残していく君に(改稿第八版・最終稿)

龍淳 燐

第1話

木星の衛星軌道上にある国連軍宇宙軍軍事基地。 

秘密理に作られたこの基地は、地球上からは観測されない位置にあった。

その目的は、十数年前に発見された地球落下コースにある巨大な岩塊の破壊

、もしくはコース変更だった。


地球から観測されない位置にあるのは、情報の隠蔽。

地上でパニックを起こさせないためでもあった。


そして現在、太陽系外縁部にて国連軍攻撃部隊が巨大な岩塊に対して作戦を遂行中であった。


「……、第3次攻撃隊は、修正されたコースに乗って攻撃を開始してください。」

「こちら第3次攻撃隊リーダー、オメガ・ゼロ、了解。」


コントロール室内、多くのスタッフが第三次攻撃隊の成功を祈っていた。

これが成功すれば、地球落下コースに乗っている巨大な岩塊のコースを変更させることができるはずだ。

しかし、不安もあった。

地球落下コースから確実にずらすための切り札、核ミサイルが足りないのだ。

しかも、核保有国は、この作戦終了後の核戦略による優位を確保するために核ミサイルの提供を拒み続けた。

提供されたとしても、タイプ落ちのものであったり、制御装置が不安定なものなどで

とても宇宙で利用するするための改造も受け付けないものが多かった。


「こちら第3次攻撃隊リーダー、オメガ・ゼロ 攻撃終了した。 これより帰投する。」

「こちらコントロール・ワン、了解」

コントロールルーム後方にいる本作戦の指揮官が、観測オペレータに尋ねた。

「軌道変更は出来たか?」

難しい表情のまま、観測オペレーターはディスプレイに目を向ける。

「ダメです。 あと1度、軌道変更しないと、地球の重力に引かれて落ちます。 大体、ピンポイントで攻撃しなければ効果は低いんです。 それなのに核保有国の連中は!」

観測オペレーターは、怒りに任せて拳をディスクに叩きつけた。


指揮官は、その報告を聞くと天を仰いだ。 その顔には苦渋を滲ませていた。

第4次攻撃隊は存在している……。

しかし、第4次攻撃隊に搭載されているミサイルが問題であった。

戦略級の大型多弾頭核ミサイル。

秘密裏に世界中から集めることができた核ミサイルの最後の弾頭たち。

多弾頭であるため、ピンポイントに目標に当てることが出来ないのだ。

しかも、細かい機動制御ができない。

また、大型戦略級であるため、爆発効果半径が通常の戦略核ミサイルの数十倍。

ピンポイントに当てるためには、目標に近づかなければならない。

しかし、それは核爆発効果範囲内に機体を突っ込ませるということに他ならない。

パイロット達に、実質的に死ねというようなものだった。

「第4次攻撃隊に攻撃命令をだせ。」

指揮官は決断を下す。

地球に岩塊を落とすわけにはいかないのだ。


「こちらコントロール・ワン、第4次攻撃隊は、修正したコースに変更。 目標ポイントに到達次第、攻撃を開始してください。」

「こちら第4次攻撃隊リーダー、メイビウスゼロ、了解。」


第4次攻撃隊8号機コクピット

宇宙服に身を包んだパイロットは、静かに攻撃命令を聞いた。

この作戦は、極秘作戦だった。

だから、家族にも知らされていない。

いや、誰も知らないのだ。 一部の人間たちを除いて……。

機体のパイロンには、戦略級大型多弾頭核ミサイルが取り付けられるだけ取り付けてある。

合計8発。

核ミサイル1発に8基の戦略核弾頭が付いている。

それが8発、合計64基の大型戦略級核爆弾だ。

攻撃隊は全部で16機。 1,024基の大型戦略核爆弾。

計算上はこれで百パーセント軌道変更できるはずだ。

だが、核爆発効果範囲内に入れば、あっという間に機体など蒸発して、自分自身も消えてしまうだろう。

しかし、もし岩塊が地上に落下したら……。

地球は、誰もいない死の星へと変わり果てるだろう。

人口80億人が一瞬で……。

まあ、そんな顔も知らない奴らなんてどうでもいい。

脳裏に浮かぶのは、幼馴染の笑顔だ。

それさえ守れればいい。

「こちらメビウスゼロ、全機攻撃体勢をとれ、180秒後に最大加速を開始、突入する」

「了解」、「了解」、「了解」……。

「では、あの世で逢おう」

最後の通信が終わり、第4次攻撃隊の全機が加速していく。

前方の機体が、ミサイルを打ち始めた。

自分の機体も、目標地点へとミサイルを発射する。

岩塊表面付近で多弾頭弾が分離することなく、すべての弾頭が起爆する。

時間にしたら、ほんの数秒程度。

それでも、長く感じる。

死んだと聞いたら、幼馴染は泣くだろうか? 怒るだろうか? それとも……。


第4次攻撃隊のパイロットに選ばれた時点で、地上で過ごす2週間の特別休暇が与えられた。

親しい人達に別れを告げてこいという、作戦司令部のなんとも有難迷惑な心使いだった。

大体親しい人なんて、幼馴染の彼女しかいなかった。

幼馴染とは物心つく頃からの付き合いだった。

共に遊び、ケンカして、学び、夢を語り合い、お互いに好きになって、告白しあって、お互いが両想いだったと知って嬉し泣きして、キスもした。

幼いながら、結婚の約束もした。

そこには、明るい幸せな未来が輝いていた。

そして、夢である宇宙飛行士になって、巨大な岩塊が地球に迫っているという事実を知った。


上層部では、核ミサイルの定数が足りず、使い勝手の悪いものばかりが送られてくることが問題になっていた。

このままだと、岩塊が地上に落ちると……。


観測と軌道計算を繰り返し、軌道変更に必要なポイントを見つけ出し

火力を集中すれば何とかできるまでに作戦は練り上げられた。

それでも、100%成功するとはいえなかったのだが……。


そんな中、最後に届いたのが戦略級大型多弾頭核ミサイル128発だった。

それが、人類にとって最大の希望であり、最悪の悪意の塊であったとしても……。

最初司令部は、これで何とかなると喜んでいたが、調べていくうちにとんでもないことが解った。


ミサイル整備用のマニュアルが届かないのだ。

何とか手に入れたマニュアルは、機密情報のため黒く塗りつぶされていた。

しかも、迎撃されることを見越して作られたミサイルのためか細かい制御ができない、爆発効果範囲が広すぎる等々……。

そして、何より残されている時間があまりにも少なかった。

だからこそ、司令部は決断する。

もし、第3次攻撃隊を投入して、軌道を変えられないときは……。

誘導精度を上げるため有人機をもって、最後の攻撃を仕掛けると。

この攻撃隊の生存率が例えゼロであったとしても……。


これで、作戦の成功率は100%を超えたといってもいいだろう。


地上で過ごす2週間の特別休暇中、幼馴染に会いに行った。

『第4次攻撃隊は、確実に投入される。 隊員は全員死ぬ。』というのが、部隊内のもっぱらの噂だった。

であるならば、やることは決まっている。

幼馴染に嫌われること、そして別れをつげること。

自分との未来は、もうない。

ならば、誰か他の人と幸せになってもらいたかった。

理性ではわかっていても、感情は納得できなかった。


嫌われるためにずいぶん酷いことをしたし、言いもした。

それでも、幼馴染はしようがないなぁと呆れながら笑顔をみせた。

どうも表情に出ていたらしく、本気だとは思われなかったようだ。

自分がこれほど不器用だったとは思わなかった……。

自分が生きていた証を残したくて、無理矢理関係をもった。

毎夜、時には朝から、ただ暴力的に、ただ生きた証を刻みつけるかのように。

それでも、嫌わずにいてくれた幼馴染。

家も含め全ての私物を処分して、幼馴染の重荷にならないようと、幼馴染の通信端末の自分に関するデータも消した。

ちょっとやりすぎたかなと思い、バックアップは取っておいたが……。

特別休暇最後の日、私物のなくなったガランとした部屋、自分に関する全てのデータが幼馴染の通信端末からも消されていることに気が付いた幼馴染は泣いていた。

「どうしてよ……。」と。

いつも笑っていてほしかったのに、この2週間は傷付けてばかりだった……。

ホント、最低な2週間だった。


目標ポイントで核ミサイルが灼熱の光をあげて起動した。

遮光フィルターを通しても、白一色だった。

ギリギリまで接近しているため、回避行動をとっていても機体が高熱で溶け始める。


ああ、幼馴染の君よ。

最後の時が来たようだ。

君を傷付けた自分をどうか許してほしい。

いや、許さなくていい。

嫌ってくれていい。

忘れてほしい。

いや、忘れてほしくない。

憶えていてほしい。

自分が君の隣に居たということを。

我儘な自分でごめん。

どうか、幸せに、幸せになっておくれ。 本当に愛していたよ、君を。

どうか、残していく君に幸多からんことを願う。


灼熱の白光が、退避中の機体に追いつき飲み込んでいく。


「第4次攻撃隊、全機攻撃終了を確認……。 生存機、なし。」

「岩塊の軌道が、地球への落下コースから外れました。」

コントロール室内で、地球が救われという歓声はなく、スタッフたちのすすり泣く声が聞こえ、スクリーンに向かってある者は黙とうを、上官たちは敬礼を捧げるのみであった。


同時刻、地球上、とある町の浜辺。

一人の女性が星空を見上げている。

「ねえ、翔ちゃんはいつ帰ってくるのかな? ずっと待ってるのに……。

あんな事言ったのには、何か理由があるんだよね? あんな辛そうな顔してたんだもん。 嫌いになれるわけないじゃない。 

早く帰ってきてよ。 この子といつまでも待ってるからさ。」

と、愛おし気に自分の下腹を撫でていると、それに応えるかのように星空に数秒だけ明るく光り輝く星が見えたのだった。

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