(04)天邪鬼バクダン


 姪が統合失調症と診断され、私も書籍などでニワカ勉強はしたが緊張し、なんとかコツを掴んでいった。

 姪は基本とても大人しく、細やかに気配りをする優しい子だった。

 発症しても基本は変わらず、言動が少々奇抜になったが、気性は穏やかな子。

 奇抜と言っても急に動き出すとか身体をゆする程度で、それも時々だ。言葉も「手の子が、足の子が言ってる」とファンタジー的な事は言うが、「そうなんだ」否定せず、姪のペースでゆっくり会話していれば満足してニコニコ笑いだす。


 妄想が暴走し始めても「それはちょっと考えてみて」と、周囲を認識させたり、常識的な手順を提示すれば「あ、そうか」で終わってしまう程度。

 具体例を出すと、当時よく「家族(姪の姉や親戚)が死んだ!」と騒いだが、まず「それは大変だ」と同調してから「私は知らなかったけど、誰に聞いたの?」と聞き返す。たいていは「手や足の子に聞いた(電話してきた?)」と言うので「そんな大変なコトお母さん(義姉)は知ってる?」「お爺さん(義父)は知ってる?」と指摘すると困った顔をするので「よく聞いて、確認して。もしかして皆(手や足の子)の聞き間違いかも知れないよ?」と言うと、とりあえず興奮状態はおさまり、帰っていく。


 具合が悪くなると自分の手を見て震えだしたり、鏡に向かって高速独言を呟いたり、わりと分かり易いサインが出る。そんな時は背中をさすりながら、黙って隣にいる。そうして数分もすれば「あれ?」みたいな顔で、普段へ戻る。

 ただ「具合が悪いサイン」が出た時は無理をさせず、ゆっくり休むことを勧めるが。

 いよいよ悪くなるとトイレにこもり叫びだすが、トイレの外で(意識的に)ゆったり声をかけていると、長くても5分せずに出てくるし。まだ興奮状態ならば話しかけ、姪の抱えた思い(不満や不安)を喋らせる。「うんうん」相槌を大きく打ち「そんなコト言われたんだ」たぶん妄想であっても同意し「大変だったね」労わりながら、言いたいだけ言わせ続ける。

 言っていて逆切れしてもっと興奮する場合もあるが、同調せず穏やかに声をかけていれば落ち着いていく。

 見ていて、身体も魂も削られていくようで、可哀想だけども。


 本によっては「妄言は都度否定し、現実を認識させろ」ともあるが、先生からは「今は妄想と区別がついていないので否定しないで」と指示がありました。

 あとコレは個人の勝手な意見だが「手の子」「足の子」と当人が認識している妄想は、根本は細分化された当人の思考の一部ではないか、と。

 1つの現実に2種類以上の感想を持つことは多い。例えばおいしいケーキを食べて、美味しいと幸福を感じながら、でもこれは絶対に太るという罪悪感。

 姪の中ではこの相反する思考が勝手に独り歩きし「手の子」「足の子」と別人格のような妄想の声になるが、これこそが「思考のコントロールができなくなる」統合失調症の特徴的な思考ではないか、と。

 表面化すると奇妙な形にはなるが、どれも当人の考えであり、一方は受け入れられるのに、一方は否定され、どうしていいかわからず、混乱する。


 ので、私がやっているのは本体思考のガイドと、取捨選択の練習方法の見本だ。

 姪の妄想が色々噴出して混乱するときに「姪ちゃんはどうしたいの?」と聞いて、要望があればそれに沿って、「分からない」なら方法の2、3個を提示して「どれがいい?」選ばせる。

 目標に向かって行動すると「手の子が助けてくれる」と言えば「よかったね」と喜び、「他の子が邪魔する」と悩めば「困ったね、どうしようか?」と、対処法を考える。邪魔する子に文句を言うか、無視するか、黙ってもらうか、逃げるか。

 何かの行動を起こすなら当惑、困惑は感じて当然。それが妄想となり「邪魔する子達」にどう対処するか、のんびり、ゆっくり、練習すればいいと思っていた。


 発症初期は。


 統合失調症が長期化してしまい、10年も長期入院し、現在も入退院を繰り返し、現在でも通用する小技はあるが、そも言葉のキャッチボールができなくなった。

 言葉を受けて、答えて、それを続けるための気力も集中力も現在はないように見える。

 姪の思考は、病状関係なく絨毯爆撃し続けた母親の「言葉」によって洗脳されている。


     ◇


 義姉は、姪の言動を「必ず」否定する。


「映画へ行きたい」

「2時間も座ってられないんだから無理」

(↑成功の前例があっても言う)

「(公共の場所で)トイレに1人で行きたい」

「騒ぎ起こすから駄目」

(↑心配だと、トイレ内で大声で騒ぎ続けるのは義姉)

「△△へ行きたい」

「トイレ近いのに、行けるわけないでしょ」

(↑姪以上にトイレ休憩を要求するのは義姉)


「無理」「駄目」「できるわけない」

 この3連コンボを脊髄反射のように、まず否定する。

 そんで勝手に感情的に興奮しだすと「この子もう一生治らないのよ!」「ずっとオカシイままなんだわ!」と絶叫+大号泣を娘の真横でカマしてくる。


 精神的に不安定になりやすい、統合失調症を患う娘の真横で、このザマだ。


 おかげ様にも、姪の根底に根を張るのは自己否定と「薬を変えたくない」という洗脳になった。

 私も、何を言ってもまず否定、説明無視の「でもでもだって」、イチオウ納得しても1日持たずに掌ドリルで串刺してくる相手なんぞ絶対無理。

 この「理解しない」相手にどうすればいいのか、そして明らかに治療を妨害しかしていない義姉の暴走を知っているはずの義父が何も行動しないのか、理解できなかった。

 どうやったら理解してくれるのか、どうやって対処したらいいのか、考えに考え、結果持病を悪化させ走ることもできない体調になったが、なんとも無駄で報われない、むしろ義実家から貶され役立たずと言われる結果にしかなっていない。


「私」にとって事態解決はいたって簡単。

 義実家に関わらなければいいのだ。

 しかし。

 姪が可哀想だと、見捨てる勇気もない。

 さてこの泥沼、どうすればいいのでしょうねぇ?


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