第8話 奇妙な動画

秋から冬へ季節が変わる頃、近くの住宅街で30代の男性が死亡しているのが見つかった。目立った外傷はなかったが、この男性と交際関係にあった女性が行方不明になっていることから、警察は、事件と事故の両面で捜査を進めているという。事件など滅多に起きない地域での出来事。比較的近い場所だったこともあり、店にくる客の間でも、話題になっていた。


「瀬野くん、そこのコーヒー豆、補充しててくれる」

「わかりました」

雨の日は、客が少ない。こういう日は、ゆっくり時間が流れるから、やることがなくて困る。今日は、カウンター席に、常連客の女性が一人だけ。

「ねえねえ、マスター。近くで起きたニュース見た?」

「あ〜、今、話題のアレね」

カウンター越し、マスターと常連客の女性が、事件の話で盛り上がっていた。


「実は、私、亡くなった男性と同じ会社で。ニュースにはまだ出てないこと、同僚から聞いちゃって…」

常連客によると、死亡した男性(以下:Aさん)は、行方不明になっている女性(以下:Bさん)と、婚約していたという。ある日、Aさんは、些細なことでBさんと喧嘩をする。いつもなら、Bさんがすぐに折れて仲直りの電話がくるが、何日たっても掛かってこなかった。心配になったAさんは、数日後、Bさんの自宅を訪ねたが、Bさんの姿はなく、会社も喧嘩した次の日から無断欠勤していた。Aさんは、すぐさま捜索願を出したが、警察だけではあてにならず、探偵を雇ったり、AさんのSNSなどを通して、必死にBさんの行方を探していたそうだ。

「でもさ、意外とAさんがBさんを殺していたりして?」

「最初は、そうやって犯人扱いする人もいたんだけどね」

ある日、AさんのSNSに【●●廃墟でBさんに似た人を目撃した】という情報が舞い込む。有給休暇を取得後、Aさんは情報を頼りに、独り廃墟に探しに向かって、そのまま音信不通に。2週間後、Aさんはひっそり帰宅したそうだ。

「戻ってきてからのAさん、会社で仕事してても、なんか挙動不審というか、変だったらしくて。廃墟に行ったせいで悪いものに憑かれたんじゃないかって噂になってさ。それからしばらくして、会社辞めちゃって。Aさんと仲のよかった同期が、何度か家に様子を見に行ってたみたい」

廃墟に行ってから半年後、Aさんは、体の震えや吃りが生じるようになり、徐々に、ヨタヨタと歩くようになって、同期が最後に会った際には、感情の起伏が激しく、ヒステリックに笑って、会話にならなかったそうだ。


「ちょっと…。怖いんだけど」

「だよね…でも、何が原因でそうなったのか気になって。…行方不明のBさんのこともあるし。ニュースがあってから、AさんのSNS改めて見返してたら、裏アカっぽいのに飛ぶページを見つけて。そこに、変な動画が投稿されてたの」

「変な動画…?」

常連客がこちらにスマホ画面を見せる。Aさんの裏アカと思われるページ、その投稿の1つに、文字がなく、動画のみがのせられた投稿があった。真っ黒な画面の中心に、白い再生がボタンが表示されていた。


投稿日は、Aさんが亡くなったとされる前日。

終始真っ黒な画面の動画には、音声でこう残されていた。

【ヨゥキ…、イタ、クワ…タ、ニク…イタ…、…ジョ…イタイ、ハハハ、ハハハ】


3人しかいない店内に、Aさん音声がノイズ混じりに響く。何かに怯えるような音声。笑い声のようなもので、動画は終わった。

マスターが、青い顔をして俺の方をみる。

「マスター…大丈夫ですか?」

「…鳥肌がすごいんだけど…」

「…やっぱり、ヤバイもの聞いた気がするよね?」

「…する」


その後、この話は、次第に人から人へと広まり、さまざまな枝葉がついていった。“廃墟”と“死”と“残された謎の言葉”という、いかにもなフレーズが、心霊マニアたちに火をつけ、一時、若者が集まり騒ぎとなったが、ニュースの話題は、日を追うごとに下火になっていった。

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