猫はまどろみの中で旅をする。
@giyo
第1話 まどろみのはじまり
全てが白かった。
壁も床も天井も。
照明器具は見当たらないのに、部屋の中は不思議と明るい。
ドアがないので外に出ることはできなさそうだ。
この小部屋の中に一人ぼっちの私。
部屋の隅に腰を下ろした。
コンコンコン。
背中の壁の向こうからノックが聞こえた。
「はぁい。どちらさまですか?」
「あなたの母です」
「お母さん?どうしたの?」
「今日は晩御飯食べるかと思って。帰りは遅いの?」
そうかここは家だったのか。
気が付いた途端、真っ白だった部屋が急に色付き始める。
私が19歳まで住んでいた部屋。
たったの6畳。机とベッドと本棚を置けば、もうかなり狭苦しい。
私はリビングに行こうと思った。母が呼んでいる。
だが、部屋を出る術がわからなかった。
「お母さんちょっと待ってて。ドアが見当たらないの。」
お母さんの返事はなかった。
気が付くとまた元の白い部屋に戻っていた。
お母さんの顔が見たかったな。最後に会ったのはいつだったか。遠い昔の事のように思える。
コンコンコン
今度は向かいの壁からノックが聞こえた。
「はぁい。誰ですか?」
「あなたのパパです」
「お父さん?どうしたの?」
「元気にしてるかなと思って。今日も遅くまで仕事してるのかな?」
仕事。
私は以前受付として働いていた英語教室の事を思い出した。
白い部屋が再び色付き始める。
古いビルの1階。受付の隣がガラス張りになっており、外から店内の様子がよく見えるようになっている。光量が多く明るい雰囲気だが、常に監視されているような感覚で私は好きじゃなかった。
意識もプライドも高い保護者達。この世の中の全てを知ったふうな生徒たち。
私はここで働くことが嫌いだった。
「お仕事ね、やめちゃったんだ」
「そうか。何か嫌なことでもあったのか?」
「うん。何がってことはないんだけど。なんだか疲れちゃったの」
「大変だったね。次の仕事見つかるまでゆっくりしたらいいじゃないか」
「そうだね。そうしようかな」
でも、これからどう生きていこうか。
もともと収入も少なかった。貯金も雀の涙だ。
やはり退職したのは時期が悪かったように思える。
これからの人生を考えると出口が見えなかった。
「お父さん。お願い。迎えに来て」
小さくつぶやいた。
父からの返事はなかった。
気が付くと、また、元の白い小部屋に戻っていた。
私は少し安心した。
コンコンコン
また、ノックする音が聞こえた。どこからだろう。
「はぁい。今度はだれ?」
「・・・」
返事はなかった。
私はふと上を見た。
先ほどの無機質な白い天井が、今度は雲一つない晴れやかな青空に変わっていた。
今日はいい天気だな。お散歩に行ってみようかな。
ぼんやり考えていると、向かいの壁にドアの絵が浮かび上がってきた。
小さな子供がクレヨンで描いたようなドア。
私は近づいてみた。
母に呼ばれていたし、父が迎えに来ている。早く外に出なくては。
ドアノブに触れると同時に、ドアが向こう側に開いた。
私は外に足を踏み出した。
両親を探すために。
猫はまどろみの中で旅をする。 @giyo
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