第5話 ルーシーの魔術

「ダン! ノエル!」


 ルーシーがその場にしゃがんで腕を広げると、二人はスピードを落とさずに抱きついてきた。

 予想以上の力に押し倒されそうになったものの、オーランドが背中を支えてくれたためなんとか受け止められた。

 この二人、会う度に力が強くなっている気がする。


「ルーシー姉ちゃんに会いたかったから、俺たち走ってきたんだぞ?」

「ノエルがルーシーお姉ちゃん見つけたの。すごい?」


 自分の腕の中で笑う子供達を見ると、それだけで少し幸せな気分だった。


 ルーシーが顔をほころばせたところに、エプロン姿の女性が走ってきた。ダンとノエルの母親、シエンナである。


「あんた達、いきなり、店飛び出すのは、やめなさいって――」


 すぐ近くの雑貨屋が彼女達の家なのだが、余程急いできたのか肩で息をしている。


 シエンナは呼吸を整えると、ルーシーの方を見て驚きの表情を浮かべた。

 正確には、ルーシーの隣で会釈をしたオーランドを見て、だ。


「ごめん! デートだったのかい?」


「はい」と即答するオーランドにルーシーは苦笑いを漏らす。

 心の中ではいたずら小僧のように笑っているのだろうが、傍から見れば真顔なのだ。真顔のオーランドジョークは耐性が無い人間には衝撃が大きい。


 一目散に立ち去ろうとするシエンナを呼び止め、ちょうどパンを平らげたレオを指す。


「もう一人いるよ」

「それはそれで、申し訳ないんだけど」


 眉尻を下げるシエンナとは対照的に、子供達は大はしゃぎだ。


「ルーシー姉ちゃん、アレやってくれ! キラキラするやつ!」

「ノエルもお花のやつ見たーい!」


 ダンは駆け足をしながらくるくると回り、ノエルは柔らかい頬を惜しげもなくルーシーに寄せる。

 なんという甘え上手だ。こんなに可愛いおねだりを断れる人がいるなら見てみたい。


「……ちょっと、遊んでいっても良い?」


 緩みきってだらしがない表情のままルーシーが聞けば、オーランドもレオも当然だと頷いた。


「というか」と、オーランドが視線を周りに向ける。不思議に思ったルーシーもそれを追い「あ」と小さな声を漏らした。


「なんか、集まってるみたいだ」


 オーランドの言葉の通り、いつの間にかルーシーの近くには人が集まり始めていた。

 おそらく子供達にせがまれるルーシーに気付いたからだろう。その光景は街の人々にとって、イベント開始の合図なのである。


 ダンとノエルに腕を引っ張られ、人々の輪に入って行く。途中振り返り、オーランドとレオを見た。


「手を使うから、荷物その辺に置いといてね!」

「手?」


 二人が首を傾げるが、詳しい説明をする時間はない。

 頷くだけの返事をして、そのまま人だかりの中心に来た。



 拍手で迎えられたルーシーはお辞儀をしてニッと笑うと、興味津々な様子の子供達の前にしゃがみ込む。


「見ててね」


 ルーシーが指で輪っかを作ると、そこに魔法陣が浮かび上がった。目一杯息を吸い込んで、輪っかに吹きかける。

 するといくつもの光の粒が空に舞い、姿を変える。


「妖精さんだ! かわいいー!」


 花かごをもった妖精が、美しく光る粉をまきながら飛び回る。

 ルーシーを見守る人々に近寄りきゃっきゃと笑うと、花かごから取り出した物をプレゼントする。


「すげー! 光る王冠だ!」

「私はティアラ!」

「まあまあ、可愛らしい花束だねぇ」


 光と幻の魔術で作り出したものは時間が経てば消えてしまうのだが、それでも街の人は喜んでくれる。


 ルーシーがもう一度輪っかに息を吹きかけると、今度は光の動物が飛び出した。

 広場の全員が目を輝かせてその動きを視線で追う。大人達も、この瞬間だけは子供に戻っているようだ。


「ママ見て、うさぎさん!」

「リスもいるー!」


 手に乗りそうなサイズの動物達が空中を駆け回る。

 駆けた道には色とりどりの花が咲き、辺りは別世界のようになった。


「これは……」

「すげぇ」


 大きな声ではなかったのだが、オーランドとレオだとすぐにわかった。


 二人の方を見ると、呆気に取られたように口をぽかんと開けている。真顔でも問題ない表情ならばオーランドにも出来るんだな、と妙に感心してしまう。


 だがここで思い出した。そうだ、今日の自分は二人の案内係であった。サービスくらいするべきだろう。ルーシーは大きく腕を動かす。


 その動きに誘導されるように、人々の視線がオーランドとレオに集まった。

 すかさずルーシーは指で空中に円を描く。浮かび上がった魔法陣を指ではじくと妖精が現れ、オーランドとレオの元に飛んで行った。


 何事だと動きを止めた二人に妖精が近付き、その頬に口付ける。わっと人々の声が上がったのと同時に、彼らの前に光の剣が現れた。


 サルバスの男性にふさわしいのはやはりこれだろう、と思ったのだ。


 妖精のキスと突然現れた剣に目をぱちくりさせている二人に、ルーシーはわざとらしくウインクをして見せる。

 ウインクが下手くそだったのか嬉しいのかはわからないが、レオが破顔し、よく響く笑い声をあげた。


 どうやら楽しんでくれたようだ。と、ほっとしたものの、オーランドがぴくりとも動かないのが気になる。

 真顔なのは慣れているが、どうにもいつもと違う。


 ――だっておかしい。こちらを見つめる目が、ドロドロに甘い……ような気がする。


(気のせい、かな)


 妖精にキスしてもらう演出も、ウインクも初めての試みだった。


 急に恥ずかしくなってきたルーシーはオーランドの視線から逃れ、クライマックスに向けて準備を始めた。


「さあさあ皆さま、両手をお貸しくださいな!」


 開いた手を見せると人々も同じように準備をする。最後にこれをするのは毎回同じ。だからみんな慣れたものだった。


 ルーシーが片手を上げる。その手は指が三本立っている。


「さーん!」


 人々が声をそろえてカウントダウンを開始した。

 光の動物はさらに駆け回り、妖精達が空高くのぼっていく。


「にー!」


 足元がほのかに光り、人々の開いた手のひらに花びらが溢れ出す。


「いーち!」


 ルーシーが地面をこつんと蹴ると、中央広場の地面全体に、一輪の花のような巨大な魔法陣が現れる。

 次の瞬間、歓声と共に魔法陣から大量の花びらが舞い上がった。手に持った花びらを一斉に投げる。


 見渡す限りの花の景色と、眩しい笑顔。


 ただの休日だというのに、大きな祝い事でもあったかのような、幸せそうな光景が広がっていた。








 それからしばらくの間、子供達に魔術を見せていたルーシーには聞こえなかった。



「お前、ほんっと見る目あるわ」

「それだけは、自信ある」


 ――ルーシーを見つめるレオとオーランドの会話など、全く聞こえなかったのだ。

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