クビカラレVtuber

見鳥望/greed green

『どうもー!Vtuberの恐野共鳴(おそれのきょうめい)です!さあ、今日やるゲームは――』





「ふぅ……」


 こんな感じか。編集ソフトで仕上がった動画をアップロードする。

 YouCube上に動画を上げるようになって約二年。タダで出来る宝くじ。そんなふうにネットで成功した有名人の言葉から、確かにやるならタダかと思い俺は動画投稿を始めた。

 

 やり始めたのはゲーム実況。学生の頃から実況者の動画を見てきて、面白いと思ったと同時に、これなら自分でも出来るのではないかと思った。

 社会人になり、金と知識を蓄えいよいよ動画投稿を始めた。Vtuberを採用したのは一時期に比べてVtuberの比率が高くなり需要もあるのではないかと思ったからだ。

 アバターの作成には少々手こずったが、出来上がった時には感動したものだ。今時顔出しで配信する者も多いがやはり身バレは大きなリスクだ。「俺Vtuberやってるんですよ」なんて会社にも友達にも言うのは正直恥ずかしかったし、個人的な趣味の範疇なので特に公言する必要はないと思い、そんな活動をしている事は誰にも言っていない。


 個人の趣味で始めたチャンネルではあったが、登録者は現在1万人を超えていた。ただの一般人にしてはなかなか頑張っているのではないだろうか。


「只野君ってさ、Vtuberの共鳴に声めっちゃ似てるよね」


 知人にそんな事を言われた時はひやっとしたが、何とも言えない優越感に似た感情も込み上げた。似ているとは言いながらもまさか自分の隣にいる人間がその本人だとは思わないだろう。ただ今後話題には気を付けた方がいいかもしれない。何気ない雑談からも身バレの可能性は十分にあり得る。

 そんなこんなで俺のネット生活はわりかし充実していた。活動自体は楽しかったし、良い小遣い稼ぎにもなっていた。




 枝豆ちゃん

  今日も良い声で仕事の疲れが癒えました!動画投稿大変でしょうけど、無理なさらないでくださいね。無理して欲しい気持ちもあるけど笑


 ゴマド・レーシング  

  ウグイスも慌てて鳴き始めるはの返し草


 ちゃおチャオズ

  お疲れ様です!この声で面白くてもし顔までイケメンだったら許せないです!笑



 投稿した動画についたコメントを見てハートを付けていく。

 正直アンチと呼ばれるような悪質なコメントがついたりする事もあるが、幸いな事に通りすがりのキッズ程度のもので粘着して嫌がらせをしてくるような虫に寄り付かれる事はなかった。こうやってコメント欄を見れば自分に対して好意的なものがほとんどだ。


「現実でこんなにちやほやされる事なんてないけどな」


 現実での自分は中の中。全くもって普通だ。日々課された職務をこなす味気ない日々。そういう意味でもネットでの活動は自分の刺激と活力になっていた。


「ん?」


 ふとコメント欄の中に気になるものを見つけた。


 

 首刈正雄

  お疲れ様です。気のせいかもしれませんが、なんだか首が少し曲がってませんか?



 ーー首?


 名前も気になるし何の事を言っているのか始め分からなかったが、動画を見返してコメントの意味を理解した。


 動画は画面の真ん中にプレイしているゲーム画面を配置している。そして画面左端にVtuberこと恐野共鳴を映している。主にホラーゲームをプレイしているので自分が驚いたり怖がったりするリアクションを取るたびに、共鳴もそれに合わせた表情をしている。

 いつもと変わらない動画だったが、言われてみると共鳴の首が少しだけ左に傾いているように見えた。だがそれは言われなければ気付かないレベル、というか本当に気のせいとも言えるほどのものだった。


「気のせいだろ」


 俺はその時、あまり首の事を気にはしなかった。

 



 



「あれ……?」


 それから何本かの動画を上げた時、さすがに違和感を覚えた。

 最初気のせいとも思った共鳴の首は小首をかしげているかのように右に曲がり始めたのだ。コメント欄もいつもの調子とは異なり、共鳴の首が曲がっている事についてのコメントが多くなっていた。


 ーーなんでだ?


 編集段階ではそんな事はなかった。もしその段階で気付いていれば修正しているはずだ。念の為共鳴の設定と編集ソフトを確認する。

 確認した所全く問題はない。編集段階の動画を確認したがその時点では共鳴の首は真っすぐだった。つまりアップロード後に共鳴の首は曲がっているという事になる。


「なんだよこれ……」


 思わず舌打ちが漏れた。もしこんな動画が続けば、皆気味悪がって離れてしまうだろう。しかしだからと言って解決策も分からない。

 それから何度も念入りに設定等に問題ないかを確認してから動画をあげるようにしたが、共鳴の首は曲がっていく一方だった。



 もふもふ 

  いや、パーフェクトヒューマンかよ。



 さすがにこのコメントには笑ったが実際笑い事ではない。もう共鳴の首は九十度まで右に傾いてしまっている。チャンネル登録者もじわじわと減り始めていた。

 苛立つ俺を更に追い込むように首に関する影響は現実にも浸食し始めていた。妙に首が凝るのだ。これに関しては日常的にスマホを見たりPCでゲームをしたりと現実的な問題点はいくつもあるから共鳴の首と繋げて考えるのはオカルト思考に寄り過ぎているとは思う。ただタイミング的なものもあり、九割は信じていなかったが残り一割でもしかしたら関係しているのではないかと思ってしまう自分がどうしても残っていた。



「いらっしゃいませ」


 現実的な問題は現実的に解決する。俺は首の凝りを解消する為にマッサージ店を訪れた。

施術対応してくれたのは二十代後半と思われる綺麗な女性だった。

 そんな女性に対応してもらえるだけでもラッキーだったが、実際に初めて訪れた店でのマッサージというのはさすがにプロなだけありとても心地良かった。


「どうですか?」

「とても気持ち良いですね」

「良かったです。ありがとうございます」


 心地良い施術で俺は眠りに落ちそうになった。


「あの……」


 彼女が何やら今までと違った調子で声をかけてきた。うつ伏せの為彼女の顔は見えないが、妙な間から何やら口にしてもいいものかどうかといった迷いを感じるような声音だった。


「変な事言ってもいいですか…?」


 途端にぴんと空気が張り詰めた。

 変な事? 変な事は出来れば言って欲しくはない。ただでさえ変な事に悩まされているのだ。だがこのセリフ結局の所、ダメと言っても本人は言いたいのだろうし、こちらからしても気になってこれでは夜も眠れない。


「なんですか?」


 俺は背を向けながら彼女にその先を促す。


「気味悪がられるかもしれませんが……お客様、首は全く凝っていませんよ」

「え?」

「ただ……」

「ただ?」

「色んなものが乗っているせいだと、思います」

「……は?」


 思わず素の反応が漏れ出てしまう。起き上がって彼女に面と向かって俺は謝った。


「あ、いや、すみません! 失礼な反応をしてしまって」

「いえいえ、いいんです。そうですよね、そうなるのが当然です」

 

 彼女は申し訳なさそうに恥ずかしそうに顔を覆いながら頭を下げた。


「どういう事なんですか?」


 改めて俺が尋ねると、彼女は戸惑いながらもぽつぽつと話し始めた。

 部屋に入ってきた瞬間から首元にいろんな人間の腕が巻きついているのが分かったという。見た所どれも女性のもので、所謂生霊の類の念で、首の凝りはそれが原因ではないかとの事だった。


「お客様、何か公の場に出られたりされていませんか? 例えば、ネット配信とか……」


 思わずどきっとした。もちろん彼女に自分の素性なんて話していない。なのに彼女は俺がやっている事を言い当ててきたのだ。だが、ここで変に反応してしまうと身バレの恐れもある。


「いやー……特にそういった事はしていないですけど……」

「女性の念がとても多いです。貴方の事を好んでいる方が多いようですけど、年代もバラバラです。こういった方というのはメディアかネットか、不特定多数に認知されているような方がほとんどです。電波というのは、念が通りやすいですからね」


 そこまで言われて、俺は何も言えなかった。彼女には、見えているのだ。


「すみません、実はネットでそういった活動をしています。顔は出していませんが……」

「大変ですよね、厄介なファンって」


 ファンだからと言って全てを歓迎出来るかと言えば実際そうではない。好意的なのはありがたいが、行き過ぎた感情はアンチよりも質が悪い。dwitterのアカウントも持っているのだが、DMで女性ファンから卑猥な画像が送られてきたり、会えませんかなんてメッセージを送ってくる者もいる。そういった行き過ぎたファンが俺には少なからず憑いている。そう言われると納得してしまいそうになる。


「どうしたらいいんでしょうね……」

「活動はゆっくりでも続けた方がいいと思います。辞めてしまうと念が増幅してしまうかもしれません」

「そうですか……」


 趣味で楽しくやっていたものがこんな事になるなんて。


「少しぐらいなら力になれるかもしれません」

「え?」


 彼女は笑顔で俺を見る。


「祓うなんて事までは出来ませんけど、一時的に遠ざけたりなら出来たりするんです。だから、良ければまたいらして下さい」

「ほ、ほんとですか?」

「はい。あ、もちろんマッサージもちゃんと頑張りますから!」


 そう言って彼女は笑顔でぐっと両手を胸の前で握って見せる。


「ありがとうございます!」


 彼女のマッサージと言葉のおかげで、ふっと自分の気持ちも身体も軽くなった気がした。







 とは言っても問題が解決したわけではない。相変わらず共鳴の首は絶賛PH(パーフェクトヒューマン)状態のままだ。

 俺は考えた。首が曲がった状態のVtuberなんて気味が悪すぎる。じゃあいっそ、これを活用して動画を上げ続けるしかない。


『クビカラレVtuber共鳴の怖い話』


 それは一時的な措置のようなものだった。もともとホラーゲーム実況という内容だからホラー寄りのコンテンツで動画を続けるならファンもそこまで離れないはずだ。ホラーな見た目ならホラーな内容に傾ければいい。ポップさを残しながら少しおどろおどろしさも加え、共鳴をクビカラレVtuberとして再出発させる事にした。


 最初は急な主舵に既存のファンの戸惑いの声も少しあったが、怪談ブームの中もあって新たな視聴者も取り込む事が出来、一度減った登録者数も取り返す事が出来た。

 ひとまずほっとしたものの、相変わらず共鳴の首は曲がり続けていた。以前に比べれば動画投稿のペースを落としていたこともあるが、それでもやはり投稿する度に首は折れていく。このまま活動を続ければ、共鳴の首は最終的にねじ切れてしまうのではないだろうか。


 現実での首の凝りは良くなっているような気がした。病は気からというか、再出発させてから気分が少し晴れた部分もあったのか、以前に比べればあまり気にならなくなってきた。

 例のマッサージ店の彼女、真美さんのもとに通う頻度もおかげ様で少なくなっていた。


 ーー後は共鳴をどうするか。


 原因が狂信的なファンだとしたらそいつらをどうにかするしかないが、どうしたものか。

 そんなふうに悩んでいたが、悲劇は現実の方に先に訪れた。




* 




 仕事中、車に乗って赤信号で停まっていた所、急に後ろからごんっと強烈な衝撃を受けた。身体がぐんっと前方に浮き上がり、顔をしたたかにハンドルに打ち付けた。


「いってぇ……」


 停止中の車への追突。完全に後続車の過失だ。ぐっと顔を持ち上げるも首に痛みが走る。


 こんこん。


 運転席の窓ガラスを叩く音がした。

 首を抑えながら窓の外を見ると、俺は驚きで目を見開いた。


「大丈夫ですかー?」


 そこにいたのは真美さんだった。


 こんこん。こんこん。


「大丈夫ですかー? 痛いですかー?」


 場に不釣り合いな笑顔で彼女はこんこんと窓ガラスを叩き続ける。一気に恐怖が込み上げた。


 ――警察、警察。


 震える手で警察を呼んだ。程なくして到着した警官に彼女は連れていかれた。救急車も到着し、俺は病院へと運び込まれた。むち打ち症の恐れもあったが、幸い打ち付けた顔の軽傷程度で済んだ。 しかし何より恐ろしかったのは真美さんの事だった。

 

「只野さん。あなた、Vtuberなんですか?」


 後に警察から彼女について色々と知る事になった。

 事故は彼女が故意に起こしたものだった。理由は、「共鳴さんが身体を痛めたら、もっと店に来てくれると思って」との事だった。

 

 彼女は俺が初めて店に来た瞬間から、俺が恐野共鳴である事を知っていたらしい。声を聞いて一発で分かったそうだ。

 店での彼女とのやり取りを警察に聞かれ説明したが、彼女は俺に一つでたらめを言っていた。それは霊能力に関する事だ。彼女には霊を見る力も祓う力もない。ただ俺に店に来てほしい口実の為に嘘をついていたそうだ。彼女は恐野共鳴の熱狂的なファンだった。彼女こそ、彼女が祓うといった生霊側の人間だったのだ。


 俺はぞっとした。ネットでの色々なトラブルを見聞きしてはいたが、まさか自分がこんな目に合うなんて。顔を出さなければ大丈夫。そんなふうに思っていたが、声も身バレに繋がる立派な要因だ。声優の方が声を出した瞬間にその正体がバレるなんて話も聞いたりする。

 俺は全く警戒心が足りていなかった。自分の愚かさを悔やんだ。


 俺はしばらく動画を投稿する気分になれなかった。こんな事があって、自分自身思いのほかにショックを受けていたのもある。

 しかし、動画を投稿出来ない理由は他にもあった。



“女性の念がとても多いです”


 彼女は首の凝りについて生霊説を唱えた。思えば首の違和感について言及出来たのも、クビカラレ共鳴を知っていたからだろう。

 しかし彼女の証言で、彼女には霊能力はないという話だった。となれば、共鳴の首が曲がり続ける理由は別にあるという事になる。


 何故共鳴の首は曲がり始めた?

 誰のせいで首は曲がり始めた?


 俺は自分の動画を見返した。共鳴の首が曲がり始めたのはいつからだ?



 ――見つけた。



首刈正雄

  お疲れ様です。気のせいかもしれませんが、なんだか首が少し曲がってませんか?



 ここだ。異変はこの動画からだ。

 首への指摘をしてきたユーザー、首刈正雄。この発言以降から共鳴は首が曲がり始めたのだ。

 もう一度この時の動画を確認する。更にその前回の動画と比較してみるが、この段階ではまだ首は曲がっていないように思える。首刈正雄からのコメントがあったせいで、やはりそんなふうに見えていただけなのではないか。確実に曲がっているように見え始めるのは実際にはこの次の動画からだ。


 首刈正雄。

 

 見れば見るほど怪しい。

 俺は首刈の名前をクリックする。確認するとどうやら配信者なのか、動画をいくつも投稿しているようだった。動画数は192本。なかなかの本数だ。首刈のチャンネルへ移動する。


 ーーなんだこれ……?


 投稿されている動画を確認する。

 

 タイトル:首192


 タイトル:首191


 タイトル:首190


 タイトル:首189


 投稿されているタイトルは全て首とナンバリングのみだった。

 なんだこいつは。サムネイルを確認すると、何やら人形みたいなものの首から下だけが映っている。俺は一番最新の首192を再生した。


 ざーっと環境音の中、まな板のような板の上にぼんっと粘土の塊が置かれる。

 黒い手袋をはめた人間の両手が映り、粘土をこねる様子が映し出される。この手は首刈自身のものだろうか?

 

 やがて粘土は頭、胴体、両手両足が分かる程度に簡素に作られた人間の形になった。しかし次の瞬間俺は血の気が引いた。

 頭の部分に首刈は何かをぐっと貼り付けるように指を押し込む。頭から指が離れると、そこには写真から切り取られたのかように何かの顔が貼り付けられていた。

 

 それは、恐野共鳴の顔だった。

 

 その後場面は切り替わり、どこかの部屋を映し出した。

 絶句した。薄暗くよく分からないが和室のようだ。そしてそこには天井からいくつもの人型がぶら下がっている。首刈は俺の顔を貼り付けた粘土人形の首に細い紐のようなものを巻きつけ、そして他の人形と同じように天井からぶら下げた。


「192」


 ボイスチェンジャーで加工された低い犯罪者のような声が最後に響き、動画は終わった。


 

 なんだよこれ。なんなんだよ。

 だがこれを見て確信した。これが原因だ。これのせいで共鳴の首は曲がっているのだ。

 動画投稿された日付を確認する。首刈が俺の動画にコメントする前日にこの動画は撮られていた。


 全く意味が分からない。こいつは何故こんな事をしているのか。目的は、理由はなんだ。

 

 ……いや、ないのか。

 192。俺はただの192人目に過ぎない。ただそれだけ。たまたま選ばれただけ。

 そしてこんな呪いのような事を行いながら、平然とまともぶって動画にコメントをしてくる。


 吐き気がした。わざわざコメントで自分が呪いを行っている事を知らせるような行動だ。

 だがおそらく、それによって呪いは発動した。そして首は曲がり始めた。

 

 これは、共鳴を狙ったものなのか? それとも俺を狙ったものなのか?

 今はまだ俺も共鳴も生きている。だが共鳴の首が曲がり続けたその先には、一体何が待っている?





 それ以来、俺は動画を投稿していない。

 俺以外の191人、193人目以降があったとして、彼らの身に何が起きているのかも知らない。

 だがもう俺は、こんな恐ろしい世界に関わりたくはない。

 現実の世界で、今も俺はなんとか生きている。

 



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