悪女無双〜王太子に転生した親友をストーカーしてた女が、ヒロインになって追いかけてきたので、悪役令嬢に転生した俺がひたすら撃退する〜

陰陽

第1話 悪役令嬢と王太子

「はあ〜……。気が重い……。」

 俺の目の前で、親友の海原成亮(うなばらしげあき)が、両手で顔を覆って嘆いている。

「この国の王太子が今からそんなんでどうすんだよ。お前、入学式で代表として挨拶すんだろ?フェリクティウム学園の女の子たちを、メロメロにするポジションだろーが。」


 俺はベッドの上で足を投げ出し、ポテトチップスをかじりながら、ニヤニヤと笑った。ここはこのゼルフィン王国王太子である、ラーファン・スライ・エリクバルクの私室──つまり、俺の親友の部屋である。


「そこであの女も入学してくるんだろぉ。

 そこからまた付きまとわれるんだろぉ?

 最悪だよ……。」

「強制イベントだけは避けられねーからな。そこはさすがに諦めろ。」


 なぜこうまでコイツが嘆いているのか。

 俺たちは、俺が無理やりアネキにやらされていた、〈君に恋する7つの星〉(通称ナナホシ)という乙女ゲームの中に、異世界転生してきた立場だ。


 コイツ──親友の海原成亮が、ゼルフィン王国王太子である、ラーファン・スライ・エリクバルクに。そして俺、双海弘樹(ふたみひろき)が、ラーファンの婚約者である、リーシャ・ラトビア・オルフェン公爵令嬢(笑えよ)に、だ。


 俺のキャラは、悪役令嬢。国一番と言われる美貌、王家にも劣らないという実家の資産状況。本人の成績も優秀で将来有望。おまけに王太子が婚約者という、完璧超人ながら、主人公にザマァされる立場だ。


 俺たちは赤ん坊の時点から、前世の記憶を持っていた。そして何より、転生時に、俺とシゲアキに説明してくれた神様が言った。

 俺たちと同時に死んだ女。俺たちが死ぬ原因となった女。シゲアキのストーカーをしていた女が、将来目の前に現れると。


 これからあなた方が転生する世界は、〈君に恋する7つの星〉の世界です、と言われた時も、あー、ハイハイ、よくあるやつねー、くらいのもんだった。作品名まで言われるとかメタいな、と思った程度だ。


 俺たちをこの世界に転生させた神と、目の前に現れた神は別の存在らしい。

 目の前の神は、俺たちの前に現れるその女は、悪しき魂であると言った。

 まあ、ストーカーだしな。


 ストーカー女を転生させた神は、あらゆる作品に異世界人を転生させて、その作品の世界を壊そうとしているらしい。

 目的はしらんけど。

 最近異世界転生が多い理由ってそれなの?


 ストーカー女が転生時につけた条件が、俺の親友も転生させるってことだったらしい。

 だから目の前にいる、〈君に恋する7つの星〉を守護する女神が、同時に死んだ俺を転生させることに決めたのだそうだ。


 ストーカー女も前世の記憶を持っていて、シゲアキがどの攻略対象に転生したのかを見抜き、他の攻略対象を無視して、シゲアキだけを目指してやってくるだろう、その行動はこの世界を破壊することも厭わない、と。


 また、親友の転生先は、ストーカー女を転生させた神に決められてしまっていて、変えられないのだとも。

 シゲアキは恐怖に震えた。

 俺はそんな親友に言った。

「俺がそばにいんだろ?

 なら、俺がお前を助けてやるよ。」


 そして俺は〈君に恋する7つの星〉の守護女神によって、親友を助けられるキャラに転生することになった。

 それが近くにいる他の攻略対象だと思ってたのに、まさかの悪役令嬢だったわけだ。

 まあ、たしかにヒロインを邪魔するには最適だろうけどな!


 リーシャ・ラトビア・オルフェン公爵令嬢は、典型的な嫌がらせタイプの悪役令嬢で、ヒロインの引き立て役にする為に、スペックだけは無駄にてんこ盛りである。

 婚約破棄後はよくて追放、悪くて死亡。

 おまけに公爵家の不正が発覚してお家取り潰しのフルコンボ。どんだけだよ。


 この世界は強制力のあるゲームの世界で、起こりうることは避けられないが、結果を変えることは出来るかも知れない。どうか逃げ切って平和な世界のままにして欲しい、と女神から言われた。


 まあ、言われなくとも逃げるけどな。

 幸いというかなんというか、オートリピート機能付きだったせいで、美麗スチルとストーリーだけを堪能したかったアネキに、無理やり全キャラ攻略させられた為、俺はこの世界に多少なりとも詳しい。


 なぁにが悲しゅうて、俺がイケメン攻略せにゃあ、ならんのじゃ、と思っていたが、こんなところで役に立つとは思わなかった。

 かくして俺たちは、前世の記憶を残したまま、親同士の決めた婚約者として再会し、以後ヒロインが現れるその日の為に、色々と対策をして来たのだった。


 俺が食べているポテトチップスもその1つである。俺がアネキにやらされていた〈君に恋する7つの星〉の中で、それがヒロイン力というものなのか、悪役令嬢がやる事業はことごとく失敗し、攻略対象に助けられながら行うヒロインの事業はすべて成功していた。


 その数値が信頼度なり貢献度なり、好感度や経験値にも影響する。

 だから俺はヒロインがフェリクティウム学園に入学してくる前に、ありとあらゆる事業を、王太子であるシゲアキの助けともに成功させてきたのだ。


 むこうは平民だから、フェリクティウム学園に入学後に、攻略対象者たちの力を借りないと、事業を始めることすら出来ない。

 学園入学後は、成績はいいものの、残念な扱いを受けていた本来の悪役令嬢と違って、俺の評判は既に貴族の中でも高いものだ。


 おかげで転生後もジャンクフードが食べられるわけですよ。

 炭酸がないのが残念だけどな。

 まあ、作り方は知ってるんだけど、おいしくないんだよね、ここは今後試行錯誤していきたい。


 ちなみに俺がくつろいでいるベッドは親友のものである。婚約者とはいえ、公爵令嬢が男の私室のベッドの上でくつろいでいるのを見られるわけにはいかないので、メイドたちには部屋から出ていって貰っている。


 一応、2人きりで優雅にお茶してることになってるんですよね。恋人同士なのに結婚するまで人前で手も繋がないんだとさ。

 まあ、おかげで人前で親友とイチャつき、仲がいいアピールをするという、気持ちの悪いことをしなくて済むので助かってるが。


 従者や両親たちの間では、お二人は幼き頃より仲がおよろしいのに、まったくといっていいほど艷やかな雰囲気を醸し出さない──あたりめーだろ、ふざけんな──爽やかな恋人同士なので、2人きりにしておいても大丈夫でしょう、とのお墨付きだ。


 なおかつ、俺の事業の成功と、未来の国母としての教育にも存分にこたえてきた俺に対して、国王様も皇后様も熱い信頼の眼差しを熱すぎるほどに寄せている。

 まあ、そんなわけで、俺たちはいつでも自由に2人きりの時間を作れるわけだ。


「もう、俺がフェリクティウム学園にそもそも入学しなければいいんじゃないのか?

 そうすれば会わなくてもすむだろ?

 これから毎日理由をつけては付け回されるとか、ホントに勘弁してくれよ……。」


 まあ、前世でも散々付きまとわれた挙げ句最後は死んだわけだから、気持ちは分からんでもないけどな。

「王族は強制的に全員入学だろーが。

 お前が入らなくてどうすんだよ。

 駄目王子のレッテル貼られんぞ?」


「あいつから逃げられるなら、もう、一生引きこもってたい……。」

「昔やらかして王族から籍を抜かれた一族のこと忘れたのか?王太子だからって責務を果たさなきゃ、お前もじゅうぶんそうなる可能性あんだかんな?」


 ちなみに学園に入学後、悪役令嬢である俺を含めたメイン攻略対象7人プラス、ヒロインが生徒会に抜擢されて、四六時中一緒にいることで仲を深めていくんである。

 ヒロインは聖女(プークスクス)で、ハーレムエンドも存在するゲームだ。


 まあストーカー女は俺の親友だけに固執してるから、そっちは選ばねえだろうけどな。

 俺には幼少期からの取り巻きとなるNPCがいて、俺が何もしなくとも、そいつらが勝手にヒロインをいじめることになっているので、それに対する対策も必要だ。


「俺だってお前の為に、やりたくもねーお妃教育なんてのに耐えてんだぜ?

 お前もちったあ、頑張れよ。」

「ああ、分かってる……。」

 親友は両手で顔を覆ったまま答えた。


 けど、これでうまく撃退したとして、あまりにコイツの両親に気に入られ過ぎちゃってるのが心配なんだよな。

 コイツと夫婦なんて冗談じゃないし、婚約破棄は絶対条件だ。


 かといって老後のこともあるから、いい感じに仕事の出来る男色家でも見つけて、友情偽装結婚して公爵家をつぐつもりである。

 兄がいるけど俺の平和の為には、そこは譲っていただくしかない。

「じゃあ、そろそろ帰るな。

 明日は笑顔で学園に来いよ?」


「ああ……。」

 うなだれたままの親友を放置して俺は立ち上がると、服にシワが寄っていないかを確認し、背筋を伸ばしてドアの前に立つと、小さなテーブルの上に置かれた、ハンドベルのような形の金色のベルを鳴らした。

 すぐに従者が重たいドアを開けてくれる。


 王太子の婚約者である、公爵令嬢ともなると、自分でドアをあけるなんて、はしたないことはいたさないんですのよ、オホホホホ。

「お帰りでございますか。」

 ドアをあけてくれた従者とは別の、侍従長がドアの外に立っていて、穏やかな表情で俺にそう尋ねてくる。


 この人もNPCだけど、悪役令嬢の味方もヒロインの味方もしない。ただただ王太子側の人間だ。そんな常に平等な侍従長だけど、俺はそれなりに彼に気に入られていると自負している。日頃は表情を変えない侍従長だけど、たまに孫を見るおじいちゃんの目で俺を見てくることがあるからだ。


「ええ。」

 侍従長にそう告げると、侍従長はメイドを振り返り、メイドが馬車の準備を馬番に告げる為に、おじぎをしてスッといなくなる。

 その間に、俺はまた部屋に戻って、椅子に腰掛けて親友と共にお茶を飲みながら、馬車の用意がされるのを待つのだ。


「──馬車のご用意が出来ました。」

 メイドの耳打ちに小さくうなずくと、それを俺に恭しく伝えてくる侍従長。俺はそれを聞いて、親友に手を添えられながら、椅子からゆっくりと立ち上がった。(毎回お互い笑いそうになるのをこらえている)

「それでは、ラーファン様、楽しゅうございました。ごきげんよう。」


 俺はドアのところで親友に優雅に挨拶(カーテシーってやつね)をすると、用意してもらった馬車に乗り、別室で待機していた俺付きのメイドと共に公爵家への帰路についた。

 ──さあ、明日は強制イベント、フェリクティウム学園の入学式だ!!

 待ってろ!ストーカーヒロイン!

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