三、

「人間はほんとうは、蛇なのよ、みんな、人間の皮をかぶっているだけ」

 あたしはゆっくりと喋り出す、片手の指で、もう片手の指をいじくりながら、

「あたしだってそうなのよ、蛇なの。人間の姿は、かりそめ」

 せむしの反応をそっと盗み見る、せむしは膝のうえに肘を突き、頬杖をしながら、驚く様子も見せずにいる。その唇が湿った音をててめくれ上がる、

「知っているさ、俺のこの姿、これだって皮だ」

 せむしの言葉に、あたしは何ンだかばかにされたような気持ちになる。あたし、そんなことを云って欲しくて話したんじゃない。おまえは黙ってあたしが云うの、聞いていればいいの。あたしはつい声を荒くして云い返す、

「違うわ、あたしは、母親が蛇なんだもの。蛇から産まれたのだもの。だからあたしも蛇なの、こんなからだは嘘なの。あたしはいつか蛇になれる、蛇の姿に還れるの」

「じゃあ、いまはまだ人間であるわけだ」

 あたしは黙る。こいつ、何ンの心算つもりだ、

 とつぜん焚き火がその勢いを増し、炎が、まるで孵化しようとしている蟲のように、その体躯を激しくうねらせ、燃え上がる、

 半径を広くした光が、せむしの全身を真ッ赤に照らし出し、その背後に広がる闇までも払い除ける。二度と息くことのない乾いた大地を、壊れ物いかれ物の山が連なって埋め尽くす、そんな、昼間は見慣れた何ンでもない風景が、焚き火の光を受けてゆらゆらと蠢いて見える。まるで生きているように、ふるふると身を震わせる風景に、ふと、それらすべてがせむしの味方なんだろうか、何ンてことを思う。

「あなたの――」

 あたしは湧き上がり掛けたいやな思考を抑えようと、とにかく何かを喋ろうとして、再び口を開く。開くけれど、舌がもつれて、上手く喋れない、

「あなたの中身は何ンなの、その姿が皮だと云うなら、あなた、一体――」

 結局あたしは途中で口ごもり、言葉尻を呑み込んでしまう。せむしが嗤う、

「中なんてないさ、俺は皮だけ、。中は空っぽさ」

 せむしは全く調子を変えず、その仕草は何気ない。上着の中の銃が、ごりごりと動き、どこかを掻いている、歪んだ背中を大きく丸め、地に着くほどに身を低くし、下からあたしを覗き込むようにする。あたしは少しだけ身を引き、眼を伏せて了う、

「嘘よ、だって、皮だけの生き物が、動けるわけない」

 自分の声が震えているのが分かる。厭だ、もうこんな会話、止めにしたい。なのに舌が云う事を聞いてくれない、そしてせむしはそれに答える、

「そんなことあるものか、存在の本体は、皮だ、他人の視線が肉から生命を奪い、皮だけが残るんだ、だから表面の、眼に見えているところが俺達なんだ――中は関係あるものか、魂は皮だけに宿っている」

 せむしの左手が地面を掴み、低い姿勢のままからだを前に傾ける、その脚がざわざわと動いて黄色い砂を掻き分け、あぐらを解くと立て膝に坐り直す、

 せむしの歯がぬらぬらと厭な光を放つ、せむしの眼球の中いっぱいに炎が映り込み、その向こう、かすかにあたしの輪郭が揺れている、

「嘘よ、嘘――だって人間は、蛇だもの、だから」

 見れば、いつの間にかせむしは右手を晒している、銃を表に見せている、脂ぎった金属の表面が、鈍く光り、掻き傷にてられたささくれのひとつひとつが、いちいち炎を照り返す、

「あたしは――蛇だもの」

 せむしの腰がゆっくりと上がり、左手が地面から離れる、右足が一歩踏み出す、あたしは手を突き、せむしとの間に焚き火を挟むように移動する、せむしと眼が合う、

しかしおまえは、人間の皮を被っている」

 気力を奮い起こし、あたしはせむしを力の限りに睨み附ける、でももうせむしは怯まない、せむしはあたしを見下ろしている、怯えているのはあたしのほう、あたしの眼の前、せむしの脚が高く高く上がる、

「そう――だから、だからあたしはレインコートを着ているの――」

 せむしの脚が振り下ろされ、そのひと踏みで、火は掻き消えた。

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