(05)理解まで40分
「映画○○を観に行きたい」
この言葉の意味を説明せよ(所要時間40分/必須)
こんな難問に直面した。
映画を観に行きたい。題名は○○。
これ以上、何をどう説明すればいい?
しかし、このセリフを超難問に仕立てたのは私ではなく、義姉だった。
◇
姪はまだ発病の初期、映画館へ映画を観に行くのが好きだった。
どうしても観たい映画があって(ジブリだったかな?)、連れて行ってほしいとせがまれた。
最初は先生からも「難しいのでは」言われていたが、騒いでも途中で連れ出せばいい、と楽観視していた私は姪を(心配するフリで「無理」を連呼する義姉も)映画館へ連れていき、自分でチケットを買いたいというので任せ(普通に出来た)、映画2時間、最後まで鑑賞して帰った。
これを先生へ報告すると「素晴らしい。よかったですね」と姪は褒められ、「これからも連れ出せそうなら、連れて行って下さい」と許可が出た。
その後も数本の映画鑑賞を映画館で行ったが、どれも最後まで大人しく観ていた。
例題の「〇〇」という映画も、そのうちの1本。
シリーズ物で「○○」はパート2。もちろんパート1も映画館で観た。粗筋はダークヒーローへ一般人が正義で抵抗する、戦闘シーンもある近未来SFの話。
パート2が映画公開されたと聞いて、そろそろ言い出すかなぁ、と思っていたところ、定期通院の病院の待合室で姪が「映画○○を観に行きたい」と言い出した。
この時私は壁時計をボォっと見ていて、長針が10分を指していた。
ここから、不可思議現象が起こる。
「この花きれいねぇ」
雑誌を見ていた義姉がおもむろに頁の写真を見せてきた。他にも捲りながら「この雑誌は綺麗な写真多いわねぇ」と。
姪は同意しながらも「映画に行ってもいい?」と繰り返す。
が、義姉は「買い物行きましょうか。なにが欲しいの」と、会話が成立しない。何度も「映画に行きたい」と繰り返しても、買い物が、本が、近くの神社、植物園、軽いドライブ、などなど、完全に趣旨が食い違い、姪が困ってしまった。
で、しょうがなく口を出し「映画に行く」に対して、映画○○に行きたくないのか、姪だけを連れて行っていいか、○○が嫌いなのか、○○に暴力的なシーンがあるから心配なのか、それとも映画に行くこと自体に反対なのか、映画に行きたくない根拠を説明して欲しい。
諸々イロイロ聞いて、ちょっとの間。
義姉はいきなり目を見開いて驚き、唐突に「ああっ」納得した。
「あの子は○○って映画を観に行きたいのね!」
うんうんそうかぁ、と理解して喜ぶ義姉を横目に、壁時計を見る。
壁時計の長針は50分を指していた。
「映画○○を観に行きたい」
このセリフを理解するまで、40分。
驚愕だった。
何かの間違いだと思った。
え、なに、いままで日本語じゃない言葉喋ってったっけ?
趣旨違いなトンデモ発言して混乱させてた?
なにが起こった?
パニックだった。
おそらく、ではあるが。
義姉はたぶん、姪が「映画行きたい」と言い出した時、姪が「映画」ではなく「気晴らし」がしたいのだと勘違いした。だからアレコレ提案し、肝心の「映画○○を観に行きたい」がまったく聞こえなくなっていた。
せっかく姪が好きそうなコトを提案してるのに、なんでグダグダ言われなきゃならないの、と思っていた40分後、やっと「映画○○を観に行きたい」の言葉の意味が分かった。
と、いうコトなのだと思う。
驚愕し、パニックを起こし、唐突に私も理解した。
この人「理解しない」のだと。
「映画○○を観に行きたい」
たったこれだけの言葉を理解するまで40分かかる人に、統合失調症がどんな病気か、治療方針は、薬は、患者への接し方や注意事項、その他を理解してもらうのに、いったいどれだけ膨大な時間をかければ、そも「理解」へ到達する可能性はあるのか。
む り
義姉に「常識」があると、まっとうに「思考」する能力があると、そんなありえない認識はドブへ捨て去らなければならない、と。
「理解しない」ことを理解してしまった。
義姉に責任能力がないのは明確で、法制上の保護者として治療の主導を任せれば一向に進展しないことは実証済み。
保護者を義父へ移し、義姉を心療内科なりカウンセリングなり掛からせなければならない。
そのように各方面へ相談しまくるのだが、しかし。
十数年たった現在においても、姪の保護者は義姉である。
世の中、なかなか面倒な仕組みである
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