第9話

「すみません。助かりました」

 騒ぎを納めてくれたお礼のポテト盛り合わせをバンドマンたちが座るテーブルに持っていく。


「確かに、最近お客さん増えたよね」

 彼らの中で一番細くて、一番顔の良いハジメさんがアイスコーヒーにガムシロップを流しながら辺りを見回す。

 確かに、深夜のお客さんも増えた。前までは閑古鳥が鳴くまでもまばらだったこの時間帯。今はほぼ満席状態だ。


「そっちからしたら良いことなんだろうけどさ」

「俺たちみたいな行く当てのない奴らからしたら、ちょっと困るな」

 エンさんがチラッとバックヤードへの入り口を見る。

 さっきの騒ぎで久米川が高校生だという疑いは店内に響き渡ってしまった。今は人目を避けるためにバックヤードへ避難してもらっている。

退店させなくてはいけないのでは、という声も他のバイトから出てきたがこの時間帯に、それこそ女子高生を一人で歩かせるわけにいかない、と店長がバックヤードを解放してくれた。


「景気が良くなったのはやっぱ、あの動画が理由?」

 アレ……?

「あー、これですね」

 テーブルに置いたままのフェアメニューに掲載された【ベリーストロベリーバーベリーパフェ】の写真を指差す。

 しかし、バンドマンたちの反応はこちらの予想するものではなかった。

 彼らは一度顔を見合わせて、

「あれ? 猫の動画じゃないの?」


 どうやら、我が店復活の理由が本社広報部のおかけではないとする店長の持論は正しいようだった。

 ハジメさん曰く、始まりはSNSに投稿された三六秒の動画。

 動画の舞台は【ファミリーレストラン ニューヨーク 本宮寺店】に備え付けられた申し訳程度の駐車場。四台しか停められないうえ、そのうちの一台分は食材搬入のトラック用に空けているから、実質三台分しかない。

 駅から徒歩圏内の立地なので、ここが満車になることは珍しい。一年働いて三回ほどしか見たことがない。


 そんなわけだから、この駐車場は常に広めのスペースとなっている。

 動画の主役は子猫だった。

 三匹の茶トラ柄の子猫が、パーキングブロックを枕にして仲良く横並びに寝ている動画。夢でも見ているのか、小さく「にゃ……」と寝言を漏らす。


 この動画が投稿されたのは、【ベリーストロベリーバーベリーパフェ】をただウダウダ食べているだけの宣伝動画が投稿されるより少し前。初速こそ乏しかったものの、ジワジワと投稿主の友人間で広まり、茶トラ兄妹の目撃動画が何件も投稿され、それがさらに広まり、話題が話題を呼んで、今や子猫を見るために来店する人がいるらしかった。

「もしかして、誰も気づいてなかった?」

 ハジメさんのどこか間の抜けたような声で、どうしてか恥ずかしくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る