手を伸ばせば月に届く

倉沢トモエ

手を伸ばせば月に届く

 銀で箔押しされたボール紙を星の形に切り取っていると、店の入り口ではぱたぱたと音を立てて回転ドアがまわっていた。


「昔むかし、」


 店長がグラスを拭き終えて話し出す。


「空は地上に今より近かったそうだ」


 月は、地平線に手を伸ばせば、その冷たさが指先に伝わった、というし、星も同様、天文学者たちは夜空にはしる星座をむすぶ線を次々発見し、星図に書きとめていたのだと。


「線?」

「線が、たしかに手に取れたそうだ。

 まあ、それはあとで話すから」


 店長が、グラスに氷を割り入れ、ジントニックとレモンに炭酸を注いでくれる。

 私がずっとクリスマスの飾りをこさえている、その駄賃のひとつにしてくれ、と言った。


「神々はそのとき、星座をむすぶ線を見つけては書きとめる、小賢しい人間をどう思っていたのかわからないが、とにかく学者たちがそうして偉くなっていったころ、私の祖父は郵便物を運ぶ飛行機乗りとなっていた」


 空が地上に近い頃、飛行訓練は困難を極めた。

 祖父は、不幸にも飛行機がふちをひっかけ、テーブル上で回転するコインのようにくるくると満月が回っている様子や、星座をむすぶ線がからまり墜落する様子、太陽に向かってまっすぐ突き進み消えていった飛行機を、何機も見たそうだ。


「ちょっと」


 さっきからたびたび顔を出す〈星座をむすぶ線〉とはなんなのだ。


「昔は、はっきり見えていたらしいんだ」


 プラネタリウムの星座解説でもないのに。


「まあ、続きを聞いておくれ」


 聞こうじゃないか。


「ある晩、祖父は速達便を積んで夜間飛行、となった。

 速達便は、重大な内容であることも多く、また、夜間飛行ということで、いつも以上に細心の注意を払って離陸した」


 夜空を、祖父の小さな飛行機は飛んでいた。


「風もいい。まあ、落ち着いて行け」


 退職間近の、熟練飛行士がついていた。余計に緊張したそうだ。


「熟練飛行士は星図を片手に、いかにうまく星座の線を避けながら最適な速度と高度で飛べるか、を見極めるんだが、もちろん自然相手なので、思いがけないことが時には起こる。

 まさか、飛行機めがけて未知の流星群が降り注いで来ようとは」


 今では流星群の接近など、事前にわからないことではないが、当時は違ったのだ、と、店長は言い張る。


「まあまあ。続きを聞いておくれ」


 私は抗議をひっこめて、耳を傾ける。


「慌てる祖父に、熟練飛行士は言ったそうだ。

『落ち着いて、星座をむすぶ線に引っかけろ』。

 祖父は、その通りにした。ちょうど白鳥座の翼と飛行機の尾翼が近かった」


 尾翼にかかった星座を結ぶ線は、実はすべての星座につながっている。

 つるつるとほどけ、祖父の飛行機の後ろで網のように広がって、流星群をはじいてくれた。


「そうして無事に祖父の飛行機は流星群をやり過ごし、無事に着陸することができたそうだ。まったく自慢の祖父だよ。


 ただ、すべての星座の線を引っ張り出してしまい、星空はまっさらになってしまった。


 しかしまあ、それは人間が騒ぐだけのことで、星座の線など、もともと星たちにはかかわりのなかったものかもしれないけれどね」


「ほんとかなあ」


 私の控えめな抗議に店長は笑って、二杯目の飲み物を出してくれた。

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手を伸ばせば月に届く 倉沢トモエ @kisaragi_01

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