あとがき(前) 敬意を込めた蹂躙と召喚

「氷平線のストレンジャー」をお読みいただき、ありがとうございました。


 この小説は、黒崎伊音さんのフィギュアスケート小説「60×30」と拙作「氷上のシヴァ」のクロスオーバー小説です。


 両作のコラボは、一昨年に黒崎さんが「霧崎洵と鮎川哲也」を書いて下さったことから始まりました。

 自分の脳内にしか住んでいなかったキャラクターが、他の作品のキャラクターと絡み、更に私ではない別の作者様に動かされている……!

 これは私にとって初めての経験で、極めて有機的というか、「この子達、生きてる!」という感じがものすごくして本当に嬉しく、大変興奮したものでした。

 そして、いつか私もクロスオーバー小説を書いてみたい、という気持ちになりました。

 この時「スピードスケート時代の哲也と刀麻」はどうだろうとぼんやり思いついたのですが、その後ネタは特に育つ気配を見せず、一年半が経過――

 その間に黒崎さんは更に「岩瀬基樹と堤昌親、ついでに鮎川哲也」「朝霞美優と星崎涼子、くわえて星浪恵」を書いて下さりました。

 いずれも生き生きとキャラクターが動き、あたかも二つの作品の世界があらかじめ溶け合っていたような違和感の無さ。

 圧し掛かるプレッシャー――

 これはヘタなモノは書けない――

 悶々としている内に、私は「氷の蝶」を書き終え、ぽっかりと執筆期間に空白が。

 書くなら今だ、今しかない。

 今を逃したら、私は一生このクロスオーバーを書かずに終わる。

 そう思い、やっと筆を執りました。

 結果、原稿用紙約80枚分。

(もう短編の賞出せるじゃん、普段からこれくらい書けよ……)


 考えてみれば、私は常に公募を念頭に置いた執筆活動しかしてきませんでした。

(夢小説は除く、あれは「活動」ではないので)

「小説のために小説を書く」と豪語しながらも、常に何かの賞に応募するために書いてきました。

 しかし、この「氷平線のストレンジャー」は違います。

 どの賞に出すわけでもなし、書きたいから書いた、それだけです。

 念頭に置いたことはただ一つ、「60×30」の世界とキャラクター達を大事にするということ。

 この小説で初めて私は「小説のために小説を書いた」のかもしれません。

 このような機会を与えて下さった黒崎さんに、改めて御礼を申し上げます。


 しかし、正確に言うならば――懺悔するならば――私の心の奥底にはもっと残酷な欲望が渦巻いていました。

 それは、こういうものです。

「60×30」という小説を舞台として借りる以上、最大の敬意を持って、その世界観をする。


 最初は、人様の大切なお子様を借りているのだから粗相のないように、とビクビクしながら書いていました。

 しかし書き進めるうちに、それは違うなと思いました。

 なぜなら、私が書いている時点で、黒崎さんの小説ではない。

 私が動かしている時点で、黒崎さんのキャラクターではない。

 ものすごく失礼なことを言っているのは百も承知です。

 それでも、こう思うことで初めて、哲也に、そして「60×30」の世界に、息を吹き込むことが可能になる。

 そう思いました。


 この小説には刀麻が出てきます。

 刀麻は私のサーヴァント――

 以前エッセイで、このようなトチ狂ったことを書き記した覚えがありますが、これは比喩や誇張ではなく、ガチです。

 刀麻を召喚するには、ある種の魔術が必要です。

 それは私しか知りません。

 そして、刀麻はいつでも呼び出せるわけではない。


「氷の蝶」を書いていた時、どこかの時点で必ず刀麻を出すと決めていましたが、それが具体的にどこなのかは自分でも分かりませんでした。

 そして、書いても書いてもなかなか刀麻は現れない。

 どうする――?

 このままだと中盤超えちまうぞ――?

 焦りながら書き続け、語り手(汐音)のエモーションが、そして小説世界のテンションが臨界点を突破した瞬間、突然私の全く意図しない所から、刀麻は現れました。

(これは「埼玉アイスアリーナで土砂降りの雨の中、裏返った世界に迷い込む」場面のことです。あそこをああいう風に書くつもりはありませんでした。じゃあどう書くつもりだったのかと聞かれても、今はもう思い出せないのですが……)


「氷平線のストレンジャー」も同様です。

 どこで刀麻出てくんのかな~?

 まるで他人事のように思いながら書いていました。

 私がここ! と決めたって、どうせヤツは現れないからです。

 彼は彼の都合でしか姿を見せない。

 私にできるのは、世界を緻密に思い描き、没入すること。

 それでいて、常に冷静に俯瞰すること。

 この二つの車輪を同時に回すことでしか、刀麻は現れないと分かっていました。


 結果として、「60×30」の世界を、図々しく私のモノとして取り込み、咀嚼し、唾液と消化液でめちゃくちゃにして吐き出すこととなりました。

 クロスオーバー小説というものに取り組むにあたり、私の最大限の敬意の表し方はこうなのです。

 何はともあれ、刀麻は現れました。やれやれ。

 黒崎さん、どうかお許しいただきたい。


 これを読んで、「天上杏の小説ってどれも同じことしか書いてないんですがそれは……」と思った方、正解です。

 私は常に同じことを書こうとしています。

 私の創作意識はいつも同じものの回りを回っているのです。

 いつか、完璧に書けた! と思う日まで、書き続けます。

 そしてその日は永遠に来ないでしょう。


(すみません、少し長くなったので、小説の具体的な設定などについては、次回に書きます)

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