第2話 入学式の強制イベント

 フェリクティウム学園。大魔導師フェリクティウムの名前を冠したこの学園は、優秀な魔法使いを排出する為に創設された学校で、国が運営する非営利組織であり、才能があれば誰でも入学出来ることになっている。


 だけど平民の大半は魔法が使えない為、入学してくるのはごくわずか。

 そして、可愛らしい制服にも関わらず、なぜか貴族の子女たちは、学園在学中にその制服に袖を通すことがない。


 制服なんてのは、貧乏人の着る服なんだってさ。いいじゃん、制服。コーデを毎日考えなくてもいいし、何よりこの世界の女性の服は、きっついコルセットをしめられて、ろくに食べ物が食べられない。


 フェリクティウム学園の学食の食事は、美味いことで有名にも関わらずだ。

 制服組、非制服組、なんて呼ばれて、制服組は貴族の子女が平民を表で、非制服組は平民が貴族の子女を裏で、罵倒する際に使われる言葉なんである。


 リーシャ・ラトビア・オルフェン公爵令嬢も、当然のように非制服組の代表格だった。

 けど、俺は今、フェリクティウム学園の制服に袖を通している。王太子の婚約者であるリーシャが制服を着ていたら、制服組だの非制服組だのという言葉は生まれないだろう。


 恐らく誰もがリーシャに追従しようと、入学式の翌日から制服を着てくるに違いない。

 けどまあ、俺はそれよりも、ただでさえ人前じゃ腹いっぱい料理を食べられないのに、一人前すらいただけないコルセットなんて冗談じゃねえよ、ってだけだけどな。


 女子の制服はリボンタイで、なんとスカートとジャケットとリボンタイを合わせると、組み合わせが合計10種類以上もある。

 色は白と黒とグレーが基本で、ブレザータイプとセーラー服タイプの両方がある。


 上に着るもんだけでも、黒地に白の二本線の入ったブレザーと、白地に黒の二本線の入ったブレザーと、黒地に袖と襟に白の二本線の入ったセーラー服と、白地に袖と襟に黒の二本線の入ったセーラー服がある。

 ブレザー用に白色と水色の開襟シャツと、黒地のセーターもある。


 下は黒地のスカートと、白のストライプ線が入った黒地のスカートと、薄いグレーに濃いグレーの線が入ったスカートと、同じく薄いグレーに濃いグレーのチェックのスカートと、薄い青が混じったようなグレー地のスカートとがある。


 男子はネクタイ、女子はリボンタイで、色は黒と、グレーと、黒地と白と青みがかったグレーのストライプがある。

 最上級生だけはリボンタイをスチュワーデスみたく、スカーフをまとめるみたいに、下に下がらないように結ぶ。


 こんなに可愛いのに、なんで着ねえんだろうな?俺なら絶対女子に着て欲しいけど、

 豪華で裾をひきずるような重たいドレスなんかより、確実に女子も着てて楽だと思うんだけど、貴族の間では足が出るのがよろしくないとされているらしい。


 けど、学園が決めた制服だからね?どうこう言われる筋合いはないってもんだよ。

 俺は今日は黒のブレザーに黒地に白のラインの入ったチェックのスカート、黒地と白と青みがかったグレーのストライプのリボンタイである。


 ちなみにシゲアキは白のブレザーに水色の開襟シャツ、黒地のパンツ、黒地と白と青みがかったグレーのストライプのネクタイをしめている。

 こうしてみると、日頃のヘタレっぷりはどこへやら。ちゃんと王子に見えるな、うん。


 金髪に灰色の目で背が高く、この国一番の美貌という設定にふさわしい見た目。まあ前世もかなりのイケメンで、転生後まで追いかけてきたストーカーに限らず、定期的に変な女が周囲にわいていて、そのたびに俺と一緒に逃げることになったのだが。


 待ち伏せなんて日常茶飯事。校門の前で2人以上でキャアキャア言ってくるなら、かわいいいもんだ。家に来るやつも普通にいる。

 コイツの顔を見て目が合うと、壊れちゃう人が出るんだよね、と女子が言っていた。

 ──壊れるって、何。


 自分の後ろを歩いている人がいるだけで、ビビって振り返って、そいつは自分について来ているのか、単に同じ方向を歩いているだけなのかを確認しないと落ち着かない生活を毎日送っていた。

 男でも怖えーモンは怖えーよな。


 制服、おそろいにしなくていいのか?と聞かれたが、ただでさえ普段から、王侯貴族の前に王太子の婚約者として現れる際は、おそろいの服をあつらえられるのだ。

 学園でまで、毎日毎日服装を合わせるなんて、冗談じゃねえっつの!


 これからオープニングムービーにもある、ヒロインとの出会いのシーンの強制イベントが起こるのだ。それを予め俺に教えられていたから、シゲアキの緊張っぷりたるや、傍目にもおかしいと感じるほどだ。


 ヒロインが校門近くで王太子にぶつかって手を取られ、恋に落ちるという、まあベタなシーンだ。展開考える予算がなかったのか、そういうのを購買者層が好むからなのか知らないが、俺は個人的にそのオープニングムービーを見るたび失笑してしまう。


「どうした?緊張しているのかい?

 今からそんな風では、笑われてしまうよ?

 王太子として、生徒の代表として、気を引き締めていかなくてはね。」

「マテウス様。」


 そう言って、俺とシゲアキに声をかけてきたのは、攻略対象の1人である、俺ことリーシャ・ラトビア・オルフェン公爵令嬢の兄、マテウス・ラトビア・オルフェン公爵令息である。俺の婚約者として親しくしている関係から、幼い頃よりシゲアキにも気さくに話しかけてくる。


 学年が2つ上で、当然のように1年生から生徒会役員をやっていて、今年も選ばれるであろうとされている。まあ、ゲームストーリーによる強制だから、入るだろうけどな。

 優しいお兄さんの立ち位置で、攻略対象としては2番目にチョロい。


 なんでも出来るしっかりした妹がいるせいで、年下の頼りない女の子に弱いんだろう。

 本当ならこの兄にも事情を話して協力してもらいたいところだけど、あまりにチョロすぎるので、ヒロインに対する様子を見てからじゃないと、こっちの情報を流されかねないからな。まだその時じゃない。


 てか、公爵家の不正発覚ルートだと、公爵令息じゃなくなった兄上様とヒロインが、手に手を取って駆け落ちするのだ。

 そうならないよう、兄上様にも頑張っていただきたいところである。いやまあ、押し付けられるならそれでいいんだけどね。


「はい、気を引き締めてまいります。」

 シゲアキは兄上の目を見ながら、そう言ってうなずいた。

 ちなみに関係が良好な為、今のところはこの兄上様は重度のシスコンである。

 このままこっちの味方についてくれりゃあいいんだがな。


 トスッ。いきなり背中に軽く誰かが当たってきた。こんな往来で話してりゃあ、邪魔だよな。謝りつつも後ろを振り返ると、

「す、すみません。」

 目線を落として右に泳がしながら、黒髪に紫の目のイケメンが謝罪してくる。


 おう、リュークバルトじゃん。

 こいつも攻略対象。てか、隠しキャラ。

 先述の、王家を追放された一族の末裔であり、生徒会には入らない。

 一応平民として入学ってことにはなってるんだけど、知ってる人は知っている。元王家の一族だけあって、魔法の才能に秀でているから、学園に入ることが出来たのだ。


 ヒロインとは平民同士として仲良くなる。

 ちなみにこいつのルートに入ると、コイツを王様にする為に、貴族派とともに現王家を追い出すことになるのだ。怖い怖い。

 こいつの先祖が王族でなくなった理由が、現王家の陰謀だったからってんだけど。


 その場合攻略対象であるラーファン・スライ・エリクバルクの扱いがひどくねえか?

 本人に関係のない罪で、突然王族じゃなくなるんだから。

 けど、これこそがハーレムエンドで、王太子じゃなくなった後も、ヒロインに尽くすポジションで城に残ることになるのだ。


 ほんと、ご都合主義ってやべえ。

 ハーレムエンドってなんだよ。そんなク●ビッ●の為に、俺の親友を差し出すつもりはねえからな?

「いえ、こちらもこんなところで立ち止まっていて申し訳ありません。」


 そう言ってニッコリ微笑むと、リュークバルトは戸惑ったように、再びすみません、と言って去って行った。

 コイツもなんとか味方に出来たらいいんだけどなあ……。平民だけに一切接点がない。


 本来この場所にいつまでもいる必要はないのだが、ここでヒロインとの強制イベントが起こるからか、まるでこの場にぬいとめられるかのように、俺たちがここで話を続ける理由が次から次へと発生してくる。


 これがゲームの強制力というやつなのだろう。ちなみにこの場面にはリーシャもいることになっているから、俺もこの場にぬいとめられているのである。

 てか、来るなら早く来てくんねえ?

 遅刻寸前で走ってきてぶつかるのは分かってるけど、本気で遅刻しそうなんだが?


「──キャッ!?」

 キタアアアアアアアア!

 そうこうしている間に、シゲアキが誰かにぶつかられてビクッとする。

 そして、恐ろしいものでも見るような顔つきで(お前乙女ゲームの攻略対象者だってこと忘れんなよ)振り返る。


「ご、ごめんなさい!急いでて……。」

 鼻をおさえながら地面にしゃがみこんでいる制服の女の子。

 ヒロインであるアミーナ・セルスだ。かわいらしい女の子との爽やかな出会いのシーンの筈が、既に目の中がハートで、シゲアキと気付いているのが俺たちにはバレバレだ。


 転生を神に願う程シゲアキに執着していたのだ。見た目が変わってもなお、追いかけるこの執念。この瞬間をずっと待っていたんだろうから、無理もないけど、おっかね〜!

「こちらこそ……怪我はないかい?」

 そう言って怯えながらアミーナを助け起こすシゲアキ。さて、俺の出番ですね!


 強制イベントの通りに、俺の脇に取り巻きのNPCがスッと立ち、リーシャ様の婚約者でこの国の王太子相手になんて無礼な!とアミーナを責めだした。

「ラーファン様は、生徒代表の挨拶がありますでしょう?ここはわたくしたちに任せて、先に行って下さい。」


 と、ゲーム内のセリフをはいて、シゲアキをアミーナから逃がす。

 一瞬、ほんの一瞬だったが、アミーナが俺に対して殺気のこもった目線を向ける。

 オイオイ、ヒロインの顔じゃねえぞ?


 そんなんじゃ他の攻略対象者にも、相手にされねえぜ?

 ここで会ったが100年目、俺と親友の命を奪った罪、転生してなお俺たちを脅かすお前を、徹底的に排除してやっかんな!

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悪女無双〜王太子に転生した親友をストーカーしてた女が、ヒロインになって追いかけてきたので、悪役令嬢に転生した俺がひたすら撃退する〜 陰陽@3作品コミカライズと書籍化準備中 @2145675

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