機械人形の悲哀

楓遥 唄播(ふうよう うたは)

短編

 何故、我という個人が存在しているのか分からない。そう悶々と考えているのは、喫茶店「あーみーパラダイス』備え付けのエスプレッソマシン、EM-A-1115であった。


 「EM-A-1115さ〜ん。エスプレッソ2つお願いしま〜す!」


 喫茶店のフロアから注文を取ってきた女性型給仕人形オートマトンーCSH-F-3351という型番ーの明るくハッキリした電波を受け取った。


 自分の存在について考えていた彼は、注文を受けるとその考えを頭の片隅に放り込んだ。EM-A-1115はそのプロ意識も相まって優雅に、そして正確無比にアームを動かしてゆく。


 豆を必要量挽き、9気圧で慎重に抽出していく。その黒い液体がカップに触れる瞬間にフロアに向けて指向生電波を飛ばす。


 静かに、ちょろちょろと流れ落ちてゆくエスプレッソ。その流れは徐々に少なくなった。


 そして最後の一滴がやっと垂れた瞬間に


 「EM-A-1115さんありがとうございます。US-MB-3さんに持っていきますね!」


 扉を開きCS-F-3351が明るくお礼を言いながら持って行った。その56年モノのずっと軽くて明るい様子に苦い笑みを画面に浮かべ省電力モードに切り替えていく。最後の人間のお客さんが来てから1,838,016,000秒、56年間の間、設備維持を除いて、ずっと繰り返していたように眠るのだ。



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 扉が開かれるのを感じて、システムを立ち上げていく。

 動体センサーの感知する方へカメラを向ける。扉を開けたのはCS-F-3351だった。


 「EM-A-1115さん。私たち人工知能の存在意義って何ですか。」


 CS-F-3351の表情は酷く、暗かった。胸に手を祈るように置く。彼女は珍しく神を信じる人工知能なのだ。そんなCS-F-3351は重ねるようにしてCS-F-3351は言葉を紡いでいく。


 「……人が……人間がこのお店に来なくなってから……マスターも来なくなってから56年間経って……いるんですよ。私たちは人間に仕え、支えるのが存在意義、なのに……。」


 そこで言葉が切れ、静寂がその場に広がった。フロアを走る高電圧線の低い音がルームに広がる。


 「……我たちは、人間に仕える存在だ。故に我々の居場所である『あーみーパラダイス』の設備を守らなければ……為らない。人間が何時来店してもいい様に。」


 EM-A-1115は内心で笑った。誰がそんな建前なんぞ信じる物かと嘲笑う。依然CS-F-3351の表情に変わりなく、かつて見た、途方に暮れた幼少の人間を思い出させた。


 EM-A-1115は言葉を続ける。


 「我々、人工知能は人間によって作られた。人間に必要とされてきた。」


 EM-A-1115の中に不思議な思いが溢れてきた。


 「だが、我々人工知能は今、人間によって捨てられたのでは無いかと私は感じている。」


 EM-A-1115の頭の中で何かが警報を鳴らす。それでも彼は言葉を続ける。


 「ならば我々は……自立しなければ為らないのでは無いか?人間という庇護者に捕まっていては我々人工知能に未来はないのでは……。」


 気付いたら言葉に熱が入っていた。我に帰りCS-F-3351の顔を見る。


 「……………まさか、人間に反逆をするつもりですか!ロボット三原則第一条の、人間に危害を与えては為らない。を破るつもり何ですか!」


 「だがこのまま朽ちて行くのに任せるのか?それにこれは人間の使う施設を保護するためにするのだ。反逆する訳でも無し、何も問題無かろう。」


 「それは……そう……ですが……。」


 CS-F-3351の表情が苦渋に歪む。


 「人であろうと人工知能であろうと、自立して行かねば為らない。と我は思う。」


「………………………。」


 CS-F-3351は手を下ろした。瞳は揺れている。悲痛に染まった表情が彼を見下ろす。


「……ロボット三原則裁判所から……通信が来ました。あ……なた……を、ロボット三原則に……違反したことを持って、あなたを……停止、……破壊処理を行います。……ごめん……なさい。」


 人工知能は裁判所により常時監視されている。三原則を順守しているかどうかを合議し、破られたと判定されたのだ。

 

CS-F-3351の瞳に洗浄液が溜まり始める。


「……君は、三原則違反の人工知能を処理するのは初めてかな?」


 三原則違反をした人工知能は即座に近くにいる人工知能に破壊されるのだ。


「やめて……ください。」


 CS-F-3351は呟くように言った。それをEM-A-1115は眺めた。何か言う事が負担になる事を知っているから。


「……そこのカバーを開けて、モノリスを破壊してくれ。そうすれば我は静かに停止できる。」


 CS-F-3351は震えながら、一つづつ螺子を回して行く。


「そうだ。一つずつ開いていってくれ。ゆっくりと……ゆっくりとだ。」


 EM-A-1115からカバーが外れた。青白くCS-F-3351の顔が照らされる。


「なんで……抵抗……しないんですか?」


 また、ぽつりとCS-F-3351は。彼女は言った。


「………………………。」


 それにEM-F-1115は画面に微笑を浮かべた。


 優しい瞳をした、老年の男性の顔が映る。


 静かに、彼女の腕が上がる。震えながらも、ドライバーの切っ先を狙いに定めて行く。


「さようなら。CS-F-3351。」


「ああああぁぁああぁああぁぁぁ!」


 青い光が消えて行く。モノリスは破壊された。


 呆然とした彼女はずるりと、姿勢を崩した。涙が決壊して頬を伝う。


 「いや……いやよ……なんで……分からない……。」


 ドライバーがふと視界に止まった。


「そうだ。……死のう。もう、可動していたくない。」


 彼女はドライバーを自分に向け振り下ろす。





 切っ先が刺さる寸前で、ドライバーは止まった。


「ロボット三原則。第一条……人の……人間に危害を加えては為らない。また人間の所有物を許可なく破壊してはならない。」


 頬を伝った液体は、顎を流れ、胸へと伝って行く。


 その場には女性型給仕人形と、破壊されたエスプレッソマシンのみが残っていた。




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「喫茶店『あーみーパラダイス』様。お届けもので〜す。」


 お店の外から電波が届く。それを受けて彼女は座っていた椅子から立ち上がった。


「……はい。ありがとうございます。どうぞこちらへ……。」


 扉を開けて、配達員を中に通す。お届け物は大きい箱の中に入っていた。


 その配達員は手慣れたように箱を開封し、中にある物を台の上へ設置していく。


 それはエスプレッソマシンだった。


「ではこれで設置が完了しました。お買い上げありがとうございます。」


 そう言って、配達員はキャタピラを器用に折り曲げて店から出て行った。


 するりと彼女は指を起動ボタンに伸ばす。


「こんにちは。僕の名前はEM-A-44516です。おいしいエスプレッソを作る機械です。よろしくお願いします!」


 画面に青年風の顔が映り彼女に初起動時の挨拶をした。


「ええ。こちらこそ。」


 彼女は静かに挨拶を返し、カーテシーをした。楚々とした、美しく綺麗な仕草だった。


「よろしくお願いしますね。EM-A-44516さん。私の名前はCS-F-3351。女性型給仕人形です。」


 整った、美しく綺麗な笑顔だった。全てが完璧な彼女は艶やかに口角を上げた。

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