クラスで隣の席の美少女(ただし幽霊)がどう考えても俺のことが好きなんだが、想いを伝えると消えてしまいそうで素直に告白できない件

早見羽流

それは本当に幽霊なんでしょうか……

 超常現象とは、得てして唐突とうとつに起こるものだ。


 俺の場合もそんな感じだ。誰がを予測することができただろうか。そして俺以外の誰がそれを体験することができただろうか。

 その点においてあの体験は間違いなく『超常現象』であるのだが、残念ながらそれを証明するすべを俺は持ち合わせていない。だが、記憶には鮮明に残っているので、せめてその記録を残しておこうと思う。



 ◆ ◇



 そう、あの日は雨が降っていた。

 俺の通う高校のクラスには、どんよりした空よりもさらに重い空気がたちこめており、息苦しささえ覚える。


「えー、我ら2年B組の中谷なかたに結衣ゆいさんですが……昨日交通事故にあって……」


 嗚咽、鼻をすする音。大声で泣きだす者こそいなかったものの教室は昨日まで元気に登校していた一人の女子生徒をいたむ悲しげな雰囲気に包まれていた。

 ふと、右隣の席に目をやった。そこが中谷結衣の席だったはずだ。俺自身中谷とそれほど交流があったわけではなかったのだが、隣人として必要最低限の会話は交わす仲だった。とはいえ、陰キャラでクラスでもハブられ気味の俺からしてみれば、少しでも会話をしてくれる関係は貴重だ。嫌でも記憶に残る。


 恐らく中谷本人は天性の明るさ故に誰とでも気兼ねなく話せる性格だったのかもしれないが、俺としても数少ない『会話をしてくれた』相手を失ってしまったということは──。



 おい、ちょっと待て。



 中谷は隣の席だったよな? ──うん、確かに、机の上に立てられた花瓶とそれを埋め尽くさんばかりの花束が、『死んでしまった人の席』であることをこれ以上なく物語っている。



 だが、


 一瞬夢か幻覚を見ているのかと思ったが、彼女の肩くらいまでの長さの少し茶色がかった黒髪も、くりくりと人懐っこい瞳も、そのすらっとした手足も、俺の記憶の中の中谷結衣本人の特徴と一致している。

 彼女は確かにそこに存在していた。少なくとも俺の前には。


 中谷はぼーっと黒板の方を見つめている。少し困っているようにも見える。そしてゆっくりと教室を見回して……目が合った。俺は見てはいけないものを見てしまった気になって咄嗟とっさに目を逸らしたが、それも何か悪いかなと思って視線を戻すと──。


 彼女は少しホッとしたように微笑んだ。



 ◆ ◇



 休み時間になると、早速「ちょっと樫村かしむらくんっ」と中谷に話しかけられた。女子に話しかけられることなんか一年に一回あるかないかくらいなので少し驚いたが、切羽詰まった様子だったので手招きに従って廊下に出る。


 というか、俺はまだ中谷が担任の教師の言うとおり事故で死んだのか、あるいはそうでないとか分からずにいた。──誰か、できれば本人に説明してほしい心境だった。でなければ悲しんだらいいのか安心したらいいのか分からないし、もし本当に死んだわけじゃないのだとして、教師の間違いだとしたら悪質すぎる。

 彼女は廊下を歩く生徒たちを大袈裟おおげさに避けたりしながら廊下を歩き、階段を降りてまだまだ歩いていく。


「……おい、どこへ行くんだ休み時間終わるぞ?」

「いいからいいから」


 中谷が立ち止まったのはあまり人の通らない第二校舎の廊下だった。


「……ここならよし……っと」

「なあ、そろそろ用件を話してくれないか?」

「えっと……」


 俺よりも幾分か背の低い中谷は、右手を口元に添えて内緒話をするように身体を近づけてきた。フワッといい匂いが鼻腔びくうを刺激する。もちろん俺は反射的に避けた。女子にこんなに接近されること自体が想定外だ。きっと中谷は人との距離感がバグっているに違いない。すると彼女は首を傾げた。


「どうして逃げるの?」

「……そんなこそこそ話さなきゃいけないようなことなのか?」

「うーん……多分? だからこんななかなか人の来ないような場所に来たんだよ」

「多分……」

「うん、多分。だって私にもよく分からないし」

「……そっか」


 俺は観念すると、右耳に右手を添えて中谷の方に向けた。少なくとも真ん前から接近されなければ不必要にドキドキすることもない。──と思ったのだが。


「ねぇ、樫村くんにはさ……私がどう見える?」

「っ!?」


 ドキッとした。ささやかれた内容もそうだが、中谷のウィスパーボイスと耳をくすぐる吐息は反則だ。ネットとかでASMRとかいうのが流行っているのも納得できる。


「どしたの?」

「いや……どうって、中谷はいつも通り中谷に見えるけど? もしかして違うのか?」

「それは、私が『中谷結衣』かってこと?」

「あぁ」

「分からない」

「分からないのかよ!」


 俺は反射的にツッコんだ。彼女の話が──伝えたいことがなかなか見えてこない。


「朝からなんか変なんだよね……起きたらみんな私を無視してくるし、死んだことにされちゃってるし、気づかずにぶつかってくるし……もしかして新手のいじめ?」

「いや、どうだろう……中谷はいじめを受けるようなキャラじゃないと思うけど。受けるならむしろ俺みたいな陰キャだって……」

「でも、樫村くんは私のこと気づいてくれたから、あーよかったって安心したんだよ。優しいねっ」

「そりゃあよかった。……ってことは、中谷が昨日死んだってのは嘘だったってことなのか?」

「……それが分からないんだよねぇ」


 中谷は教室で見せたような、困り果てたような表情でわざとらしく肩を竦めておどけてみせる。彼女のキャラからしてあまり人前で弱音を吐くようなことはしないはずで、これは相当困っているようだな。


「何があったんだ?」

「昨日の、学校から帰ろうとしてからの記憶がないんだよね……」

「それって……」


 俺にはある可能性が思い浮かんだ。それは──本当に中谷が死んでいて、俺だけがショックのあまり幻覚を見ているという可能性。でも、それにしては中谷のリアクションがリアルだ。まるで中谷本人と会話しているような……それ以上のような。


「やっぱり、私死んじゃったのかな……?」


 中谷の声が途端にうるうるとし始めたので俺は慌ててしまった。


「っ!? おい、泣くなよ」


 といっても無理はない。俺も自分が死んだことを知ったら泣きたくなるだろう。どうやらやはり彼女は幻覚である可能性は低そうだ。だが、ここでひとつ疑問がある。


「じゃあさ。今ここにいる私ってなんなんだろう……」


 そう、死んでしまったならなぜ俺には見える? その答えを俺は一つしか持っていなかった。


「……幽霊」

「えっ?」

「幽霊、なんじゃないか? 今の中谷は」


 中谷は「そっか……」と胸に手を当てながら現実を受け入れようとしているようだ。口にした俺自身ですら受け入れ難い、とても突飛とっぴなことだというのは分かっている。それでも、なんとか受け入れようとする中谷はすごいと思う。俺の言葉なんて真剣に受け止めなくても話半分に聞いてくれればいいのに。


「幽霊? ってことは、何かを呪わなきゃいけないのかな」

「さあ、どうだろう? 強い怨みとか、やり残したことがあったりすると幽霊になるって聞いたことはあるけど」

「私、多分何も怨みはないと思う」


 それは見ればわかる。中谷は他人を怨むようなキャラではない。


「だったら、やり残したこと……かな?」

「やり残したこと? 何かあったっけ?」

「知らねぇよ自分のことだろ?」

「えーっ、でも樫村くんにも私が見えてるってことは、樫村くんにも関係のある事だよきっと!」


 なるほど、この意見は的を射ている気がする。話を聞く限り彼女の姿が見えるのは俺だけであり、特に霊感の強いわけでもない俺一人が中谷を認識しているのだとすれば、それなりの理由があるはずだ。


「もしかして俺なにか中谷に怨まれることしたか? だとしたらすまん。死んで詫びる」

「だから怨みはないんだって! うーん、教科書借りて返し忘れてたりしたかなぁ……?」

「ちっこい理由で化けて出るな」


 でも、几帳面な中谷なら有り得るかもしれない。


「そんな記憶はないし、大丈夫かな」

「……? そういえば、中谷は昨日の放課後までの記憶はあるんだよな?」

「うん。あんまり昔のことは忘れちゃったりしてるし、どうでもいいことは覚えてなかったりするけど」

「でも、なにか死んで後悔するようなことがあったってことは、覚えてることの中にヒントがあるんじゃないか?」

「なるほど……うーん、じゃあじっくり考えて思い出してみるかなぁ……このまま幽霊として樫村くんの前だけに現れるのも迷惑だしね」


 そう言うと、中谷はくるっと身を翻して走り去っていった。


「……迷惑なわけないだろ」


 俺のその呟きは恐らく中谷の耳には届かなかっただろう。



 ◆ ◇



 翌日も中谷は登校してきていたが、相変わらず他の人間にはその姿は見えないらしく、無視されている。中谷は授業中などにチラチラとこちらに寂しそうな視線を送ってきていたので、放課後また話を聞いてやることにした。


「クラスの子たちはともかく、家族にも無視されるのは辛いよ……」

「あぁ……しかも今頃ご家族はマジのお通夜ムードだろ」

「そうそれ、ほんとうつになりそう」


 本人は軽い調子で言っているが、心中は察してあまりある。かといって俺が他の皆に「中谷が幽霊になっている」ことを伝えたとしても、それを証明できるものがないのなら逆に狂人扱いされるだけだろう。


「早めに未練を晴らして成仏したほうがいいな」

「でも、樫村くんとも話せなくなっちゃったら寂しいかも」

「どうかな? 中谷がどこへ行くのか分からないけど、そこではそこの話し相手がいるんじゃないか? 例えば中谷の祖先とか」

「おぉ……それは少し興味あるかも!」


 と、少し笑顔を取り戻した中谷は、スクールバッグからメモ帳のようなものを取り出した。ピンク色で猫だかウサギだかよく分からないキャラクターのイラストが入った、小中学生女子が好んで使いそうなやつだ。


「それでね、とりあえずやりたいこと書き出してみたんだけど……」

「どれどれ……」


 俺が覗き込もうとすると、中谷はメモ帳を自分の胸に抱えるようにして隠してしまった。


「樫村くんのえっち!」

「なんでだよ。内容見ないと協力できないぞ?」

「うーん、でも願い事は他人に見せたら叶わないっていうし? ……それに、なんかこれは自分でやらなきゃいけない気がして」

「そうか……」


 正直、こんな陽キャラの彼女がこの世に残してきた未練って何なのだろうとすごく気になったが、中谷がそう言うならこれ以上首を突っ込むことはないか。と、いさぎよく諦めようとした時、彼女がまたしても爆弾を放り投げてきた。


「でさ、樫村くん。今週末空いてる?」

「!?」


 どうしてそうなる!? これじゃあまるでデートに誘ってるみたいだぞ!


「いきなり言っても空いてないよね。ごめんねまた今度に──」

「空いてるに決まってんだろ陰キャナメんなよ」


 って、俺もなんで即答してるんだアホなのか!?


「ほんとー? よかった、ついでだから私が未練晴らすのに付き合ってもらおうと思って」

「──それ、本当に俺でいいのか?」

「今のところ私を認識できるのが樫村くんだけなんだからしょうがなくない? もし樫村くんが鍵なんだとしたら、一緒にいるうちになにか思い出すかもしれないし」


 それはそうだ。一理ある。俺としてもクラスで何番目かの美少女と出かけられるというのは一生に一度あるかないかという貴重な体験だ。──だが、こいつは幽霊だ。街中で中谷に話しかけてみろ、絶対におかしな人だと思われるぞ。なにせ、周りからみたら俺がひたすら独り言を言っているように見えるわけだから。


「それはいいんだがその前にいくつか……」

「ってことだから、土曜日の9時に駅前集合ねー!」


 俺の言葉には耳も貸さずに、言うだけ言って中谷は去っていった。何となくスマートフォンを取り出すと、今日は金曜日だった。


「うわ、明日だったのかよどうしよう……」


 こんなことになるなら中谷の連絡先でも聞いておけばよかった。待てよ? 幽霊は電話できるのか? メモも取れるしできるのか、多分。

 などと頭の中で考えながら、俺も家路につくことにしたのだった。



 ◆ ◇



 家に帰って、部屋でゆっくりと今日あったことを思い返していた。

 とりあえず、中谷が死んでしまったというのはどうやら本当のようだ。もし仮に彼女が生きていたとしても、俺以外の全ての人間を騙すなり結託させるなりするのは難しいだろう。


 となると、俺の目標はひとまず彼女の未練を晴らして成仏してもらうことだ。なにせ、俺の前に化けて出ているということ自体が不自然なのだから。放置しているとこちらも呪われたりするかもしれない。


 けど、あの中谷の態度はなんだ? 俺だけが唯一会話をできる相手であるということを差し引いても、なんだか距離感が近くなかったか? と思ったらいきなりデートに誘ってくる。


 ──まるで


「俺のことが好きみたいじゃないか?」


 いや、いやいや。

 俺は思いっきり頭を振ってそんな考えを振り払った。思春期の男子にありがちなご都合主義的思考だそそれは、危険だ。


 ……でも仮に、仮にだが、彼女が陰キャである俺に対して無意識に好意を寄せていたとして、それに自分で気づいていないがゆえに未練が残っているのだとしたら?

 うーん、考えれば考えるほどそうなんじゃないかって気がしてきたぞ。今日の中谷の行動には思わせぶりな点が多すぎる。もちろん、非日常的な体験に対して普通とは異なる反応をしているのかもしれないが、そうでなかった場合は……。


 ふと、俺の中にとある感情が生まれた。

 彼女にどこかへ行ってほしくない。つまり、未練を晴らして成仏してほしくない。


 なんとなく、そう思ってしまったのだ。俺も数少ない話し相手として中谷結衣という存在は得がたいものだし、中谷も俺のことが好きなのだとしたら、少しでも一緒にいたいと思うはずなのではないか?


「──明日の方針は決まったな。まあ俺の考えすぎな可能性もあるが」


 中谷がデートに誘った理由は恐らく、俺に想いを伝えるため、そしてそれが未練なのだとしたら、俺の取るべき行動はそれの妨害だ。絶対に告白させない。そんな雰囲気になったらすぐに話を変えるなり場所を変えるなりして仕切り直す。


 うん、そうしようそれがいい……。



 ◆ ◇



 翌日、久しぶりにどんな服を着ていこうか悩んでいた俺が、待ち合わせの時間の五分前に駅前に到着すると、既に中谷は待っていた。これはやらかした。男として失格だ。


「あ、樫村くんおはよーっ!」

「ん、おはよう」


 キャスケット帽を被っているせいか、いつもよりボーイッシュに見える中谷はそんな俺を責めも笑いもせずに弾けんばかりの笑顔で手を振る。まあこれでも時間前に来ているので責められる理由はないのだが、少しだけ罪悪感を感じた俺は、周りの目も気にしながらボソッと挨拶をした。


「さーてと、時間も限られてるからどんどん行こう!」

「なんでそんなに急いでるんだよ……」

「えー、だってせっかくの週末じゃん。行きたいところがたくさんあるの」


 そう言いながら、中谷は目が合って反射的に視線を逸らした俺の前に回り込んでくる。秋物の服装に身を包んだ中谷は、流行りものを取り入れながらも地味すぎもせず目立ちすぎもせず、無難なコーデを攻めてくる。

 無難というのが男は一番弱い。着ている本人の本当の良さがしっかりと表れてくるわけだから……って何考えてるんだ俺は。


 心がもっていかれかけた隙に、中谷はスタスタと駅の方へ歩いていってしまった。


「おい、ちょっと待──」

「はやくー! 遅いよ!」


 かと思ったら、ちゃんと振り返って待ってくれるところもずるい。

 クソ、ペースを握られっぱなしだ。このままではいつ流れで告白が飛んできてもおかしくはない。まあそもそも中谷が俺のことを好きだということが今の段階では俺自身の想像に過ぎないわけだが……。



 そんなこんなで電車に揺られて数十分、隣町の大きな駅にたどり着いた。


 正直地獄だった。

 中谷は、人に認識されないのをいいことに俺に話しかけまくり、無視されるとふくれっ面になって他の乗客にイタズラをしようとする。立ちながら本を読んでいるおばさんの耳元に息を吹きかけようとしたり、小学生くらいの子どもの頭を撫でようとしたり。その度に俺が泡を食って止めようとするのを、中谷は心底愉快そうに見ていた。


 俺も、中谷が他人に認識されない以上、声を出したり下手な動きはできない。最悪の場合、俺自身が不審者だと思われかねないからだ。


 やっとの事で電車を降り、人気のない場所にたどり着いた俺は早速中谷に苦言をていした。


「あのな……やめろよヒヤヒヤしたぞ」

「えー、だって樫村くんってば私が話しかけても無視するんだもん!」

「だから、お前に返事をしたら一人でブツブツ言ってる不審者だと思われるだろうが」

「でも、デートってわちゃわちゃと楽しくやるものじゃない? あっ、もしかして樫村くんデートしたことないからわからな──」

「うるせ」


 中谷は上機嫌だ。かつてないほどに。何が彼女をそうしているのかは分からないが、彼女も彼女でこの非日常的な体験を楽しんでいるのかもしれない。図らずも人生初デートをしてしまった俺も、少なからず心躍るものがあった。


 二人で水族館に行き、イルカショーを見た。最前列で観覧したがった中谷に付き合った結果、どういう仕組みか水は中谷をすり抜けるらしく、俺だけ水しぶきをしこたま浴びてしまった。


 中谷はクラゲの水槽の前でしばらくぼーっとしていた。わけを聞くと「クラゲってなんか癒されない?」とのこと。わからんでもないので適当に同意しておいたら、一時間近く留まっていた。


 その後、館内のレストランに入って昼食にすることにした。中谷は「私は幽霊だから食べれないけどオムライスが食べたい気分」という無茶振りをしてきたので、代わりに俺がオムライスを注文して一人で食べた。なかなかに美味しかった。中谷はテーブルを挟んだ向かい側に座りながらずっと物欲しそうな顔をしていた。少し罪悪感をおぼえたが、可愛かったので良しとすることにした。


 午後は映画を観に行った。たまたま近くの映画館でやっていた、シリーズもののハリウッド映画の最新作だ。ヒーローが悪を倒してめでたしめでたしみたいな単純な内容だったが、中谷はそのシリーズのファンだったらしく、食い入るようにして観ていた。意外な趣味があったものだと思った。


 映画を見終わると、中谷は「アイスクリームが食べたい気分」とかのたまってきたので、これも代わりに食べてやることにした。



 中谷のリクエストで、コーンに入ったイチゴのアイスクリームを買い、彼女の待つ物陰に戻った時、ふと彼女はこう呟いた。


「あー楽しかったぁ」

「そりゃあよかったな」

「うんうん、ほんとに良かった! ありがとね樫村くん」

「なんだよ改まって……」


 俺の心の中にポッと危険信号がともった。このエモい空気……くるぞ告白が!


「言っておくがやめとけよ? 後悔するぞ?」

「……なにが?」

「いや……」

「へんなの……」


 苦しいやり取りな気もするが、とりあえず中谷の告白を阻止することはできた。

 ほっと息をついたのも束の間、突如として彼女はこんなことを口走った。


「樫村くんと話してるとなんか楽しいね」

「は?」

「嫌われたくないとか、ご機嫌とりたいとか、そういうこと全く考えてないでしょ?」


 要は空気が読めないということだろうか? まあ否定はしない。


「悪かったなそれは……」

「悪くないよ! クラスの子達って、割と人気者な私のご機嫌をとってくるから、ホントの私と話してくれてる気がしないんだよね……『友達』は多くても『親友』はいない感じ」

「はぁ……なんか分かるような分からないような」


 友達すらもいない俺にはその気持ちはほとんど分からないが、理論的には理解できる。100人の友人よりも1人の親友が大事とも言うし──。


「だから好き」

「そりゃどうも……えっ?」


 今なんて言──


「私、気づいたの。樫村くんのことが好きだなーって」

「あっ、えっ……」


 うわぁぁぁぁっ! やられた! しかもこういう時に限ってコミュ障発動するな俺! でも気が動転してそれどころではない。

 言われてしまった。告白。もしこれが『中谷のやり残したこと』だったのだとしたら……!


 恐る恐る顔を上げて中谷の表情をうかがう。彼女は首を傾げながら俺の返事を待っている。消える様子はない。……ということは、違うのか?


「えっ、えっと……」

「樫村くんは私のこと、どう思ってるのかな?」

「そ、それはもちろん、好き──」


 途中まで言ってハッとした。

 中谷は胸の前で小さくガッツポーズをしていた。


 もし……中谷の『やり残したこと』が『告白すること』ではなく『俺に告白させること』だったとしたら……。



「ありがとう! やっと気持ち伝えてくれたね!」

「ちょっと待ってくれ! 俺は──」


 中谷がにこにこと笑う。

 俺が手に持っていたアイスクリームが溶けて地面に落ちた。反射的にそれを目で追って、すぐさま中谷に視線を戻したが──


 その時には中谷の姿はなかった。



「中谷! おい、どこだ!」


 返事はない。



「……なん……だったんだ?」


 まるで狐にでも化かされている気分だった。さっきまでそこにいたはずなのに……。

 悲しいとか寂しいとかそういうのを通り越してひたすら悔しい。中谷に一本取られてしまったのもそうだがそれ以上に──。


「そうか……もういないのか……」


 自分が好きだった相手がもうこの世にいない。その事実が俺の心に重くのしかかってきた。

 そう、俺は彼女が好きだったのだ。そのことに気づかせてくれたのは他でもない中谷自身だった。



 ◆ ◇



 数日後の放課後。

 俺は一人教室に残って中谷の机を片付けていた。なんとなく俺がやらなきゃいけない気がして、申し出たのだ。普段は根暗でそういうことに首を突っ込んだことはなかったのでクラスの連中は驚いたようだが、意外とすんなり任せてくれた。


 あの後、中谷は姿を現していない。主を失った机は心なしかくたびれて見えた。


 もしかしたら、全ては俺の妄想なのではないか?

 俺が中谷を失ったショックによって『中谷の幽霊』というものを勝手に生成して都合よく動かしていたのではないか?

 そう思うこともあった。だとしたらものすごくイタい。


 幽霊の彼女は確かに俺のことを好きだと言ったが、その理由がイマイチ曖昧だし、やはり妄想なのかも。

 今となっては真偽を確かめる術はない。



 机の中を確かめていた俺は、奥の方に一枚の紙切れが入っていることに気づいた。中谷の忘れ物だろうか。

 取り出してみると、それはうさぎだか猫だかよく分からないキャラクターのあしらわれたピンク色のメモ用紙だった。メモ帳から切り取られたような痕跡こんせきもある。


 ──中谷がやりたいことを書いていた紙切れだ。


 罪悪感に襲われながらも誘惑には逆らえず、綺麗に畳まれた髪を開いて中を覗いてみた。

 てっきりびっしりと願い事が書いてあるのかと思いきや、そこにはたった一行しか書かれていなかった。


『樫村くんに告白させる!』



「やっぱり好きだったんじゃないのか!」


 他には誰もいない教室に、俺の叫びが虚しく響いた。

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クラスで隣の席の美少女(ただし幽霊)がどう考えても俺のことが好きなんだが、想いを伝えると消えてしまいそうで素直に告白できない件 早見羽流 @uiharu_saten

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