(08)表裏の分離
開放病棟ではやることが色々ある。
まず基本が「規則正しく生活する」こと。決められた時間に起きて「予定された行動」をとる。部品組み立てなどの軽作業や、時々息抜きの遊びや散歩など。身の回りの事(衣服の管理や洗濯)は自分で行い、一週間のお小遣いをやりくりする。
希望すればパソコン操作の勉強や、外部への遠足イベントやバザールなど、色々。
姪はこのうちの「軽作業」と「お小遣いの管理」が難しいようだった。
軽作業は、おそらく作業内容そのものに興味が持てなかったのだろう。部品組み立てや箱入れ作業だったから、まぁ気持ちは少しわかる。ただこの軽作業には少額ながら報酬が出る。真面目に時間内いっぱい、もしくはもう少し複雑な作業に従事すればお小遣い以上の収入を使ってもいいとなっているが、気分が乗らないらしい姪は10分程度で投げ出してしまうそうだ。
お小遣いは、売店や外部のコンビニ、買い物で好きに使っていい。ただし支給は1週間に1度で、これで1週間やりくりし、高額ならば軽作業を頑張ったり小遣いを貯めたり、計画的な運用管理をしろと。
日常的な金銭管理の練習だが、姪は1度の散歩で全額使い切ってしまう。長い入院の禁欲生活で、自分の金を自由に使える解放感と、病院では手に入りにくいコンビニのお菓子が魅力的で、欲求を自制しにくかった。
一時の願望で散財し、週末甘味が欲しくても飴1つ買う小遣いもなく、後悔する。
ここで大人しく後悔して反省すればいいのだが、チート技が存在する。
日用品などの消耗品購入のために病院へ預入金があるのだが、この預入金からお小遣いを前借できる。
姪はよく「私は今すぐ退院できるし、普通に仕事できる!」と電話してきていた。それに「先生とよく相談した?」聞けば「先生は分かってくれない!」と嘆く。
「先生の許可がないと退院できない、のはわかる?」
「それはわかる。でも!」
「先生は課題を幾つか出してるよね」
「うん」
「課題を、全部ちゃんと出来てる?」
「してないけど、出来るもん」
「そうか、すごいね」
「うん!」
「じゃあ、その「出来る」ことをちゃんと先生へも証明しないと」
「えぇー」
「大丈夫、ちゃんと「出来る」んだもん。先生を見返して「出来る」んだぞー、って」
「……うん」
「もう少し頑張れば、先生も許可くれるよ」
集中力を持続できないコト、欲求をコントロールできないコトは、日常生活や自立は難しそうだな、と思いながらも姪を励ました。
建前と本音が分離し過ぎで、嫌な大人だとつくづく思った。
結局、集中力と欲求の改善はできなかったが、社会復帰の施設へ通うことを条件に姪は退院した。施設通いは順調とはいかず、それでも慣れている職員さんは「最初はこんなモノですよ」と、根気よくサポートしてくれた。
確かに、入院直前のころの幼稚園生がたどたどしく喋る言動だったのに比べ、平静ならば義姉よりしっかりとした受け答えができるまでになっていた。
しかし、問題は(やはり)義実家だった。
当初は母親の(義姉の)手伝いなどをしていたのだが、ある日から部屋に閉じ籠っているようになった。どうしたのか聞くと「わたし馬鹿だから怒らせちゃう」と、まさかの放任宣言だった。義姉は変わらずの3連コンボだったので、そりゃ精神的余裕がない時の姪ならばヒステリーを起こすだろう。
さらに問題は、姪が室内から表通りにまで響くような大声で泣き叫んでいても、気付かないところ。たまに様子を見に来る私ですら何回も聞いているのに、義姉は「知らない」と、本気で聞こえていないらしい。
施設や週一で来てくれる訪問看護師へ相談し、結局医師の方から「療養入院しようか」と勧めてもらい、納得した姪が入院を希望した。
1ヶ月ほどの入院をすればいくらかは落ち着くのだが、数回であまり効果がなくなってきたなぁ、と思っていたころ。
泣き叫ぶ姪に「初めて」遭遇した義姉が「娘がバカみたいに暴れてひっぱたかれた!」と我が家へ飛んできた。
義実家へ行くと、確かに興奮はしていたが会話は成立する状態で、むしろ姪自身は落ち込んでいて、騒ぎ回る義姉を隔離する方に苦労した。
1つ、1つ、ゆっくり会話しながら背をさすると、最初はムッとするほど熱かった背中が平温になり、強張った筋肉がゆるみ、ガタガタ震える揺れが治まっていく。
そして自分から「病院へ行く」と言った。
「今日は休んで明日に行く?」と聞けば「今すぐに」と、「連れて行って下さい」と、非常にまっとうな要望と会話だった。
その後に、騒ぐ義姉を落ち着かせる方が(以下略)。
今回の懸案は、興奮状態だったが姪が他者(義姉)へ暴力を振るったこと。
病院の医師も同じ懸念を重要視し、前回の療養入院から2週間も過ぎていなかったが、緊急で入院させてくれた。
それが3ヶ月前で、まだ退院の話は出ていない。
長期入院になりそうな様子である。
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