第13話 恥ずかしい手紙

 ぐるぐると考えを巡らせ、ここで一つ、疑問が浮かんだ。


「どうして私のことまで話したの?」


 オーランドを心配する家族や国民に対して、死の呪いが解けた報告は当然必要だっただろう。

 けれども協力者である平民の情報なんて、わざわざ伝えなくても良かったはずだ。エールベルトで暮らす平民がサルバスに行く機会などないに等しいのだから。

 もしかして、褒美でも与えようとしてくれていたのだろうか。


 答えを求めるようにルーシーが首を傾げると、何故かじわじわと頬を染めたオーランドに代わり、レオが説明してくれた。


「オーランドも俺も、さっきまでルーシーを平民だと思ってた」

「うん」

「それでもこいつはルーシーと結婚したかった。だから自分がどれだけルーシーに惚れてるかを手紙に書きまくって、ひたすら国に送り続けた。かれこれ、一年ほど」

「一年!?」


 どれだけ驚かせれば気が済むんだ。自分が王女だったという事実なんて、大したことではない気がしてきた。


 呪いが解けた途端に強烈な甘さをぶつけられてはいるが、今日まで好きだと言われたことは一度もない。それなのに、一年前には行動を起こしていたらしい。


 観念したようにオーランドが口を尖らせる。頭を撫でたくなる自分はおそらく重症だ。


「俺はずっとルーシーが好きだった。でもいつ死ぬかわからないような男に好きだって言われても困ると思ったし、無責任なことはしたくなかった。……ただ、どうしても諦められそうになかったから、呪いが解けた時に我慢しなくて良いように手を回してた」


 つまりオーランドはルーシーと結ばれるために、自ら国中に噂を流したということだ。そして見事なまでに広まっている。


 サルバスの人達は、王子の呪いを解いた女性を女神だと思っているのではない。

『王子が想いを寄せ続けた女神』が呪いを解いたのだ。

 そんな相手と結婚となれば、誰もが身分など関係なく祝福せざるを得ないだろう。若い女性なんかは胸をときめかせるような話だ。


(ああっ、もう!)


 どうしよう。オーランドが、オーランドの優しさが、愛おしくてたまらない。


「だからサルバスうちの方は問題ないんだ。わかってくれたか?」

「オーランドが私を悶え殺そうとしてることはわかった」

「なんて?」


 困惑するオーランドに突進するように抱きついた。ぐりぐりと顔をオーランドの胸元に押し付ける。

 物騒な言葉を吐いたわりに行動が可愛いルーシーに、オーランドは片手で顔を覆い、天を仰いだ。


 ルーシーとオーランドを眺めるレオは、新しいおもちゃを見つけた子供のようだ。

 当然だろう。レオはオーランドのルーシーへの気持ちを知った上で、ずっと見守っていたのだから。急展開で結ばれた二人を見て笑わないでいられるはずがない。


 ルーシーはぐっと口を引き結び、恥ずかしさを誤魔化そうとした。けれどもここで、ふと考える。


 毎日オーランドの顔を間近で観察する自分は、レオにはどう見えていたのだろうか。オーランドの頭を撫でる自分は? 演出とはいえ妖精にキスしてもらった自分は? ルーシーは今までの行動を振り返るだけで顔が熱くなり、発狂しそうだった。


 一人百面相をするルーシーを見て、レオはさらにニヤニヤするものの、すぐにいつも通りの表情に戻る。その表情筋が非常に羨ましい。


「サルバスの方はクリアとして、次はルーシーの方だな」

「私の家族ってこと?」

「ああ。サルバスは魔術は発展してねえけど武力はある。だから結婚して国同士の繋がりが強くなれば、エールベルトにもメリットはあるだろう。ただ、ルーシーを他の国に嫁がせる予定が立ってたとしたら、サルバスはそれより良い条件を出すしかねえ」

「言ってることは分かるんだけど、私が結婚したいって言えば誰も反対しないと思うよ? 嫁ぐ話なんて出たこともないし」

「王女の結婚だぞ? 普通政略的なもん絡めるだろ」

「普通はそうだろうけど、今回は私だからねぇ」


 自分の結婚くらいさらっと流されそうだ、と思う。なにせ王族の女性では……いや、王族の中でトップレベルの問題児である。もらってくれる相手がいるならば、特産品でもくくり付けて送り込まれることだろう。


 そう考えていたルーシーにレオは「甘えなぁ」と言っておでこをトントンとつつく。ここには、いつもなら痣がある。


「今までどれだけ自由にさせてもらえてても、痣付けねえと学校には入れなかったんだろ?」

「私は髪と目の色変えれば良いかなって思ってたんだけど、お父様が痣付けていかないとダメだってうるさくて」


 レオはこめかみをかきながら「まあ、そうだろうな」と呟いた。


「要するにあの痣、虫除けだろ?」


 相変わらずはっきりとものを言うレオに、ルーシーは言葉を詰まらせた。隣のオーランドは肩を揺らす。


(やっぱり……そうなんだ)


 以前、魔術師ハメット達にも同じことを言われた記憶がある。


「効果は薄かったみてえだけどな。除けられてねえし」

「人を虫みたいに言うな。それにルーシーは痣があっても存在感を薄められてても可愛い。むしろ俺のお陰で他の生徒から守れたようなもんだ」

「へえへえ、そういうことにしといてやるよ。でもまあ、ルーシーに男を近付けたくなかったのは間違いねえだろ」

「そうだなぁ、ルーシー溺愛されてそうだし」

「溺愛ってことはないと思うけど……」


 痣を付けろと言われたのは事実。二人が言うように男性と仲良くさせないためだったのか、と少し心配になる。

 オーランドとの結婚を認めてもらえない場合、どうやって説得すれば良いのだろう。


 ルーシーが黙り込むのと同時に、部屋に戻って来たダイアーが話に加わった。


「フィオナ様、その件に関しては問題ないかと」

「どうして? 問題児だから?」

「ははっ、フィオナ様はお転婆ではありますが、誰よりも民を愛する優しいお方です。それは近しい者なら皆知っておりますよ。今まで婚約の話が出なかったのは陛下が止めておられたからです」


 オーランドが「やっぱり」と、苦々しい顔をする。対してルーシーは開いた口がふさがらない。自分のことなのに全く知らなかった。


(でもダイアーが言うんだから、本当なんだろうな……)


 彼は騎士団長である前に、父の幼馴染だ。顔を合わせる機会が多い分、そういった情報は筒抜けなのだろう。

 父のわがままにもルーシーのわがままにも散々付き合わされてきた、英雄という名の苦労人。そんな彼の言葉を疑うつもりはない。


「じゃあなんで大丈夫なの?」

「陛下は、手紙をとても楽しみにされておりましてな」

「手紙?」

「……あ」


 一瞬でオーランドがフリーズした。何かに気付いたらしい。

 手紙と聞き思い当たるのは、オーランドがサルバスに送っていた恥ずかしい手紙と、オーランドと陛下……つまりルーシーの父が文通仲間だったということくらい。


(朝は驚いたけど……でも、特に問題はないよね?)


 オーランドは解呪の状況や日常の様子を報告していただけだと言っていた。日常の一部としてルーシーが手紙に登場したかもしれないが、学校では王家と無関係の女子生徒。書かれて困るようなことは……と、ここまで考えて背筋が凍った。まさか――。


 こわばった顔のルーシーとは対照的に、ダイアーは随分と楽し気だ。視線を斜め上に向け、顎に手をやる。


「たしか……『陽だまりのように温かく優しい女性が解呪に協力してくれている』や『可愛らしい彼女の笑顔にいつも癒されている』『こんなに愛おしいと感じる人にエールベルト王国で出逢えるとは思っていなかった』でしたかな? それはもう毎回のようにについての熱い想いをつづられている。と、陛下は大変喜んでおられました。なにせフィオナ様は城に戻られても、解呪の方法を探されるのに一生懸命でしたからな。書庫や魔術師団に入り浸って、陛下の相手などしてくださりません。よほど、救いたい方がいらっしゃったのかと」


 なんということだ。ここにきてダイアーが大量の爆弾を投下した。

 痣を持つ生徒はルーシーとオーランドだけ。これでは王家にルーシーの行動は筒抜けだ。痣を付けろと言ったのは父本人なのだから。


 考えてはいけない気がする。しかし、一応話をまとめると。オーランドは――


「俺は好きな女の子の父親に、惚気の手紙を出してたってことか?」


 そういうことになる。

 オーランドとルーシーはび付いた人形のように、ぎしぎしと顔を見合わせる。


「……どうしようルーシー。俺、恥ずかしくて死ぬかもしれない」

「気が合うね、私も」


 揃って首まで真っ赤に染めた二人の隣から、遠慮のない大きな笑い声が上がる。

 おのれレオめ、と思うものの、自分が彼の立場でも大笑いするだろう。

 護衛達は顔を伏せて耐えようとしているのだろうが、震える肩はごまかしきれない。


 穴があったら入りたい……むしろ掘ってでも入りたいほどの恥ずかしさだった。そのまま埋めて欲しい気分だった。


 けれどもダイアーの話では、オーランドの恥ずかしい手紙第二弾のおかげで、父は自分とオーランドの結婚を勝手に認めているらしい。


 良かったのか、悪かったのか……。火照った顔のまま頭を抱えた二人は、しばらくの間、周囲に笑われ続けた。




 ――その翌日、城に呼び戻されたルーシーは満面の笑みの家族に迎えられ、同じく城に招かれたオーランドと共に、顔から火が出るほど揶揄われたのだった。

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