一人目:井口 颯人 1話

『カランコロン』


心地よいドアベルの音とともに、爽やかな朝の風がヴァルハラの店内に吹き抜ける。


「いらっしゃいませ~」


そう言ってドアのほうを見ると、大きなバッグを持った青年が、強く唇をかみしめてうつむいていた。

高校生だろうか。見慣れない制服を着ている彼は、意を決したようにぐっと顔を上げ、おれを見つめてこう言った。


「ここに、復讐コンサルタントがいるって本当ですか?」


少しふるえた声が店内に響く。



復讐コンサルタント。

復讐の手助けを専門とする暗殺者のことを、人々はそう呼んでいる。

普通に暮らしているなら、あまり聞き慣れない言葉だろう。


一瞬の静寂の後、誰かがふっと笑みをこぼした。


「ああ、そうだが?」


そう言って、低い声とともにレジの後ろから姿を表したのは、ここの店長、霧島水生きりしまみおだ。


彼は、店長という肩書きではあるが、主に書店の担当をしている。

小学生ほどのかわいらしい見た目とは裏腹に、脳内には一万冊という蔵書数を持ち、そのIQは計り知れぬ程だ。ついでに声もいい。


そして、彼は死神である。


水生は青年に歩み寄り、優雅に右手を胸の前にやってお辞儀をした。


「死神の営む復讐代理店、ヴァルハラへようこそ。」


低い姿勢のままでにやりと笑う水生の挑発的な目線に、青年が息を呑んだ。

つうと、青年の焼けた首筋に、汗が流れた。

しんと、店内が静まり返る。


そんな張り詰めた空気を破ったのは、驚くほど大きな笑い声だった。


「っ、くはははっ!!」


水生が、心の底から楽しそうに笑っていた。


「そんなに初心うぶな反応を見せられては、こちらもからかいたくなってしまうだろう」


こんなに楽しそうな水生を見たのはいつぶりだろうか。

青年はあっけにとられて動けなくなっている。


店内に響き渡る声に釣られたのか、奥のドアから丸眼鏡をかけた男が、ひょっこり顔を出した。


「あれ、珍し。水生兄さんが笑ってるじゃん」


「おぉ、弓絃ゆづる。」


弓絃、と呼ばれた男も、この店の店員だ。

主に代筆屋担当で、様々な手書き文字を駆使して仕事をしている。

最近はロゴデザインなんかもやるらしい。

そして、彼もまた、死神だ。


「ちょうどいい。私たちのお客様だ」


「お!ほんと?こっちの仕事久しぶりじゃない?」


弓絃は無邪気にそう言って、青年のもとに近づいてくる。


「ようこそ、ヴァルハラへ。」


彼は、優しいほほ笑みをたたえながら青年の手を取り、奥に部屋へとエスコートしていく。そのあまりにも優雅な仕草に、青年の目が奪われていく。


「あまりハメを外しすぎるなよ。」


呆れ気味に注意する水生に、ちろりと舌を見せた弓絃は、新しいおもちゃを貰った子供のようだ。


おれは店の外に出て、朝に出したばっかりのメニューボードを中に入れ、再びドアにかけてある看板を"Close"へとひっくり返した。


せっかく美味しそうなフィナンシェが焼けたのに、今日はもうお客さんを入れられないだろう。

ちょっと残念。



奥の部屋に行くと、青年と水生がテーブル越しに向き合っていた。

先程の水生の言動のせいか、青年が気まずそうにこちらを見てきた。


弓絃は、ふたりの間に流れる空気感が面白かったのか、クスクスと笑いながら近くの壁にもたれかかっている。


おれはにこっと青年に愛想笑いを浮かべて、水生の隣に腰を下ろす。

部屋にしんとした空気が漂った。


「さて。」


水生はそう言って、真剣な表情で青年の目をじっと見つめた。


「私達は、君もご存知の通り、復讐の代理を生業としている。

 それで私がここの店主、霧島水生だ。よろしく」


すっと青年の前に差し出された水生の手を、彼はおずおずと握る。

水生がふっと顔を緩め、彼の手を握り返した。

その表情につられたのか、彼のこわばっていた体から、少しずつ力が抜けていく。


「じゃあ、次はおれかな?

 おれは霧島紬木つむぎ。普段はカフェの仕事をしてるんだ。

 よろしくね〜」


そう言って、彼にニコッとほほえんだ。


「それで、僕は霧島弓絃ね。いつもはあそこの机で代筆の仕事をしてるよー

 あんまり店にでることはないから、ふたり以外の人としゃべるの久しぶりなんだよね〜……ふふ、仲良くしてね?」


弓絃は姿勢をかがめて頬杖をつき、いたずらっ子のように笑っている。

……なんだか嫌な予感がする。


「で?君の素性とここに来た目的を教えてもらおうか」


水生は顔の前に手を組み、じっと彼を見つめている。


少しの沈黙の後、彼が緊張した面持ちで話し始めた。


「俺は、井口颯人いぐちはやとって言います。

 高校2年です。あと、ここに来た理由は……」


彼はここで言葉を止め、深く息を吸い込んだ。




「俺の、父を殺してほしいんです」




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夜の女王のアリア 増田時雨 @siguma_rain

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