Ep.000

……………………………………………………

CODASYLに贈る謝辞


 COBOLは遍く産業界のための言語であり、特定の会社・組織・団体の所有物ではない。

 COBOL委員会やCOBOLの発展に貢献したいかなる個人もプログラミング・システムや言語の正確性、機能に関していかなる責任も負わず、保証をすることもない。

 COBOL仕様書の作成に当たって、次の資料の著者と版権所有者はそれぞれの全文もしくは一部を使用することを承認した。

 このことは、他のプログラム解析書や類似の刊行物にCOBOL仕様書を再利用する場合にも適用される。


FLOW-MATIC

Programming for UNIVAC(R) Ⅰ and Ⅱ

Data Automation Systems

スペリーランド社 1958年,1959年版権


IBM Commercial Translator

No.F28-8013

IBM社 1959年版権


FACT,DSI 27A5260-2760

ミネアポリス・ハネウエル社 1960年版権


原出典:

「CODASYL COBOL JOURNAL OF DEVELOPMENT 1984」

……………………………………………………


* ***************

* 〈懺悔〉

* ***************


 個人の研鑽の結果たるプログラミング技術とアイディアは特定団体の信条および概念の所有物ではない。

 システムおよび世界観の機能と整合性について、いかなる責任も負わず保証もしない。

 特定言語を揶揄もしくは言語仕様を改変することによりこれを侮辱ないし卑下する一切の意図は存在しない。


 しかし私はCOBOL言語の普遍性を悪用する。


* ***************



* ==========

*  コーディング規約

* ==========


 ロジック部分はCOBOL言語の文法に準拠する。

 ただし、A領域・B領域の定義については独自の略式表記を採用する。

 スマートフォン表示における桁数(23桁を指標とする)を考慮したものである。


* ----------

* 「A領域」

* ----------


* 定義

 各行の1桁目を「A領域」とする。


* 可とする記述

 1.COBOL言語のステートメント

 2.COBOL言語における行ラベル

 3.コメント(「*」で始める)


* 不可とする記述

 1.B領域で可とされる記述(本文)


* COBOL言語との相違点

 1.行番号は記述しない

 2.ステートメント記述可能

 

* ----------

* 「B領域」

* ----------


* 定義

 1.各行の2桁目以下の桁位置はすべて「B領域」とする。

 2.折り返し後の1桁目は「B領域」として扱う。


* 可とする記述

 1.本文


* 不可とする記述

 1.A領域で可とされる記述


* COBOL言語との相違点

 1.ステートメント記述不可


* ----------

* 「本文」

* ----------


 本文の記述は以下の通りとする。

 

 1.すべてB領域1桁目からの記述とする。

 2.「字下げ」は行わない。

 3.1段落の長さは原則として46文字以内とする。

 4.疑問符・感嘆符の後に全角アキを挿入する。

 5.三点リーダ、二点リーダ、ダッシュ記号は2文字で使用する。

 6.ダブルだれは半角を用いる。

 7.波線ダッシュの使用は原則として避ける。

 8.カッコ内の引用は「“”」の様に記述する。

 9.カッコ内の会話文は「『』」の様に記述する。


* 以上.

* ==========



* ===================

* 〈レポート〉

* ===================

* そのシステムには、致命的な不具合が―― 

* ……

* …



* ===================

* 〈CODING SHEET〉

* ===================



IDENTIFICATION  DIVISION.

PROGRAM-ID. “GS001”.


ENVIRONMENT  DIVISION.

INPUT-OUTPUT SECTION.

FILE-CONTROL.

SELECT INITDATA ASSIGN TO 

“PJ.GS.SUMEX.NAMES”

ORGANIZATION IS BINOCULARS.

FILE STATUS  IS FSINDATA.


DATA DIVISION.

FILE SECTION.

FD INITDATA.

01 INITDATA-REC PIC O(OG).


WORKING-STORAGE SECTION.

01 FSINDATA  PIC X(02)

01 YOUR-FACE PIC X(12)

   VALUE “(・_・)”.

01 DEF-DATA-TYPE.

COPY GSDEF01.

01 CNT-WK.

 03 CNT-IN   PIC 9(12)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-A    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-B    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-C    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

 03 CNT-O    PIC 9(06)

    VALUE ZERO.

01 IN-RAYOUT.

COPY GSDAT01.

01 LN-RAYOUT.

COPY GSPARAM.

COPY GSLINK03.


LINKAGE SECTION.

COPY GSLINK01.


 ……

 …


 「パカッ……カシャ」


 「……カチッ」


 男は1本のカセットテープをおもむろにケースから取り出し、目の前のデータレコーダーにセットした。

 そして再生レバーを押し下げると命令を入力した。


 「CLOAD ”GS001”」


 [RETURN]キーを押すとテープが回り出し、レコーダーからは暫しの間けたたましい悲鳴が鳴り続けた。


 ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィー


 ガッ!


 ピィィィィィィィィィィィィィィィィィィィー

 ガーガーガーガーガガガガーガーガーガー

 ガガーガーガガガーガーガーガッガガガガーガー

 ギギギギギーギーギービャービャビャビャビャー

 ガリガリガリガリガリガリギュギュギュギュギュ

 ビーービーービーービーーギギギギーギー

 ピャラピャラピャラピャラピャラジィージィー

 ィィィィィィィィィィィィィィィッ

 ……………………‥‥

 ……………‥

 ……‥

 ‥


 テープの回転が停止してテレビには”Ok.”というメッセージが表示された。


 あまりにもやかましい音が鳴り続けたせいか、辺りには一転して水を打ったような静けさが訪れた。


 そして男は一呼吸おいて最後の命令を入力した。



 「RUN」


 [RETURN]



 しばらくしてテレビに映るテキストが全てクリアされる。

 そうしてRFコンバータを経由して流れだしたのはぎこちないアニメーションと遅延気味の矩形波ミュージックだった。



 ――やっぱりBASICじゃ限界があるなぁ。



 そのとき、レコーダーのアナログカウンターは”084”で止まっていた。


 ……

 …


PROCEDURE-DIVISION.


PERFORM INIT-PRC.

PERFORM MAIN-PRC

  UNTIL YOUR-FACE

        = “(*´Д`)”

     OR FSINDATA

        = “OO”.

PERFORM FINL-PRC.


STOP RUN.


* ***************

INIT-PRC SECTION.

* ***************


DISPLAY “〈GS001〉 START.” UPON SYSOUT.


MOVE FUNCTION(GSINT) TO 

FSINDATA.

MOVE FUNCTION(GSORG) TO 

INITDATA-REC.


PERFORM READ-PRC.


* ***************

* INIT-PRC END.

* ***************



* ***************

READ-PRC SECTION.

* ***************


READ INITDATA

    AT END

 PERFORM STAT-CHK

NOT AT END

 MOVE INITDATA-REC TO

 IN-RAYOUT.

 PERFORM GSLINK02-PRC

END-READ.



* ===========

* 〈カウント〉

* ===========

カウント.


 ADD 1    TO CNT-IN.


 EVALUATE DATA-TYPE

  WHEN DEF-TYPE-A

   ADD 1  TO CNT-A

  WHEN DEF-TYPE-B

   ADD 1  TO CNT-B

  WHEN DEF-TYPE-C

   ADD 1  TO CNT-C

  WHEN OTHER

   ADD 1  TO CNT-O

 END-EVALUATE.


カウント-END.

* ===========

* 〈カウント〉 END.

* ===========



* ***************

* READ-PRC END.

* ***************



* ***************

MAIN-PRC SECTION.

* ***************


IF ……… THEN 

 CONTINUE

ELSE

* PERFORM MAINFRAME-XXXX

 GO TO RE-DEFINES

END-IF.


* ==========

* 〈084〉

* ==========

084.



 警報は突然鳴り響いた。


 クッソ……朝起きて昼寝して夜寝るだけのお気楽なバイトじゃなかったのかよ……


 そうして男はひとしきり悪態をつくと、頭皮を掻き毟りながらだるそうに立ち上がった。


 モニターを確認するが何も怪しいものは映っていない。

 そこにはいつもと変わらない殺風景な景色が拡がっていた。


 では何に反応した?

 男は父の形見の光学式双眼鏡を取り出すと、数少ない小窓から外界を確認した。


 何だ? あれは。


 遠目に見ても判る。

 石造りの壁、巨大な白い塔、階段…‥

 そこにあるのは何らかの人工の構造物だ。


 その中ほどにある開けた場所でひとりの少女? がキョロキョロと辺りを見回していた。


 顔は…‥なぜだか良く判らない。

 髪は原色の赤…‥かつら? 

 黄色と白の派手なマント。頭には緑と白と赤と青の大きく派手な羽根飾り。

 足もとを見ると…‥ど派手なピンクだった。


 いささか残念な原色系のファッションに身を包んだ少女は、何を探しているのか物凄い速さで前後左右にくるくると回転していた。


 少女はひと通り辺りを見回すと今度は腰にぶら下げていた小剣を抜き、片手でぶんぶんと振り回し始めた。

 型も何もなくただ感触を確かめるかのように上下左右に振り回すだけだったが、そこには物凄い違和感があった。


 ……これ、振り回すっていうかほとんどワープしてねぇか?

 重さ云々もそうだが明らかに物理法則を無視した動きだった。


 そこへ一匹の虫が突然湧いて出た。

 どこから?


 ……それはさておき出現したのは何の変哲もないただのダンゴムシだった。

 三メートルもあろうかという巨体であることを除けば。


 その唐突な登場に気を取られている間に少女はダンゴムシの前に移動していた。



 ぺこん、ぺこん、ぺこん、ぼひゅぅん!



 軽く右足を踏み込みながら剣を突き出すと、どこからか響いてくる可愛らしい音と共にダンゴムシは小刻みにその巨体を震わせ、暫しの間硬直する。


 そうして三発目を叩き込んだとき、これまた気の抜ける様な破裂音と共にメルヘンチックな爆発が拡がり、その巨体は血肉のひと欠片も残さず消滅した。

 いや、今何かがぱっと現れてすかさず少女が拾ったように見えた。


 俺はただあんぐりと口を開け、間抜け面でぽかんとその様子を眺めていた。



 っと違う違う…‥状況の確認だ


 相変わらずモニターには何も映っていない。

 センサー類に対して誰かが欺瞞情報を送り付けている?

 いや、俺が薬物か何かで変な幻覚を見せられている可能性だってある。


 あのダンゴムシは何だ? 脅威になり得るのか?

 いや、それよりもあの少女? は何者なんだ?

 気密服やヘルメットを着けている様子はなかった。

 何で平気?

 目的はなんだ?

 何で今?

 何で俺?


 こういう時何をすればいいんだっけ?

 どうせ何も映ってないんだしこのまま無視しちまえば誰にも分からねぇんじゃねぇか?


 クッソ…‥

 横になってダラダラしてぇ…‥


 ダラダラしてぇ…‥

 まったりダラダラしてぇんだよ!


 そう強く願ったとき、不意に目が合った。

 先ほどまで外にいた少女はいつの間にかそこに立っていた。


 ――そして目が覚めた。



* ◇ ◇ ◇



 少女は相変わらずキョロキョロと辺りを見回していた。

 まるで何かを確かめるかの様に。



084-END.

* ==========

* 〈084〉 END.

* ==========



* ==========

* 〈会話〉

* ==========

会話.



 自分で設定した【チュンチュン、チチチ】というBGMがイライラを掻き立てる。


 ちなみに鏡に映った俺の顔は(*´Д`)こんな感じだった。

 誰も見てないから自分から言わなきゃわかんないけどな!

 …‥何をって?

 アレに決まってるだろ!



 然るに警報装置のログだけはしっかりと残されていた。

 すっかり忘れてたぜ!


 これだから仕事の出来ない奴は嫌いなんだよ!

 クソっ!



 『で、特に何もせず定時で帰ったという訳か』

 「はい」

 『警報が鳴ったのだろう』

 「あ、はい。でも」

 『装置のチェックは?』

 「はい? あ、毎日してますけど。日誌を見たら分かりますよね?」

 『そういう事を訊いてるんじゃない。何度言わせれば――』

 「すんませんッス」

 『全部言い終わる前に謝るのは止め――』

 「はいはい」



 俺は「人工無能上司くん(ハードボイルドVer)」とのトークを楽しんでいた。

 事前に怒られる練習をしとくのって大事だよね。

 内容が一切ないトークなのにリアルで怒られるのとほぼ同じ流れになるんだからこれすごいね。


 というのは冗談で、今画面越しに会話しているのは本物の人間の上司、誇り高きバイトリーダーだ。


 俺の仕事というのは何もない土地の警備だ。

 守るべき資産が何かあるわけでもなく、近所の悪ガキが忍び込まない様に見張る位しかすることがない。



 といってもモノは宇宙の果ての辺鄙な無人惑星の土地のひと区画だ。



 近所の悪ガキなどいるはずもなく、することもない。

 拠点施設の維持管理が仕事みたいなもんだ。

 何でわざわざ警備なんてする必要があるのか皆目見当もつかない。


 そこにきて警報機が作動したけど映像記録にもセンサー記録にも何も残ってないときた。

 客観性、公平性を最大限に発揮して導き出された原因は装置の誤操作だ。


 『何の為に高い金を払って人間を雇ってると思ってる』

 「自動監視システムの方が俺の給料より高いからでーす」


 そう、俺は道端を鼻歌交じりにほっつき歩いている最中に、ちょっとちょっとお兄さんと声をかけられてふらふらと付いてきてしまったしがないバイトに過ぎない。


 今のご時世ちょっとした仕事に金食い虫の警備ロボなど過ぎた代物。そんなのは俺みたいな底辺で事足りる仕事だ。

 管理職だって管理職ロボを買うくらいならその辺で捕まえてきた野良人間に三度のメシを与えてぶん投げた方がよっぽど効率的なのだ。

 雇ってるとか言ってるやつがバイトなんだぜ? 意味わかんねえだろ!


 『お前はクビだ』

 「へ? 何の権限があって――」

 『いちど言ってみたかっただけだ』

 「死ねば良いのにー」

 『良かったな、お前もそれを言ってみたかったんだろう』


 次の瞬間、俺は双眼鏡片手に荒野を彷徨う一匹狼となっていた。

 チクショウ、吹き荒ぶ世間の風は世知辛いぜ!


 どうやって次の瞬間に荒野を彷徨えるんだって?

 そんなことどうでも良いだろ! 空気読めよバーカ!


 『良かったな』

 『お前のイマジナリーフレンドもバカにしているぞ』


 マジで死に晒せやゴルァ!



* ◇ ◇ ◇



 気になる。

 めっちゃ気になる。


 何がって?

 アレだよ! アレはどうなったんだよ!

 アレがソレしたやつだよ!


 アレは何なの?

 何で双眼鏡で見ると音が出るの?


 『良いから早く警報装置の点検レポートを提出しろ。警報から12時間も経ってるんだ』


 へ? 12時間?


 「12時間」

 『何だ』

 「いつの間に12時間も経ってたんスか?」

 『真面目にやれ』

 「いやマジですって!」

 『細かいことは追及せん。言い訳は良いからさっさと対応しろ』

 「……ハイ」


 こりゃダメだ。

 取り敢えず調べてみるか。

 と双眼鏡を――


 「どわあああああ@くぁwせdrftgyふじこlp~」


 俺はシェーのポーズを取りつつ人生史上最長のバックステップをかますことに成功した。

 バックステップするシチュなんてそうそうねえけど!


 『どうした。何をしている』

 「ハイ、ボクは頭がおかしくなりました!」

 『そうか、ならばお前はクビだ』



* ◇ ◇ ◇



 【ビビービビービビービビー】

 「どえぇぇぇぇナニコレえぇぇぇぇ」

 

 双眼鏡を覗いた瞬間に鳴り響く警報……と、俺の悲鳴!

 

 『説明しろ、何があった』


 「安心してください、何もありません」

 双眼鏡を外した俺はクールに言い放った。

 

 周囲には本当に何もなく、警報も鳴り止んでいた。


 『今警報が鳴っただろう。何もないというなら装置に異常がないかを点検して報告しろ』


 あ、俺の叫び声には一切ツッコミなしなのね。

 とりあえず双眼鏡を覗いた俺が見たのはゾンビの大群だった。

 しかも目の前だ。

 双眼鏡だからド迫力だったよ、くわばらくわばら。

 実際に目の前にいるわけじゃないからね、双眼鏡を離せば目の前に広がるのは現実だ。

 ……じゃあ警報装置は何で鳴ったんだ? 何もなかったら点検するのが普通じゃないか!

 何もしてない俺、仕事のできない奴! うへへのへ。


 「はい」

 俺はとりあえず無難に返した。


 こんなん陰謀ルートだろ常考。何のプレイだよ。

 この双眼鏡はVRゴーグルなんだろ? 警報装置のスイッチは上司ムーヴも板についてきたバイトリーダーが机の下で押してるんだよきっと。陰謀陰謀。


 『まだか。さっさとしろ』

 「へいへい」

 『何か言ったか』

 おっといけねえ、心の声がつい漏れちまったぜ。

 「今見てるところッスよ」

 『そんなことは分かっている』

 ってまだ見てねえし。


 俺は警報装置の蓋を開けた。

 双眼鏡で見た。


 目が合った。


 目玉だ。目玉が本体? みたいな謎の生物。

 そいつはいた。


 「あの……上司?」

 【どうも、お邪魔シております】

 「あ、すみません」ペコペコ。

 【お騒がせしてスみません】

 「あ、お構いなく」

 そっ閉じ。

 悲しきかな、コミュ障の習性!

 しかし俺はきっちりオール「あ」でスマートにジェントルに受け応えして見せた!


 「すみません、目玉さん?」

 『何だ、目玉って』

 「あ、いえ、混乱してしまって」

 『気にするな、お前はいつだって錯乱しているだろう』

 うん、全然気にしてないよ(血涙)

 今俺が誰と話してたとか気にならんのかコイツは。


 俺は意を決してもう一度蓋を開けた。


 そこには俺の悲壮な決意をあざ笑うかのように、普段通り何の変哲もない機器類が鎮座していた。

 センサ類の劣化や接触不良はモニター越しでも分かる。

 ここでチェックしなければならないのはむしろその正常性だ。

 

 『二回目だ。これで異常なしならどうなるかは判っているな』

 その異常ありなら問題なしだぜみたいな言い方、やめてくれませんかねぇ。

 いざという時にコイツが異常だから正常です! とか言い出さないでくださいねセンパイ。


 双眼鏡で見た。

 クソARかよ。誰だよ。

 「装置を鳴らしたのはあなたですか?」

 【いいエ。濡れ衣デす】

 「では、今警報が鳴ったときあなたはどこにいましたか?」

 【物理でスか? 論理でスか?】

 「両方」

 墓穴を掘ったな? お巡りさん呼んじゃうよ?

 【物理的にハずっとここにイました】

 「ずっとずっとずーっとですか」

 【はイ】

 「ぼくいっちゃいそうです、と話してみてください」

 【ぼくイっちゃいそうデす】 

 「なるほど……ゴクリ」


 『何だ。誰と話している』

 その質問は今更感が……と言いかけて引っ込める。


 「双眼鏡です」

 【お話しの相手ハどなたでスか】

 おっとここで意外な方向からボールが飛んで来たよ。


 「心の友とでも言っておきましょう」

 『おい』


 「それで論理的にはいつから?」

 【もちろン――】

 『そんな事より真っ先に聞くべきことがあるだろう』

 コイツ……自分がされると嫌がるクセに他人の話は平気で遮るんだな、偉いからって調子に乗るなよクソめが。


 「私の心の友が『そんな事より真っ先に聞くべきことがあるだろう』と申しておりますが」

 【あア、私が何者かということでスね】

 【あなタが今手に持ってイる双眼鏡でス】

 「知ってた」

 『何をだ』

 「こちらの方が俺の大事な双眼鏡サマってことをです」

 【そレで論理的にハ――】

 『訳が分からん。説明しろ』


 『その双眼鏡は親父さんの形見だと言っていただろう』

 「考えるより聞いた方が早いんだからいちいち会話を遮らないで頂きたいんですがねェ」

 『聞こえてないものを意図して遮るなどできる訳ないだろう。黙ってるから続けろ』


 「続けて下さい、だそうです」

 【はイ。結論かラ申しまスと】

 【私はいわゆル神様というヤつデす】


 「はい?」

 【神様デす】

 「何それ?」


 『前言撤回だ。もう良い、俺と替われ。お前はクビだ。ただし双眼鏡は借りるぞ』


 バイトリーダーのひと声と共に俺は自宅で惰眠を貪ぼらんとする一匹のブタになっていた。

 やったね。これでまったりダラダラできるよ!

 え? 理解できない? どーでもいーじゃんそんなんさぁ。

 末端バイトを体良く追い出して証拠隠滅! 陰謀論バンザイだよ!


 「続けるぞ」

 【おヤ?】

 『何コレ?』

 『あっ俺がバイトリーダー?』

 証拠隠滅は? まったりダラダラは? 俺の平穏は?

 『もうヤダ……』

 のんびりしたい俺ですがスローライフを送れません!


 おっと、こういうとこでツッコミを入れるのはバカと無能だけって相場が決まってるんだぜ!

 こんなん気にしようがするまいが人生なんて変わらないからね。



* ◇ ◇ ◇



 「最大限譲歩するとして」

 『何に――』

 「お前は黙っていろ」

 あ、俺がリーダーって訳じゃないのね。

 おまクビ失敗!


 「何もないぞ」

 『双眼鏡で警報装置の制御盤を覗いてみてくださいッス』

 「大きく見えるな。なるほど、これなら目視確認も楽だ」


 「よし。質問は二つだ。ひとつ、警報装置をどうやって鳴らした。ふたつ、鳴らした目的は何だ。」


 『すいません、あと二つ……いや三つ良いッスか? どうしても聞きたいことが――』

 「駄目だ。尺は大事に使え。意味のないことをするな」


 【タメ口で高圧的な態度でスね……でも言ってることは正論デす】


 「その双眼鏡さんとやらとはどうすれば話せるんだ」

 『双眼鏡で警報装置のキャビネットの中を見て下さい』

 俺は至ってマジメに返した。

 「何だ、別に何も変わったことはないぞ」

 『目玉が見えないです? あとゾンビがうじゃうじゃ』

 「ふざけるな! 本当に怒るぞ!」

 やばい、マジギレモードだ。

 そういえば何が見えたかってひと言も喋ってなかったな。

 これってもしかしなくてもピンチ?

 「おい」

 「緊急用のレバーが下りているぞ。お前がやったのか」

 へ?

 『いえ、そしたらログに出るでしょう』


 「警報が鳴った、確認した、手動レバーが下りていた」

 「たったこれだけの事を確認するのに散々手間をかけて大騒ぎまでして……」

 「挙げ句の果てに奇声を発して目玉だゾンビだと……」


 【そりゃそうでスね、ここはそういう施設ですカら】

 『どうして今俺と話せるんですか?』

 【いや、だッて双眼鏡なんか関係ありませんカら】


 ハイッ! 先生、質問良いですか!



* ◇ ◇ ◇



 『よし、バイトの警備員が待遇に不満を持ち犯行に及んだ。計画性はなかった。犯人は事実を隠蔽しようと訳の分からない言動を繰り返し――』


 「ちょ、ちょっと待ったぁ!」

 ど真ん中予想通りの展開ッ!


 『何だ、最後の別れか。うん、そうだな、俺も名残惜しいぞ』


 レバーが下がっていた? いや、普通に固定されてただろ、安全装置も外れてなかった。


 訳の分からない事故をうやむやで終わらせようとしてる?

 俺の奇声や謎のリアクションにもちゃんと言及してるしな。

 【あなたが見ているときはそうだってだけでスね】


 つまり?

 【あなたが見ていないときはどうなってるかナんて分からないでシょう】


 さっきから誰と話してますか?

 【ワタシです】


 俺一切しゃべってないけど?

 【あなたの心の声は全部聞こえていマす】


 怖えぇぇェヱ! (ε≡≡ヘ( ´Д`)ノ

 【逃げても無駄デす】


 「顔文字なんてどーやったら分かるんだよ」

 【神様ですカら】

 『お前は頭がおかしい』

 いや今色々おかしいのは分かるけど論点はそこじゃないから!


 『客観的に見て警報が鳴った以外は何も異状はなかった』

 『社会復帰は失敗だ。路頭に迷って死ね』

 【これはいケませんね】

 「あばばばばばぁー みょみょーん」


 ぷちっ



会話-END.

* ==========

* 〈会話〉 END.

* ==========



* ================

* 〈RE-DEFINES〉

* ================

RE-DEFINES.



* PERFORM  MAINFRAME-1989

* UNTIL  ……….


IF ……… THEN 

 CONTINUE



* ◇ ◇ ◇



 「ちよっとちょっとお兄さん」


 「え、俺ですか? やだなあこんな年寄り捕まえて」


 「今人手が足りないんだよ!!! バイトさん探してる、…ん…だ……よ…! 、アレ?」



 『お前は黙っていろ』



* ◇ ◇ ◇



 PERFORM GSLINK02-PRC


 

* ◇ ◇ ◇



ELSE

 PERFORM MAINFRAME-XXXX

* GO TO 084

END-IF.



RE-DEFINES-END.

* ================

* 〈RE-DEFINES〉 END.

* ================



* ========

* 〈幻〉

* ========

幻.



 【チュンチュン、チチチ】というBGMで目が覚める。


 鏡の前に立つ。いつ見ても貧相で無表情な髭面だ。


 さて、面倒臭いが出勤の時間だ。

 職業選択の自由による恩恵を最大限に享受しておいて面倒臭いはないとは思うが、面倒なものは面倒なのだ。


 俺は気密服に袖を通し、併設の詰所に向かった。


 と、そこで自分と同じ様な格好をした男に鉢合わせた。


 「おはようございマす」

 「あ、おはようございます」


 誰だよこの人……面倒事か?


 「どうでスか、最近」

 「どう、とは?」

 「いえね、聞こえもシないものが聞こえたりトか、有りもシないものが見えたりトか」

 「何ですかそれは。心霊現象ですか」

 「心当たりがなイなら何よりデす。それでは私も仕事があるノでこの辺で」

 「どうも」


 男が歩いて行った方を見ると、そこにはもう誰もいなかった。


 さほどの興味もなかった俺は交わした言葉も忘れ、さっさといつも通り仕事場へと歩いていった。


 その時はまだ、大事なものを失くしてしていることに気付いていなかった。



 【物事はあなたが見ていルときだけ存在する、ある意味真理でスね】



幻-END.

* ==========

* 〈幻〉 END.

* ==========



* ==========

* 〈次候補〉

* ==========

次候補.


PERFORM READ-PRC.


次候補-END.

* ==========

* 〈次候補〉 END.

* ==========



* *************

* MAIN-PRC END.

* *************



MAINFRAME-1989 SECTION.

* *********************

* 〈MAINFRAME-1989〉

* *********************



IF ……… THEN 

 CONTINUE

ELSE

 MAINFRAME-1989-EXIT

END-IF.



* =========

* 〈汚染〉

* =========

汚染.



 チュンチュン、チチチ……


 久しぶりの決行の日、緊張感からか俺はいつもより早く目を覚ました。

 そのときの普段と違う小鳥のさえずりが、なぜだか今も深く心に刻まれている。


 それはある蒸し暑い日の出来事。




 小学生だった俺は、学校が終わると脇目も振らずに親父が勤務する会社に直行した。




 外国人の母を早くに亡くして親父との二人暮らしという生活だったためか、いつしか学校帰りに親父の会社に忍び込んで辺りをウロチョロするのが習慣の様になっていた。

 当時の俺は忍び込むことに成功したと思い込んでいたが、正門の詰所にいるおっさんなんてよく家に遊びに来る顔馴染みだし、殆ど正面から正々堂々と入ったのと同じだった。


 今にしてみれば皆「あの子また遊びに来たね」くらいの暖かい目で見守ってくれていたんだと思う。

 時にはお菓子をご馳走してくれたりして、客でもない平社員の息子を随分とかわいがってくれた。

 だからその日も周囲の目は暖かく、連絡もなしに訪れて辺りをチョロチョロする俺を笑顔で見守ってくれた。

 俺にとっても外国人とのハーフという理由だけで仲間外れにするような、学校の同級生や先生たちよりよっぽど親近感が持てる人たちだった。


 俺の潜入になってない潜入作戦の目的地は電子計算機室、別名マシン室と呼ばれる一室だった。




 入り口からしてセキュリティの欠片もないご時世だった当時、無害な子供が入ることを気にする人なんて誰もいなかった。




 俺にとっては本当にたまたまの出来事だった。

 興味本位でマシン室に隣接する小部屋をこっそり覗こうとドアを開けた。

 するとそこにいた人たちが一斉にこちらを振り返った。

 彼らの目はこの会社の人たちの普段の姿からは想像できないほど冷ややかで、それは日頃の嫌な出来事の数々を思い出させた。

 逃げ出した俺は何かに足を引っかけ、すてんと転んでしまった。

 その何かが恐らく原因だったのだろう、周囲は急に上から下への大騒ぎとなった。

 騒ぎのタイミングからしてその原因が自分にあっただろうということは子供の俺でも容易に想像がついた。

 なのに会社の人たちは俺を叱ることを一切せず、転んでしまった俺を気遣う言葉をかけてくれた。

 これも今にしてみればと思うことだが、その時の周囲の優しさを勘違いしていたのかもしれない。


 俺が足を引っかけたのは電算室の最奥に鎮座していた巨大な汎用機、いわゆるメインフレームというやつのコンセントだった。

 当然コンセントは容易に抜けないための機構を備えていたが、機器の増えた部屋の設備の電力を賄うために専用電源からコンセントを分岐していたことが災いした。


 1989年という当時においても型遅れになりつつあったそのマシンこそが俺のお目当てとするものだった。

 その会社の技術者だった親父の影響を受けて、俺は数年前から流行り始めていたパソコンには目もくれず、ダム端末のグリーンディスプレイに夢中になっていた。


 俺の作った変てこなコマンド・プロシージャは会社のちょっとした憩いになっていたと思う。

 会社の知るところとなっていたかどうかはともかく、基幹系システムが稼働するマシンをよくもまあ触らせてくれたものだ。

 親父の言うことは守っていたし、やっていいと言われた以上のことはしていなかった、と思う。


 その汎用機のコンセントが抜けて、稼働中に電源がブチンと落ちた。

 当時の経営者の理解がなかったためか、自家発電施設などはある癖に大飯喰らいのでかい箱には無停電電源装置を付けておくような配慮はなかった。


 結局汎用機は電源を投入すると何事もなかったかのように起動し、直前のデータの再入力だけで業務も元通りに回り出したのだそうだ。

 後で聞いた話だが、この事件のおかげでUPS不要論者に裏付けを与えることになり、現場の面々は対策に散々苦労する破目になったとか。

 コンピュータというものは、シャットダウンやブートの際に正しいシーケンスを踏まないとシステム上の整合性がおかしくなって、正常に動作できなくなると思っていた。

 この汎用機を稼働させていたオペレーティングシステムが何かはよく知らなかったが、このシリーズ専用の一品モノであったことは何となく分かった。

 電源工事をやったのは誰だとか責任は誰が取るとか、そういった話が聞こえてきたが、当時の俺には馬耳東風であり内容は全く覚えていなかった。

 とにかく大事にならなくて良かったと、俺は子供ながらにほっと胸を撫でおろした。

 ――そう、子供ながらに。


 しかしその日の騒ぎを境に親父は忽然と姿を消した。

 何の前触れもなくだ。


 その日社内に居たというのに一切何の痕跡もなく、正に神隠しだった。


 親戚付き合いもなく祖父母すら所在不明だと聞かされていた俺は、事実上天涯孤独の身となってしまった。


 誰かに引き取られるということはなく、ありがたい事に親父の会社の人たちが代わるがわる俺のもとを訪れ、あれこれと世話を焼いてくれた。

 それとは裏腹に学校とはますます疎遠になり、俺の孤立は深まっていった。


 今なら解る。

 あの日の周囲の大人のうちの幾人かが、俺の何を心配していたのかを。

 詰所のおっさんが俺に声をかけようとして、それを制する誰かの声がした――


 『お前は黙っていろ』



* ◇ ◇ ◇



 ――その日から数十年。

 月日は流れ、世の中のあらゆる出来事が瞬く間に訪れては過ぎ去っていった。


 俺は当たり前のように進学し、文系の大学を卒業して就職した会社で定年まで勤め上げた。

 収入が安定してきた頃合いで学生時代に出会った女性と結婚し、息子も儲けた。




 その後、妻に先立たれた俺は再び孤独の身の上となった。

 息子とは折り合いが悪くなり、独立してからは音信不通の状態だ。




 あれからというもの、俺の人生は無難そのもので波風のひとつも立たなかった。


 しかしあの日の出来事のせいで、毎朝小鳥のさえずりを耳にする度に当時の記憶が鮮明に蘇ってくるのだ。


 親父の行方は今なお分かっていない。

 なぜいなくなったのかも謎のままだ。


 そう言えば、子供の頃の俺を応援してくれた人たちはどうなっただろうか。

 金銭面も含め、何の主体性もなくされるがままだった俺は当たり前のように彼らからの支援を享受した。

 当時の年齢からすると、存命の人の方が少ない筈だ……



 クソッ……俺は最低のクズ野郎じゃないか……

 【そうでスね、そうやってあなタはクソくソと誰かを罵るばかりでシた】



 何が無難な人生だ……

 【いつもダラだラシたいとぼやいてばカりの怠け者、それがあなたでしタね】

 【人生にモしもはありまセん。やり直しなんてできませンよ】

 【後悔しながラ死になサい】



 せめてあの世で――

 【あなたはあの世には行けまセんよ】

 【クズ野郎なのが残念ですが仕方ありませンね】

 【ではマた】



汚染-END.

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* 〈汚染〉 END.

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* ==========

* 〈結び目〉

* ==========

結び目. 



 ……おかしい。

 仏壇の妻の遺影と位牌がない。

 母さんのはあるのに、だ。

 息子が持ち出したのか? 確かに折り合いが悪くなったきっかけは妻の病気を見過ごしていたことだ。

 ありがちな話だ。仕事にかまけて家族を放ったらかしにした。

 それを考えれば不思議なことではない。

 だが、いつからなかった?

 かと言って息子に連絡を入れる勇気もない。

 まして妻のご両親など尚更だ。

 別に金目のものという訳ではない。

 しかし、会ったこともない母さんではなく妻の位牌を失ったことに焦燥を感じる。



* ◇ ◇ ◇



 散々手を尽くしたが妻の位牌と遺影の在り処はついに分からなかった。


 なけなしの勇気を振り絞って息子の携帯に電話をかけてみた。

 しかし出たのは見知らぬ誰か。

 昔使っていた番号は解約したらしい。


 「すみません、番号間違えました」

 『ああ、よくかかッて来るんですよ。間違イ電話』

 『この番号の昔の持ち主サんにかけたんですヨね』

 「あ、はい。そうなんです」

 『見つかると良いでスね』

 「ありがとうございます。それでは」

 『あ、ちょっと待ってくだサい。袖触れ合うも何とやらデす。ちょっとお話ししませンか』

 「ええ、構いませんが」


 何だか人との会話が随分と久し振りな気がする。


 『先程お話ししたと思いマすが、良くかかって来るんデす。間違い電話』

 「どんな内容かお聞きしても?」

 『ええ、もチろん。私も別に知らない人ですカら』

 『例えばでスね、今日の様子はどうだ、トか』

 「何ですかそれは?」

 『いえね、私にモ何の話なのかさっぱりなんですガね』

 『他にもあるんでスよ。羽根は見つかったか、なんてのもありましタね』

 「ますます分からないですね」

 『そうソう、人違いじゃないかなんてのもありまシた』

 「全くもって謎ですね」

 『ちなみに、前の持ち主さんにツいて何かご存知だったりされまスか』

 「あ、いえ、ちょっと最近どうしてるかなと思っただけで、大した知り合いではないんです」

 『そうでしタか。どんな経歴の人が凄く気になりますヨね』

 「え、ええ。そうですね」

 『お忙しいのにお付キ合いいただいて、ありがとうございまシた』

 「いえ、こちらこそ。いい気分転換になりました」


 ……何なんだ? 一体……



結び目-END.

* ==========

* 〈結び目〉 END.

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MAINFRAME-1989-EXIT.

* *********************

* 〈MAINFRAME-1989〉 END.

* *********************



GSLINK02-PRC SECTION.

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* 〈GSLINK02-PRC〉

* *******************



* ===========

* 〈シグナル〉

* ===========

シグナル.



 ザザッ…


 ジジジジジ………


 …


 ………ザッ……


 …き………ま……か……………

 ……こ…え……ま………か……

 き…こえ…ま…すか……


 『ほへ?』


 「聞こえてんのかって言ってんだこのコノうんこヤロー!!!」

 ガリガリガリガリ!


 シーン……


 「オイ、切られたぞ」

 「ひどい!!! なんで!?」

 「……」

 「……」


 「ど、導通確認はバッチリだよー!!!」



* ◇ ◇ ◇



 何だったんだ? 今のは。


 『何だ?』

 「さあ? よく分かんないっす」

 『まあいい。さっさとやるぞ』


 えっ何?


 「あばばばばばぁー みょみょーん」


 『気分はどうだ?』

 「だるいっす」

 『そうか』

 「それだけ?」

 『ああ』

 「もういいの?」

 『ああ。やることは分かっただろう』

 「じゃあ帰りますね。お疲れっしたぁ」

 『ああ、明日も頼む』



シグナル-END.

* ===========

* 〈シグナル〉 END.

* ===========



* =============

* 〈REGION〉

* =============

REGION.



 話を聞いた俺は取り敢えず帰路に着いた。

 丁度暇だったし働かなくていいご身分って言っても生活に潤いは必要だからね!


 帰路って言っても住み込みだから別棟の居住区の自室に戻るだけだ。

 荷物? まあ独り身だし家具家電付きだからそのまま来ちゃったよ。

 もちろん後で必要なモノは取りに行くし色々と整理して来ようとは思ってるけど。

 声をかけられたのが偶々ウチのすぐそばだったからね。

 ぶっちゃけこのシチュってめっちゃ怪しいよね。

 仕事する場所は教えてもらえなかったし自称バイトリーダーのシブイ感じのおっさんは声だけで姿を見せないし、スゲー怪しい悪の秘密結社感満載じゃね?

 テレビ、外部アクセスの類はナシってのがキツイけど三食昼寝付きで寮完備って言われたらこんな楽しそうなバイト受けなきゃ損だよね!

 ていうかこれ断ったら監禁コースだね、多分。

 試しに今度断ってみよーかな。


 ……ん? 今度?

 何か忘れてるような……


 まあ良いか。明日は早いしとりあえず目覚ましはセットしとかないとね。

 まあオシッコで目が覚めちゃうんだろうけど。

 年寄りってやだね!

 ビンボーなのが悪いんだろーけど持たざる者の死する宿命って奴だ。


 という訳で俺は明日からの目覚ましをセットした。

 個人用はイマイチ持つ必要性を感じないんだよね。

 だってあんなの単なる窓じゃん。

 そんなのに凝るとか課金コンテンツにハマる貧乏人みたいだし。

 ……まあ有り体に言って底辺は底辺を忌み嫌うってやつだな。


 ここはバス・トイレ付きで生活必需品は申請を出せば補充されるし、どういう仕組みか分からんけどチリとかシミみたいな汚れは放っておいてもいつの間にか消える。

 職員以外の住人はいないけど娯楽施設もある。

 あそこにあるマッサージチェアはちょっとクセになりそうだ。


 ……うーむ、俺には過ぎた環境だな。

 何なんだろうな、一体。



REGION-END.

* =============

* 〈REGION〉 END.

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COPY GSLINK02.


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* 〈無縁〉

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無縁.



 【チュンチュン、チチチ】


 何の音? ……ああ、目覚ましか。

 何でか分からんけどプリセットされてたのを何となく設定したんだっけ。


 部屋は清潔だし窓の外には明るい公園。

 誰もいないのがちょっと不気味だけど。

 ん? この双眼鏡……オヤジの形見? だったっけ。これだけ持ち込みさせてもらったんだよな? 確か。



無縁-END.

* =========

* 〈無縁〉 END.

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* 〈GSLINK02-PRC〉-END.

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MAINFRAME-XXXX SECTION.

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* 〈MAINFRAME-XXXX〉

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* 〈まほろば〉

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まほろば.



 久しぶりに施設の跡地に来た。


 あれ以来交代で状況を確認しに来ているが、相変わらず周囲は閑散としていて寂しい限りだ。

 建屋は風化して見る影もなく、地震か台風でも来ればすぐに崩れ去ってしまいそうだ。

 かつて敷地を囲っていたはずの崩れたコンクリートの壁。

 蔦に覆われた正門の詰所。

 風雨に晒され途中で途切れた階段。

 マシンが置かれていたブースは雑草が蔓延っており、そこはもはや廃墟だった。


 廃墟か……


 ふと、何かの気配がした。

 狸かイタチの類か、野生化したペットだろうか。

 いや、あるいは――


 「ッ!?」


 刹那、子供のような背丈の影が視界の端を横切った。

 あの子か……いや、それはないはずだ。何年経ったと思っている。

 それにあの日以来、わざとここからは遠ざかるようにと仕向けていたのだ。

 

 しかしなぜだろう。

 きっとどこかで見ている、そんな気がした。


 不意に一陣の風が辺りを通り過ぎる。

 そして僅かに残る草の香り……

 きっと懐かしさから感じる錯覚なのだろう。

 

 ――ああ。

 ここに来るといつもあの居場所を思い出す。

 遥か遠くには蜃気楼のように揺らめく白亜の巨塔。

 草原に残された遺構の中を駆け抜けたあの日の姿。

 あの声はもう聞こえない。


 そうだろう、そのためのシステムだ。

 奴が聞いたらきっと大笑いする筈だ。

 システムがBASICとCOBOLで組まれているなんて何の冗談だと。

 未来への遺産だ。ゴキブリ並のしぶとさがないと役目は果たせないだろう。

 大丈夫、きっとあの子が形にしてくれるはずだ。


 ……どうやらここに住み着いた先客がいる様だ。

 今の住人の邪魔をするのも野暮だ。そろそろ帰るか。

 

 ――どこへ?

 決まっている。帰る先はいつだって自分の家だ。



まほろば-END.

* ==========

* 〈まほろば〉 END.

* ==========



* ===========

* 〈事故物件〉

* ===========

事故物件.



 「こんにちは!!!」


 「あ、どうも、こんにちは」


 目の前には極彩色のド派手な女の子。

 とりあえず挨拶したけど……誰?

 とか言いつつ大体の予想はついてるけど。

 だって見渡す限り真っ白な世界だし。アレ確定じゃね?


 「私は神様です!!!」


 「ああ、やっぱりですか。自分で様って付けちゃうんですね」

 「はい、苗字が神で名前が様なもので」

 「じゃあ親しみを込めて様ちんとお呼びします。よろしくね、様ちん」

 「やったね! 初の固有名詞だよ!!! よろしくねー!!!」


 「それで……」

 「死因は不幸な事故だよ!!!」

 「不幸な事故ですか!!!」


 「て……」

 「転生はないよ!!!」

 「に……」

 「日本には戻れないよ!!! ていうか日本人設定だったんだ!!!」

 今さらそこかい!!

 「じ……」

 「じゃあ何でここに呼んだかっていうとね」

 「ち……」

 「チートはないよ!!!」


 「……」

 「し……」

 「なになに? しあわせになりたい?」

 「ね……」

 「ね? 猫になりたい?」

 「や……」

 「やだっていうの? もうなんだか分かんないよ!!!」

 「ご……」

 「ごめんなさいが言える子は偉いね!!!」

 「る……」

 「る? また分かんなくなってきた……」

 「ぁ……」

 「あ? 声がちぃさぃょ?」


 「……」

 「……」


 「何でここに呼んだかって言うとね」

 「……」

 「……問題ない、続けたまえ」

 「あっはい、コホン……それでは発表します!!!」

 「賃金ゼロかつ不眠不休で私のために働き倒してもらうためです!!!」


 「死ねやゴルァ!!!」

 「不敬なリィ!!! だよ!!!」

 「文章だから分かりづらいけど入れ歯が浮くギャグだよ!!!」


 「あッ腰がァ入れ歯がァ……」

 「年寄りが無理しないの!!!」

 「メガネメガネ」

 「メガネは今かけてるでしょ!!!」

 「違うのぉぉぉぼくのめがねぇぇぇ」

 「これいつまで続くのぉぉぉ!?」



* ◇ ◇ ◇


 

 字数稼ぎとしか思えないグタグタ極まりない開始イベントを経て、俺はやっとのことで様ちんからことの詳細を聞き出すことができた。様ちん。

 いやまあ、途中からノリノリだった自分も大概なんだけど。


 で、細かい部分はさておき要約するとこうだ。


 ・何かやらかした奴がいて色んな世界が複雑に絡まった。じゃあここは何なんだよ。

 ・色んな宇宙の法則がねじれてこの先どうなるか予想が付かない。じゃあここはどうなんだよ。

 ・俺は直接の被害者の間接的な関係者らしい。なんじゃそりゃ。

 ・色んな場所の因果律を操作して整合性を取ろうとした結果、ますます訳が分からなくなった。働き者の無能か。

 ・俺がとっ捕まったのは偶然らしい。曰く、「誰でもいいんだよ!!!」だそうな。

 ・俺に拒否権はない。元の場所には帰れないしそもそもここからどこにも行くことはできないのだそうだ。


 見た感じ働かないという選択肢はありそうだが……

 ここから出られなくて衣食住はどうするんだとか色々と疑問が湧いてくるが、そこは神の力で何とでもなるってことか。

 そもそも俺、あと何年健康に働けるかもう分かんないんだけどな。あ、もう死んでるんだっけ。


 ということで、その因果律の操作っていうもぐら叩きみたいな作業を力業で解決するために俺に手伝えということらしい。

 誰でも良かったってことは、とにかくやれ今すぐやれ位の考えしかなさそうだなぁ。

 第一、力技で解決するんだったら人海戦術じゃないか?

 何で俺一人なの? って疑問は当然ぶつけてみたけど話がグダグダになって全然分からなかった。

 まあだからこそのこの状況なんだろうけど。



* ◇ ◇ ◇



 「という訳で、ITによる業務効率化を目指したいと思います!!!」


 そう言った様ちんが指差した先にはちょっとした威圧感すら感じさせるでかい鉄の箱。


 「散歩してて拾ったやつです!!! これで何とかしてください!!!」


 俺はただあんぐりと口を開けて間抜け面をするしかなかった。

 だって、コレアレじゃん。

 あ、一応断っておくけどダンプカーじゃないからね。


 「あの、コレでどうしろと?」

 「効率化です!!!」

 あかん、またループの予感! よし、質問の方向性を変えよう。

 「これは何ですか?」

 「見たら分かるでしょ!!!」

 「なるほど、コンセントはありますか?」

 「! 待ってて!!!」

 そう言った様ちんはおもむろに自分の鼻の穴にコンセントをぶっ込んだ!!!

 「ほへへほーへーへふ!!!」はなぢぶしゃァ!!!

 気にするな、気にしたら負けだ!!!

 「コンソールがないんですが……」

 「!! ひょっひょひゃっひぇひぇ!!!」

 と言って大ざっぱな挙動でいきなり動き出した様ちんは電源コードに引っ張られてハデにすっ転んだ。はなぢぶしゃァ!

 もうやだ!!!


 「今日はこのくらいにしましょう。ボクはもう寝ます」

 「フフフ、何もかも計画通り……」


 ウソつけ!!!


 「どうして……」

 「こうなった、でしょ!!!」

 「………」

 「思った通り!!!」

 無視だ無視。

 「もしかして俺が見たことある物を出してるだけ」

 「何当たり前の事言ってるの?」

 「……『お前は黙っていろ』?」

 そうか、このド派手なファッションは……

 俺が理解した瞬間、様ちんはパッといなくなった。

 ……どうしてこうなった、か。



* ◇ ◇ ◇



 目が覚めた。


 そのとき俺がいた場所は親父の会社の電算室があった場所だった。

 少し考えれば分かることだった。




 そもそも今日は初めからここにいた。




 ふと気付くと少し淋しそうな背中が立ち去ろうとするところだった。

 声をかけようかどうかと少し逡巡したがやめておいた。

 俺は何もしないのが一番良い。

 俺に勘付かれない様に色々と手を回してくれていたことは気付いていた。

 だったら尚更顔を合わせにくいじゃないか。

 第一顔を見てももう俺だってことは分からないだろう。


 親父が失踪したのも会社がなくなったのも本を正せばあの日の出来事が原因なのだ。

 そんなことは当の昔に分かっていた。


 ただ、どうして、何の因果であの人がここにいるのか……その理由は考えても一向に分からなかった。


 俺一人になぜそんなに気を遣うのかも――


 「ッ!?」


 その刹那、子供くらいの小さな影が視界の端を横切った。


 『ちょっとちょっとお兄さん』

 『本当にそのまま帰っちゃうの?』


 急に話しかけられて対応が遅れた訳ではない。

 ましてや俺がもうお兄さんなどと呼ばれるような歳でなかったからでもない。

 男性ではない、どこか懐かしい声色。

 振り向くともうすでに声の主の気配は消え去っていた。


 そうだ、ここで声をかけなければきっと一生後悔することになる――いや、だがしかし……、

 暫しの間考えあぐねた末、俺は方向転換してそのままこの場から離れようとした。が、……


 不意にから足を踏んだ感触。


 アレ?


 むき出しになった電算室の二重床が風化して脆くなっていたらしい。

 足元がボコッと崩れてバランスを崩してしまう。

 たたらを踏んだ俺はこれまたなぜか都合良くそこに突っ立っていた女子高生に力一杯ハグをかましてしまった。

 ちょっとここ廃墟なんだけど! 廃墟女子?


 「きゃあああたすけてぇぇぇ」

 「ちっ違うんだ話せば分かる話せば」

 「おい、キミ、大丈夫か! 今助けるぞ!」


 見れば背を向けてこの場から立ち去ろうとしていたおっさんが悲鳴を聞いて戻って来ていた。

 バランスを崩して変な体勢になっていた俺は容易く組み伏せられてしまう。


 「よし、今警察を呼ぶからな!」


 ちょっと待てえぇぇぇナニこの展開ィ!!!



事故物件-END.

* ===========

* 〈事故物件〉 END.

* ===========



* =========

* 〈幻影〉

* =========

幻影.



 「さて、話を聞こうか」



 「クッ……父さんが倒産……ククッ」

 「ダジャレなんて言ってる場合じゃないでしょ。全く……誰に似たんだか」


 チカンの現行犯でタイホされた俺はどういう訳か駆けつけた息子夫婦と孫の前で晒しモノと化していた。


 「わーいこうかいしょけいこうかいしょけい」

 「コラ、そんな言葉使っちゃダメ! 全く、誰に吹き込まれたんだか……」

 「じぃじだよー」

 「クッ……やっぱり……ククッ」


 ワシ、誰? ここ、ドコ?


 「何をしている。さっさと吐け」


 「はあ、散歩していたら穴にはまって転びそうになってしまいまして」

 「そこにたまたまこの子がいただけなんです」


 「嘘です。このおっさんにムリヤリ連れ込まれたんです。だって、あんな何にもないとこなんて普通の人は行こうと思わないです」


 「プッ……ククク……さっさとハゲって何?」

 「ハゲじゃねーから」

 「じぃじ、オトコは素直にならないとだめなんだよ」

 何に対して!?


 「状況証拠は揃っている。隠すとためにならんぞ」


 「確かに。父さんがハゲなのは見紛う余地もない」

 「お義父さん、早く楽になりましょうよ」


 鬼嫁ェ!

 ていうか何でコイツ等ナチュラルに取り調べに参加してんの?


 「オマエラエエ加減にせんかァ!!!」


 「きゃー助けてトラウマがー(棒)」

 「しけい!」びしッ!

 「ちょっとお義父さんこの子に変なこと教えるの止めてお願いだから」


 オイ! (棒)って何だよ!

 それと孫はこんなとこで日頃の成果(?)なんて発揮することねーから!


 「あそこは私の父が昔働いていた会社の跡地でして、たまたま近くを通りかかったんでちょっと寄ってみただけです」

 「子供の頃はよく遊びに来てたんです」


 「嘘ですね。そんな話、父からは一度も聞いたことがありません」

 オイ、オマエ誰の息子だ!!!


 「だそうだが何か申し開きしたいことはあるか」

 「ねぇよチクショー!!!」

 「よし」


 「皆の者解散ッ!!!」

 「ずっと死ねばいいのにって思ってたのよねー♪」

 「じぃじバイバイ、えいえんにねー(笑顔)」


 行ったか。


 「何してる」

 「あん?」

 「オマエも早く……イヤゆっくり急いで帰れよ」

 「俺ギルティなんだろ?」

 「うるせぇな……さっさと失せろ」


 「ところで」

 「あん?」

 「そのカツ丼早く食え。冷めちまうぞ」


 待ってましたァ!!! いやメッチャ腹減ってたんだよね!

 何? オマエ何歳だよってそんなんどうでもいいじゃねーか!!!


 「あっ! ちょうどお腹空いてたんだよね! ダンナ気が利くねェ」

 そう言うと被害者Aはガツガツと汚らしくカツ丼をかっこみ始めた。


 「アホか。オマエはこっちだ」


 俺は香り立つカツ丼に後ろ髪を引かれながら取調室を後にした。

 なに? 後頭部を光らせながらの間違いじゃねーかって?

 俺はハゲじゃねぇよボケが!!!



* ◇ ◇ ◇



 チュンチュン、チチチ……


 目が覚めた。


 そこは留置場……じゃなかった。やっぱりね。

 これは陰謀に違いないね。

 だって今いるの自分ん家だぜ?

 いやフツーに帰ってきただけなんだけど。


 こんなご都合主義みたいな展開、普通に考えたらある訳がない。

 女子高生が裏で金を握らされているのは分かった。

 でも何でだ? 偶然からの握り潰しなのか?

 そしてあの人がどこに行ってしまったのかはついぞ分からなかった。

 あの人が手引きしていたとは思えない。

 俺と同じで感傷に浸りに来た感じだった。


 これはもういちどあそこに行ってみる必要がありそうだな。

 誤解を解く? 別に獄中死扱いでも一向に問題ないぜ。



* ================

幻影-XX.


 俺は母の遺影に手を合わせてひと言「逝ってくるぜぇ」と呟いた。

 ちなみにこれは毎日やってる日課だ。

 何かやらないと調子が出ないんだよね。

 ルーティーンってやつ?



 ん? 嫁さん? 家出したっきり帰って来ないぜ。やっぱ人徳ねーな、俺ってさ。



 という訳で俺はいつも通りの日課を一通りこなし、家を後にした。

 ――しかしそこで、俺は得体の知れない違和感を覚えた。

 そして気が付くと母の遺品が納められた木箱を手にしていた。

 一緒に行かなければならない……そんな予感がした――


IF ……… THEN

 GOTO 

  MAINFRAME-XXXX-EXIT

END-IF.


* ================



 ………

 …


 再び親父が勤めていた会社の跡地に来た。相変わらずの廃墟感。

 いや、車があって良かったね。

 あの後どうなったのかと思ったらしっかり警察署まで運ばれて来てたからね。

 証拠物件云々で揉めるのかと思ったら敬礼までされちゃったし。

 いやー国家権力も捨てたもんじゃないね。


 さて行くか……


 と、正門の前に到着するなり俺は自分の目を疑う様な光景を目の当たりにした。


 遠目にも分かる。見間違う筈がない。

 ――玄関前の広場跡地に親父が独り立っていた。

 しかも、あのときの姿のままでだ。


 どういう事だ? タイムスリップか? いやそんなこと現実にあり得ないだろ!

 ……じゃあ目の前の光景は何だ?


 「!!」


 不意に親父と目が合った。

 「あ、おや…じ……」

 余りのことに二の句が継げない。

 俺は吸い込まれるようにふらふらと――



 『これは夢だよ!!!』



 どこからか聞こえた叫び声と共に小さな影が視界を横切る。

 その影が目にも止まらぬ速さで親父の前に立ち、腰に佩いた剣の柄に手をかけると躊躇なく横一文字に振り抜いた。


 そしてそのまま崩れゆく親父であった何かと共に周囲の景色に溶け込み始め、瞬く間に消え去ってしまった。


 こちらを振り向き、微笑みかけるその小さな影。

 消え去るその刹那、確かに目が合ったような気がした。


 「!?……母さ……?」



 我に返った俺は――



* ◇ ◇ ◇



 【チュンチュン、チチチ】

 

 ――目が覚めた。


 「そうか、夢か……」


 目覚めた俺はあまりにも生々しい夢の余韻にただ呆然とするしかなかった。



幻影-END.

* =========

* 〈幻影〉 END.

* =========



* ===========

* 〈終末警報〉

* ===========

終末警報.



 今日はいつだ? 昨日は何があった? あの出来事は何だ?

 携帯を探そうとして周囲をまさぐると込み上げてくるどうしようもない違和感。


 ……携帯がない! そもそもテレビも何もない殺風景な部屋だ。

 ここはどこだ?

 俺は昨日警察に不自然に連行されて不自然に開放されるという理不尽な目に遭った筈だ。

 はっきりと覚えている。あんな事件はそうそう起きる筈がない。

 夢から覚めて現実だと思っていた世界が別の夢だった?

 俺はまだ寝ていてさらに別の夢を見ている?



 いや待てよ……何かとてつもなく重大なことを忘れてないか?



 ええい、考えても分からん!

 【ビビービビービビービビー】


 ヒェッ!!!


 ……び、びっくりした……間違ってあの世に旅立っちまうかと思ったぜ……

 これで目が覚めないんだから現実なのか?


 それはさておき不意に鳴り出した警報めいた不快な音。

 周囲に異状などはない。


 ふと見るとそこに、古びた双眼鏡が置いてあった。

 そうだ、これは――親父…の親父? の形見? だ。

 戦時中乗艦していた駆逐艦で戦友が愛用していた遺品と聞いている――いや待て……何でそんな事を俺が知っている?

 祖父母には会ったこともないしどんな人物かすら聞いたこともないんだぞ。

 そんなものがなぜここにある?

 だが他に私物と言える様なものが何もないんだ。

 絶対に何かある。

 

 窓の外を見る。

 公園だ。

 

 ふと思い付き、件の双眼鏡で覗いてみる。

 するとどうだ。


 そこには寒々とした廃墟と淋しそうな様子で立ち去ろうとする男の背中があった。そして……

 そして、それをただ眺める俺。

 待て……その後大変なことがあっただろう。あの正体不明の女子高生はどこだ?

 しかし俺はその場所で微動だにせず、例のアクシデントは起こらなかった。


 『――きっとどこかで見ている、か』


 女子高生は現れず、懐かしい背中は次第に小さくなってゆく。

 「待っ……」

 双眼鏡を手にしたままいつしか俺はひとり呟いていた。


 そうか……初めから……初めから全部俺の勘違いだったのか……?


 じゃあ、今ここに居る俺は誰なんだ?

 あの俺は何だ? 今ある俺の記憶は誰の記憶だ?

 夢なら何でこんな手の込んだ演出なんだ?

 何がなんだかさっぱりわからねえ!!!



 『おい、何をしている。警報が鳴っているぞ』



 不意に俺への問いを投げかける聞き覚えのない声。


 何って別に……それに誰だ? どこに居る?

 警報って何の警報? 鳴ったら何をしろだって?


 『窓の外はどうなっている。早く詰所に向かえ』


 「!?」

 俺は慌てて双眼鏡を手にしようとする……が、


 「何もないっすよ。警報が鳴ったのは自分のミスです」

 『そうか、ならば後でレポートを出せ。内容によっては俺にもとばっちりが来るからな、言葉は選べよ』

 「はい、すんません」

 「あ、レポートの記入用紙ってありますかね」

 『何だ、その歳で耄碌か。先が思いやられるな』

 「介護ロボのお世話になるしかないッスかね」

 『お前にそんな経済力があったとはな』

 ぬぅ? 俺の渾身の孤独死ギャグが通用しないだと!?

 『いい後見人を見つけることだ』

 「はあ」

 『まあ良い、冗談はこの位にしてレポートは今日の定時迄に提出しろ』

 結局冗談かよ!

 このクソ真面目そうな奴に翻弄されるとは夢にも思わんかったぜ。

 『PJ.GS.RPLIBだ、忘れるなよ』

 声の主がそう言うと、ステータスオープンみたいな挙動で目の前に半透明なウィンドウがスッと現れた。


 えっ?


 目の前に現れたウインドウはファッショナブルかつ未来的なオサレデザインだったが……


 コレってダム端の画面じゃん!

 しかもこのボリューム名って!!!

 でもキー入力できないじゃん!

 ライトペン読み取り機構はあるの!? あれコンソール専用じゃなかったっけ!?


 と思ったらキーボードが出現した。

 しかも懐かしのキー配列だ。

 フリック入力じゃなくて良かった。


 俺は取り敢えず歴史を感じる画面にディレクトリ名を入れてみた。


 “PJ.GS.CMDLIBYO”

 そして十分なタメを作りスナップを効かせ人差し指と中指で勢い良く[実行]キーをバチーン!!! とぶっ叩いた。

 実際は音なんて出てないけど。

 イカンイカン、ついいつものクセが出てしまったぞ。


 そしてそこにズラズラと表示されたのは俺がガキの頃全力で遊んでいたコマンド・プロシージャの一覧だった。


 俺は人生何度目になるか分からない口あんぐりからの間抜け面でひとり困惑していた。

 お、落ち着け……そして人生何度目になるか分からない取り敢えず行動!


 “F24”と書かれたキーを押す。

 すると、ログがリアルタイムで流れるシステムメッセージのコンソールに表示が切り替わった。

 何でこんな簡単に見れちゃうの?


 システムメッセージを少し遡ると、オンラインプログラムのひとつがエラーを吐いて落っこちたことがログとして出力されていた。

 ログにはさらに、そのプログラムが12分後に自動的に起動されたことも記されていた。


 これ俺が作った再起動バッチじゃねーか?

 プログラムIDは確か“SNNIKR99”だったかな。

 メッセージを見るとどっかの末端装置から手動でキックされてるみたいだ。

 誰かが俺に無断でどっかのサブシステムとして実装しやがったのか。

 まあ野良プログラムで運用とか昔はよくあったことだし不思議はないか。


 となると他がどうなってるかも気になるな。


 [実行]キーを一回叩くとコマンド入力窓が現れる。

 一行表示のショボショボな奴だ。


 続いて

 “=JOBLIST ONLINE”

 と入力して再度[実行]キーをぶっ叩く。


 実行中のオンラインジョブが表示された。

 うーむ。

 コレ止めちゃったらどうなるんだろ。

 あ、そうだ。


 “=DISPLAY TSS ALL”

 [実行]! ばちーん。


 ……起動中の端末……何コレ? めっちゃ多いな。

 でもコンソール上げてるのは俺ともう一人だけか。

 他はみんな制御系の末端装置だな。

 これみんな現存してんのかね。


 何だよこれ……ここまで来たらもう確定じゃん。

 ここ親父が勤めてた会社だよ。

 仕組みはサッパリ分からんけど!


 そうだ、もう一個確認しとこう。

 “=VOLUMELIST ONLINE”

 [実行]!


 ……同じだな。


 確定だ。これは夢だ。


 しかしこの端末? めっちゃ持ち帰りてえ。

 終了っと……スクリーンが消えた……これどうやって出すの?


 ……ちなみに双眼鏡で見ると?

 ………

 …


 ……肉眼で見ると?

 ………

 …


 ……よ、よし。取り敢えず眼前の意味不明がひとつ減ったな。

 あははははは。



 今度は何だよ……



 よし、寝るぞ! ウチはどこだ!

 【ここでスよ】

 

 あ、レポートレポート。 

 【セーフせーフ】



 ……無視だ無視。

 【えッ】



 【おーィ】



 『おい』

 「はいィ?」

 今日何回目のビックリだよ……ったく……

 『念のために言っておくがレポートというのは警報装置の点検レポートのことだからな』

 『間違ってもしみったれた言い訳の作文なんて出してくれるなよ』

 「ハイ、分かりました」

 『ああ、それとくれぐれも部屋から出ずに適当に書くようなことだけはするなよ』


 こいつホント誰なの?

 ぶっ込んでくるタイミングと内容が的確過ぎてメッチャ怖いわ!


 【ちょッと聞いてまスかー】

 「うるせえ! テメエは黙ってろやゴルァ!」


 『何だ、誰と話している。まさか今の言葉、俺に対するものではないだろうな』


 やべぇ、どうしよ……よし。


 「ボクの心の友です。ちょっとケンカしちゃいました!」

 『そうか、ならば良い。程々にしておけ』

 えへへ、ナニをホドホドにするのかなー

 「分かりました。お騒がせしてスンマセンした」

 『では報告を待っているぞ』


 【私は神様デす。だカら今どうすべきかにつイて的確なお告げをすることができマす】

 「嘘つけ! そんな変なイントネーションで喋る神様がいるか! 良いか、嘘つきはナントカの始まりだからな!」

 【あなタがそれを言いまスか】

 コイツ俺とは普通に話してるけどさっきの上司ヅラした奴は何も聞こえてなかった様だ。

 となるとさっきのスクリーンといい生体埋め込みデバイスみたいなやつか、それを経由した個別の通信って可能性もあるな。

 この双眼鏡も単なるレトロアイテムじゃなさそうだ。

 部屋から出て詰所に行き、警報装置を点検しそのレポートを提出する、か……

 ここは言われた通りに行動してみるか? いや、ここはひとつ……

 【あなた、本当にアナタでスか?】

 「そんなの知るか。神様なら分かれよバーカバーカ」

 【うヌぬ……】



* ◇ ◇ ◇



 「なあ」

 【はイ?】

 「さっきの奴って人工無能?」

 【ほへ?】

 「真面目に答えろ」

 【マジメに分かりまセん】

 「お前神様じゃなかったのか」

 【うヌぬ……】

 「ハイでもイイエでもなくて分かりませんって返しが来ちゃうとねぇ」

 「お前今どこに居んの?」

 【物理でスか? 論理でスか?】

 「お前が答えたい方だけで良いよ」

 【分かりまセん】

 「ふーん。減るもんじゃないだろ」

 【確かに減りませンね】

 「まあ大体分かったからいいや。それより俺何か忘れてることない? レポートじゃなくてさ」

 【そもソも今のあなたがあなたなノか、十分な確からシさを持った根拠がありまセん】

 「おい、神様」

 【はイ】

 「詰所に案内しろ。それと――」

 【観測所ではナく――】


 「他人の話を遮るなよ……それと余計な事は言わなくて良いぞ。お前は説明担当って訳じゃないからな」

 「変なことにならないように誘導してくれれば良い」


 【!……はイ、分かりまシた】



* ◇ ◇ ◇



 【こコが詰所デす】


 俺は自称神様に案内されて詰所に来た。手には勿論例の双眼鏡。

 同じ施設内にあるって言うから併設されててすぐに着くのかと思ったけど結構遠かったな。

 リニアみたいな移動設備に乗って登ったり下ったり曲がったり捻ったりして10分位かかった。

 スタート地点もそうだったけど今いるのが地上なのか地下なのかさっぱり分からんとこが地味にスゴいぜ。

 コイツはアリの巣的なヤツなのかもしれんね。

 ていうかずっと思ってたけど設備が未来的過ぎないか?

 【……】


 「ふーん。で、早速だけど警報装置とやらは?」

 【装置は外でスが、窓の下にメンテナんス用のハッチがありマす】

 「開ける必要あんの?」

 【診断プログらムが故障ありと判断すレば】

 「それここで俺がやらないとできないことなの?」

 【ハイ、そのように規定されていマす】

 何それ。おかしいだろ。さっきのやり取りで俺は派遣外注期間あたりの身分の下僕とみたぞ。

 【診断プログらムの実行権者が――】

 「余計な事は言わなくて良いんだぞ」

 【……はイ】

 やはりサブシステムのひとつ、か。なら見えない聞こえないって線はないな。

 【……】

 壁にはモニター、隅っこの方に申し訳程度の小窓か……

 ほへーSF風かよ。


 「まあ良い。ハッチを開けるキーは診断プログラムが握ってるのか」

 【担当部署に所属していル正規の職員ならば任意に開けることが可能デす】

 「俺は当然無理としてさっきの偉そうな奴か」

 【イいエ、彼もアルバイターデす】

 「今年一番の衝撃だな」

 【なぜでスか?】

 「え?」

 【エ?】

 「……まあ良い。いっちょマジメにやってみっか」

 【そう言う割にマジメがカタカナでスね】

 「……ああ、まあな」


 「点検の正規の手順は? バイトに頼むくらいなんだから誰がやっても同じ成果が得られる程度の業務手順の設計くらいしてるだろ」

 「警報装置の通常ポイント点検用のチェックリストとかもあるだろ絶対。あと直近の点検記録とか他の観測機器のログの引用は必須だぞ」

 【急にどうしたんでスか】

 「急も何も当たり前の事を言ってるだけだろ。定年まで真面目に社会人やってた大人をナメんじゃねえぞ」

 【定年? 別にダラだラやっても誰にも怒られませンよ? 所詮は趣味でしョう】


 「あっそう」


 なるほど、俺かどうか分からんというのは本当らしいな。

 しかしこれも大体分かったぞ。全く、余計なことばかり言いやがって。


 「ロールプレイって大事だぞ。お前は違うのか?」

 【余計なこトは言うなとのご指示ではなかったのでスか?】

 「悪ぃ悪ぃ。確かにそうだ」

 何回注意されても学習しない無能くんか。よし。


 ちなみに警報装置やら観測機器のログはロール紙に印刷されてたよ。

 センベイ缶みたいな箱にクリップで留めて放り込まれていた。

 何だ? ここだけ不自然に昭和だな……まあ良い。


 「今更だけど仕事場はここで合ってるの?」

 【そういウ質問が飛んでくると安心しマす】

 【そうです。ここがあナたの仕事場デす】

 【ここで終日ボーっとして警報が鳴っタら外の状況を報告、鳴っても鳴らなクても業務終了後に日誌で一日の状況を報告デす】

 「勤務時間は?」

 【10時から15時デす】

 ナルホド、何か別な活動をしてる様子もないしこりゃ駄目人間にもなるわ。って今7時半じゃん。残業代出んのかね?

 【あノ】

 「何?」

 【今の話本当だと思いまスか?】

 「思うよ。以上。余計なことは言うなよ」


 「さてと……」

 散々ダベった後、今更ながら窓の外を見た。

 うーむ。何もねえ。

 「サバゲーをやるには殺風景過ぎるな」


 空を見る。

 快晴……と言いたいところだが天井なのか空なのかはたまた別の何かなのか、一瞥しただけでは良くわからない。

 地上を照らす錆色の鈍い光はどこか重々しく、見ているだけで陰鬱な気分にさせられそうだった。


 双眼鏡で遠景を覗く。

 「あーナルホドね。こっちはサバゲー向きだわ」

 廃墟系の障害物が立ち並ぶフィールドは何かのテーマパークの様だ。

 ここでイベントなんてやったら捗ること間違いなしだね!


 「問題なし、と」

 「で、問題の? ハッチの中はと……」

 【ハッチを開ケるには外に出る必要がありマす】

 「どっから出んの? ってここか」

 ガチャッ。

 「……あっ!? し、失礼しましたァ……」

 パタン。

 【……】

 「よ、よし。気を取り直していこう。こっちだな」


 俺は双眼鏡片手に二重扉をくぐって外に出た。

 窓の下……これか。ハッチ? ただのフタじゃん。

 これ2リットルくらいのポリ製のタッパーじゃね?

 いやー昔スゲーお世話になったわーこれ持ってると詰め放題めっちゃ捗るんだよねー。

 そのフタを無造作にカパッと外す。

 あっ目玉! えっこんなトコでロコモコ丼食べれんの? ラッキー!

 【……】

 俺はロコモコ丼っぽいナニカを双眼鏡で見てみた。

 ウーム。近すぎてよく見えないぜ! 老眼だからね!

 ……

 …

 「それでコレ、何がどーなってると問題アリで何が大丈夫だと問題ナシなの?」

 【毎日チェっクしておいて今さら聞くことでスか?】

 「してないから聞いてんだけど?」

 【た、確カに】 

 納得するんかーい。

 【こ、答えはすでにあナたのココロの中にあるのではないのでスか?】

 コイツも段々分かってきたな。だってコレ、アレじゃねーの?



* ◇ ◇ ◇



 「異常なし、点検ヨーシ!」


 俺はカッコよく指差し確認ポーズを決めた。

 クッ……こっ恥ずかしいぞチキショー! 誰も見てねぇよな?


 さて……

 一瞬でもここが親父の会社っぽいなと思ってしまった自分が間抜けでならないぜ。

 俺しか知り得ないモノがそこにある。

 荒唐無稽なモノでもよく見るとそれは俺の大事な思い出と密接に結び付いている。

 そしてこの双眼鏡は何だ?

 自室らしき場所で見た光景。ここで見た光景。

 双眼鏡を通さず直接見た光景との関連はどうだ。


 確かに聞いた……ここは詰所だと。


 やはり躊躇なんてする必要はなかったんだ。

 あのアクシデントがどうやって引き起こされたのか。

 なぜ今になってこんな体験をさせられているのか。

 あの場所に戻って確かめなければならないな。


 ただ……何かこう……胸の奥に引っかかるものがある。

 俺の意思であるはずなのに俺と関係のないものが介在している。

 こんな訳の分からない状況を体験する前から俺の気持ちは固まっていたはずだ。

 あの場所に何かある、確かめなければならないと。

 それがなぜこうなった?

 この双眼鏡を掴まされた意味にきっとその理由があるんだろう。

 さっさと帰ろう。


 【……】



 ………

 …



 「んじゃいっちょ報告とやらをすっか」

 オタクは黙ってろよ、神様さん。あ、おーぷんの仕方だけは教えてね。



* ◇ ◇ ◇



 『レポートは申し分ない。受理しておく』

 「それはどうも」

 『ひとつ確認なのだが』

 「はい」

 『レバーのポジションはどうなっていた』

 「レバー? そんなもんありましたか?」

 『そうか。お前に診断プログラムを適用してみたい気分だな』

 「そのココロは?」

 『お前が着の身着のままの姿でその場所に突っ立っているからだ』

 『お前は何だ』

 【!】


 警報が鳴った。


 『いや、既に答えは出ているか――』


 やり取りはそこで終わった。

 警報は虚無の荒野でいつまでも果てしなく鳴り響き続けた。

 

 

終末警報-END.

* ===========

* 〈終末警報〉 END.

* ===========



* ◇ ◇ ◇



 『もうひと息だよ! がんばって!!!』



MAINFRAME-XXXX-EXIT.

* *********************

* 〈MAINFRAME-XXXX〉 END.

* *********************



* ***************

STAT-CHK SECTION.

* ***************



IF FSINDATA = “OO” THEN

 GO TO 転回転位

ELSE

 CONTINUE

END-IF.



* ===========

* 〈ループ〉

* ===========

ループ.



 PERFORM  MAINFRAME-1989.



* ◇ ◇ ◇



 ――目が覚めた。

 違和感に辺りを見回すとそこは見知らぬ真っ白な部屋だった。

 状況が飲み込めず困惑していると、不意に声をかけられた。


 「こんにちは」

 「あ、こんにちは」


 ……気まずい沈黙。

 これ面接落ちるときの失敗パターンじゃないか?


 「あ、あの、取り敢えず聞いても宜しいですか?」

 「良いけど何でそんなに他人行儀なのさ……」

 「まず、ここはどこですか? 私はどうしてここに?」

 「ふふ、ここはあの世ですよ?」

 え? ポカーン。

 「どうやら状況が飲み込めていない様ですね」

 「あ、はい」

 「アナタにはセキニンをとってもらいたいんですよね」

 「具体的には?」

 「特殊機構ですよ」

 「ドキッ」

 「もう分かったみたいですね。そう、息子さんのことです」

 「コレを差し上げます。観測データを結果が出るまでフィードバックし続けて下さい」


 そう言って渡されたのはオヤジ……いやこのヒトの双眼鏡だった。

 「ああ、トウキョウ湾からサルベージして下さったコトには感謝していますから、そのお返しとでも思って下さい」


 まてよ……話は分かったが何で今なんだ? 「一件目」は誰だったんだ?


 「あなたのせいで部外者に迷惑がかっています。何とかして下さい」

 うげぇ……

 「まあ、身から出た錆です。頑張って下さい。それではこれで」

 冗談じゃねぇ……

 全力で逃げるしかねえな。



GO TO STAT-CHK-EXIT.



ループ-END.

* ===========

* 〈ループ〉 END.

* ===========



* ===========

* 〈転回転位〉

* ===========

転回転位.



 ――目が覚めた。

 朝じゃないな……


 ここは親父の会社の跡地か……

 そうだ。俺は例のアクシデントの翌日、この跡地に何かあると踏んで出掛けたんだ。


 その後どうしたんだっけ……と、懐に手を伸ばして気付く。

 母さんの形見が無くなっている!


 俺は慌てて周囲をキョロキョロと見回した。

 頭部に違和感……って俺の頭に付いてるじゃん、クッソ恥ずかしいぜ……


 しかし違和感はそれだけではなかった。ていうか違和感しかない。

 俺がデフォルメされまくった母さんの姿で立ってるのってどういう状況だ……

 と思ったが出掛けに感じた違和感を思い出し、なるほどと腑に落ちることがあった。

 母さんの羽根飾りか……

 となるとあのマシンはそう遠くない場所にあるな。

 こりゃ親父の仕事か……

 今までと違って自由に動けねえ。8ドット単位の移動をリアルでやる破目になるとは思わんかったぜ。


 『あっ……』

 おっと、詰所のおっさんと遭遇しちまったぜ。

 やっぱ来てたんだな。まあ、気になるよな。

 『どうして……』

 「落ち着いて、私だよー!!!」

 あれ? 何か母さんのアホっぽい喋り方に自動補正されるんだけど。

 親父めぇ……いつもいつも思ってたが力を入れるとこが違うんだよ!

 このシチュで何をしろってんだ……考えろ、さっきのイミフの続きだと思えば……よし!


 『お巡りさん、助けてぇぇぇ!!!』

 響け、渾身の叫び!!!


 「ちょっと待てぇ何だこの展開ィ!!!」

 「そこの怪しいおっさん、ちょっと署までご同行願おうか」

 「俺は何も悪くないってぇぇぇ!!!」


 お巡りさんに連行され小さくなってゆくおっさんを見送りながら俺は小さくガッツポーズを決めた。

 よっしゃあ、ざまぁ完了!


 と次の瞬間、俺は強烈なドロップキックを食らって吹っ飛んでいた。

 「よっしゃあじゃないよ!!! そのカッコで何晒してんだこのドラ息子ォ!!!」

 這々の体で起き上がると、そこにはプンスカする母さんが仁王立ちしていた。

 おっとこっちは結構リアルだぜ。遺影そっくりの赤毛。

 でも随分若いな。

 俺は取り敢えず慌てた。当たり前だよね!

 「で、出たぁぁぁ!!! お化けぇぇぇ!!!」

 「説明するから落ち着けぇ、だよ!!!」

 落ち着いてほしいならドロップキックなんぞかますなや!


 「まず手始めに説明すると、キミが抱きついた女子高生は私なんだゼぃ!!!」

 やっぱテメーだったかチキショーめ! 道理でカツ丼の食い方が堂に入ってる筈だぜ! 何せ散々お世話になってるもんな!

 「親父ィ……」

 「ど、どう?」

 「どう? じゃねえんだよ!!! このクズ野郎がァ、だよー!!!」

 ちんちくりんな俺は渾身のアッパーをブチかました!

 しかしクソ親父はひらりとかわした!

 ぐぬう……

 「じゃあさっき正門の前にボサっと突っ立ってたのは何でなんだよ!!!」

 イチイチ母さん語に変換されるとむさ苦しいぜ!

 「えっ!? それは知らない!!!」

 おっと、ここで陰謀説が再浮上してきたか。

 いや、しらばっくれてるだけの可能性もあるな……

 しかしそれでもやっぱ詰所がメッチャ怪しいぜ、そして妨害犯ていうかイタズラ小僧はこのヘンタイでまず間違いねぇな!

 でもって公権力に金を握らせてたのはコイツの方か!

 権限の私的濫用だ! タイホしてやる!


 【ビビービビービビービビー】

 おっと……もうすぐ時間だな。

 もしかしてこれアッチから見られてるのか?

 処理が完了しても俺様のSNNIKR99砲がある限り無限に繰り返すがな。

 このやかましい音って必ず鳴るようになってるのかな?

 誰が考えたのか知らんけどコレがなかったら多分もっと混乱してただろーな。


 「最後だよ!!! こっち見て!!!」

 そう言うと母さんモドキは右手で両方の鼻の穴を拡げ、左手で両目の目尻をべろーんと引っ張り、天の橋立ポーズでこっちを覗きながらガニ股カニ歩きを始めた!


 俺は頭が痛くなった。


 「I/O周りのノイズ対策を何とかするんだよ!!! それだけで――」



* ◇ ◇ ◇



 ――…‥

 …‥

 チュンチュン、チチチ……


 目が覚めた。


 家の中……状況からするとリアルな時間は警察署から帰った翌朝か。


 母さんの形見は変わらず遺影の隣にあった。

 よし、こっ恥ずかしいお巡りさん助けてぇは闇に葬られたぜ。


 さて、どうするかね。

 「俺様ポインタ(仮称)」どっかでクリアし忘れてるだろコレ。

 絶対イニシャライズ漏れだ! 何だか分からんがとにかく親父のせいだな!

 コピペからのGOTO直し忘れと並んで親父の十八番だからな!

 親父めぇ……もっと石橋を叩いて渡れよ!


 それに最後のやつ、アレがなかったら全部言えただろ……

 何が説明するから落ち着けぇーだ。

 意味が分からん……

 感動の再会シーンなのにええ年こいた大人がやる事じゃねーだろ……


 あれ? 何で再会? 母さんモドキも何か違和感無く受け入れちゃってるぞ……クッソ……またコレか……

 お医者さんに相談したらせん妄症状ですねと言われるやつだ……まさかわざわざ若い頃の母さんを出したのってせん妄少女とせん妄症状を引っ掛けたダジャレか? ダジャレなのか!?

 チキショウ!!


 いつしか俺の顔は( ゜д゜)こんな感じになっていた。



 ところでコレって結局何の夢だったんだろ。

 まあいいか。どうせ夢だし。



* ◇ ◇ ◇



 『違う、そこじゃない、そこじゃないんだよ!!! 何でそういう方向性になっちゃうんだよー!!!』



転回転位-END.

* ===========

* 〈転回転位〉 END.

* ===========



STAT-CHK-EXIT.



 ぷちん。



* ***************

* STAT-CHK END.

* ***************



* ***************

FINL-PRC SECTION.

* ***************



DISPLAY “〈FINL-PRC〉 START.” UPON SYSOUT.



* ===========

* 〈欺瞞時報〉

* ===========

欺瞞時報.



DISPLAY “TOTAL=” CNT-A

UPON SYSOUT.

DISPLAY “ A=” CNT-A

UPON SYSOUT.

DISPLAY “ B=” CNT-B

UPON SYSOUT.

DISPLAY “ C=” CNT-C

UPON SYSOUT.

DISPLAY “*O=” CNT-O

UPON SYSOUT.


 …………

 …


 解析プログラム”GS001”の正常終了を告げるリザルトメッセージがコンソールに出力された。

 1号機の稼働から数えて実に90年という月日が経とうとしていた。


 もはやソフト・ハード共に誰が作ったかも分からないシステムだ。

 今さら同じものをゼロから再現しろと言われても、それを実行できる者などいないだろう。



* ◇ ◇ ◇



 このシステムの原型は太平洋戦争の真っ只中で行われたある実験にまで遡るという。

 戦時中に電子計算機を要するような膨大な量の計算をどのようにして行っていたのかについては、全てが謎に包まれている。

 当時のハードウェアは特殊機構と呼称された巨大な中核部品を残して全て失われており、その資料も一切見つかっていない。

 そして恐らくは軍事目的で遂行されていたであろう、厳重に秘匿されたこの実験そのものを知る者も今では殆どいない。

 当たり前だ。終戦100年を目前にして、もはや貴重な目撃情報の語り部となる生存者など一人としていないのだ。


 しかし、その失敗がもたらすであろう結末を苛んでか、研究は当時の関係者たちを中心として戦後も密かに続けられていた。

 当初、秘密を知る筋の伝手で活動のための資金は潤沢に供給された。


 だが今分かっているのはその実験の失敗がもたらしたはずの、取り返しのつかない絶望的な結末という予想図のみだ。

 今の世界は驚くほど平穏で、日本を含む殆どの国は直接銃火を交えない政治・経済のパワーゲームに明け暮れている。


 そうした平和もすべては残された関係者たちの熱意と血の滲むような努力の成果の上に成り立っている。担う者がいなくなれば瞬く間に崩れ去ってしまう砂上の楼閣だ。

 こうした中で現状の安定を後世に渡り維持していくこと、それが彼らの掲げる絶対的な使命だ。


 このシステムは分析系の処理を目的として謳っていながら、主要資産は全てCOBOL言語で記述されている。

 全容がブラックボックスと化した現在では、“自然言語に近い記述が可能な手続き型言語”による何らかの処理体系を構築するためという見方が一般的となっている。


 1960年代にはこのプロジェクトのためだけに特殊機構を運用する専用ハードウェア、そしてCOBOL言語の拡張セットが秘密裡に開発された。

 しかしひとたび稼働し始めたシステムはじゃじゃ馬のように暴走とシステムダウンを繰り返した。

 特殊機構が担う役割のひとつである外部記憶の入出力が当時のハードウェアの限界を超えており、システムの利用を極端に抑えつつ割り当てられるリージョンサイズを最大限にするための措置が施された。

 また、初期の段階においては人体を始めとする動植物の異常な形質変化、周辺生態系の破壊などの異常現象が表出した。

 これらは特殊機構による環境汚染と推定され、システムの基幹部分は幾重にも張り巡らされた遠隔監視装置と共に厳重に隔離された。

 多大な犠牲を払いながらも、彼らはそれを糧としてシステムの改良を続けた。


 1980年代に入ると、この特殊機構運用システムは32ビットCPUを搭載したユニットを256基接続し、ノーウェイト時のCPUと同じクロックで動作するデータバスを備えた4GBのメモリモジュールと128GBのハードディスク、それに640MBの半導体ディスク装置を搭載した新型のメインフレームユニットを実装する形で現代化が進められた。


 しかしその新型機の運用中のある日、特殊機構に関連する重大事故が発生したという。

 事故の原因は電源ユニットの故障とも言われているが、クラスター化された専用の発電設備を備え、いかなる災害にも耐えうる頑強な設備がたった1系統の故障でダウンする訳がない。

 当時、何らかの深刻な問題が発生したと見て取るのが妥当であろう。

 ともかく、当時現場で何が起きたのかは戦時中の如く隠蔽され、関係者の間では緘口令が敷かれた。


 しかしその後も老朽化したメインフレームは稼働し続けた。


 現代の技術ではこのシステ厶の中核部分がどのような仕組みで何を実行しているのか、具体的なことが全く分からなかったというのがその理由だ。

 最新のプラットフォームを用意できるのにこの体たらくだ。

 シャットダウンもシステムのブートも安全で確実な手順が分からず、止めることの許されないシステムは朽ちてゆく建屋と共に延々と延命措置を受け続けた。


 なぜ止めることが許されないのか?

 このことに関連する情報の口外は固く禁じられていたが、その理由は容易に想像がついた。

 特殊機構は外部から電源供給を受けずとも単体で稼働し続けることができるなど、現代の技術をもってしてもどのような仕組みで動作しているのか全く分からない。いわばロストテクノロジーの産物あるいは現代のオーパーツとも言うべき存在だ。

 あらゆる電磁波を受け付けず、どんな衝撃にも耐え、材質の経年劣化も全く見られないその物体の構造は、いかなる専門家をもってしても解析することは叶わなかった。

 そんな物体が「取り返しのつかない絶望的な結末」の到来を抑える役割を担っているだろうということは誰の目にも明らかだった。


 それを駆動するCPUをはじめとしたユニット群はいくら特注品とはいえ現代の一般的な工業製品に過ぎず、動作するために電源を要し数年で耐用年数の限界を迎えた。

 やがてハードディスクは全て半導体ディスク装置に換装され、寿命を迎えた部品も逐次交換されていった。


 数多くの犠牲を払って得られたノウハウにより、基幹部分を封印したままハードウェアのホットスワップを行なうことはできたが、特殊機構の存在故に完全なマイグレーションを行うことは叶わなかった。


 あらゆる物事には限界がある。それは特殊機構よりも駆動する側のメインフレームと運用の根幹を成す施設に先に訪れた。

 特にその場から動かすことができないメインフレームの維持は年月と共に深刻な問題となっていった。



* ◇ ◇ ◇



 “GS001”によって何がもたらされたか。

 現存するすべての資料とこれまでの膨大なシステムメッセージの解析が進められた。

 特殊機構は外部とのデータ交換により特定の事象の発生確率、あるいは特定空間における存在の実存性に一定の影響を与えることがこれまでの調査で解っている。


 今までシステムに関する詳細、とりわけインシデントにまつわる事項は徹底的に隠蔽され続けてきた。

 それはプロジェクト自体の隠蔽目的のみならず、不特定多数の干渉が特殊機構にどのような影響を及ぼすかが全く予想できなかったためという側面もある。

 そもそも、“GS001”のようなバッチ以外にも常駐しているオンラインジョブが多数ある。

 それらひとつひとつが特殊機構にぶら下がる形で動作しているなら、それだけで不確定要素の塊だ。


 しかしこれらのエビデンスだけではどうしても説明の付かないことがある。

 外側から観測した事象から仮に召喚システムと名付けられた機能だ。

 その事象のトリガーが何でシステム内のどのジョブの処理によるものなのか、それまで知り得た知見からは見出すことができなかった。


 最も不幸なのは、特殊機構が結局何なのか、誰も何も理解していないことだった。

 そもそも普通の機械がこんなにも長く現役で稼働し続けるなど常識ではあり得ない。

 その事象自体がこの現状を象徴しているなど、皮肉にも程があるというものだ。



欺瞞時報-END.

* ===========

* 〈欺瞞時報〉 END.

* ===========



* =========

* 〈原点〉

* =========

原点.



 例の腕組んで難しい顔ばっかしてたおっさん達。

 昔の彼らのレポートを見せてもらったことがあるが、長い研究の歴史を感じさせない、薄っぺらなものだった。

 いや、難しい言葉がやたらめったら並んでてセンセーは文章の難解さで偉さが決まるんかいなと思ったもんだよ。

 まあ、アレに気付けないのも納得だった。

 彼らはシステムが出力する活動ログを追うことにばかり夢中になっていて、メインフレームのジョブとかリージョンの管理なんかは現場に丸投げだったみたいだし。 

 その活動ログの収集だってああだこうだと注文が多い割に実作業はオペレータのお兄さんに丸投げしっ放しで、そのお兄さん達が余りにもヒーヒー言ってるもんだから俺も手伝ったことがある位だ。

 センセー達はシステムがどうやって動いてるかなんて部分は興味がなかったから、システムの末端装置という外部の存在にも全く注意を払っていなかった。

 ぶっちゃけ、報告は過去データを適当にコピペして作っといて後はテキトーに遊んでたんじゃねーかな?

 彼らは無害だったけど同じ不真面目でも親父のイタズラの方がよっぽど建設的だと思うぜ。

 思うに、システムを運用維持してるって実績を提示すれば上から自動的に金が降りてくる錬金システムみたいなのが出来上がってたんだろうな。

 全く、大人ってやだね!



* ◇ ◇ ◇



 実を言うと、一部の機能はある一台の末端装置に直接接続されていた。

 親父があるイタズラのためだけに我田引水してこっそり自作していた端末だ。


 これだけ厳重な管理の下にあって余程のことが起きなければ私物を勝手に持ち込むなどできない筈だが、そこには作業用の掘っ立て小屋まで設えられていた。

 俺はそこに入り浸ってはイタズラの片棒を担がされていた。まあ、俺も楽しんでやってたんだけど。


 小難しいことを考えれば考えるほど、意外と足下を見失ったりするものだということのいい例だ。

 後でそれを聞いた俺は、自分が灯台下暗しの一部だったという事実に気付いて改めて何とも言えない気分になった。


 俺の記憶通りなら親父の秘密基地がまだあそこにあるはずだ。

 そもそも建物の廃墟感が如何にも不自然だ。

 あれは絶対自然の産物じゃないね。あのマシン室跡地も何かおかしかった。

 第一、あのでかい図体を置いていたにしては狭すぎる。

 全高2メートル、全幅10メートル、奥行5メートル位はあったぞ。

 重さは分からないが多分1トンや2トンじゃきかないだろう。

 他にもコンソールとかノンインパクトラインプリンターとかそれに入れる大量の紙、磁気ディスク装置、磁気テープ装置その他諸々の場所をとる装置が沢山あって結構余裕で配置されていたからな。


 ひとしきり考えた俺は、やはりあそこに行って確かめてみたいと改めて思った。 


 ……色んな意味で。



原点-END.

* =========

* 〈原点〉 END.

* =========



* =========

* 〈鬼火〉

* =========

鬼火.



 ”FINL-PRC”のディスプレイがシステムログに出力されるや否や、それを検知した警報装置が一斉に鳴り響いた。

 ブラックボックスと化したシステムから出力される僅かなテキスト情報を手かかりとして構築された監視網は確かに機能し、僅かに残された研究者たちがモニタリングルームに集結した。


 これまでの教訓から、ひとつの処理が終了したときは必ずプログラムIDの処理区分に準じた影響が周辺の空間にもたらされることが分かっていた。

 それは特殊機構がどの様な影響力を持つかを調査するための実験であり、期待値の通りの結果が得られることもあれば予想の範疇を超えた奇怪な結果に終わることもあった。

 警報という形態を取っているのはその影響が人体に及ぼす変化を鑑みての対応だった。



* ◇ ◇ ◇



 変化は誰も予期していなかった場所から現れた。


 ガチャッ。


 突然誰もいない筈の隣室のドアが開いた。

 顔を出したのは見慣れない風貌の少女。

 『……あっ!? し、失礼しましたァ……』

 一般作業員のツナギを着た彼女は部屋を覗くなり、ペコペコしながら慌てた様子でドアを閉じた。


 パタン。

 静かにドアを閉じる音。

 暫くの静寂の後、誰もが顔を見合わせ同じ疑問を持った。


 (……誰?)


 しかしそれが特殊機構のもたらした奇跡のひとつであることに、歴戦の研究者たちを以ってしても誰ひとり思い至ることはできなかった。



* ◇ ◇ ◇



 施設の最奥に安置されているメインフレーム。

 その巨大な筐体に接続された特殊機構の一部が突然、「ガコン!」という轟音を立て、数十年に渡って調査の手を拒み続けた内部構造を晒した。

 システムのフェーズがようやく次の段階に移ったことを示唆するものなのか、或いは遂に訪れた耐久性の限界と最悪を告げるものなのか、その事象が意味するものを説明できる者はいなかった。

 さらに、そのときにはじめて明らかになった事実がある。

 今回開いたその箇所と同じ様な形状のハッチが、特殊機構の本体にあと6つ存在するということだ。

 今の今まで単なる表面上のモールドと思わていた模様が同じようなハッチの形状になっていた。何らかの条件が揃えばきっと開くのだろう。

 しかし全てを開けるには何年の月日を要するのだろうか。

 1つ開けるのに90年掛かったのだ。全部開くのに500年掛かっても不思議はない。


 しかしそんな事よりもっと重大な発見がモニター越しに居合わせた研究員たちの眼前にもたらされた。


 開いたハッチの中にあったもの……それは複雑な装置でも古代文明の秘宝でもなく、一体の着飾った子供と思しき遺体だった。

 遺体はミイラ化しており、くすんだ赤系の髪、胴体は黄色と白のマントで包まれ、足にはピンクに着色された履物――

 そして髪には黄、群青、黒の羽根飾りを付けていた。


 丁寧に埋葬された古代の王族か何かだろうか。

 居合わせた一同は皆魅入られたようにそれを見つめていた。


 そして――その眼窩に青白い炎が灯り、静かに揺らめいた。


 モニター越しでも分かる。

 その揺らめく炎を宿した双眸が彼ら全ての視線を捉え……


 次の瞬間、その場所は無人の荒野へと帰していた。



 いや、よく見ればそこに――



鬼火-END.

* =========

* 〈鬼火〉 END.

* =========



* ===============

* 〈FINL-MSG〉

* ===============

FINL-MSG.



DISPLAY “〈FINL-PRC〉 END.” UPON SYSOUT.



* ◇ ◇ ◇



 俺は再び跡地へと向かった。

 さっきの今だ。懐に羽根飾りをしまった俺は出る前にいつものルーティーンをやった。


 ちょっとドキドキしたよ。だって来る度にヘンテコな現象に巻き込まれるし。


 取り敢えず正門の詰所までは順調だった。

 よし、今日は誰もいないみたいだな。


 詰所は蔦で覆われており、蔓の伸びっぷりは廃墟感の演出に大いに貢献していた。

 しかしこの詰所、なぜか建物が健在なのだ。

 敷地を覆う壁は崩れてボロボロだし、マシン室のあった建屋なんて天井も壁も崩壊して床面が剥き出しの状態だ。

 よく見ればあからさまに怪しい。


 秘密基地? 詰所が健在ならまだ何かある可能性が高いと踏んでるけどどうかね。


 まずは詰所だ。

 蔦対策のために用意した剪定鋏を取り出す。


 他人の土地で何やってんのかって? 都合の良いことにここって今所有者不明なんだよね。勿論下調べはしたんだよ。

 こんなでかい敷地が所有者不明ってあからさまに怪しいよね!

 まあ不明だろうが何だろうが不法侵入は不法侵入だけどね!


 入り口があったところを注意しながらチョキチョキしていくと程なくしてドアが視認できるようになった。

 蔓の下から姿を現したドアには小さな羽根飾りの意匠が施してあった。

 これ、偶然じゃないよな……

 手を掛けて注意深く静かに回す。

 動かない。やっぱ鍵がかかってるか……或いは蔦とか錆とかで動かなくなってるのかね。

 よし、ここはコソ泥よろしく解錠にチャレンジするか……

 しかしその為の道具がないな。

 腕を組んでドアを睨む。

 

 羽根飾りの意匠……そうだ、羽根飾りのピンの部分を鍵穴に挿してグリグリ回したら開けられないか?

 親の形見を不法侵入のために傷モノにするのは不本意だが、ここはしゃーないか。

 と思って飾りを近付けたそのときだ。


 「ピッ」

 「ガチャッ」


 開いた!? まさかの非接触ICだった!?

 コレ50年以上前のシロモノなんだけど!?

 警報機は!?

 ……だ、大丈夫だな。


 ただ、これだけ近代的かつ現役バリバリ感のある挙動をされると、ここがまだ厳重な監視網の下にあるんだって可能性をどうしても考えてしまうな。

 まあ今更か。蔦も派手に切っちまったし認証デバイスっぽいのも動かしちまったしな……

 監視カメラなんてどっかに絶対あるだろ。

 この偶然がなかったらバールか何かを持ってきて力尽くでこじ開けようとしてたかもと思うとゾッとするぜ。

 あとは関係者がこっちに向かってないことを祈るばかりだ。


 俺は軽く深呼吸すると意を決してドアを開けた。


 ガチャッ。


 ……真っ暗だ。当たり前か。

 戻って窓付近もチョキチョキして来るか。

 携帯のライトで照らせば良いんだろーけどバッテリーがな。

 懐中電灯か何か持ってくりゃ良かったな。

 うーむ。俺ってサバイバル能力ねえなぁ……


 などと考え事をしながらドアノブに手を掛ける。

 あれ? 回らない?

 ああ、そうかと思い羽根飾りをかざす。


 ……何も反応がない。アレ? 閉じ込められた?

 サムターンらしきものも無さそうだ。


 俺は泡を食って携帯のライトを点けた。


 そこは多少の既視感こそあるものの、初めて見るレイアウトの部屋だった。

 新築か改装か……どちらにせよ、ここは俺の知る詰所とは別の場所になってしまっていた。

 そしてそこはきれいに整頓され、いつでも使用できるようにスタンバイされたモニタールームの様だった。

 詰所だったらモニターくらいあって当たり前なもんだけど、窓口がないんだよね、ここ。


 こんな部屋、誰が何に使うんだ?

 キョロキョロとあたりを見回す。

 壁面にあるのは大型の液晶モニターだな。端末は……ないか。……窓も……ないな。いや、小さいのが隅っこの方にあるか。

 モニターがあって端末類がないとなると、やはり映す内容は監視カメラの類か。

 マシンルームに繋がる前室かとも思ったがどうも違う様だ。

 隅にある小窓の方を見やる。開くかな? と思ったが新幹線みたいな造りの多重構造で、開閉するようには出来ていなかった。

 窓の向こうは黒一色で、ライトの灯りで照らしてみると外側にシャッターがあってそれが降りている状態だった。

 どうするよ、これ……完全に想定外だぜ。 

 壁面を見渡すがスイッチらしきものが見当たらない。

 天井にも照明装置らしきものはなかった。

 詰んだか……!?


 そのとき突然、背後のドアが開いた。


 ガチャッ。

 『……あっ!? し、失礼しましたァ……』

 パタン。


 ……え?


 【ビビービビービビービビー】


 ……は?


 いや、ぼーっとしてる場合じゃない。

 折角の打開の糸口だ。逃してなるものか。

 もう一度ドアノブに手をかける。

 動かないな……このドアは入室専用なのか?

 今はいい。次だ。

 ドンドンドン!

 「おい、そこに誰かいるんだろ! このドアを開けてくれないか?」

 俺はドアをぶっ叩きながらあらん限りの声を尽くして叫んだ。

 シーン……

 反応なしか。しかしこのドア、やたら頑丈だな……


 ……これは…ドアじゃない!? 継目も蝶番もないぞ。ドアが壁に変わったってのかよ、オイ!

 更に慌てた俺は周囲の壁を見渡そうとするが――

 「う、うわああああ!!!」

 冗談でも何でもない、腹の底からの本気の叫び声が出た。

 当たり前だ。

 目の前にゾンビや骸骨がうじゃうじゃと群がっていたのだから。

 俺は必死で出口を探した。

 何だ!? 何でドアが無くなっている!?

 出口どころかさっきのモニターも無くなっている。

 それにここは……ここはあのマシン室じゃないか!


 辺りには腐って半ば苔の塊の様になった資料が散乱し、朽ちてボロボロになったダム端が床面に転がり無残な姿を晒していた。


 しかし俺にはもはやそれを見て感慨に耽ったり状況を分析したりする様な余裕はなかった。


 「ア、アア、ア゛・ ア゛・ア゛……」

 化物たちが低い唸り声をあげながら押し寄せる。

 俺は必死に逃れようとしたがあえなく捕まり、転倒してみっともなく床の上を這いつくばった。

 「やめろ! 助けてくれ! 何だ、何なんだよぉ!!!」

 取り乱した俺は携帯を取り落とし、部屋は再び漆黒の闇に戻った。

 そして携帯を持っていた逆の手は、無意識に羽根飾りを強く握り締めていた。

 押さえ付けてくる群れに必死で抵抗するも、四方全てが手、手、手で身じろぎする余裕すらない。

 最早逃げることも叶わないと悟った俺は、きつく目を閉じて歯を食いしばった。


 【あなたは一体誰でスか? 今までの俺さンとは随分と性格が違いまス――!?】



 ゴトリ。


 一陣の風と共に、何かが落ちる音がした。


 急に押さえつける圧力が無くなったのを感じた俺は、恐る恐る目を開いた。



 そこには詰所の懐かしい光景があった。

 事務所内は風雨から護られていたためか思ったより良好な状態が保たれ、窓口の外を覆う蔦の隙間から零れ落ちる光が、机や椅子に堆積する白い埃を静かに照らしていた。


 ……夢、いや……幻だったのか……

 とうとうボケちまったかな、俺……


 取り落とした携帯を拾うと、画面を確認した。


 “2042年5月5日(月) 10時17分”


 さっきライトを点けた時は10時21分だったぞ……

 過去に戻っている!?


 一体いつから? 何がきっかけで?

 そこで俺は、羽根飾りをドアノブにかざして開けるという認証くさいシステムを通ってここに入ったことを思い出した。

 逆の手に持っていた筈の羽根飾りは、俺の手の中から消えていた。

 ……どこだ? 落としたのか?


 改めて辺りを見渡すと、床に古びた双眼鏡が落ちていることに気付いた。

 それは他のものと同じ様に堆積した埃で真っ白になっており、床に落ちてから随分と長い年月が経っている様だった。


 羽根飾りはどこにも落ちていなかった。

 服のポケットも一通り探してみたが、どこにもなかった。


 しかしひとつ分かったことがある。

 床に堆積した埃は薄っすらとだが二つの層に分かれていた。

 俺が周囲を照らして回った足跡や襲ってきた謎の連中、それに抵抗して床で暴れ回った跡と思しき痕跡が確かに残っていたのだ。


 俺はその事実にゴクリと唾を飲み込んだ。

 やはりこれは全くの夢や幻なんかじゃない。現実を元にして起きていることなんだ。

 結果には必ず原因がある。

 今までの訳の分からない出来事だってきっと何か理由……いや、元になった出来事があるんだ。

 考えてみれば、今になって急に色々おかしな出来事が起き始めたのだって偶然じゃない。


 俺が急に思い立ってここに来てみたのがそもそもの発端だ。

 俺の人生本当にこのままで良いのかと意を決して来てみた結果がこれだ。

 じゃあ俺は何でここは俺にとっての何なんだという話になるのだが……

 それに目の前のコレ……これは十中八九、例の双眼鏡と同じものだろう。

 俺はこれが初見なのに祖父の戦友の形見だということを知っている。

 その理由もまだ何も分からない。


 皆で俺を支援してここから遠ざけようとしていた裏には、俺に普通の生活を送って欲しいという願いがあったらしいということは何となく分かる。

 しかし裏を返せば、俺が何も知らないままくたばった方が都合が良いと考えている連中だっていたかもしれないってことだ。


 あの日の出来事はきっとまだどこかで続いているんだ。

 そして……もしかしたら、この目に見えない繋がりこそが時折抱く違和感の原因なのかもしれない。



* ◇ ◇ ◇



 室内には出口、仮眠室、トイレ、物置……4つのドアがある。

 当時、物置の奥には更に通路があって親父の秘密基地に繋がっていた。

 だが今は社屋は崩壊して廃墟となり、掘っ立て小屋を隠すものは何もない。

 当然、今は掘っ立て小屋など影も形もない。

 然るに何かあるならばこの詰所の中に違いないと踏んでいた。

 色々あったが、ここまで来たからには例えひとつきりでもはっきりとした事実を手にして帰りたいもんだ。

 ……と思ったがそうそう手掛かりが転がっている訳もないか。

 とにかく、モノがない。

 資料とかそういった類のものがあればかなり良い状態で保存されていることが期待できるのだが、廃墟にしては余りにも綺麗だ。

 この状況からして不自然極まりないんだよな。


 まず、虫や小動物の生活痕みたいなものが全くない。

 長い年月の間に地震、台風、大雨といった類の大規模自然災害なんて幾度もあった。



 なかったのは戦争くらいだ。



 その割に物が散乱していたりあちこち壊れていたりという変化の跡が殆ど見られない。

 そもそも置いてある物が少ないという部分もあるのだろうが、それにしたって椅子とか電話機がビシッと真っ直ぐに置かれているのだ。


 逆に先の双眼鏡がゴロンと床に転がっているのに違和感を感じる位だ。


 そして一番おかしいのは窓口のガラスがヒビひとつ無く綺麗な状態を保っていることだ。

 当然窓枠に歪みも無く、レールに堆積する埃は椅子や床面と同じ薄い被膜程度のものがあるだけだ。

 普通外に面している窓のレールといったら土とか昆虫の死骸が挟まっていたりするものだが、ここにはそれが全くない。

 つまりこの窓は設置されてから一度も開いたことがないのだ、多分。


 仮眠室、トイレ、物置のドアもそうだ。まるで新築のまま放置された様な佇まい。


 出来れば中に……特に物置の奥にもうひとつドアがあるかどうか、踏み込んで調べてみたいところだが、今さっきの恐怖体験が再び繰り返されないとも限らない。

 なぜ助かったのかが分からない以上、余計なリスクを冒すのはやめるべきだろう。


 羽根飾りが手もとにないというのも大きい。あの後手の中から消えたということは、あの様な状況から脱することを可能にする唯一の手段かもしれないのだ。

 第一この不自然な状況下でこれが夢や幻の類ではないと言い切れる方がおかしい。

 その意味では外に出るというのもリスクだ。

 ドアの向こうが外だという保証はどこにもないのだ。


 携帯を見る。アンテナマークは出ている。圏外じゃない。

 電波は届いているが、繋がる先がかけた相手とは限らない。


 さっきのあの場所、あの状況から今に至るまでの流れがこれまでと異なる。

 夢から醒めたとかそういった象徴的なことが起きた訳でもなく、急に場面転換した感じなのだ。

 そう、ワープしたというか……とにかくそういう感じだ。


 それともどうせ夢なんだと諦めて思い切った行動に出るか?


 いや待てよ……その前に試す価値があるものがあるな。

 双眼鏡だ。これで覗いたとき何が視えるか……

 もしかしたら視えたものが解決の糸口になるかもしれない。


 俺はハンカチを取り出し、拾い上げた双眼鏡の埃を丁寧に拭き取った。

 そして――



* ◇ ◇ ◇



 ……!!!

 ……ガボッ!

 カボゲボゴボゴボガボ――

 ………

 …


 「ぶはーっ! ゲホッゲホッ」

 何だ? 何が起こった!?

 また謎現象かよ!


 双眼鏡を覗いた瞬間、俺はまたしても突然の場面転換に見舞われた。

 今度はいきなりの水中だ。これ水死したらどうなるの? ゆ、夢なんだよな!?

 もがきながら何とか水面まで辿り着く。

 うぇーっ、しょっぱ! 塩水……海かぁ…それに薄暗――


 『ドゴォーーン!!!』


 背後から閃光が走り、そして轟音が鳴り響く。

 続いて突風と硝煙と油の匂い。

 そして物々しい大砲を備えた巨大な軍艦らしき船が横っ腹からもうもうと爆炎を上げながら眼前を進んで行く。


 周囲を見ると他にも煙を上げる軍艦が数隻あり、プロペラを備えた古風な飛行機がやかましいエンジン音と共に接近しては魚雷を投下していく。


 コレどういう状況???

 軍艦とか飛行機のデザインからして相当昔……てか第二次大戦じゃねーのかコレ!!

 今までで一番の謎だよオイ!!!

 100年前って未体験ゾーンなのに何でこんなにもリアルな夢なの!?

 そうだ、双眼鏡!?

 あの双眼鏡は俺の左手にしっかり握られていた。

 ……今この時、この状況でやれることと言ったら……

 俺は恐る恐る双眼鏡を覗いた。



 『オイ、貴様ッ、大丈夫かッ!!』

 『気をしっかり持てぇッ!!!』

 日本語!? ということは太平洋戦争!?

 その軍艦の甲板は血の海となり、目を背けたくなる様な地獄絵図が繰り広げられていた。

 戦闘機からの攻撃に晒された銃座で手足の吹き飛んだ戦友を必死に介抱する年若い兵士――

 しかし次の瞬間には別の戦闘機からの銃撃で二人とも木っ端微塵に吹き飛び、甲板のシミと化していた。


 俺はせり上がる吐き気を抑えながら、どういう訳か今見せられている衝撃的な光景を見届けなければ、という義務感に駆られ必死で目を見開いていた。


 それは誰かの視点から見たどこかの軍艦の様子だった。

 この双眼鏡の持ち主だろうか、彼は艦橋付近と思われる場所から甲板を見下ろし、そして泣いていた。


 駆け降りた彼はその銃座に近付いて膝を付き、そして呻いた。

 『すまん、俺のせいで……』

 そこで話しかける別の声。

 『おい、手伝え。甲板を綺麗にするぞ。それにこいつ等も弔ってやらねばな』

 彼は無言で頷き、立ち上がった。

 そこで何かに気付いた彼は血の海の中から何かを拾い上げた。


 ……それは、血で真っ赤に染まった羽根飾りだった。


 『なあ、どこかで見てるんだろ』

 「!!!」

 突然の問いかけに体が強張り、危うく沈みかける。

 これは、俺に話しかけてるのか? いや、別の誰かか……

 『どんな形でも良い。奴を必ず還してやってくれ。俺はどうでも良い』


 そこで俺はいたたまれなくなり、ついに双眼鏡を目から離した。

 なぜ……なぜ俺はこんな所でこんな目に遭ってこんなものを見せられているんだ?

 『自分が知りたいって思ったんでしょ!!!』

 ああ、そうだ。

 『じゃあしっかり見ないとダメだよ!!!』

 そうだ、その通りだ……

 『願いはキミが叶えるんだよ!!!』

 どうして……

 『もう、キミしかいないんだ……』


 ………

 …



* ◇ ◇ ◇



 視界が暗転し、また元の詰所に戻った。

 寝た起きたはない。また突然の場面切り替えだ。

 身体は特に濡れてはおらず、左右の手に双眼鏡とハンカチを持った状態だった。

 相変わらず、羽根飾りは見付からないままだった。

 俺は羽根飾りを失い、双眼鏡を手に入れた。 


 「ふぅ……」

 何か落ち着いちまったぜ。


 さてと……

 まだ分からないことが沢山ある。

 何、乗りかかった船だ。どうせヒマだしな。



* ===============


MOVE DEF-LINK02 

  TO LN-PARA-IRAIKBN.

MOVE PSINDATA

  TO LN-INDATA.


CALL “GS002”

USING LN-RAYOUT.


* ===============



 ぷちん。



FINL-MSG-END.

* ===============

* 〈FINL-MSG〉 END.

* ===============



DISPLAY “〈GS001〉 END.” UPON SYSOUT.



* ***************

* FINL-PRC END.

* ***************



END-PROGRAM “GS001”.



* ===================

* 〈CODING SHEET〉 END.

* ===================



 てゆーか逃がす気ゼロだろコレ!



……………


……




“AN EXCEPTION IS OCCURED.”

“ABEND CODE IS 0C4.”



 リザルトメッセージが表示されて正常終了した筈の“GS001”は、終了直前にエラーメッセージを吐いて落ちていた。

 エラー自体はありふれたものだったが、この日を境に観測所では研究者を含む関係者数名の行方が分からなくなったという。

 誰がどの様に対処したかは記録が残されておらず、詳細は不明となっていた。


 それもそのはず、何者かが良かれと思い密かに組み込んでいた定時バッチにより異常終了が検出され、設定に基いた初期化処理の後“GS001”は自動的に再実行されていたのだ。


 だがそれよりも滑稽なのは“FINL-PRC”というキーワードにしか注目していなかった観測所のセンスの無さだ。

 彼らは一ヶ月でも実務を学んでさえいれば当たり前に気付いていたはずのエラーコードすら拾うことが出来ていなかったのだ。


 かくして“GS001”は、実質的にもはや何度目になるかも分からない処理をまたも繰り返すのだった。



/continue.

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幻影戦妃 - alpha ver. 短文ちゃん @tanbun-chobun

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