A letter

ヤチヨリコ

A letter

親愛なる君へ


 僕は、そこにいません。

 僕は、ひとりぽっちになりたいのです。


君の親友より



「ひとりぽっち、ってところがズルいよなあ」

 私はぽつりとつぶやいた。

 「詩人」と彼を呼んでいる。なぜ詩人なのかといえば彼が無職でそこらを年がら年中徘徊して詩を書いているからで、つまりはただの無職のおっさんだからで……。

 けれど、私は詩人のことが好きだった。


「僕はね、歩くんだ。歩く道を、素敵なものだと思うから歩くんだ」

 出会ったとき、自己紹介で詩人がこう言った。

 そのときは無職のゴミ人間だと思っていたので、何を言っているのかわからない、と言うと、詩人は「僕はそういう生き物なんだよ」と寂しそうに言った。


 詩人と歩く道はいつもの道ではなかった。あそこの家には赤ちゃんが生まれたとか、どこそこの家がペットを保健所につれていったとか、詩人から教わると、どこか遠くの他人事に思っていたものが自分と同じ日常の延長線上にあるんだなとあたりまえのことを改めて思った。

 桜が散って葉ばかりになっても桜は桜なのだと、彼は言った。


 詩人の歩いた道を歩いてみた。

 素敵なものだとはとてもじゃないが思えなかった。

 いつもの道はいつもの道で、道の草は雑草だった。


 詩人と歩いた道を歩いてみた。

 素敵なものだと思っていたのに素敵なものではなくなっていた。

 桜の咲く道を歩くと落ちていた虫を踏んづけて不快だった。桜は桜でも桜につく虫は彼の眼中にあったのか、そんなことをふっと思い、詩人を思い出した。

 今も桜は桜なのだろうか。


 虫だらけの丘に登って、詩を書いてみることにした。

 パンプスをスニーカーに履き替えて、ワンピースをパーカーとジーンズに着替えて、広い広い街を歩いた。街にも虫はいた。

 疲れて腰掛けた古びたベンチからは、街がずっと見下ろせた。この街のてっぺんに来たのだなとぼんやり思えた。てっぺんにも虫はいた。


 てっぺんには一本の木が立っていた。桜は桜でそこにあった。

 桜の枝に、吊るされたボトルとその中に入った手紙があった。

 まるで首吊り。手紙を読んでみると、詩が書いてあった。


 「私を軽蔑しますか?」で始まる詩は誰かが誰かに宛てた手紙のようだった。広げて読んでみても、私の知らない差出人が詩人のような生き物のようにしか思えない。

 この歩く道を素敵なものだと思う人と詩人を会わせてみたかった。

 私は彼らのような生き物ではなかったようで。

 一文字の詩の欠片も書けなかった。

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A letter ヤチヨリコ @ricoyachiyo0

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