにより、十分な稼働は保証されている。

 単純な――――どこまでも単純な話だ。敵に肉薄し、その装甲を焼き切る。如何に実体弾やエネルギー弾を減衰する力場とて、至近距離での高出力エネルギーブレードには対応できない。

 敵の電力や流体量に起因する装甲値を類推しながら射撃戦を行うより、性に合っていた。どれだけ撃たれようとも避けて、近寄って、斬る――単純な方程式だ。


「ラッド・マウス大佐。貴官は重大な背信行為を行った。そのことを認め、投降する意思はないか」

「まだそんな口を、よくも叩く! 再三続ければ、道化ですら忌まわしくなるというものだ!」

「俺は道化ではなく兵士だ。貴官もそうではないのか? それとも、それを捨てたのか?」

「初めから、兵士などという走狗になった覚えはない!」

「……その、念の為の確認だが。貴官は、宣誓書にサインをしなかったのか?」


 返答はプラズマ砲だった。

 どことなく苛立ちを感じる。それが、幾重にも浴びせられる。

 しかし一方でそれは、意図せぬ援護となった――――彼女への。

 白銀の機体は空間を稲妻めいて跳ねる推進炎を残して、機動上から複数の光線を放つ。実に的確に。戦闘機動の影響を感じさせぬほど精密に。

 息を巻くと共に、こちらもまた接敵へ移行する。

 白兵戦のコツはいくつかあるが、単純に話してしまえば一撃必殺であり、すなわち一発逆転ということだ。


 百撃ち込まれようと千撃ち込まれようと、機体が如何に損傷しようと、駆動系及び腕部ブレードが破損しない限りは一撃で敵を撃墜できる――敵味方共に知る近接ブレードのメリット。

 相手にそのプレッシャーを押し付ける。接近即ち、死であると。

 あとはそれを利用した駆け引きだ。

 多少力場を削られようとも追従し、接近する。あえて攻撃を仕掛けることでこちらの撃たせたいタイミングで相手に撃たせて回避し、躱しきれないなら防御する。或いは攻撃の兆候を見せつけることで、こちらの思惑通りに回避をさせる。

 初めから斬るつもりのない無駄弾狙いのフェイント。あわよくば斬り落としにかかるフェイント本命兼用。そして絶対に回避のできないタイミングでのみ斬りかかる本命――。

 それらを幾つも編み上げて、斬るという一枚の絵を作る。

 ただそれだけだ。

 それだけの、作業だった。


 幾度のぶつかり合いとなったか。

 推進炎はさながら流星の如く空間を迸り、二機のその手の主砲の発射炎が超新星めいて爆発する。

 光線と光線、光弾と光弾が織りなす幾何学模様。

 煌めく閃光を伴った破壊の嵐がそこにはあった。高速戦闘機動を行う二機が作る光の竜巻は、宙間を漂う数多の瓦礫を巻き添えにしながら目まぐるしく立ち位置を変える。

 彼女と彼とは無線で何某かの主張を交わしながら、降り注ぐ火砲を交えていた。

 その中でも、こちらがやることは、変わらなかった。

 思考の半分で彼らの会話を受け止めながら、その深層で全てを透過させてに没頭する――そんな複雑さの中の単純さを追求し続けるような作業。戦闘の緊張と高揚の中、脳がどこまでも澄み渡っていく酷く透明な没入感。


 仕掛ける。躱す。

 仕掛ける。防ぐ。

 躱し、仕掛ける。


 斬りかかること、幾度目か。

 彼女の機体――【グラス・レオーネ】が放った砲撃の隙間を縫う形で、モニターいっぱいに映されていく黒く瀟洒な機体へと――――衝突する。

 右腕のエネルギーブレードが唸りを上げた。紫炎が噴射する。

 騎士兜めいた対閃光シャッターがヘルメットに展開されながら、を見た。


「犬には惜しい……が、ただ容易い! 捨て石め! ここは貴様のような男が出る幕ではないのだよ!」


 刃が、通らない。

 十二枚の鋭い稼働翼が、全てこちらに向けられている。それらが放射する力場が斥力となり、エネルギーブレードの刃を弾き飛ばしていた。

 及ばない。届かない。

 エネルギーブレードは大別して二種類。力場により圧縮させた重粒子のプラズマを刃とするか、プラズマ化させたガンジリウム粒子に更に通電し力場の刃として使用するか。

 いずれにせよ、その刃の形成には力場が関わっている。この力場同士の干渉により敵の力場を抉じ開け、熱エネルギーを叩き込む――単純明快な武器だ。

 故に。

 敵の力場を突破できない場合、ただ、眩い光を放つだけの目眩ましにしかすぎない。


(……デタラメな圧力だな)


 一般に、機体を保護する力場よりも一点集中させたエネルギーブレードの力場の方が強い。事実今まで、この刃で切れなかったものはない。

 だが――ラッド大佐と【ブラック・ソーン】の力場は、それを大きく上回っているのだ。通常でも量産機よりも厚いだろうその《仮想装甲ゴーテル》を、更に稼働式の黒翼により任意に調整する。

 果たしてプログラムに基づいた機体制御なのか、それとも脊椎接続アーセナルリンクに基づく随意運動なのか――後者とすれば、超人的な制御能力と言う他ない。

 彼の身長は低くない。

 つまりは、脳の司令を横取りするが故に低身長傾向にある幼少期からの脊椎接続アーセナルリンク――俗に操縦神経の形成と呼ばれる――すらなしに、機体を御しているのだ。


「……理解できないな」

「理解したまえよ。地球圏に、B7Rは過ぎた存在なのだと。故に砕き、落下させ、この狂った時代という力場の喪失により再び地球を戻す必要があるのだと!」

「そこじゃない」


 左腕を突き込み、紫炎を噴射。更に力場を干渉させ――だが及ばない。そればかりか、機体の外部装甲が音を立て始めた。

 銃鉄色ガンメタル古狩人オールドハンターが悲鳴を上げている。狩人帽めいた頭部もひしゃげ、肩部装甲も軋み、【ブラック・ソーン】の作り出す茨の如き力場に囚われ稼働もままならない。

 こちらの両腕は封じられ、対する黒き巨人の腕に遮るものはない。両手に握られたプラズマライフルとレールガンは、こちらの胴部コックピットを照準している。

 だが――重要なのは、そこではない。


「俺は捨て石だと、お前が言ったんだろう」

「な――――」


 今や最早、【ブラック・ソーン】を守る茨の鎧は全て前方に向けられている。得意の高機動性は装甲値に割り振られ、自由機動の敏捷性は低下している。

 そして彼我の機体の正面に満ちるのは、拡散するエネルギーブレードの放射炎。対閃光用シャッターの展開を必要とするだけの紫色の閃光は、全周モニターの大半を塗り潰す。

 そしてこの衛星軌道上。

 三年前の【星の銀貨シュテルンターラー】戦争の置き土産たるスペースデブリが散乱し、レーダーへの隠れ蓑は十分にある。

 ならば。

 自由になったシンデレラと【グラス・レオーネ】は――


「賢しい真似を――!」


 ――背面挟撃。

 多少なりとも能があるなら、近接戦における限定的な協働攻撃と言えばそれしかないと気付くだろう。

 気付く。ラッド・マウス大佐ほどの男ならば、確実に気付く。

 その瞬間に、膝を突き出した。

 右脚脛部に装甲電力を集中――増加させた力場に、血脈的に流れる流体ガンジリウムに、不可視の圧力が発生する。内から生まれる膨大な力場に装甲板自体が罅割れる――更に。

 脛部の実体剣にも電力供給。剣の内に流れる血脈的ガンジリウムが力場を生み出し、その双反発的・破壊的な斥力はトランプのダイヤめいた菱形の実体剣をも破損させ――散弾に変えた。


 激突。

 振り向きざまの置き土産とばかりに【ブラック・ソーン】の右腕から放たれるプラズマ砲が、破片の散弾と力場にて減衰される――瞬間に突き込むは、フレームが砕け散った右脚部。

 流体ガンジリウムが、巨人の銀色の血液が、傷口から噴射する。内部バルブ――オフ。本来、流出を防ぐ筈の手立ては全て沈黙した。

 プラズマ砲へと、右脚部。

 減衰されてなおも機体を崩壊させるにたるその砲火は装甲を融解させ、ガンジリウムを気化させる。故に――――


 ――《指令コード》:《最大通電オーバーロード》。


「こういう使い方も、できる」


 使

 機体の脚部そのものが、刃と化す。

 背後へ回旋するという隙。力場が逸れるという隙。

 プラズマ砲によりとどめを刺したと思わせた隙。

 実体剣の散弾にて作った力場の隙。エネルギーブレードを押し込み続けた力場の隙。

 その全てを縫うように、紫炎を放射する古狩人オールドハンターの右脚は、【ブラック・ソーン】のコックピットを突き破った。


 


「……ありがとうございます、大尉。貴方は……また来てくれたんですね。ボクの――わたしのことを、助けに……」


 プラズマ砲により多少の装甲の溶解を見せた白銀色の【グラス・レオーネ】が、宙間デブリから飛び出した。

 フォーメーション:βブラボー

 射撃戦とは異なり連携と火力の集中が十分といかない近接ブレードの、そのほぼ唯一とも言える連携――即ち、捨て石の挟撃だ。

 挟撃とて危険はある。超高速で切り結ぶ機体では連携は上手くいかず、敵に回避を為されれば待っているのは味方同士の正面衝突による自滅。

 唯一無二の同士討ちの回避としては、単純、正面の機体が撃破されることを見越した背面からの攻撃という――あまり褒められた手法ではないそれだ。

 ……それでも、以前、彼女と交わした会話を未だに覚えていてくれたらしい。

 故にあの【ブラック・ソーン】の堅牢なる機体を突破できた。仮に自分一人では、抵抗虚しく撃墜されていたに違いあるまい。

 ただ感謝しかない。彼女は未だ、自分という男との関係を忘れさってはいなかったのだ。

 だから、


「シンデレラ。君とは戦いたくない。武装を解除して、投降してくれ」

「――――――――――、は?」


 そう告げたときに返されたのは困惑の声色で、こちらもまた当惑することとなった。

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