第11話 bubbling
少年は歩いていく。ざくざくと雪を踏みしめて。
身体は小さいのに、どこまで遠くへ行っても雪に紛れない不思議な影の濃さをまとっている。
「ねえ、ちょっと」
俺はその背中を追い掛けながら声を投げる。
誘ってきたくせに最初からずっと一人で歩いているかのような彼のペースに、俺は苛立っていた。
靴を履き替えても、ブレードの重力がまだ足のあちこちに残っている気がした。
「どこまで行くんだよ、もういいんじゃない?」
少年は答えない。
気付けば俺たちはリンクの敷地を抜け、湖上へ足を進めていた。
湖の弧の一辺をゆるく囲むように、ホテルや民宿が立ち並んでいる。
その後ろには
切り絵のようにはっきりとした輪郭で
聞きたいことは山ほどあった。
お前、何者?
どうして消えた?
幽霊なのか?
どうしてまた現れた?
俺にだけ見えているのか?
だとしたら、それはなぜ?
視界は開けていた。
雪をまぶしたような白い平面の氷上に、テントがいくつも張ってある。ワカサギ釣りのテントだ。
等間隔に規則正しく並んで小人の家みたいにも見えるその横を、俺たちは通り過ぎた。
釣り客の子供だと思われているのか、時折すれ違う大人たちに話し掛けられることは一度も無かった。
カラフルなテントの数がぽつりぽつりと減っていき、やがて最後の一つを後にした時、空がわずかに暗くなり始めていることに俺は気付いた。
そして自分が時計や携帯電話を持っていないことを思い出す。
再び後ろを振り返るとテントが豆粒のように小さく見え、相当遠いところまで来てしまったと分かる。
これは、ちょっとやばいかもしれない。急速に後悔が沸き始めた。
どうして俺はこんなヤツについて来てしまったのだろう。
俺は引き返すことを決めた。
ぐっと踏みしめて方向転換をしようとした瞬間、その足元がやけに青く透き通っているのを見た。
湖畔では一面を白く染め上げていた雪が、湖上ではところどころで吹き溜まっている。その吹き溜まりを、無意識のうちに避けて歩いてきたのだった。
一度も転ばずに来れたのが不思議だと思った。辿るように自然と、透明な場所へと導かれていた。
よく見ると、氷が大きく空気を含んで白く濁っている箇所がある。
単独で円を描いているものもあれば、立体的に重なっているものもあった。
ぶくぶくと上がってきた湖水の酸素を閉じ込めたように。
「アイスバブルだよ」
いつの間にか足を止めていた彼が俺に言った。そして近付いてくる。
「アイスバブル?」
「魚とか貝とか、生き物が吐いた空気が上がってくる時に凍るの」
「じゃあ、マリモもかな?」
俺が顔を上げて言うと、彼はヘンに渋い顔をした。
「マリモは植物でしょ」
「いや、植物も生き物だろ。酸素出すじゃん。動物が出すのは二酸化炭素だけど」
どっちも空気。
「へー。君、頭いいんだね」
やけに感心したように言う。
「別によくはないけど……」
ふいに俺たちの間の一際大きなアイスバブルに、オレンジ色の光がスポットライトのように落ちた。
「あ。雪、やんだ」
彼は空を見上げ、眩しそうに目を細める。
雪の名残のように白い肌。
雲の隙間から降りてきた光に照らされ、透けているようにも見える。
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