現代語訳で読む「淺茅が宿」200年前に書かれた悲しい物語。
紅色吐息(べにいろといき)
解説
淺茅が宿
あさじがやど
次の文を読んで見て下さい。
難解ですよ!(笑)
《銀河秋を告ぐれども君は歸り給はず。冬を待ち、春を迎へても消息おとづれなし。今は京みやこにのぼりて尋ねまゐらせむと思ひしかど、丈夫ますらをさへ宥ゆるさゞる關の鎖とざしを、いかで女の越ゆべき道もあらじと、軒端のきばの松にかひなき宿に狐梟を友として今日までは過しぬ。今は長き恨みも晴々となりぬることの喜うれしく侍り。逢ふを待つ間に戀ひ死なむは人知らぬ恨みなるべし。」と、又よゝと泣くを、「夜こそ短きに」といひなぐさめてともに臥しぬ。》
これは雨月物語の中に書かれている「淺茅が宿」と言うお話の1節です。私の好きな作品ですが、これではちょっと読む気になりませんよね。
でも、いい作品なので、ここで紹介しようと思います。ご覧の通りこの本は古い文体ですし、古い言葉ですので・・私なりに、解りやすく脚色してお話ししようと思います。200年も前に書かれた作品ですので著作権の問題も有りませんからね(笑)
原作は話が長過ぎて回りくどい所も有りますので、多少短くしましたが、なるべく原作に忠実に書いてみたいと思います。
《浅茅が宿》
題名は浅茅が宿(アサジガヤド)と読みます。草が生えるほど荒れ果てた家と言う意味だそうです。
この物語の時代は、西暦で言えば1455年・・年号は享徳と言いますから室町時代です。ということは、今から500年以上も昔のお話ですね。
そして、このお話の舞台はと言いますと・・下総(しもうさ)の国、葛飾郡の真間(まま)の里です。この地は、現在の千葉県市川市の真間に当たります。
その真間(まま)の里に、勝四郎という男がいました。今夜はこの勝四郎とその妻・宮木の哀しい夫婦の恋話です。長い話ですがどうぞ覚悟して、最後までお付き合い下さい。
勝四郎は祖父の代から長くこの地に住み、多くの田畑を持ち豊かに暮らしておりました。しかし、勝四郎は物事に無関心な性格から、農作を煩わしく思って仕事を怠けていましたので、段々と家は貧しくなってしまいました。そのうち親戚にも疎んじられるようになり、それを悔しく思いどうにかして家を再興してやらねばと、様々な計画に思いを巡らせておりました。
その頃、雀部(ささべ)の曾次という人が、足利染の絹を交易するために毎年京から下って来ていました。以前から勝四郎は雀部(ささべ)と親交がありましたので、彼
はこの男に「自分も商人となって京へ上りたい」と頼んだのです。すると雀部(ささべ)は簡単にそれを引き受けてくれてくれ・・
『この夏が来る前にお前を連れて京に上がろう。』と約束をしてくれたのでした。
早速、勝四郎は田圃を売って金に代え、絹を沢山買い込み、京へ上る日に備えての用意を整えておりました。
勝四郎の妻の宮木という人は、人も思わず目を留めてしまうような美しい容姿の上に、気立ても良く賢い女でした。宮木は、このたび勝四郎が、品物を買い揃えて都へ上ると言う事を気がかりに思い、取りやめてくれるように頼んだのだのですが、勝四郎は常日頃から物事に乗りやすい気質だったので・・宮木の忠告には耳を貸しませんでした。
宮木は、この先の暮らしの事を思へば心細くとても心配でしたが、骨身を惜しまず勝四郎の旅支度を整えてやりました。
そして勝四郎の出発前夜・・宮木は夫と離れたくない気持ちを語り・・
『頼るものもない私は、野でも山でも戸惑うようで、私はつらい限りでございます。朝も夜も私をお忘れにならぬよう、早くお帰りになって下さいませ。命さえあればとは思うものの、明日はどうなるかさえ分からないのがにこの世の道理です。気丈
なあなたも私をお哀れみ下さい・・」
そう宮木が言って悲しむと、勝四郎はこう言って慰めました・・
『どうして浮木に乗っているかも知れないような不安な京に長居しようか。秋には帰るつもりだから、心を強く持ってお待ちなさい」
そうして勝四郎は、夜も明けると鳥の鳴く東を出発し、京の方へと急いで向かったのでした。それは西暦1455年享徳3年の初夏の頃の事でした。
丁度この頃・・享徳(きょうとく)の乱(1455年から1483年。)が起きました。室町幕府8代将軍足利義政の時に起こった室町時代の関東地方における内乱です。
このため関東は戦乱に巻き込まれ、人々の心も別々の方向を向くような混沌とした世の中になってしまったのです。
年寄りは山に逃げ隠れ・・・
若者は戦に駆り出され・・・
女子供はあちこちへ逃げ惑って泣き叫びました。
歴史は権力者の視点から、どちらが勝ったとか負けたとか語られます。それは昔も今も同じですが・・その影には歴史には登場することのない悲惨な庶民達がいるのです。それはいつの時代も変わりません。
勝四郎の妻も何処かへ逃げなければと思っていましたが・・「今秋には帰る」という夫の言葉をあてにしながら、不安な気持ちのうちに夫を待ち続けて暮らしておりました。しかし、秋になっても夫からは風の便りも有りません。
『庭に来る鳥が、心細く待っている私の気持ちを夫に届けてくれたのなら良いのに・・』そう思って宮木は悲しみました。
世の中が戦乱で荒れ、騒がしくなっていくのに連れて、人々の心も荒れ、そして恐ろしい心へと段々に変わっていくようでした。時折訪れる男も、宮木の容姿が美しいのを見ては、様々に誘惑してきました。しかし宮木は操(みさお)を固く守り、その男
たちにつれなく振る舞い、戸を閉ざして姿も見せないようにしました。
そのうち一人だけ居た下女も去り、少しだけあった貯えも底を尽いて夫の帰らぬままその年も暮れてしまったのでした。
そして・・年が代わって春になっても世の中の混乱は治まりませんでした。
この戦がいつ終わるのかは誰にも分からない状態で、野武士や盗賊がはびこり・・火を放ち・・略奪し・・女を犯し・・食い物を奪い・・世は荒れ・・そして人々の心も荒廃しました。もはや関東の国々には、安全な場所など何処にもなく、それは嘆かわしい世の損失でした。
一方、勝四郎は雀部(ささべ)に連れられて都へ行き、絹などを残すことなく売りさばきました。当時の都は豪華なものが好まれたので、勝四郎は良い利益を得て東へ帰る支度をしていました。
ところが今度、上杉の軍が鎌倉の御所を陥落させ、その後を追って攻め討ったので、故郷の下総周辺は激戦の地となっているということが評判になっていました。勝四郎は故郷の事を思うと気が気ではありません・・
そこで八月の初めに都を出発し、木曽の真坂を一日で越えたのですが、そこで盗賊に襲われ、荷物を残らず奪われてしまいました。その上、人々が語っているのを聞いたところ、ここから東の方には所々に新しい関所が設けられており、旅人の行き来さえ
をも許さないという事でした。
こうなれば妻へ便りを送る手立てもない・・
我が家も戦火によって無くなってしまったかも知れない・・
おそらく妻もこの世に生きてはいないだろう・・
それならば、たとえ故郷に帰れても、そこは鬼の住処・・
そう思って勝四郎は都へ引き返して近江の国に入りました。
ところが・・勝四郎は近江に入ると具合が悪くなり、熱病に苦しむこととなったのです。
そんな折、武佐という所に児玉嘉兵衛という裕福な人がいました。児玉の家は雀(ささべ)の妻の実家でしたので、それを頼って勝四郎が丁寧にお願いをしますと、嘉兵衛は勝四郎を見捨てずに労わってくれました。しかし勝四郎は、なかなか体調が良くならず、この年は思いがけずもここで次の春を迎えたのでした。
いつ頃からか、勝四郎はこの里でも友人が出来、生来の実直な心を誉められ、児玉を始めとして誰もが信頼の置ける仲となっていったのです。そしてその後の勝四郎は、都へ行っては雀部(ささべ)を訪れ、また近江に帰っては児玉に身を寄せ、七年程の間をまるで夢のように過ごしたのでした。
寛正十二年、畿内河内(京都の周辺と大阪南部)の国で畠山氏の兄弟同士の争いはまだ尽きず・・都の周辺では戦が続いていましたが・・春頃から疫病が盛んに流行し・・屍体は路傍に積み重なり・・それは見るも無残な有様だったそうです。
勝四郎もよくよく考えました。
こう落ちぶれてしまい、することもない我が身は・・
一体何を頼りにこんな故郷から遠い国に留まり・・
縁もない人々の恩恵を受け・・
いつまで生きながらえる命だというのか・・
故郷に捨ててきた妻の消息さえ知らず・・
それは私の心に誠意がなかったということだ・・
たとえ亡くなったとしても、その息を引取った場所を探し・・
そこに妻の塚を築いてやろう・・
そう思うと勝四郎は居ても立てもたまらず・、世話になった人々に自分の意志を伝え、五月雨の晴れている間にその人達と別れ、一人故郷に向かいました。
途中、何度か危ない事もありましたが、十数日程かけて何とか故郷の真間の里に帰り着いたのでした。
故郷に着いた時、日は既に西に沈んで、雨雲が落ちかかりそうな位に暗くなっていましたが、昔から住み慣れた里であるので迷うこともあるまいと、夏の野を草をかき分けて進んでいったのでした。
ところが昔からあった橋も川瀬に落ちていて、馬の足音もせず、田畑は荒れ放題に荒れてかつての道も分からず・・あったはずの民家も殆ど無くなっていました。時折そこら辺に残っている家に人の住んで居るように見えるものも有りましたが、昔し住んでいた人とは別の人が暮らしているようでした。
一体どれが自分の住んでいた家なのかと、戸惑っていると・・そこから二十歩ほどの距離の所に見たことのある松が聳え立っていました。
・・あれだ!!・・
・・あれはまさしく自分の家の目印だ!・・
嬉しい気持ちで歩いて行くと、家は元のまま変わらずそこにありました。人も住んでいるようで、古い戸の隙間から灯火の光が漏れて爛々としているのを見て、勝四郎の心ははやりました。
・・他人が住んで居るのだろうか・・
・・もしや私の妻が・・
そこで入口に立ち寄って咳払いをすると、家の中の方でも素早くそれをき取って・・
『どなたです?』と尋ねて来ました。正しくそれは妻の声でした。
夢だろうかと勝四郎の胸は騒ぎ・・
『私が帰って参ったのだ。お前も変わらず、たった一人でこの
浅茅が原に住んでいるというのは不思議なことだ』
と勝四郎がこう言うと・・
宮木は夫の声を知っているので、やがて戸を開けたのですが、そこにはひどく黒みがかり垢付いていて、目は落ち窪んでいるかのようであり、結った髪も背中までかかっていて、自分の知っている元の妻とは思われぬ様子の女がいました。
女は、夫を見て・・何も言わずに只さめざめと泣きました。それを見た勝四郎は心がくらみ、しばらくの間は何も言えなかったのですが、少し置いて言いました。
『今までお前がこんな様子で暮らしていると思っていれば、どうして遠国などで長い年月を過ごしただろうか。去る年、私がまだ都にいた頃に鎌倉での戦乱のことを聞いたが、軍勢が絶えてから、御所は総州に逃げて防戦なさっていた。 私はその翌日に
雀部と別れ、八月の始めに都を発ち、木曽路を進んでいたのだが、大勢の山賊達に取り囲まれ、衣服金銀を残らず掠め取られ自分の命が辛うじて助かっただけだったのだ。その上里の者が語っているのを聞いたところ、東海道、東山道には全て新たな関所が設けられ、人々を留めているということだった。また、この下総の周辺はすぐに焼き払われ、馬の蹄が一尺の隙もないほどに踏み付けられているというのを聞いて・・・既にお前も灰塵となられたのだろうかと、ただひたすら思い留め・・・再び
京に戻ってからは、人に養ってもらいながらも七年間を過ごした。それが最近になって、無性に懐かしく思われるようになったので、せめてお前の亡くなった場所でも見たいと思いながら故郷に帰ったのだ。まさかお前がこうしてこの世に生きていようと
は少しも思っていなかったのだ。・・』
妻は涙を堪えて・・
『あなたと一度離れてからは、頼りにしていた秋の来る前に恐ろしい世の中となってしまいました。里の者は皆家を捨てて海に漂流し、または山へと逃げ隠れました。偶々残った人々も、その殆どが残忍な虎狼の心を持っており、私に夫がいないの
をいいことに言葉巧みに誘って来ましたが・・・身を汚して生きることはすまいと心に決め、幾度も辛いのを我慢しました。しかし天の川が秋の訪れを告げてもあなたはお帰りになりません。冬を待ち、春を迎えても、なんの便りもありませんでた・・。今となっては京に上ってあなたの行方を尋ねるしかないとも思ったのですが、男でさえも通行の許されぬ関所の鎖(とざし)を、どうして女が越えられる様な術があろうかと思い直し・・軒端に松の有る心細いこの宿で、狐や梟を友として今日まで過ごしてきました。今となっては長い恨みも晴れ晴れとした事が嬉しく思います。』
と言って再びよよと泣くのを、勝四郎は『夜は短いものだ』と言い慰めて、二人共に床に臥したのです。
(この妻の長い言葉が冒頭に紹介した難解な文です)
長い旅路に疲れた勝四郎はぐっすりと眠りに就きましたが・・五更の時刻になり、空が明るくなりつつある頃、意識のはっきりとせぬ心の内にも何となく寒さを憶えたので蒲団をかけようと手で探っていると・・
・・何だろうか?・・・
さやさやと音がするのに勝四郎は目を覚しました。
顔にひやひやと冷たいものが零れ落ちるのです・・
勝四郎は雨漏りだろうかと思い見てみると、屋根は風にまくられていて、白みがかった有明の月が空に残っているのが見えます。家は戸も無いと言っても良い程荒れており、簀垣の床の朽ちて、崩れている隙間から、荻薄が高く生えていて朝露が零れるので、袖を絞れば水の滴るほどに湿っていました。壁にはツタが延びかかり・・庭は雑草に埋もれ・・まるで野原のような家と化していました。
・・それにしても・・
・・一緒に寝ていた妻は何処へ行ったのか?・・
辺りを見回しても、どこにも妻の姿はありませんでした。勝四郎は呆然として、足の踏み場さえも分からなくなったようにその場に佇んでいましたが・・
良く良く考えてみると・・
妻は既に死んでいる・・
今やこの家は狐狸の棲家へと取って代わり、こんな野原のような宿となっているので、怪しい妖怪が化けて生前の妻の形を見せているのだろう・・
・・いや、ひょっとすると、私を慕う妻の魂が帰って来て親しく過ごしたのだろうか・・そう思うと、それ以上涙も出なかったのです。
・・何ということだ、我だけが・・
・・我が身一つだけが昔のままで・・
と呟きながら歩き回って見ると、昔し寝室だった所の簀(すのこ)の床を払い、土を積んで塚として、雨露を防ぐために工夫がしてあるのです。
・・これは・・
・・夕べの霊はここから現れたのだろうか・・
見ると、水を入れるための器が供えてあります。中に木を削った古びた小さな板が有り、そこに何か書いてあるのです。文字は所々消えかかっていてはっきりと見ることは出来ないが、それは、まさしく妻の筆の跡です。哀れなことに、そこには妻の最期の気持ちが記してあったのです。
・・さりともと思う心にはかられて世にもけふまで生ける命か・・
(そうは言っても 夫は帰って来るだろうと思う気持ちに裏切られながらよくも私の命は今日までこの世に生きながらえて来たことだ)
勝四郎は、これを読んで初めて妻が死んだということを確信し大声で叫んで倒れ伏しました。
・・そうであっても何年何月に妻が死んだのかさえ知らぬのは、何とも浅ましいことだ。しかし誰か妻の死んだ日を知っている者がいるのかも知れぬ・・
勝四郎が涙を堪えて立ち上がり、外へ出ると、日は高く射し昇っていました。
先ず近い家に行き、その家の主人に会うと、その人は勝四郎が昔から見知っている人ではなく、逆にその人から・・
「あんたは何処の国の者か」と尋ねられました。
勝四郎は挨拶をして言いました。
『私は隣家の主です。暮らしを立てるために都に七年間暮らし、昨夜に帰って来たのですが、我が家は既に荒廃して人も住んではいませんでした。妻も死んでしまったようで、塚が立ててあったのを見つけたのですが、いつの年に死んだのか分からず一層悲しく思っておりました。もしご存知ならば、妻の命日を教えて頂きたいのです』
答えて男は言ました。
『私がここに住むようになったのも、まだここ一年ばかりのことなのです。その方はそれよりも遠い昔にお亡くなりになられたようで、隣家に住まわれていた方が生きていた頃のことは分からないのです・・・この里に昔からいた人は、皆戦乱の始め頃に逃げていなくなってしまい、 今この里に住んでいる者は、大方が他の土地から移り来た者ばかりです。ただ一人・・老人が居られますが、この地に古くからいらっしゃる方のように見受けられます。この老人こそ、亡くなられた方の命日をご存知に違いありませぬ。』
勝四郎は聞きました・・
『それで、その老人の住んで居られる家はどちらに有るのですか』
すると主人は答えて・・
『ここから百歩行ったところの浜の方に、麻を多く植えた畑の主として、そこに小さな庵を構えて住んでおられます』
勝四郎が喜んでその家へ行ってみると、七十歳程の、腰が曲がっている老人が居て、庭竈の前に円座を敷いて茶を啜っていました。
老人は勝四郎と判るや否や・・
『お前さんはどうしてこんなに遅く帰って来られたのじゃ・・』と言うのです。
勝四郎が老人を見ると、その老人はこの里に昔から住んでいる漆間の翁という人でした。勝四郎はまず翁の長生きなのを祝い。自分が都へ行って不本意ながらも逗留したところから・・・昨夜の怪しい出来事までを事細かに、涙ながらに語るのでした。
老人は言ました。
『お前さんが遠国へ行かれた後・・夏ごろからこの里は戦場となり、里の者は所々に逃れ・・若者は兵として駆り出されたので田畑は狐や兎の住む叢となって荒れ果ててしまった。ただしっかりとしたそなたの妻だけが、お前さんが秋に帰って来ると約
束されたのを信じて家をお出にならなかった。わしもまた足が悪く、百歩進むことも難しかったので、家の奥に閉じこもって外へ出なかった。・・・一旦は樹神(こだま)などという恐ろしい物怪の住処となってしまった里に、年若い女が勇敢にもいらしたのじゃ。これはわしが見てきた中では、しみじみと心打たれるものじゃあた。・・・しかしながら、秋が去り春が来ると、その年の八月十日に奥さんはお亡くなりになった。 その気の毒さのあまり、わしの手で土を運んで棺を納め、奥さんが最期に残された筆の跡を塚の目印とし・・ 御霊前に心ばかりの水を手向けたが・・
わしは以前より筆を執って字を書くことも知らぬので、奥さんの亡くなられた年月を記すことも出来なんだのじゃ。あなたの話を聞くと・・ それはきっと気丈な奥さんの魂がいらして、長年の恨みをお前さんに語られたに違いない・・・ もう一度
そこへ行き、懇ろにお弔いして下され・・・」
そう言うと老人は杖を突いて勝四郎の先に立ち、塚の場所まで行きました。
そして勝四郎と共に塚の前に手をついて、声を上げて泣きながら・・その夜は夜通し念仏を唱えて明かしたのでした。
現代語訳で読む「淺茅が宿」200年前に書かれた悲しい物語。 紅色吐息(べにいろといき) @minokkun
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