社畜さんの100日異世界旅行

虹音 ゆいが

タイミングが悪すぎた

「なぁ、悪いけど3000円貸してくんね?」


 休憩から戻ってきた同期の同僚に言う。彼は首を傾げた。


「何で?」

「今日、仕事終わりに髪切りに行くんだわ。予約もしてる。けど財布忘れたのに今気づいた」

「何でわざわざ仕事の日に予約入れたんだよ。まぁ、ウチの会社に基本休みなんてないけど」

「必死に時間やりくりしてちょっと副業しただけで、警察紛いの事情聴取をしてくるような会社だしな……頑張ろうぜ社畜」

「お前もな社畜。貸すのは別にいいけど、返せよ」

「おう、悪いな。明日返すから」


 受け取った3000円を握りしめ、俺は残された膨大な仕事に邁進する。




「はぁぁ!? 女神サマだかなんだか知らねぇけど、マジでふざけんなよ!」


 その夜。髪を切ってすっきりした俺がいつものように眠ると、よく分からん世界に飛ばされてしまっていた。


「いえ、その、すみません。異世界転移はだいたい受け入れてもらえるので、まさかそこまでキレ散らかされるとは思ってもみませんでした」


 ぺこぺこと頭を下げる自称女神。けど社畜の俺には分かる。これはとりあえず頭を下げてるだけで全く反省していないヤツだ。


「それに、ちゃんと転移させる人間は選んでるんです。そちらの世界で生きる事に不満を持ってる人とか……あなた、ブラック企業勤めに嫌気がさしてるのでは?」

「ああそうだ! 出来る事なら1秒でも早くあんなクソ会社辞めてやりたいね!」

「ならなんでそんなに怒るんですか……異世界だとちやほやされますよ? 私が授けたスキルとかを使えば魔王討伐もわりと簡単ですよ?」

「そういう話じゃねぇんだよ……!」


 俺は女神をびっと指差し、叫ぶ。


「明日会社行かねぇと、金を返せねぇだろうが!」

「……はい? そんな事で?」

「そんな事とは何だそんな事とは! 金の貸し借りほど、人間同士の信頼関係が問われるもんはねぇ。俺はノータイムで3000円を貸してくれたあいつに! その恩と一緒に金を返さなきゃいけねぇんだ!」

「はぁ……そですか。律儀と言うか何と言うか」


 女神がわけがわからない、という顔をしている。いいさ、社畜同士の友情を神サマに理解して貰おうなんざこっちも思ってねぇ。


「だから、さっさと俺を元の世界に戻せ!」

「あ、それは無理です。でもそうですね……この異世界の平和を取り戻してくれたら、あなたを転移させたその日にそのまま帰してあげられるんですけど」

「つまり、俺が髪を切った次の日に間に合う、って事だな! くそっ、やってやるよ!」



 それから俺は、異世界とやらを旅して回った。


 魔物に襲われてた村を救った。村長の娘を嫁に寄越す、と言っていたが、俺は3000円を返す為に先を急ぐ。きっぱりと断った。


 とある国が隣国との戦争の危機にあり、それが魔王の送り込んだ魔物の策略だという事を暴いて両国の平和に貢献した。王様が姫様を嫁にくれると言うが、俺は3000円を返す為に先を急ぐ。きっぱりと断った。


 魔王討伐の命を受けて旅をする冒険者たちに出会った。その中の1人が先走ったせいで全滅の危機に陥っていたのを助けたら、先走った女魔術師がやけに俺に懐いて、終いには嫁になると言い出した。だが俺は3000円を返す為に先を急ぐ。きっぱりと断った。


 旅の末に辿り着いた魔王の城で、激闘の果てにどうにか魔王を討ち果たす事に成功した。世界も平和になり、好戦派筆頭だという魔王が死んだ事で友好派の魔物の力が強くなり、人間と魔物の融和が進んだ。友好派だという魔王の娘が俺の嫁になりたいと言い出し、人間側からも人間と魔物の友好の懸け橋になって欲しいと懇願されたが、俺は3000円を返す為に先を急ぐ。きっぱりと断った。


 そして俺は――――



「――――驚きましたね。まさか100日足らずでこの世界を平和にしてしまうとは」

「約束だ。元の世界に返してもらうぞ」

「ええ、分かっていますよ。あと、迷惑を掛けたお詫びと言っては何ですが、これをどうぞ」

「何だこれは」

「スマホ・オブ・ゴッデス。それに掛けてくれたら、願いを一つ叶えてあげます。まぁ願い事にも限度はありますが」

「そうか。まぁ気が向いたらな。俺はそれよりも、早く3000円を返したいんだ」

「そですか。なんかもう、律儀を通り越してホラーですね」


 呆れ顔の女神サマが光を放つ。それに包まれた俺は、あっという間に深い眠りに落とされた。




「よぉ、この間はありがとな。ほら、3000円」


 久し振りに自分の部屋で目を覚まし、眠ったままでも辿り着けそうなくらい通い慣れたブラック企業に出社。真っ先に出会った同期の同僚は、俺を見て目を見開いた。


「昨日の事をこの間とは言わねぇよ……っていうツッコミよりもまず、だ。お前、昨日髪切りに行ったんだよな?」

「え? あ」


 100日に亘る長旅で、俺の髪は元通り、どころかそれ以上のレベルでぼさぼさになってしまっていたのだ。



 いつものようにクソみたいな仕事を終えて帰宅した俺は、枕の中に仕込まれてたスマホ・オブ・ゴッデスを手に取った。


『……あ、もしもし~? まさか昨日の今日で掛けてきてくれるとは思ってなかったですよ~。で、願い事は決まりました?』

「金をくれ」


 このままじゃ3000円、損をしただけになっちまう。


「3000……いや、3500円、くれ」


 500円くらいなら、あのブラック企業でも副業だと騒いだりはしないだろう。

 騒がないで下さい、お願いします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

社畜さんの100日異世界旅行 虹音 ゆいが @asumia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ