第12話 genesis
「ここ静かだね」
ベンチコートのポケットに手を突っ込んだまま辺りを見渡し、改めて彼は言った。
「……来たことあるの? 阿寒湖」
「初めてだよ」
初めて来たヤツにこんな奥深いところまで誘われたのかと思うと寒気がしたが、彼は特別なことでもないという風にすぐ言葉を継ぐ。
「
「ああ、ダム?」
聞き覚えがあった。結構遠い。帯広と北見の間。
「そこと似てる。ワカサギ釣りのテントが張ってて、アイスバブルもあって。雪があっちこっち溜まってるのも同じ。だから、溜まってないところを探して――滑る」
そして彼は一切の引っかかりの無い動きで、俺のすぐ目の前に来た。
俺はもう少しで声を上げるところだった。
でも腹の中の筋肉が引きつり、息ができない。
浮いた、と思った。
しかし浮いているのではなかった。その動きの種類には馴染みがあった。
滑走。それもスピードスケートではない。
フィギュアスケートの一蹴り。
瞳だけ動かして、その足元を見る。
銀色のブレードが光る。
発生したかのように、黒いフィギュアスケートの靴が彼の足を包んでいた。
「空の下でフィギュアスケートを滑ったことはある?」
俺はほとんど震えるように微かに首を横に振った。
「……無い」
どうして知っている?
俺が、フィギュアスケーターであることを。
くく、と彼は気味悪い音を立てて微笑んだ。瞳がぎらりと光る。
「もったいない。……空の下で滑る方がずっと楽しいのに」
バサバサバサ、と羽音がした。
タンチョウ?
俺は周りを見渡す。
孤島のような雪の吹き溜まりの上に一羽、二羽、舞い降りている。
頭の鮮やかな赤が弾むように上下し、風切羽の黒が
足元の重力が変わった。
見ると、俺の爪先からも銀色のブレードが生え、足首はフィギュアの靴で包み込まれていた。
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