第6話 娯楽の魔術師
「さっきのどんな魔法陣使うんだ?」
「俺達にも出来んのか?」
「え、えーっと」
日が傾き始め、広場の人通りは少なくなった。
子供達と別れたルーシーが振り返ると、いつの間にかすぐそばにオーランドとレオが立っていた。彼らは子供達に負けないくらいのキラキラした目で詰め寄ってくる。
(この二人が、さっきの魔術を……?)
「出来るけど……やりたいの?」
大きく頷く二人を見て、ルーシーはかなり驚いた。花と妖精を出現させる男前を想像するとちょっぴり面白い、という点は置いておいて――
「でも、役に立たないよ?」
「そんなことない」
「なーに言ってんだお前」
予想と違う二人の対応に、ルーシーは首を傾げた。
魔術師は基本的に、実用性を重視して魔術を研究する。エールベルトが魔術の国と呼ばれるのは、魔術師の数が多いからではなく、実用性の高い魔術の研究が進んでいるからだ。
人々の生活を支え、時には戦い、時には守る。それが魔術師に与えられた役割。
ところがルーシーが得意な魔術は、いわゆる娯楽向けというやつである。エールベルト王国において、このような魔術の使い方をする者はいない。
だからルーシーは、オーランドとレオが実用性のかけらもない魔術に興味を示すとは思わなかった。
それなのに、二人はルーシーの魔術が役に立つと言う。
「娯楽用なのに?」
「娯楽用だからだよ」
オーランドの手が頭に置かれ、ゆるゆると撫でられる。
綺麗だが男性的な、彼の大きな手で、撫でられる。
「だってルーシーは街の人に笑って欲しくて、優先的にあの魔術を覚えたんだろう?」
(こういう時は鋭いんだよなぁ)
オーランドの言う通り、ルーシーは他の魔術を習得せずに、その時間を解呪の勉強と娯楽の魔術に捧げてきた。今のルーシーに必要なのは、この二つだけだったからだ。
わずかに視線を下げたのをオーランドは肯定と受け取ったらしい。
「魔術は、避けられない争いや災害から民を守り、暮らしを発展させるものだ。……でも、俺は他にも役割があると思う」
顔を傾けてこちらを覗き込むオーランドと、目が合った。
「人の心を、豊かにすることだ」
「心……?」
「魔術でいくら強い国になっても、いくら生活が便利になっても、そこに暮らす民が笑顔でなければ意味がない。心が豊かでなければ、幸せではない。ルーシーの魔術は間違いなく、人の心を豊かにしたよ。少なくとも俺は、あんなに人を幸せにする魔術を初めて見た。……だから役に立たないなんてことは、絶対にない」
真っ直ぐな目と言葉にそう訴えられると、何故だか目頭が熱くなる。同時に自分の魔術が素敵なもののように思えた。
そんなルーシーに気付いていないのか、あえてなのか、オーランドは愉快そうな声を出す。
「それに花や妖精を出す男前なんて、ちょっと面白くないか? もしかしたらルーシーより笑ってもらえるかもなぁ」
「ほー。なら俺みたいな男前も覚えた方が守備範囲が広がるってもんだな!」
自分のことを男前と言うあたり、オーランドジョークなのだろう。レオもちゃっかり乗ってくる。
二人して何を目指すつもりなのかは不明だが、芸を磨く気合いは十分あるらしい。
それならば、とルーシーはバッグから魔法陣が書いてある紙を取り出して、ニヤリと笑う。
「しょうがない。この娯楽の魔術師様が、男前の君達にお花を飛ばす方法を教えてあげよう」
♢♢♢
「なんか出来そうな気がする」
「早く練習してえ」
ルーシーが書いた魔法陣を眺めながら、オーランドとレオはやる気をみなぎらせる。
「お二人さん、これを使えるようになったら、サルバスに帰っても人気者間違いなしだよ〜」
そのうちエールベルトにも『花と妖精に囲まれるサルバスの王子と護衛』の噂が流れてくるかもしれない。想像しただけで面白いので、ぜひとも習得してもらいたい。
「出来るようになったら私にも見せてね」
一応師匠だからさ! と胸を張ったルーシーを見て、オーランドが動きを止める。彼の喉元が、大きく上下に動いた。
「ルーシー。今日帰ったら、聞いて欲しい話がある」
「呪いのこと?」
「それもある。……他にも、ちょっと」
「わかった、今日はとことん――」
付き合うよ。と言おうとしたのだが、突如上がった悲鳴に遮られた。
ルーシー達は揃って同じ方向を見る。視線の先にあるのは広場と繋がる大通りだ。ぞわりと嫌な予感がした。聞き間違えでなければ、今のは――
(ノエルの声だった)
先程まで自分のそばで笑っていた女の子を思い出し、大通りの方へ急ぐ。何かあったのだろうか。不安な気持ちに襲われつつ、状況が把握出来る位置まで来た。そこでルーシーは息を呑む。
顔を青くした街の住人達が道の隅に追いやられている。そんな彼らと対照的にゲラゲラと品のない笑いを浮かべるのは十数人の男達。顔立ちと身なりからして、おそらく他国の傭兵だ。
けれどもルーシーが驚いたのはそこではない。男達の前で一人震えるノエルの姿を見たからだ。
(どうして捕まってるの)
先頭に立つ男がノエルを乱暴に持ち上げ、剣を喉元に当てた。下手に動くとノエルが傷付けられてしまう。そのため誰も動けない。
そんな中、離れた場所から声を張り上げて頭を下げるのはシエンナだった。
「お願いします! 私が代わりますから、どうかその子は離してやってください!」
すでに何度も頼んだのだろう。彼女の顔は涙でぐちゃぐちゃだ。その様子を鬱陶しそうに眺めていた傭兵の男が、ここであることに気付き態度を変えた。
「お前、どこかの店の女だな。店の金を持ってくればこいつは返してやる」
(目的はお金? 街の人を巻き込むなんて)
男の指示にこくこくと頷いたシエンナが走って店に向かった。
ルーシーは視線を動かし、騎士の姿を探す。王城からそう離れていないこの街は、王立騎士団所属の騎士が巡回することになっているからだ。
しかし残念ながら騎士の姿はない。これだけの騒ぎならきっとすぐに駆けつけてくれるはず。今はノエルを返してもらうことを優先しなくては。
少しして、転げるようにシエンナが戻ってきた。お金を渡そうと近付くが、そこで男に止められる。
「持ってくるのはお前じゃねえ。騒がれたら面倒だからな」
そんな、と言いかけたシエンナだったが、ノエルの喉元の剣を見てぐっと唇を噛んだ。
周囲を見回した男が、一点で視線を止めた。
「そこの痣のある男。お前が持って来い」
――あろうことか、男が受け渡しに指名したのはオーランドだった。
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