第11話 王子の顔を壊す時

 ルーシーは魔術師達に頭を上げさせ、すっかり大人しくなったビルソンを見る。

 今、この男の逃げ場を確実に消さなくてはならない。


「もうご理解いただけていると思いますが、貴方が犯した罪は殺人未遂です。先程の貴方の言葉は全て記録しておりますので、言い逃れは出来ません。サルバス同様、エールベルトでも王族の殺人未遂で受ける罰は死刑です」


 元々青かったビルソンの顔が、見る見るうちに色を失う。ルーシーが発した死刑という言葉で、脂汗と震えが止まらなくなった。


 笑みを崩さずに事実を伝える自分は、ビルソンにどう見えているのだろうか。


「二度と同じことが起こらぬよう、わたくしには命を狙われた理由を調べる必要があります。偶然にも親しい魔術師が大勢おりますので、特別製の自白剤を用意してもらえるはずです」


 壁際に控える魔術師達に目を向けると、全員怖いくらいの良い笑顔で頷いた。


(大丈夫かなぁ。ビルソン伯爵から魂抜くような薬作らないよね……)


 頼りになるが、なんだか物騒な雰囲気を漂わせる魔術師達に、ルーシーは心の中で苦笑いを浮かべた。

 けれども表面上は、穏やかな笑顔を貼り付けたまま。


「嘘も偽りも、通用しません。我が国の魔術師達は非常に優秀ですので、作る自白剤も普通とは少々異なります。隠したいことも、思い出したくないことも、本人が忘れているような記憶でさえ、息をするように話してしまうんだそうです。たしか、自分の毛穴の数まで教えてくださるようになるとか……。そうよね? ハメット」


 ルーシーに話を振られた魔術師のハメットが、眼鏡をくいっと上げる。彼はまだ若いが、現在の筆頭魔術師だ。


「さすがフィオナ様、よくご存知で。毛穴の数もですし、初めて目を開けた時に見た景色や、母親の腹の中にいた時の感覚まで教えてくれますよ。それだけ、我が国の自白剤は強力なのです。ただ残念なことに、私はとてもうっかり者でして……。もしかしたら、ビルソン伯爵に投与する自白剤の量をほんの少し多くしてしまったり、調合を間違えて『末代まで呪う魔術薬』なんてものを作ってしまうかもしれません。もちろん、うっかりですよ?」


 ハメットは愛想良く微笑む。完璧な微笑みだと思う。それゆえに、恐ろしいのだが。

 ルーシーは彼がうっかりしたところなんて見たことがない。

 生み出す気だ。妹のように可愛がっているルーシーのために、ハメットは禁術を生み出す気満々だ。


 脳内で彼の肩書きを追加する。『過激派魔術師』『敵に回してはいけない男筆頭』と。

 けれどもハメットが過激派魔術師なおかげで、ビルソンに逃げ道はなくなった。


 ルーシーは今までの笑顔を消し、本題に入る。


「ビルソン伯爵。このままいけば、貴方は確実に死刑です。犯行に加担した者だけでなく、親族にも罰が下るでしょう。王族の殺人未遂はそれほど重罪です。……ただ、もし貴方が全ての罪を認め、自ら情報を話してくださるというのであれば、エールベルトで受けるはずの刑は軽くすることが出来ます。それが出来るのは、わたくしだけ」


 全ての罪、とは、主にオーランドにかけた呪いについてだ。自ら犯行を認めたとなれば、サルバスの法でもビルソンを裁ける。

 王子を呪ったのだから結局死刑になるのかもしれないが、自分の国で裁かれる方がまだ良いだろう。

 それにオーランドは、おそらくビルソンの死を望まない。そういう人だから、ルーシーは守りたいのだ。


「わたくしには、どんな手段を使ってでも守りたい人がいるのです。邪魔するのなら、容赦はしません。ですから、貴方が決めなさい」


 認めて生きるか、諦めて死ぬか、偽り続けて死より辛い人生を送るのか。決断を迫る。




 途絶えそうな声が落ちたのは、長い沈黙の後だった。


「……罪を認め、全てお話しします。申し訳、ございませんでした」


 ビルソンが地に平伏ひれふしたことで、決着がついた――。




♢♢♢




「早く、早く解こう、オーランド!」


 興奮した様子のルーシーがぐいぐいとオーランドの背中を押す。


「え、それよりルーシーのことを――」

「それより!? 解呪より重要なことなんてないでしょ! 私のことは後でいくらでも説明するから。ハメットお願い!」


 髪も瞳も紫色のままだが、振る舞いは完全にいつも通りのルーシーに戻った。王女のままは肩がこるのだ。

 オーランドの背中からひょっこりと顔を出してハメットに解呪を頼む。


 恐ろしいことに、ビルソンは解呪の方法を知らなかった。今まではひたすら標的に呪いをかけ、効果が現れるのを待つだけだったらしい。


 相手を傷付けるためだけに魔術を使ってきたのだとわかり、ルーシーもオーランドも深いため息をついた。


 そういう理由で、結局強制解呪をすることになった。

 ハメットの前にオーランドを連れてきたのだが、ハメットは魔法陣が書いてある二枚の紙をルーシーに渡す。


「え、私が解くの?」


 ルーシーが目をぱちくりさせる。するとハメットはにっこりと笑い、他の魔術師と騎士達は目を輝かせる。


 ビルソンを恐ろしい顔で睨みつけていたダイアー騎士団長も、ルーシーを見て人好きのする笑顔を浮かべる。この部屋に入るまでは目も合わせてくれなかったというのに。


「フィオナ様の魔術が見られるのは珍しいですからな。街ではよく見せていらっしゃるようですが、我々は誘ってもらえませんし」


 当たり前だ。娯楽の魔術を披露する度にエールベルトの英雄や近衛騎士達が現れたら、街中パニックになってしまう。


 ルーシーは受け取った魔法陣を眺め、まあ良いか、と頬を緩めた。オーランドの呪いを解けるなら、自分の魔術くらいいくらでも見せよう。


「オーランド、私が解くね」

「うん、頼む」


 向かい合った二人が互いに頷く。

 ルーシーが一枚目の紙をビルソンの額に押し当て魔術を発動させると、見物していた騎士達がどよめく。オーランドの周りに、黒い鎖が現れたからだ。

 よく見ると、鎖は呪いを構成する文字が繋がったものだった。


(これをずっと、耐えてたんだね)


 オーランドの全身に重苦しい呪いがまとわり付いている。早く解かなくては、と手に力がこもった。


 目を閉じたオーランドの顔の前に二枚目の紙を掲げる。呪いに反応して、魔法陣がほのかに白く光った。


「……解放しなさい」


 ルーシーは言葉と共に手に持った紙を二つに破った。

 すると同時に、オーランドを覆う黒い鎖が苦しむように暴れ出す。呪いがバラバラに引きちぎられ、壊れていく。

 次第に呪いが黒から白へと変わり、やがて、跡形もなく消えた。


 少しの静寂の後、ゆっくりと目を開けたオーランドの顔には、痣は残っていなかった。





 ――今までも十分格好良かった。オーランドはとても美しかったのだ。だがまさか、さらに上があったとは。

 痣が消えたオーランドの顔から、ルーシーは目が離せない。


「オーランド……痣、消えたよ。気分は、どう?」


 震える声で、静かに聞いた。

 次の瞬間、オーランドの口角がふわりと上がり、目尻が下がる。その表情を見たルーシーは、全身から喜びが沸き上がったのがわかった。


「ありがとうルーシー……最っ高の気分だ」


 ずっとずっと見たいと願っていたオーランドの笑顔が、目の前にある。


「や、やった……オーランドが、笑ったーっ!!」


 ルーシーとオーランドが動いたのは同時だった。お互いに飛びつくように抱きしめ合う。


 この世の幸せを全て詰め込んだような表情で、声で、二人は笑った。

 オーランドがルーシーの体を支え、そのまま持ち上げるとくるりと回る。普通なら小さな子供のようで恥ずかしいのだろうが、今は楽しくて、嬉しくて仕方がない。


 全身で喜びを表す二人を、周囲は微笑ましげに見守っていた。





 しばらくの間喜びに浸り、やがてオーランドは耐えきれないというように口を開いた。


「正直色々驚いてるし、教えてもらいたいことはたくさんあるんだけど、これだけは先に言わせて欲しい」


 もう一度ルーシーをぎゅっと抱きしめ、少し離れたオーランドが膝を折る。


「ずっと言いたかった。……俺は、君が好きだ」


 真剣なエメラルドの眼差しにとらえられ、ルーシーの肩が揺れた。


「オーランド、私……」


 今まで身分を隠していたことが、ルーシーには気がかりだった。オーランドが褒めてくれたのは、痣があって、平凡な茶髪の、ただのルーシーだったから。

 ルーシーの気持ちがわかっているかのように、オーランドは言葉を続けた。


「俺が好きなのは、ずっと解呪のために力を貸してくれて、呪いなんてふっ飛ばすくらい明るくて、いつも隣で俺の分まで笑ってくれた、君だ」


 オーランドの瞳は、決してルーシーを離さない。


「誰よりも人を笑顔にするのが上手で、可愛くて優しい、今目の前にいる、君だ」


 熱のこもった言葉で、名前や身分はどうでも良いと、彼は言う。


「……ただ、愛しい人の名前を知らないようじゃ格好付かないから、どうか俺に、改めて君の名前を教えてくれないか?」


 少し照れたような優しい声に、逆らうことなんて出来なかった。

 ルーシーは胸元をぎゅっと握りしめる。


 オーランドをビルソンから守るために、仕方がなく正体を明かしたつもりだったが、本当はずっと前から彼に言いたかったのかもしれない。自分の全てを知ってもらいたかったのかもしれない。


「……私の名前は、フィオナ・ルシル・エールベルト。家族にはフィオナ、街ではルーシーって呼ばれてる。……だけど、最愛のオーランドが呼んでくれるなら、どんな名前でも、それが私」


 王女のフィオナも、学校と街で生きるルーシーも、どちらも自分。


 最愛の、という言葉で、オーランドの表情が信じられないくらい甘くなった。今までの瞳だけでも十分心臓に悪かったというのに。

 恥ずかしくて逃げ出したいが、気持ちが伝わってほっとしたというのも本音だった。


「ならひとまず、今まで通りルーシーと呼んでも良いかい?」


 最もしっくりくる呼び名に、ルーシーはこくこくと頷く。

 それを見て破顔したオーランドだったが、すぐに悩ましげな顔になる。どんな表情も新鮮で、少しどきどきする。


(どうしたんだろう……?)


 視線を下げた彼を不思議に思っていると、バチッと目が合った。


「我慢しようと思ったけどやっぱり駄目だ。今、全部言う!」


 急に早口で喋り始めたものだから、ルーシーは困惑した。それでもオーランドは止まらない。


「まだ解決しなきゃいけない問題はあるけど、必ず全て片付ける。君のことは命をかけて一生守る。生涯君だけを愛し続けると、誓う。だからルーシーには、俺の隣で、ずっと笑っていて欲しい」


 言葉が進むにつれ、オーランドは顔を真っ赤に染め上げる。

 きっともの凄く恥ずかしいのだろう。堪えながら必死に言葉をつむいでくれているのだ。


(――格好良いのに可愛いだなんて、ずるい)


 一呼吸あけて、オーランドは覚悟を決めたように口を開いた。


「ルーシー。俺と、結婚してくれ」



 もしかしたら自分は明日、死ぬのかもしれない。そう思ってしまうほどの幸福感が、ルーシーを包み込む。


「……この先オーランドが何回呪われても、私が絶対解いてあげる」


 オーランドは黙ってこちらを見つめる。けれどもその顔には「呪われるのはもうゴメンだ」と書いてある。

 つくづく、ビルソンの呪いは厄介だったと思う。こんなに感情が動くオーランドを、今までずっと隠してきたのだから。


 ――オーランドの心を隠し続けた痣はもうない。

 ――そして、ルーシーが被ってきた偽りの痣も、もうない。


「オーランド、私ね……」


 だから心からの言葉を、全力で贈ろう。

 そう決めたルーシーが見せたのは、あまりにも無邪気な笑顔だった。


「あなたが大好き! 一緒に幸せになろう!」

「ああ、一生大切にする!」


 再び抱きしめ合った二人に、口を挟める者はいなかった。


 エールベルトの第二王女とサルバスの第二王子。二人の永遠の約束が交わされた瞬間だった。

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