第10話
「確かにノラ猫はちょくちょく見てたけど、まさかそれが理由だとは」
朝五時にもなると、さすがにお客さんもほとんどいなくなって、暇な時間になる。
今日の僕のシフトは七時までで、注文や来店があるまで待機みたいなものだ。
時間を持て余した僕と店長、他のアルバイト──田中さん、それと久米川はハジメさんたちから聞いた件の子猫たちについて話した。
店長は招き猫の頭を撫でている。
「この動画が投稿されたのは七月一日。ベリベリベリパフェが七月十四日から」
動画投稿とベリベリベリパフェの発売時期には二週間の開きがある。ここまで開きがあれば、本当の理由がどちらかは簡単にわかるのでは?
ベリベリベリパフェ発売前から客足が戻っていれば、子猫動画のおかげだろう。
ベリベリベリパフェ発売後から客足が戻っていれば、パフェのおかげだろう。
もしかすれば、子猫とパフェの相乗効果かもしれないが、少なくとも子猫だけのおかげなのかどうかは判別できる。
店長が壁際に置かれたデスクトップを操作する。
背中越しに表が見える。店長も同じ考えのようだった。
「一〇日からだな。注文が増えてる」
パフェの発売時期よりも四日前だ。急激に増えたのが一四日からだとしても、やっぱり一度離れたお客さんを取り戻せたきっかけは──。
皆が、スマホの子猫に注目する。
子猫たちはすやすやと眠っている。夏の本番はまだ先とは言え、コンクリートは熱くないのかな。
「この猫たちがいなくなったら、また元通りだな」
店長がボソッと漏らす。少し、気が抜けたみたいな声だったのは相変わらず招き猫のおかげだと信じたいからだろうか。もう、宗教でも作ればいいんじゃないのか。
でも、店長の言う通りだとも思った。
今来ているお客さん全員が猫目当てだとは思えないが、子猫に惹かれて来たのだろう。
もし、子猫がいなくなれば。お客さんがこの店へやって来る目的も失ってしまうのだろう。
また、駅前のファミレスに持っていかれて、静かなニューヨークに戻るのだろうか。
店のことを考えたら、戻って欲しくはなかった。夜勤の喋るしかやることのない時間も好きだけど、売り上げがないといつか潰れてしまう。そうなると、二二時以降も高校生を働かせてくれる都合のいいバイト先がなくなってしまう。
なにより、僕はこの店が好きになっていた。
どこか適当で、面倒見の良い店長をはじめとする、何かと気にかけてくる先輩たちも。
二言三言話しをするだけで、退屈な時間を潰してくれる常連たちも。
それと──まだあるはずのこの店を離れたくないいくつかの理由によって、僕自身、驚くほどに、閉店を望まないほどに愛着を持っていた。
その思いと半面。バターを塗った食パンの裏側にジャムを塗ってしまったみたいに、表立つ気持ちが飛び立たせないようとする重りが引っかかってもいる。
変わらないモノなんて、何もないことなんて知っていたはずだった。だから、急にお客さんが戻ってきたことも嬉しい以外の感想は出てこなかった。
いつもどこかで。小さく風は吹いているのだと、僕は忘れていた。
風は予告なく吹く 白夏緑自 @kinpatu-osi
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