第16話 twilight

 姉の背で揺られていた。

 右足の感覚は戻り、じくじくと痛んでいた。


 薄い霧の向こうに、ぽつぽつとテントが見え、だんだん大きくなる。

 湖岸沿いには灯りが付き始めていた。


「……あいつ言ったんだ。俺が一度死ぬって」

「何それ。バカじゃないの。そんなの、人類全てがそうじゃん」

 確かにそうだった。

 しかしその直後、本当にそうなのかなという疑問が湧いた。

 人間が全員死ぬのなら、他人の死についてはともかく、自分の死について正しく語れる人間は、この世にいないはずだから。


「……ねえちゃんってさ、死んだことあるの?」

「はあ? んなわけないでしょ! くだらないこと考えるのやめな」

 くだらない?


「じゃあさ、滑る場所を失うってどういうことなのかな」

 姉は黙った。揺れが小さくなる。

 姉は一度ため息をついて、よいしょと小さく跳んで俺を背負い直すと、そのまましばらく無言でずんずんと歩いた。


「……あんたは、見ちゃいけないものを見たの」


 それは姉も同じはずなのに、随分と肝が据わっているなと俺は妙に感心した。

 だからもう、それ以上考えるのをやめた。

 猛烈に眠い。

 身体が溶ける寸前の雪のように重い。


 湖岸に、小さく赤いライトが幾つも連なっていた。

 くるくると回転しているようにも見え、近付くにつれて、それはレスキュー車と救急車のものだと分かった。パトカーもいた。

 それが俺のために来たものとはつゆ知らず、俺は眠りについた。

 姉の体温だけが、命の拠り所だった。



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