第7話 lightning

 ……ダイアモンドダスト?

 それが出るほど今は寒くない。

 このチラチラとホログラムのように光る白い欠片は、風に舞う粉雪。そんなことはこの場にいる誰もが知っている。

 ……俺、心読まれた?

 少年は俺の瞳を横目で捉え、ニヤリと笑った。ぞくりとした。


「はい、二組目、行って」

 スタッフから声が掛かり、レーンに入った。

 白帽子の俺は、外から二番目だ。

 一番外は、彼。

 黒帽子の彼は背格好から何から全てが俺に似ているように思えた。

 ミズノの黒いレーシングスーツ、黒い手袋。

 そして何より、足元が……

「ノーマルなんだね、珍しい」

 少年は俺の靴に一瞬視線を落とし、それからまた顔を上げた。強い目だった。

「……自分もじゃん」

 俺がぼそりと言うと、

「スラップ履かないの?」

 立て続けに聞いてくるので無視した。これ以上集中力を削ぎたくない。


 短距離はスタートが命だ。ピストルの音にどれだけ速く反応できるかで勝負が決まる。

 パン、と鳴ってブレードが氷を蹴る。

 そのズレは短ければ短いほどいい。というか、ほぼ同時。

 雑音の付け入る隙は無い。


 隣のヤツなんてどうでもいい。

 そいつがスラップだろうとノーマルだろうと、スピードスケートは速さが全て。

 誰と滑るかなんて関係ない。

 ……なのに現実は、予選ならこうしてシングルトラックの一斉スタート。

 決勝でも、インとアウトでダブルトラックスタート。

 わずらわしい。今確信した。

 だから俺は、このスケートを捨てたんだ。


 一人で静かに滑っていられたら、もっと長くこの世界にいられたかもしれない。


 真っ直ぐ前を見つめる。白い氷面。

 どこかに焦点を合わせるのではなく、前方数メートルだけを視界に入れる。

 音を待つ。


「……それじゃあ遅いよ」

「え?」

 ピリ、と意識が波打つ。

 今、また心読まれた?


『Go to the Start』(位置について)

 ざらついたアナウンスに動かされるようにスタートラインに着いた。

 遅い? 何が?


『Ready』(よーい)

 腰を落とし、上体を低く構える。

 身体が神経だけになったみたいに研ぎ澄まされる。

 五感の全てが束ねられ、俺は感覚そのものになる。


 一点で、氷が光った。

 音より速く、俺の身体は滑り出していた。

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