第12話 何でも答えましょう

「つまり、ルーシーっていうのはルシルの愛称で」

「そう」


(オーランドが納得してる)


「二週間に一回帰ってたのは」

「お城だね」

「だよなぁ」


(オーランドが気まずそう)


「ちなみに薬師のお婆さんって……」

「エールベルトの元筆頭魔術師。今は引退して街に住んでるから、私のお婆ちゃんってことにしてもらってたの。小さい頃から魔術を教えてもらってたんだよねぇ」

「そ、そんなに凄い人だったのか」


(オーランドが驚いてる)


「……なあ、ルーシー」

「なあに?」


(オーランドが)


「ちょっと……見過ぎ」


(恥ずかしそう。可愛い)


「だって〜、こんなにころころ表情変わるオーランド初めてなんだもーん!」


 ルーシーは上機嫌でオーランドの観察中である。真っ赤なオーランドは今日何度か見たが、何度見ても飽きない。


 結婚の約束を交わした後、ルーシー達は数人の護衛と共に部屋に残っていた。

 騎士に連行されるビルソンや傭兵達に恨み言の一つや二つ言われるかと思ったが、ルーシーの方を見ると全員見事に惚けた表情になったため、複雑な気分だった。


 あの様子であれば、ビルソンは偽りなく全て自白するだろう。約束通り、エールベルトでの罪は軽くなるように話をつけるつもりだ。

 その分、彼はサルバスでも呪いの件で罪に問われる。

 あちらでの処罰については、オーランドとレオに任せることにした。二人なら適切な罰を与えるだろう。被害者であるオーランドの意思なのだから、国も納得するはずだ。


 無事に呪いが解けて、部屋から人が出て行き、やっと肩の力が抜けた。

 あとで学校まで送ってくれるというダイアー騎士団長を待つ間、特にやることもない。そのため、今まで黙っていたことについて何でも話すとルーシーが言い出したのだ。


 オーランドの質問にいくつか答えたところで、それまで不自然なほどに静かだったレオが、スッと手を上げた。


「なんで挙手?」


 きょとんとした顔でルーシーが聞くと、レオは今まで見たことのない爽やかな笑顔を浮かべる。


は、第二王女殿下とお呼びした方が?」

「に、似合わない……!」


 レオのよそ行きスマイルにルーシーは吹き出すのを耐えられなかった。

 今までの沈黙はこれを気にしていたからなのか、と思うと申し訳なさ二割、面白さ八割だった。

 なぜならルーシーは知っている。レオが身分など気にしない男だということを。どうせ一応確認してきたのだろう。

 だからこちらも一応の許可を出すことにした。


「んー。第二王女としては、今まで通りのレオ・クルーニーを希望いたしますぅ」

「そうこなくっちゃな!」


 瞬く間に普段通りのレオに戻った。大きな口を引き上げてニヤリと笑う。


「レオのそういうところ、本当に良いと思う」

「我が親友ながら、適応能力が高すぎる」


 オーランドはやれやれと首を振るが、レオのこの性格に救われてきたのは彼も同じだろう。


「レオは私に何か聞きたいことある? 何でも答えちゃうよ!」


 自信満々で胸を張ると、レオはじーっとこちらを見つめる。


「その可愛い顔、どうやって隠してたんだ?」

「んんっ!?」

「おいやめろ! ルーシーは俺のお嫁さんになるんだから口説くな!」


 レオの口から初めて聞いた可愛いという単語に動揺を隠しきれないでいると、横からオーランドに抱きしめられた。


「ちげーよ。この顔は反則級だと思うが、ルーシーは俺の親友だ」

「レ、レオォ!」

「え、俺は?」

「お前は護衛対象」

「冷たくないか? 護衛対象を一番傷付けてるぞ?」


 ぱあっと顔を輝かせるルーシーと眉尻を下げるオーランドを交互に見て、レオはくつくつと喉を鳴らす。


「髪と目の色が違うだけでどう見てもルーシーだけどよ、学校にいる時はもうちょっとぼやっとしてたっていうか」

「ええ? ルーシーは毎日眩しいだろ」

「お前は黙ってろ」

「まーたそうやって俺を傷付ける」


 今度はルーシーが喉を鳴らす番だった。

 オーランドはやはり目も呪われていた疑惑がある。自分に都合の良いその呪いだけは、解けていないことを願うばかりだ。

 つまり、レオの感想が正しい。


「実はあの痣ね、存在感を薄める効果があるの」

「そんなこと出来るのか!?」


 ルーシーが悪だくみをするような笑みを浮かべるとオーランドが食いついた。気持ちは分かる。

 お忍びで出掛けたい王族にとって『存在感を薄める』という言葉はかなり魅力的だ。


「本来の顔をぼやかすイメージだね」

「それだけでバレないものなのか?」

「小さい頃から何度も街に出掛けてきた私が作った魔術だよ? 効果は陛下おとうさま王太子おにいさまのお墨付き! 二人には交換条件出して魔法陣書いてあげてるけど誰にもバレたことないし」

「今聞いちゃいけないことを聞いてしまった気がする」


 気にしない気にしない、とオーランドの肩をぽんぽんと叩く。


「エールベルトはと魔術の国だからね。魔術は誰でも使えるわけじゃないけど、自由はみんなに与えられるもの! 王族だってたまには買い食いしても良いんだよ」


「まさか『深窓の姫君』がガセだったとはな~」と遠くを見るレオは無視した。

 その辺を見渡せばどこかしらにいるような神出鬼没な王女だから、公の場には一切顔を出さなかっただけだ。城にひきこもり中の王女が街に出没するとは誰も思わない。


「そういえば、ルーシーはどうして魔術学校に入ったんだ? さっきの魔術師達に頼めばなんでも教えてもらえそうだけど」


 首を傾げるオーランドと違い、ルーシーが魔術学校を選んだのは、魔術が目的ではない。


「王女は学校に通わなくても良いし、通うとしても普通は貴族学院でしょう? 平民の学校に通うには専門的な勉強をしたいって理由の方が許してもらいやすいかなって思ったんだよね。入学前から何個か魔術は習得してたし」

「平民の学校に入りたかったのか?」

「うん。王族……というより私はさ、民が一生懸命働いてくれるお陰で、今まで生きてこられたと思ってる。私は民の子でもあり、これから先は民の親でもある。だからみんながどんな暮らしをしてるのかとか、どんなことで笑ってくれるのかとか、知りたかったの。みんなの近くで、自分の目で、見てみたかった」


 このわがままを叶えるために、ルーシーは身分も容姿も変えてリーストン魔術学校に入学した。あの時の決断は正しかったと自信を持って言える。


「ルーシーらしい理由だなぁ」

「ふふっ、入って良かったよ」


 学校や街で過ごす時間は、ルーシーにとって大切なものだ。

「俺達にも会えたしな」と言うレオに、素直に頷く。

 すると急に、オーランドから熱視線を送られる。何事だ、と思わず二度見した。


「ルーシーが民のために使う魔術は本当に綺麗だし、見てると幸せな気持ちになる。こんなに素敵な人が俺のお嫁さんになるのかぁ」

「オ、オーランド、私に優しすぎない?」

「これくらい普通だよ。今までは我慢してただけ」

「デレデレしてるところ悪いが、お前はこれから大変なんだからその辺ちゃんと考えとけよ?」


 レオが突然現実に引き戻してきたため、ルーシーも緩みそうな頬を軽く叩き、考える。


「そうだよね。一番の問題は、私がサルバスの人達に受け入れてもらえるかってことかな」


 小さく唸るルーシーを見て、オーランドが気まずそうにもごもごと否定する。


「多分そこは問題ない」

「そんなわけないじゃん」

「間違えた。多分じゃなくて、絶対問題ない。というか大喜びされる」


 意味がわからない。サルバスに行ったこともないルーシーが結婚相手として突如現れて、誰が喜んでくれるというのだろう。無意識に首をひねる。


「ルーシー、お前忘れてるだろ」


 レオが意地悪く顔を覗き込んでくるが、全くピンとこない。「一晩もらって良い?」と聞きそうになったところで、答えを教えてくれた。


「オーランドの死の呪い解いたの、お前だぞ」

「……あ」


 ひどく間抜けな声が出た。オーランドに視線を向けると、ドロドロに溶かされそうな甘い目で微笑まれる。この目は慣れない。甘すぎて少しのけ反った。


「ルーシーはサルバスで、第二王子を呪いから救った女神だって言われてるよ」

「なんてこった」


 自分が知らないところで話が大事になっている。


 だが、あの時ビルソンが急に激怒した理由がわかった。会話の流れでルーシーがオーランドの死の呪いを解いただと気付いたからだろう。


 待って欲しい。そしてよく考えて欲しい。解呪の成功は三人で試行錯誤した結果だ。決して自分だけの力ではない。

 そう訴えるものの、二人の考えはやや違うらしい。


「もちろんレオも今回の件で褒美をもらえるよ。ずっと護衛してくれてるから。でも解呪したのはルーシーだよ」

「そーそー。ありがてえ話だし、もらえるもんはもらっとくけどよ、解呪に関してはルーシーがいなかったら無理だった」

「そういうことだから、サルバスはルーシーを迎え入れたくてうずうずしてる。ま、平民だと思ってるけどね」


 完全に予想外の展開だ。深窓の姫君どころか平民のルーシーを望んでくれるとは。

 身分がどうだとか言うつもりはない。いきなり現れた異国の女性の素性も調べずに、王子の結婚相手としてすんなり迎え入れようとすることが驚きなのだ。

 良いのか、それで良いのかサルバス王国よ。


 ルーシーはいまいち納得出来ず、にこにこするオーランドとニヤニヤするレオの前で、目を白黒させるだけだった。

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