--Love me do--

 一生のうちに出会える人の中で、運命と呼べる相手はどのくらいだろう。


 今夜は大通りがにぎわっていた。多分、聖誕祭の時期が近づいているからだと思う。モミの木を主とした緑とクリスマス飾りでいろどられたレンガ造りの街は、訪れる人々が歩みを止めてしまうほどにきらびやかだった。

 冬の浮かれた人波の中、私達は街で一番大きな教会の裏手で、手指を何度もさすりながらアコースティックギターの弦をチューニングしていた。


  〇  〇  〇  〇


 私は音楽が好きな3人の友達と一緒に、バンドを組んでいる。リードギター、ベース、ドラムス、そして私が担当するボーカルとリズムギター。最近始めたばかりだけど、同好の士というのもあってか意気投合は早かった。

 バンド活動を続けるとちまたでもそこそこ知られ始めて、申請さえすれば大通りの真ん中で10分程度の演奏が出来るようになった。そして今日、私達のバンドで初めての屋外ライブとなる日、私達は教会裏の広場でリハーサルをしながら、いまだにやってこないベースを待っていた。


  〇  ○  ○  〇


 ライブまであと1時間に差しかかったタイミングで、シスターの友達が白い息を切らしながらこちらへ駆け寄ってくる。


「ライカ!」


 名前を呼ばれたので、軽くギターをきながら返答する。

「なに?」

「サティが、来れなくなったって」

 思わず「あぁ……」としゃがれたため息がれてしまった。サティとは私と同じバンドのメンバーで、今か今かと到着を待っていたベースその人だ。私より若くて、堅実な演奏をしてくれる、頼りになる人なのだけれど……。


「体調が悪化したから無理だって」

 そんなぁ、と落胆の相槌を打ちつつも、私は演奏で使うハーモニカの手入れをする。内心ではどうにかしてベース分をめあわせしないと、と私は色々思案していた。

「エリナ、ベース弾ける?」

「無理無理! 弾けるのってピアノだけだし」

「じゃあ、私がギターとベースを両方弾くしかないか」

「そんなことできるの?」

「いつか」

 ガックシの擬音が似合いそうなほどのいきおいで、友達は肩を落とした。

 

 サティが来れなくなったという事件をバンド全員が知った後、とりあえず私達はベース抜きでのリハーサルを初めてみた。正直、楽曲のかなめともいえるベースがいないと曲全体が宙に浮いた感覚におちいる。私達はエルヴィス・プレスリーみたいなロックを得意としていたばっかりに、ベース不在の曲ではノリが不足してしまうのだ。

 何度か軽く演奏してみたけど、違和感を感じずにはいられない。いっその事、アコースティックギターとハーモニカだけで完結するカントリーで時間いっぱい持たせようとも考えたけれど、それは私達の作りたい音楽じゃない。

 どことなくバンド内にあきらめのムードが漂う中で、私は「もう撤去の連絡をいれようかな」と考えていた。


  ○  ○  ○  ○


 その時、何となく移した視線の先に一組の男女を見つけた。

 私と同じ十代半ばに見える容姿、特に女の子の方は顔立ちが幼いながらも、服がのりのしっかりきいた白いジャケットを羽織っており、どこか良い育ちの人だと一目で分かった。


「こんにちは。もしよかったら、見学させてもらえませんか」

 男子の方が、人当たりのいい声と仕草で話しかけてくる。断る理由もないので私達は了承するけど、これが普段の形だと思われたくないから、私は食い気味に注意を入れる。

「でもごめんなさい。今ベースがいなくって、ちゃんとした演奏はできないの」


 すると、男は奇跡を目撃したかのように驚きかたわらの少女に笑いかけた。

「本当ですか! 奇遇ですね。実はこいつ、ベースが弾けるんですよ。よかったら一緒にどうです?」

 そして男にうながされるまま、少女は戸惑いのままに一歩一歩、私達へ近づいてくる。


 正直に言えば、空いた凹を埋めてくれる凸が現れた巡り合わせは感謝しかない。だけど私はどうもこの少女が、流れのままに人前に出てパフォーマンスを出来るようなハートを持っているのかという不安の方が勝っていた。

 少女は用意してあったサティのベースギターをかかえると、しばし鑑定士みたくながめた後で、思いっきりかき鳴らし始めた。


 その出で立ちに一瞬で心を引きずり込まれる。

 衝撃だったのは、彼女は右利き用のベースを左手でかなでだしたのだ。90度以上正反対の状態で弾くベースは奏法も音も崩壊するはずなのに、彼女は曲芸師のように器用かつ軽やかに音を進める。そして左利きレフティ用に設計されていないベースにも関わらず、彼女の音は今まで聴いてきた何者よりも重く、強く、グルーヴィーだった。

 興が乗った彼女は一呼吸吸い込むと、次にエディ・コクランの『Twenty Flight Rock』を演奏しながら歌いだした。今度、私は彼女のシャウト混じりの歌声に惚れ惚れした。叫ぶとすぐのどが枯れてしまう私にとって、カバみたく口蓋を見せ夜空に届けとばかりに声をあらげる彼女の姿は勇者のようだった。

 彼女の歌唱が終わると、いつの間にか私含むバンドメンバーは拍手を彼女に送っていた。通りがかった人も同様に拍手と指笛で喝采をびせていた。


 私は即座にギターを肩にかけていた。時間はまだ一曲分ある。リハーサルも兼ねて、何より私は目の前の彼女とセッションがしたくなって、はやる情動のままに一息ついていた彼女に話しかける。


「ねぇ! ジーン・ヴィンセント弾ける?」

「『Be-Bop-A-Lula』?」

「そう!」


 リードを取って、彼女のベースと合わせる形で弾きはじめる。曲自体はバンドで何回も弾いたけど、今宵のジーン・ヴィンセントはいつにもまして気分がアガっていた。凹と凸、右足と左足、私が元とは違うアレンジを入れてみると、彼女もちょっと奇をてらったフレーズで返してきた。

 いつしか、私は人生で初めて「この人の傍にいたい」と願っていた。


  ○  ○  ○  ○


 経過は早くも後5分で本番が始まってしまう瀬戸際まできていた。私はダメ元で彼女に、「今から出るステージにベーシストで出てくれない?」と持ちかける。

 しばしの静寂が周りを包んだ。

 それから彼女は右利き用ベースを左に構えると「フレーズを教えて」とだけ返してきた。


 ドラムセットがステージへ運ばれる中、私は彼女に演奏する曲のベースフレーズを教える。彼女はみるみる曲の全容を理解し、ものの数十秒で一曲分に適応して

きた。元から音楽の素養が高いのだろうか。

 本番1分前、私は最後の確認を彼女にする。


「貴方をお客様へ紹介をしたいから、名前を教えて!」

 彼女は二三度瞬きを挟んだ後、確かめるように自らの名前を発した。

「ジュード」

「——それではご登場です、どうぞ!」

 前説の男性が高らかに声を張り上げる。

 冬空の下、私はジュードの手を取りまばらな観客の待つステージへ一緒に駆けだした。

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愛しきライカの殺戮歌 私誰 待文 @Tsugomori3-0

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