第9話 生きる意味
児童養護施設に入ってあっという間に1年が過ぎ、施設での生活にもだいぶ慣れてきた頃だった。19時半、いつも通りバイトを終えた俺は、施設の少し手前でうろつく不審な人物がいるのに気がついた。右に行ったり、左に行ったり、何かを探しているのか、落ち着きがないようにみえる。俺は少し後ろの方で、その動きを目で追っていると、パッと目があった。
「あ…」
知らない中年の男。見られたことをマズイと思ったのか、その男は、声を掛ける間もなく逃げるように、その場を立ち去っていった。何か用があったんじゃないか…。男が去った方を見ながら立ち止まっていると、背後からドンッとど突かれた。
「…っ痛」
「何やってんの?拓磨。こんなとこで突っ立って」
「…倉田。急に、ど突くのやめてくれないか」
「ごめん…つい。てか、苗字呼び、やめれ」
「あ?」
「は?」
倉田亜季は、正直…小煩い。だが、彼女とのやりとりがあったからこそ、施設の生活に早く馴染めたのも否めない。施設にきた当初の俺は、誰のために、何のためにと、生きることの意味をグルグルと探して、ちゃんと眠ることができず、ただただ考える毎日を過ごしていた。そんな時、彼女から言われた言葉を、俺は、今も鮮明に覚えている。
『意味って…、形があるの?ないものを探すのは、ただ疲れるだけだよ。それより、今、自分の前にある世界を感じる方が、確実なものだよ』
それからだ。少しづつ、周りを見るようになったのは。同じ施設で暮らす子たちと関わりを持つようになる中で、母さんを亡くしてからモノトーンにしかみえなくなった世界に、1つ、また1つと色があったことを思い出していった。
ずっとしまったままだった母さんの写真を取り出す。 サッカーの試合中、大きく腕を振り応援する母さんの写真。
『拓磨ぁ~!行け~!頑張れ~!!!』
久しぶりに聴こえた、母さんの声。なんだ…ちゃんと、ここに、心に、残っていたんだ。
屠所の羊 深山 蒼和 @sowa_miyama
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